IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「…………」
「…………」
先ほどの第三アリーナでの一件から一時間が経った。保健室ではセシリアと鈴音が不満そうな表情でベッドの上にいた。鈴音は打撲ぐらいで大したことがなかったが、セシリアはそれなりに大きい怪我らしく、二人の体に巻かれている包帯の量の差がそれを物語っていた。
「別に、助けてくれなくてもよかったのに――い、いたッ!?」
「説得力ゼロじゃねえか……」
強がる鈴音に、一夏が呆れていた。
「大体ねえ、こんなの怪我のうちにも入らな――いたたたっ!」
アホか。漫才でも見ている気分だ。
その横で、セシリアは苦笑していた。頭に巻かれた包帯が痛々しい。
「セシリア、大丈夫なのか?」
「……ええ、問題ありませんわ。骨にも異常は無いそうですから」
セシリアの返事はそっけない。いいようにやられて機嫌が悪いのは分かるが。
「……そうか」
どうしても後味の悪さが拭えない。俺が戦っても、結果セシリアは怪我をし、俺は戦意を喪失してしまったのだから。これから先、どうしたらいいのか分からない。
「二人とも、好きな人に格好悪いところ見られたから恥ずかしいんだよね?」
シャルルが手に飲み物の缶を持って部屋に入ってきた。入ってくるときに何か言っていたようだが、俺はぼーっとしていたので聞いていなかった。
「な、なな何を言ってるのか、全っ然わかんないわね! ここここれだから欧米人って困るのよね!」
「べ、べ別にわたくしはっ! そ、それに鈴さんッ、欧米人ってわたくしもですわよ!?」
二人ともヒートアップして顔が真っ赤になっていて、仲間割れをしている。
「はい、ウーロン茶と紅茶。とりあえず飲んで落ち着いて、ね?」
二人に缶を手渡しながら、シャルルは穏やかな笑顔で言った。
「ふ、ふんっ!」
「不本意ですが……いただきますわ」
シャルルの笑顔で少しは癒されたらしい二人は、受け取った缶のタブを空けると、飲み物を飲んでいく。シャルルは本当に気が利くな。
ドドドドドドドドドド……!!
「な、何の音……?」
何やら凄まじい音が聞こえてきた。
「……なあ、翔、これって……」
「……ああ。間違いないな」
シャルルが疑問符を頭上に浮かべる中、俺と一夏は戦闘態勢に入る。
「シャルル。お前も身構えとけよ」
「え? な、何のこ――」
シャルルが聞き返す間に、病室のドアがバタァンと勢い良く開かれて、というか蹴破られて、大量の女子が雪崩れ込んできた。怪我人に悪いことこの上ない。
「織斑君!」
「天羽君!」
「デュノア君!」
数十名にも及ぶ女子たちが保健室にいるものだから、俺は一気に気分が悪くなった。
「「「これ!!」」」
状況がいまいち飲み込めない俺たちに、女子一同がいっせいに差し出したのは、緊急告知が書かれた申込書だった。
「『今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的な模擬戦闘を行うため、二人組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは』――」
一夏が内容を音読したのを聞いて、俺は頭が痛くなった。先生方は余計なことをしてくれたようだ。
そしてまた女子たちから手が伸びて、俺たちに申込書が差し出される。
「私と組もう、織斑君!」
「私と組んでください、天羽君!」
「私と組んで、デュノア君!」
さて、どうしたものか。
既に多くの女子が俺の
俺と一夏は目で会話をする。俺と一夏ほどの付き合いになれば、アイコンタクトで会話するなど造作もない。
「(どうする、一夏)」
「(それなんだけどさ、ごめんっ!)」
「(は? 何のことだ?)」
「(とにかく、ごめんな翔!)」
一夏が俺に謝る理由が分からないのだが……。
俺が疑問符を浮かべている一夏は突然シャルルの肩を抱き寄せた。
「悪いな、俺はシャルルと組むから諦めてくれ!」
な、何だと!?
「まあ、そういうことなら…」
「他の女子と組まれるよりはいいし……」
「男同士っていうのも絵になるし……ゴホンゴホン!」
最後のやつの発言が気になる。再び一夏を見ると、一夏は手を合わせて俺に謝っている。シャルルは一夏に触れられて真っ赤になっていて使い物にならない。
「でも、まだ天羽君がフリーよ!」
「天羽君っ!」
「翔様ぁ~!」
あああっ!? 寄るな、寄るな! 意識が飛ぶだろうが! それに何だ、翔様とは!? 俺は王子様か何かか!?
「あ、後で決めるから待っていろ! 一斉に来られても分からん!」
俺の一言で、とりあえず女子たちが後退する。
あ、危ない、死ぬところだった……。
「一応、俺にも候補はいるんだ。後で言うから、今は戻ってくれ。怪我人に悪い」
「天羽君がそう言うなら……」
なんとか説得に成功し、女子たちがぞろぞろと部屋を出て行く。嵐は去ったか。
こんなことが毎度毎度あったら俺の体が持たない……。
「翔さんっ!」
「一夏っ!」
セシリアは俺に、鈴音は一夏に声をかけた。
「わたくしとペアになってくださいな!」
「あ、あたしと組みなさいよ! 幼馴染でしょうが!」
一夏はシャルルと組むという理由で断っていた。がーっと鈴音が食らいつくが、一夏は「シャルルと組む」の一点張りだ。
「……セシリア、俺もそうしたいのは山々なんだが、無理だ」
「な、何故ですのっ!?」
「さっきお前のブルー・ティアーズの状態を確認したが、ダメージレベルがCを超えていた。当分は修復に専念させておけ。トーナメントにも参加しないほうがいい。分かるだろう?」
「うぅ……」
俺としても残念である。セシリアとはずっとクラス
「不本意ですが、仕方ありませんわね……」
セシリアはしゅんと落ち込む。
「気持ちだけ受け取っておくよ」
「……はい」
すまないな、セシリア。
あと気がかりなのは、
この後箒も一夏にペアを申し込み、鈴音と同じ理由で断られた。箒がたまたま鈴音と会った際、同じ理由で断られたということで同調した結果、箒と鈴音の二人でペアを組むことになったらしい。
こうして、嫉妬に燃える幼馴染ペアが誕生し、一夏のペアと当たった際には全力ぶちのめすことを誓った、と聞いた。恐ろしい限りである。絶対に戦いたくない。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「おい」
夜、雑念を払おうと素振りをしていた俺に、ラウラ・ボーデヴィッヒが話しかけてきた。何故こんな時間にわざわざ、しかも俺に話しかけてきたのか、全く分からない。払った雑念が戻ってくるような気がした。
正直、今こいつとだけは話したくなかった。すぐにでも殴りかかってしまいそうなほどキレていたのに、たったあれだけのことで殴れなくなってしまった。ただ、こいつの姿が昔の自分と重なるというだけで。
「知っているな? 学年末トーナメントの形式変更のことは」
「…………」
俺は無言だった。視線も合わせず、ただただ剣を振るう。
「――天羽翔。今度のトーナメント、私と組め」
「!!」
一瞬俺は自分の正気疑った。耳がおかしくなったのかと思った。それが本当だと分かると、何を言っているのだろう、この女は。
「――どういうつもりだ?」
俺は低い声で言った。
「ああ、今日のことか? 当然憶えている。だから貴様と組もうと思ったのだ。今日のことで、貴様ならば、私の邪魔をせずに戦うことができると感じた。今回は、誰とも組まない状態でいると、抽選で決まってしまうそうだからな。雑兵をあてがわれるより、貴様と組む方が有益だ」
「…………」
こいつが伊達や酔狂で言っているのではないのは分かった。
俺は考えた。組むメリット、デメリット。組まないメリット、デメリット。皆の気持ち、俺の実力、ボーデヴィッヒの実力、他のペアの状況、その他もろもろ。多くの女子の誘いに待ったをかけ、俺を信じてくれているセシリアの誘いを断り、そんな状況でよりにもよってボーデヴィッヒと組むというのは、俺自身許せないものがある。だが、どこかでこいつを放っておけない自分がいた。助けて、と叫ぶ心の声が聞こえた。ボーデヴィッヒと剣を交えたとき、俺は確かにボーデヴィッヒの心の声が聞こえた。助けて、と。
ボーデヴィッヒは、ずっと心から助けを求めている。「何か」を救って欲しいわけではない。「全部」だ。己の存在すべてへの救済を求めている。冷酷な姿は、その自分を隠すための仮面。どこかの誰かと一緒だ。そんなやつを、俺は放っておけない。だから、俺は――……。
俺は、決断を下した。
「――いいだろう、組んでやる」
「ほう」
ボーデヴィッヒが満足げに言った。勿論、ただで手を貸すわけじゃない。
「ただし、条件がある。俺は、俺の仲間とは戦わない」
「仲間、とは?」
「織斑・デュノアペアと、凰・篠ノ之ペアだ。それ以外なら、手を貸してやる」
「……十分だな」
こいつは一夏と戦いたいようだし、俺の横槍は余計なお世話だろう。利害の一致だ。ボーデヴィッヒは不敵に笑うと、俺に手を差し伸べた。
「一時休戦だな」
「…………」
不本意だが、ボーデヴィッヒの手を握った。せめてもの報復として、ボロボロになったセシリアの分、きつく握り締めてやった。
「組むには組むが、勘違いするな。俺はお前の監視のために組むんだからな。もし今日のようなことがあるのなら、俺は迷わずお前を斬る」
「……肝に命じておこう」
ボーデヴィッヒはそれだけ言うと、この場を去っていった。
皆にも話さなければならない。俺の決断を。何と言われても、俺に二言はない。変えるつもりもない。ボーデヴィッヒと組むと、そう決めたのだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺は翌日の朝、いつものメンツを集めて、昨日あったことを説明した上で、頭を下げた。
昨夜ボーデヴィッヒが俺に頼んできたこと、仲間とは戦わないことを条件としたことなど、ちゃんと説明した。昨日申し込んできた女子にも、大々的に説明してやった。
「はあ!? ラウラ・ボーデヴィッヒと組むぅ!?」
バンッ、とテーブルを叩いたのは鈴音だ。
「すまない、皆」
「いや、そうじゃなくて! 一番怒ってたアンタが、何でアイツと組むのよ! わけ分かんない!」
「一言で言うなら、監視だ。俺ならボーデヴィッヒが暴走しても、止められるだろう?」
本当はそんな理由ではないが、嘘は言っていない。監視、というのもあるにはあるが。
「翔が良いってんなら、俺は文句はねえよ」
「僕も一夏に同意」
「私もだ」
真っ先にそう言ってくれたのは、一夏とシャルル、そして箒だ。
そもそも俺がボーデヴィッヒと組まなければならなくなった理由の一つが、一夏とシャルルが(というより一夏が)組み、俺一人を除け者にしたせいである。一夏もそのことに多少の負い目も感じているのかもしれない。
箒は、どうやら俺の意思を尊重してくれているようだ。
「そりゃ、翔が組むってんなら、あたしたちが言うことでしょうけど……。翔、ちゃんと考えたんでしょうね?」
「当然だ」
「じゃあ良いわよ、私も。精一杯考えた結果なんでしょ? だったら仕方ないわね」
「助かる」
鈴音も納得してくれたようだ。
さて、残るはあと一人。最大の難所だった。
「セシリア」
「…………」
案の定、セシリアはむすっとして何も言わない。当たり前だ。
俺が最後まで悩んだのは、やはりセシリアのことだ。いつも俺を信じてくれているセシリアをあんな状態にまで追い込んだボーデヴィッヒ、そして俺はその仇敵と組むことになった。彼女を裏切ったような気さえする。
「すまない、本当に」
「…………」
果たして朝食の時間中に説得できるだろうか。もし上手く行かなくても、何度でも説得するつもりだ。
それから数分の沈黙の後、はあ、というため息と共に、セシリアは諦めたような顔をして言う。
「……仕方ありませんわね。今更わたくしがごねたところで、この状況が変わることはないでしょうし」
「……ありがとう」
もう一度、俺は頭を下げた。
「それに、わたくしはあなたのことを、信じると決めましたから」
俺には、セシリアの絶対の信頼がたまらなく嬉しかった。ありがとう、ともう一度セシリアに言った。
救えるかどうかは分からない。だが、ボーデヴィッヒと組むことで、閉ざされたあいつの心のして、何か感じることができれば……。
――助けて。
そのボーデヴィッヒの心の声を、俺は確かに聞いた。
だから、助けるのだ。