IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「だ、大丈夫か、翔」

「一夏、すまない。もう死にそうだ」

 

 俺は屋上で完全に伸びていた。先ほどの授業で大量の女子に迫られた上、触って指導することを先生から強制されたからだ。その都度別の班からセシリアと思しきキツイ視線が飛んでくるのだから、精神の削られ方が尋常ではなかった。心配してくれる一夏には悪いが、当分は動けそうにない。

 

「人気でしたものね、翔さん」

 

 セシリア、何故そんな嫌味たっぷりに言ってくれるんだ? 俺はその心遣いに涙が出そうだぞ。

 

「……俺は嫌々やっていたんだが」

「それとこれとは関係ありませんわ」

 

 山田先生に二対一で負けたのもあってか、セシリアは非常に機嫌が悪い。どう関係ないというんだ。

 俺たちは現在、屋上で一緒に昼食を摂っている。メンツは、俺、一夏、箒、セシリア、鈴音、そしてシャルルである。箒はいつもの仏頂面であまり会話に入らないが、いるにはいる。何故屋上で食べているのかというと、事の発端は一夏の『晴れた日は屋上で一緒に食おうぜ』という発言によるもので、今日はそれにシャルルの歓迎も兼ねている。

 

「ん? どうしたの?」

 

 まだ短い時間だが、シャルルの行動には不自然さが目立つ。俺たちと一緒に着替えようとはしないし、一夏が手を握ったりすると赤くなる。まるで「女子」のように。その可能性もゼロではないので、頭の片隅に置いておくことにした。

 ただ、シャルルは悪いやつではないと思う。警戒していたのだが、一瞬で解かれてしまった。それぐらい穏やかで優しい性格なのだ。もし演技だったらプロのスパイだが、それは無いと思う。前述の行動がそれを証明している。とにかく、シャルルの正体が何であれ、俺は友達として付き合うことにした。

 

「ねえ、もしかして翔って女子が嫌いなの?」

 

 シャルルが尋ねてきた。……気付かれたな、これは。

 

「……嫌いではないが、苦手だ。触れないんだ」

「よ、よく二ヶ月も耐えてきたね……」

 

 シャルルは苦労を察してくれたようだ。その一言で、俺はまた涙が出そうになった。

 

「優しいな、シャルルは。そんなことを言ってくれるやつは今まで一人もいなかった」

「そ、そんなことないよ」

 

 照れて言うシャルル。セシリア同様不機嫌な鈴音が、ふんと鼻を鳴らして、「普段クールぶってるから笑われんのよ」と嫌味を言ってきた。今日は味方が少ないな。

 

「クールぶってるとは何だ、鈴音」

「そのまんまの意味よ。その割に中身はヘタレねって話」

「……放っておけ」

 

 悲しくなって飯に意識を移した。今日の俺の昼食は弁当である。今日も朝からフライパンを振るってきた。

 俺は早起きなタイプで、毎朝の起床時間は午前五時三十分だ。そこから素振りをして、厨房へと向かって弁当を作るのだが、そこで箒の姿を発見した。曰く、「一夏がどうしてもというから仕方なく弁当を作ってやる」のだそうだが、にこにこしながら料理しているのを見て絶対に違うと思った。

 ちなみに、この前の箒の「付き合ってもらう」発言を進言したのは俺である。じわじわ外堀を固めても一夏には意味がなさそうなので、いっそ一気に踏み込んでみることを箒に助言したのだが――。一夏が恐ろしい勘違いをしているのを知った今、その約束が果たされる瞬間が怖くて仕方がない。一夏のせいで箒の怒りが俺に飛び火しそうで、戦々恐々としている。

 

「い、一夏。これを……」

 

 箒が今朝作っていた弁当箱を一夏に差し出した。

 さっき一夏から聞いたのだが、箒と同じグループになって、そのとき昼食を作ってきたことを伝えられたらしい。

 

「はい一夏、これ。食べたいって言ってたでしょ」

 

 一夏が箒から弁当を受け取った瞬間、鈴音がタッパーを放り投げた。

 鈴音も作ってきていたとは。

 

「な!? 鈴! 何故お前も……!」

「アンタこそ、ちゃっかり作ってんじゃないの……!」

 

 二人の間でバチバチと視線が交錯している。まただ。このやりとりは最近は毎日のように繰り返されていた。

 一夏は二人の料理を交互に食べた。お約束の「あーん」で。とても美味そうである。それを見た箒と鈴音はご満悦であった。

 

「あ。よかったらみんなも食べる?」

「え? いいの?」

「構わないぞ」

 

 機嫌の良い二人は喜んで俺たちに分けてくれた。鈴音と箒が許可してくれたので、俺は二人の料理を頂くことにした。箒からは唐揚げ、鈴音からは酢豚をいただく。

 まずは箒の唐揚げを一口。

 

「むっ」

「どうした翔?」

「素晴らしいな、箒。隠し味に……これは大根おろしか、それを混ぜている結果、鶏肉の下味に深みがでている。違うか?」

「そ、そうだが……」

「唐揚げは弁当の王道だけに、飽きられがちだが、それに一工夫加えるだけで、また色の違うものに早代わりするものだ。これなら誰が食べても美味いはずだ」

「そ、そうか」

 

 箒は照れて下を向く。箒のから揚げは食べるものに対する愛が詰まっていたがした。大変美味でった。

 

「おおっ」

 

 次は鈴音の酢豚を食べてみたのだが、これもまた素晴らしかった。

 

「流石だな鈴音。本場中国の味だ。楽にさっと仕上げるのではなくて、調味料に独特の仕込み……これはあれだな、スープは鶏がらスープだろうが、ちゃんとダシをとっているんだろう?」

「え、ええ、そうよ」

「それだけじゃない。肉の下味もしっかり付けて、揚げ方も丁寧だ。鈴音、これだけの完成度なら皿に盛って店で出せるぞ」

「ほ、ほんと!?」

「ああ。――一夏、お前はちゃんと評価してやるべきだぞ。これはお前のために作ったんだからな」

「お、おう」

 

 俺がそう言うと、鈴音は一夏の方を見て舌を出していた。鈴音の酢豚は料理にこだわりが表れた出来だった。素晴らしい

 

「か、翔って、料理に詳しいの?」

「……まあ、そうだな。かれこれ厨房に立って五年ほどになるだろうか」

 

 俺はそこらの新妻より遥かに経験豊富だ。この前弾の家に行った時もそうだが、俺は食に対しては一切妥協しない。美味いものを知り、美味いものを作り、美味いものを食う。それこそが人生の歓びである、と信じて疑わない。食バカ? 俺にとっては褒め言葉にしかならん。

 

「あ、あの、翔さん?」

「なんだ?」

「わたくしも今朝たまたま偶然何の因果か早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたの」

 

 何だと!?

 俺が恐れおののく傍ら、セシリアがバスケットを開くと、サンドイッチが綺麗に並んでいた。

 

「…………」

 

 思わず顔が引き攣る。つい一週間ほど前だったか。その恐怖が蘇ってきた。

 セシリアが俺の作ってきた弁当を食べたいと漏らしていたので作ってやったのだが、そのときのお礼ということで、セシリアがこの前料理を作ってきたのだが……。

 実は、セシリアは料理がとても下手である。その自覚は、無い。見た目がいいのが余計に性質が悪い。

 

「うわー、翔、よかったじゃない。セシリアの手作りなんて」

 

 棒読みの鈴音。目は「ばーか」と笑っている。喧嘩を売っているのだろうか。

 

「あの、翔さん……」

「あ、ああ、いただくよ」

 

 ちゃんと食べるから泣きそうな顔をしないでくれ。たとえ味は破壊的で残酷で救いようがなかろうと、俺のために作ってくれたセシリアの心を無碍にはしない。

 しかしどうしてくれようか、このサンドイッチ。今の俺は著しく体力を消費している。こんな状態で食べたら正直どうなるか分かったものではない。

……一夏、後は頼んだ。

 

「い、いただきます」

 

 恐る恐るサンドイッチを口に運び、咀嚼する。

 口に豆板醤(トウバンジャン)の刺激的な辛さと、スパイスの独特の風味が広がった。次に感じる生クリームの甘さと、レモン汁の強烈な酸味。そして今度は砂糖の甘さ。あらゆる味覚が、このサンドイッチ一つに凝縮されている。ああ、なんと素晴らしいサンドイッチだろうか。一度であらゆる味を楽しめる。

 しかしその奇跡(ミラクル)を味わう代償は、自らの胃腸である。

 

「ど、どうですか?」

「……あ、ああ……いい感じだ」

 

 ぐっとサムズアップしてみせると、セシリアは花が咲くような笑顔を見せた。確かに魅力的だが、今の俺には拷問を行う悪魔の笑みにしか見えないのが残念極まる。

 また言ってしまった。俺が本当のことを言える日は来るのだろうか。早く本当のことを言ってやらないと、俺は何度も胃腸を侵略されることになる。

 しかし、これは本当にマズいな。二重の意味で。 

 こうして胃腸を破壊された俺は、授業に集中することができず、午後の授業は出席簿で何度も頭を叩かれたのであった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 寮に向かうまでの道をよろよろと歩く俺。その隣を一夏とシャルルが歩く。

 

「酷い目に遭った……」

「織斑先生に凄い叩かれてたもんね……」

 

 満身創痍の俺を、シャルルが心配してくれた。シャルルの気遣いは本当に心に染み入るようだ。優しい性分で良かったと思う。

 

「翔、部屋はどうなるんだ?」

「ああ、そうだったな」

 

 忘れていた。シャルルの部屋は俺か一夏どちらかと一緒になるのだろうが、どっちだろう。

 

「織斑先生が後で言うと言っていたが……」

 

 と思っていたら後ろから織斑先生が現れた。

 

「織斑、天羽。デュノアの部屋は織斑の部屋になった。天羽はそのまま一人だ。織斑、しっかり面倒を見てやれ」

「分かりました」

 

 シャルルの部屋は一夏と同じか。俺たちはその後部屋で別れた。

 俺は部屋にカバンを置き、制服を脱いで部屋着に着替えた。

 一段落ついたあと、俺はパソコンを起動させ、首を左右にコキコキ鳴らす。何度もパソコンを使う内についた癖で、キーボードを触る前はいつもこれをしている。

 俺のパソコンは束お手製で、俺専用だ。通常のキーボードに加えて電子キーボードが追加され、計二枚のキーボードによる高速入力が可能だ。

 

「――さて」

 

 これからやることは決まっていた。シャルル・デュノアについての情報収集。

 

「お前はどんな秘密を抱えているんだ? シャルル」

 

 悪いな、調べさせてもらうぞ。俺はニヤリと笑って、ハッキングを開始した。

 

 

 

 シャルル・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ。この怪しい転校生二人の登場で、俺の生活はさらに忙しくなることとなる。


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