IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
ついに、学年別トーナメントは来週に迫った。
ペアもほぼ固まり、あらゆるペアが二人だけで訓練している。仲の良い友達でも、これからは戦うべき敵なので、極力手の内は見せたくない――はずなのだが、俺はいつも通り一夏とシャルルと訓練していた。というのも、俺がボーデヴィッヒが組むのは、仲間と戦わないのが前提だからだ。仮にこいつらと当たったところで何もしないから、関係ないのだ。それに、俺のペアであるボーデヴィッヒはあれ以降俺に接触してこないので、連携を取る気はないようだ。まあ、やつ自身俺を「荷物にならない」程度に認識しているようだし、連携訓練などするだけ無駄かもしれない。
さらに言うなら、ボーデヴィッヒの実力は確かに高く、俺を抜けば学年一なのではないかというレベルだ。つまり、学年のナンバーワンとナンバーツーが組んでいるので、わざわざ連携せずとも訓練機相手なら勝ててしまえそうだった。
「さて、俺もお前たちに話しておくことがある」
俺は訓練をする一夏とシャルルに声をかけた。
「もしかして、ボーデヴィッヒさんのこと?」
「そうだ」
ボーデヴィッヒ、特にその専用機である『シュヴァルツェア・レーゲン』、もっと言うとその特殊武装、
「一夏、PICは分かるか?」
「いや、分からん」
一夏は自信満々に言い切った。俺はため息ついたのを見て、シャルルは苦笑いしながら説明してくれた。
「PICっていうのは、『パッシブ・イナーシャル・キャンセラー』のこと。それによって、ISは浮遊、加速、停止しているんだよ」
「お、おう、ありがと……」
相変わらず一夏はこういった部分が弱い。少しは改善した方がいいと思うのだが、一夏は感覚でものを覚えていくタイプ。感覚的に理解できていればそれでいいのかもしれない。
そして、相変わらずシャルルの指導は正確で分かりやすい。非常に助かる。
「で、ボーデヴィッヒの専用機シュヴァルツェア・レーゲンにはそのPICを発展させた兵器である
俺の説明は続く。
AICは鈴音の衝撃砲のように、空間にエネルギーで作用を与えるものだ。エネルギーなので理論上は白式の零落白夜で切り裂けることになるが、それも無理だ。何故なら、零落白夜を発生させる《雪片弐型》を停止させることはできなくても、それを振る一夏の腕を止められるからだ。そうなったら、後は腕から体、脚までを完全に停止させられる。
「で、でも、腕だぞ? あんな速い動きをするものを停止させられるのか?」
一夏の質問は尤もである。だがそれはボーデヴィッヒにとっても同じなので、当然工夫されている。
「何かしらの攻撃で腕を止めればいい。この前の俺は、一瞬あいつのレールカノンの射撃に反応した途端、止められた。それに、お前の場合はそんなことをせずとも簡単に止められるだろうな」
「な、何で?」
「はっきり言って、読みやすいからだ」
「ぐ……っ」
一夏は悔しそうに漏らす。確かに、仕方のないことでもある。何せ白式には《雪片弐型》しか武装が無い上、一夏はまだIS操縦の初心者だ。零落白夜の使い方もまだまだ改善の余地がある。
「さらに言えば、腕の動きは基本的に直線だ。縦か、横か、とにかく真っ直ぐ動く。だから止めやすい」
「…………」
黙りこむ一夏。
あのAICは一対一では無類の強さを誇る。俺が普通に戦えたのは、《飛燕》があったからだ。それはAICの弱点から来るものなのだが、まあそれはいずれ気づくだろう。
悩む一夏に、シャルルが「大丈夫」と声をかけた。
「ボーデヴィッヒさんがどれだけ強かろうが、関係ないよ」
「シャルル」
シャルルが手にアサルトライフルを持って、にこりとして言った。
「僕と一夏が組むんだもの、絶対に負けない」
「……頼もしい限りだな」
一夏とシャルル、良いコンビだと思う。俺を除け者にしたとは言ったが、今ではこれが一番良かったのではないかと思っている。多分俺と一夏、俺とシャルルの他のパターンよりもよっぽど良いコンビになるだろう。
それは一夏が持つ人を惹きつける力と、その一夏に好意を寄せ、信頼するシャルルのペアだからだ。
そして必ず、一夏とシャルルを相手に戦えば、ボーデヴィッヒは負けるだろう。一対一ならいざ知らず、次のトーナメントは二対二だ。もし俺と連携する気があって、仲間たちに一言でも謝罪するなら、俺は一夏たちと戦っても良かったが、どうやらそんなこともなさそうだ。連携において、最も大切なことは互いを理解しようとする心。それが無ければいつまで経っても、真の意味での連携は不可能だ。他の生徒が相手なら、俺も全力で戦おう。各個撃破でも良い。仮にも俺はボーデヴィッヒのペアなのだから。
俺がボーデヴィッヒと組んだのは、あいつがいつ暴走しても止められるようにするため――というのは建前だ。本当の理由は、ボーデヴィッヒに向き合える機会を逃さないため。一度はそんな機会が来るだろう。そうなれば、俺の言葉もあいつに届く。それは突然起こるかもしれないし、どこかのペアに負けた後かもしれないし、それがいつかは分からない。とにかく、俺はこのトーナメントでボーデヴィッヒを救ってやりたい。一夏が俺の心に寄り添ってくれたように、束が助けを求める俺を救ってくれたように、俺はボーデヴィッヒにに少しずつ歩み寄ってやろう。そのことをあいつ自身、心の底では望んでいるはずだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ついに当日がやってきた。トーナメントを見ると、うまい具合に専用機持ちのペアが散らばっていた。
対戦表はA、Bの二ブロックに分かれていて、俺・ボーデヴィッヒのペア、一夏・シャルルのペアがAブロック、箒・鈴音のペアがBブロック。順当に勝ち進んでいけば、俺は準決勝で一夏・シャルルペアと、決勝戦で箒・鈴音ペアと戦うことになる。
「順当に勝ち進めば、だが」
とは言うものの、他の仲間たちが負けるとは到底思わない。箒・鈴音ペアはやる気が凄まじい上、一夏を叩きのめすという同じ目的で組んでいるから連携も抜群だろうし、一方の一夏・シャルルペアは柔軟性が無いが攻撃力は最強の一夏、その一夏をカバーできるだけの柔軟性を持つシャルルのペアだ、相性はいい。それに何より二人の連携は素晴らしいだろう。
現在、アリーナの観客席には多くの要人たちが試合を見ようと訪れている。力のある三年生はもうスカウトのようなものだが、俺たちは一年だからそんなに注目されていない。だがそれでも上位成績者は間違いなく目に留まるはずだ。
まあ、それはさておき。一回戦第一試合――早速俺とボーデヴィッヒの出番だ。
「天羽。貴様の実力は疑わないが、私の邪魔だけはするなよ」
試合前、ロッカールームでボーデヴィッヒが俺に話しかけてきた。背が低いくせに上から目線で言ってくるものだから腹が立つ。まあこんなことで喧嘩しても無意味な仲間割れにしかならないのは分かっている。試合前に不細工な真似はしなくはない。
「留意はしておこう。だが、お前がこの前のように暴走するのなら、俺は遠慮なくお前を斬る」
「……承知した」
相変わらずの愛想の無い会話だ。もう慣れたが。
そろそろ時間なので、俺たちはピットへと歩き出した。
「まあ心配するな。お前がやられても、俺がちゃんと勝ってやる」
最後に一言、付け加えておいた。ふん、と鼻を鳴らしたボーデヴィッヒはすたすたと歩いて行った。愛想が無いな、本当に。
……まあ、俺も人のことは言えんが。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
試合は順当に消化されていった。教師だけが入れる観察室で、千冬と真耶が試合の様子を見ていた。試合はどんどんと進んでいるが、専用機持ちのペアは順当に勝ち残っている。
「はあ~。流石に強いですね、専用機持ちは」
真耶が試合の感想を千冬に打ち明ける。
「当然だろうな。経験も実力もやはり違う」
この結果は千冬には簡単に予想できたことだった。代表候補生となって専用機を受領するということは、それに相応しいと認められた実力があるということを意味する。
「やっぱり織斑君は凄いですね。才能ありますよね」
「あれはデュノアがあわせているから成り立つんだ。あいつ自体はそんなに連携に役立っていない」
千冬は相変わらず辛口な評価だが、内心嬉しいんだろう、と真耶は思っていた。現にコーヒーの入ったカップが傾くのがちょっと忙しない。
「凰さんと篠ノ之さんのペアは……なんというか、迫力がありますね」
「…………」
二人が異常にやる気な理由は簡単に想像できたが、それを差し引いても二人共良い動きをしていた。鈴はもちろんのこと、箒も訓練機ながら鈴に遜色なく活躍している。何より恐ろしいのは、衝撃砲でも刀でもなく、二人の鬼気迫る表情であった。
「その中でも天羽君とボーデヴィッヒさんのペアは頭一つ抜き出た力がありますね」
「……まあ、そうだな」
圧倒的、という言葉がぴったりな戦いぶりだった。翔が一人に突撃し、ラウラがもう一人を攻撃する。分断して各個撃破という単純な戦術だったが、それでも十二分に強かった。あっという間にシールドが削られていく様子は壮観ですらあった。
「連携は、ほぼゼロですね」
「天羽はどうか知らんが、ボーデヴィッヒにはまったくその気が無いな」
たまに翔がライフルで援護するか、《飛燕》のエネルギーシールドで援護するかするだけで、二人はほとんど自力で倒していた。
恐らくあのほとんど各個撃破の戦術も、翔がラウラに合わせるために取っている戦術だろう、と千冬は推測する。一対一で戦っていても、ちゃんとラウラの状況を見ている辺り、少なくとも翔は合わせる気があるのは明らかだ。
(あいつは何をしようとしている……?)
先日のあの二人の派手な戦闘を見ている千冬には、あそこまで翔がラウラを気にかけているのが不思議でならない。どんな会話があってどんな経緯で組むことになったのかは分からないが、とにかく理解しがたい行動だった。
「でも、強いですね。ボーデヴィッヒさん」
「……変わらないな。強さを攻撃力と同一だと思っている。だがそれでは――」
千冬は、一夏たちに勝つことはできないだろう、という言葉は発しなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
準決勝まで進んだ俺たちは、ついに一夏とシャルルのペアと戦うことになった。
「……余計なことをするなと言ったはずだが」
準決勝の試合前、ボーデヴィッヒは俺にこう言った。
「余計なこと? 俺の援護のことか?」
危なそうな場面を《飛燕》のエネルギーフィールドで防御してやったりしたが、もしそれが邪魔だと思われたのなら、残念だな。
「誰が援護しろなどと言った?」
「別にいいだろう? それとも、ドイツの部隊は孤立が基本なのか?」
「…………」
どうやらそんなことはないらしい。
「……次の試合、俺は手を貸さない。一人で戦え」
「ふん、言われるまでもない」
そっけのない返事だな、まったく。
次の試合、思い切り負ければいい。きっとそれが、お前にとってプラスになるだろう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
Aブロック準決勝、天羽・ボーデヴィッヒペア対織斑・デュノアペア。第一学年初の専用機持ち同士の対決。数々の人が見守る中、両ペアが対峙している。
「ようやく、貴様と戦うことができるな。長かったぞ」
ボーデヴィッヒが一夏に話しかけた。その目は鋭く、射殺さんばかりの威圧感を放っている。
「そりゃあ何よりだ。こっちも同じ気持ちだぜ」
一夏も負けじと睨み返していた。
さて、俺はこの試合は何もしないし、観戦といこうか。俺が武装を展開せずに浮遊しているのに観衆はざわついているが、俺にはどうでもいい話だ。
「「叩きのめす」」
一夏とボーデヴィッヒの言葉が重なった。
四、三、二、一――試合開始。
「おおおおおおおおおおおっ!!」
一夏は