IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
「ねえ、一夏、翔。今日も訓練するんだよね?」
「おう。トーナメントまであと数えるほどしかねえからな」
俺と一夏とシャルルの男子三人(実は一人女子だが)はいつものように、第三アリーナに向かっていた。
「しかし、翔が出るんじゃちょっとやべえかもな」
「そうだよね」
「当然だ。そして出るからには優勝を狙う」
あんな噂があるのではやるしかない。もし俺が否定したとしても、それでは女子が納得しないだろう。逃げ場は無かった。
「……ん? なんかアリーナが騒がしいな」
「確かに……」
生徒たちが見ているので、俺たちも顔を見合わせて、駆け足で向かった。
「あれは……セシリアと、鈴と、ラウラ!?」
一夏の言うとおり、第三アリーナ内ではセシリアと鈴とボーデヴィッヒが戦闘していた。
「どうなっている?」
「多分、セシリアと鈴が、ラウラと二対一で戦ってる! でも、二人の方が不利に見えるんだけど……」
「例の機体か……」
確かあの黒い機体はドイツの第三世代型、『シュヴァルツェア・レーゲン』だったか。とにかく、セシリアと鈴音がボーデヴィッヒと戦っているのは分かった。
アリーナの中に入ると、三人の戦闘が視界に飛び込んできた。
「な……」
俺の目に飛び込んできたのは、所々に損傷の見えるブルー・ティアーズと甲龍、そして余裕を見せるシュヴァルツェア・レーゲンだった。戦況を見るに、明らかに二人の方が押されていた。
「このっ!」
鈴音が《龍咆》を放つが、それはシュヴァルツェア・レーゲンの前で、何かにかき消された。
「無駄だ。このシュヴァルツェア・レーゲンの停止結界の前ではな」
「くっ! ここまで相性が悪いなんて!」
鈴音の甲龍は、優れた防御兵装を持つ機体とは相性が悪い。俺の蒼炎もその一例だ。《龍咆》は砲身と砲弾が見えないのが長所なのに、砲弾そのものを防御できる武装があった場合、たとえ砲弾が見えなくても防がれてしまうため、長所を潰されることになる。
(あの停止結界とやらは、まさか「
鈴音の《龍咆》の砲撃は、ボーデヴィッヒの片手を突き出す動作のみで完全に無効化され、ボーデヴィッヒが攻撃に転じる。肩のアーマーから刃のようなものが左右から一本ずつ射出され、それが鈴音へと向かっていく。鈴音は刃を避けるが、今度は刃の後ろから伸びているワイヤーに掴まれる。
「鈴さん!」
セシリアのブルー・ティアーズからビットが分離し、鈴音を捕縛したボーデヴィッヒを攻撃する。俺と当たったときとは違い、セシリアはビットを複雑な機動で操作しつつ、ライフルでも狙撃を行う。
セシリアは二ヶ月前と違って、ビットとライフルの使い方がとても上手くなった。努力した結果だ。
「……理論値最大稼動のブルー・ティアーズならいざ知らず、この程度の仕上がりで第三世代兵器とは笑わせる」
「何をっ!」
取り囲んでいた二基のビットの両手を挙げて停止させた。
「動きが止まりましたわね!」
「お前もな」
ボーデヴィッヒはセシリアのライフルのレーザーを肩のレールカノンの砲撃で相殺した後、捕縛していた鈴音をセシリアの方へ放り投げた。
「きゃあっ!」
叩きつけられた鈴音とセシリアが激突し、地面に叩きつけられる。ダウンした二人に向かって、ボーデヴィッヒは爆発的加速で一気に距離を詰めた。
「イ、
一夏が驚いた声を上げた。見間違えるはずもない、一夏の十八番だった。
鈴音は飛び上がると、《双天牙月》を構え迎撃体勢を取る。ボーデヴィッヒは手の部分から超高熱のプラズマ刃を発生させ、鈴音へ襲い掛かる。
「はああっ!」
プラズマ刃、そしてワイヤーブレードによるとめどない攻撃を浴びせる。鈴音は後退しながら、それらの猛攻を凌いでいる。一方セシリアはもう一対のワイヤーブレードによる連続攻撃で援護に向かえない。
ここで鈴音が肩の《龍砲》を作動させた。
「甘いな」
「なっ!?」
しかしボーデヴィッヒはそれを完璧に読んでいた。
《龍咆》は空間に影響を与えて効力を発揮する兵器故に、空間に力を及ぼしてから効果を発揮するまでに時間がかかる。
「この状況で、ウエイトのある武装を使うとは」
ボーデヴィッヒの思惑通り、甲龍の《龍砲》から砲弾が発射されるまでの一瞬の隙に、ボーデヴィッヒのレールカノンが火を吹いた。衝撃砲が爆散し、その衝撃で鈴音は動けない。
「きゃあああー!?」
「もらった」
ボーデヴィッヒが鈴音の青龍刀を弾き飛ばし、無防備な鈴音にプラズマ手刀を突き出す――。
「させませんわ!」
セシリアがボーデヴィッヒの一撃をライフルを楯にして逸らし、腰のスカートアーマーを稼動させ、至近距離でミサイルの一撃を見舞った。爆炎の中からセシリアと鈴音が飛び出てきた。
「む、無茶するわね……」
「文句は後で! まだ終わっていませんわ!」
ライフルが破壊されたセシリアは、ビットを自分の周囲に停滞させると、爆炎の中にいるボーデヴィッヒをロックする。
「終わりか?」
「……くっ」
煙が晴れて出てきたのは、ダメージをほとんど受けていないシュヴァルツェア・レーゲンだった。
「ならば――私の番だ」
再度
「させるものですか!」
セシリアはほとんど戦闘力を奪われた鈴音を後ろに退くように指示すると、自らはショートブレード《インターセプター》を展開、果敢に挑んでいった。
「無茶だ! ブルー・ティアーズで接近戦なんて!」
横にいたシャルルが叫んだ。その通りだ。セシリアのブルー・ティアーズは中距離射撃型。間違ってもシュヴァルツェア・レーゲンに接近戦を挑むような機体ではない。
「それでも、セシリアはやるしかないんだ……。鈴を守るために……」
セシリアは迫り来るワイヤーブレードをビットで牽制しながら、貧弱なショートブレードでプラズマ手刀の攻撃を防いでいた。だがついにビットがワイヤーブレードに破壊され、ワイヤーブレードとプラズマ手刀が一気にセシリアに襲い掛かる――。
ついに停止結界と呼ばれる力に動きを止められ、セシリアはワイヤーブレードに捕縛された。
「セシリア!」
俺の叫びも虚しく――そこからは、暴力がセシリアに襲いかかった。
「あうっ!」
ガツン、ガツン、とボーデヴィッヒの拳が、何度もセシリアの体に打ち込まれていく。シールドエネルギーは瞬く間に尽き、
俺の中で、怒りがふつふつと沸き上がってくる。もう、我慢の限界だった。
「――セシリアを……」
ここに来て、初めて友達になってくれたセシリア。俺を信じてくれたセシリア。こんな俺を、必要だと言って泣いてくれたセシリア。
そんなセシリアを、あいつは――ッ!!
「――放せッ!!」
よくも、セシリアを! 絶対に許さない!
怒りに身を任せ、蒼炎を展開、即座に《荒鷲》に《飛燕》を合体させ、《鳳凰》の巨大な刀身を、アリーナのエネルギーシールドに突きたてた。バチバチバチッとシールドが軋んだ音を出す。
構うものか! 俺の行く先を阻むものは……破壊する!!
「う……おおおおおおおおおっ!!」
機体のパワーと、《鳳凰》の破壊力で無理矢理アリーナのシールドを破壊すると、俺はボーデヴィッヒへと
「――天羽……翔か!」
「はぁああああああっ!!」
「な、何!? 止めきれないだとッ!?」
斬撃を止め切れずに打ち上がったボーデヴィッヒに、上昇して斬り払いで追撃する。
「吹き飛べッ!!」
「ぐうッ!?」
プラズマ手刀で受け止めたにも関わらず、俺が《鳳凰》を振り抜いたときには、ボーデヴィッヒは遥か前方へと吹き飛ばされ、アリーナの壁面に激突した。
「か、翔、さん……?」
震える声で、俺を呼ぶセシリア。ブルー・ティアーズは中破。操縦者がダメージを受けたせいでセシリアの意識は朦朧としていた。
「じっとしていろ。――一夏、シャルル」
俺が呼んだときには、二人ともISを展開してアリーナに入ってきていた。
「二人を、頼む」
「……分かった」
シャルルが、セシリアの傍に残り、一夏は鈴音のところへ飛んでいった。これでとりあえずセシリアと鈴音は安心だ。二人が守ってくれる。
「俺は、あいつを叩き潰す!」
一夏を侮辱し、セシリアと鈴音を傷つけたラウラ・ボーデヴィッヒだけは、俺の手で斬る!
「行くぞ、蒼炎!」
復帰したボーデヴィッヒに、《鳳凰》のライフルモードで牽制しながら接近していく。ボーデヴィッヒの肩のレールカノンの砲撃を素早い機動で回避しながら、俺は《鳳凰》の合体を解除、《飛燕》を飛翔させた。
ボーデヴィッヒは不敵な笑みを浮かべて、連続で俺に砲撃してきた。
「貴様とは、一度戦ってみたかったのだ!」
「ぬかせ!」
ソードビットが四方から襲い掛かるが、それをボーデヴィッヒはワイヤーブレード、プラズマ手刀で丁寧にいなした。俺相手に接近戦は不利と思ったのか、俺をワイヤーブレード、レールカノンを駆使し接近を許さない。
思った以上に優秀なパイロットらしいな。だが、そんなことでは、俺を止めることはできない!
「何ッ!?」
俺は目にも留まらない速さで砲弾と刃を避けきり、ボーデヴィッヒの目の前に迫ると、ソードビットの《一ノ型》、《二ノ型》のグリップを握り、二刀流で斬りかかる。
これが、「
距離以遠の戦闘なら、俺の武装では不利だ。だが接近すれば、俺が有利になる。その理由はただ一つ。
「純粋な剣技なら、俺は負けるつもりはないッ!」
視角外から襲ってくる厄介なワイヤーブレードを、飛ばしたソードビット四基で抑えて、ボーデヴィッヒとの純粋な格闘戦を行う。小型の《一ノ型》、中型の《二ノ型》を手持ちで使えば、プラズマ手刀の手数にも十分対応できる。
右の剣で払い、突き、左で防御、反撃。《荒鷲》ならいざ知らず、《飛燕》なら手数で全く引けを取らない。
「ぐ……!?」
だが突然、俺の体がガクンッと止まった。腕も、脚も、全く動かない。目の前を見ると、ボーデヴィッヒが手を突き出している。
「AICか!」
「消えろっ!」
肩のレール砲が、至近距離で俺を狙っている。
それは撃たせん!
「まだだっ!」
たとえ体が動かなくても、ソードビットは動く。飛行させていた《飛燕》で、シュヴァルツェア・レーゲンの腕部装甲を突き刺した。シールドバリアーを貫通し、シュヴァルツェア・レーゲンの腕の装甲の一部を破壊した。
「がっ!?」
同時に、体の硬直が解けた。瞬時に俺は右手の《飛燕》を放って《荒鷲》を展開、ボーデヴィッヒの肩のレール砲を貫いて破壊する。レールカノンが爆ぜ、そこから黒煙が立ち昇っている。
所詮、この程度。この女は、自分より弱いものを見下すことしか知らない。そんなやつに、俺の仲間は傷つけられたんだ!
「はあああーっ!」
右、左、右、と《荒鷲》で斬りつけた。まだだ、俺の斬撃は止まらない。蒼い剣の高速連撃によって、シュヴァルツェア・レーゲンのシールドエネルギーをガリガリと削り取る。
「ぐううう……っ!」
ボーデヴィッヒの表情が苦悶に満ちる。やつは劣勢に立たされ、俺の攻撃を凌ぐので精一杯だ。
力を以て気に入らない者を否定し、いたぶる。それは確かに、強者が悦に浸るなら効果的だろう。だが、それは正当化されてはならない。力を盾にした行動は、必ず憎しみと痛みを生むからだ。その力は、もはや単なる暴力だ。
「いつまでも、そのようにっ!」
一斉展開されたたワイヤーブレードに阻まれ、距離を取られた。《荒鷲》を変形させ、中距離で撃ち合いを展開する。
そして、その暴力という名の憂さ晴らしに遭ったセシリアは何だ? 彼女は「犠牲」なのか? 力で適わなかったら、そうなるのが
――違う。断じて違う! そんなことがあってはならない。セシリアや、一夏……思いやりと優しさを持った人が、暴力に踏みにじられることなど、絶対にあってはならない! だから!
「その暴力を振りまくお前を、俺は許さない!」
高出力のエネルギー弾が、ボーデヴィッヒの機体を掠める。
直撃は避けたか。だがこれで終わりじゃない。次々トリガーを引き、ボーデヴィッヒを狙い撃つ。
「――私は……」
ボーデヴィッヒは射撃をロールで避け、《飛燕》と共に突っ込む俺を迎撃しようと、左目を覆う眼帯を引きちぎった。
「私は負けられないのだっ! 誰にもッ!」
開かれた左目から、金色の瞳が覗く。その叫びに呼応するかのように、ワイヤーブレードが周囲のソードビットをなぎ払った。
「その眼は……!」
噂には聞く、金色の目。それの影響か、一段と鋭くなった攻撃で《飛燕》をすべて叩き落とすと、ボーデヴィッヒはプラズマ手刀で俺の剣を受け止める。
だが、入った。ここは俺の距離だ。もう逃がさない。たとえAICを使ってこようと、《飛燕》がすぐ近くにある。
(仕留める――!)
振り降ろした《荒鷲》と、超反応で伸びたプラズマ手刀ががぶつかり合って、激しい音を立てた。歯を食いしばるボーデヴィッヒが、俺の瞳に映る――。
――助けて……。
どこからか、声が聞こえる。何だ……?
もう一度剣を合わせたとき、また「助けて」と聞こえた。
――助けて……助けて……私を、助けて……!
涙と共に、悲しげに救いを求めるその声は、何度も俺に訴えてくる。
――暗い、寂しい、誰か、助けて……!
暗闇、孤独、恐怖、絶望――。人が畏れるそれらの中で、剣を振るう度、その声は俺の心に響く。どこから聞こえてきているかは、考えずとも分かった。
叫んでいるのは――ラウラ・ボーデヴィッヒ。俺が今、斬り合っている女だった。
その事実に気づいた瞬間、俺の胸を渦巻いていた憤怒は、跡形もなく霧散した。
「まさか、お、お前は……」
剣を握っていた手に、力が入らない。俺は、剣を下ろした。飛行させていた《飛燕》も、その動きを止める。
「……隙だらけだな!」
好機と見てプラズマ手刀を振り上げるボーデヴィッヒだが、俺は受け止める気もしなかった。否、できなかった。気づいてしまった。こいつは、俺と――……。
ガキンッ、という音がした。
「……やれやれ、これだからガキの相手は疲れる」
ボーデヴィッヒのプラズマ手刀は、巨大な日本刀によって防がれていた。
「きょ、教官!?」
現れた織斑先生は、IS用の近接武装を、ISの補佐なしで扱っていた。織斑先生がぶうん、と刀を振ってボーデヴィッヒを退けた。
「模擬戦をやるのは構わん。――が、アリーナのバリアーまで破壊する事態になられては教師として黙認しかねる。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」
「教官がそう仰るのなら」
素直に頷いて、ボーデヴィッヒはISを待機状態に戻した。
「天羽、それでいいな?」
まだ呆然としている俺に、織斑先生は問いかけた。その声で俺は我に返った。
「……構いません」
「では、学年別トーナメントまで私闘の一切を禁止する。解散!」
俺も蒼炎を解除、あれだけの戦闘があったにも関わらず、踵を返して仲間たちのもとへ戻っていく。
俺は、もうボーデヴィッヒとは戦えそうもない。気づいてしまったのだ。
――あいつは、俺と「同じ」なのだと。自分を認めてもらいたくて、とにかく誰かに突っかかっていた、あの頃の俺……一夏と出会うまでの、俺と。