IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
1
あの事件から、世界は変わった。
後に「白騎士事件」と呼ばれる事件。ミサイル基地のコンピューターが一斉にハッキングされ、二四三一発ものミサイルが発射され、それを謎の機動兵器、IS「白騎士」が迎撃、それ見た各国の軍艦、戦闘機などの兵器を全て撃墜した事件。この事件を機に、
しかし、この兵器にはある大きな特徴があった。このISという兵器には女性しか乗ることができないのだ。
世界最強の兵器であるISに乗れるのは女性だけ。
この事実は世界の男女のパワーバランスを一転させ、ついに、世界は女尊男卑の風潮になってしまったのだった。
――と、それはさておき、何故こんなことになったのか。
女。女。女。見渡す限りの女。
男であるはずの俺が、本来女性しかいないはずのIS学園にいる。周囲の人間は、男である俺の言葉に過度な期待をしている様子。そんな状況の中、俺は自己紹介せねばならなかった。何の罰ゲームだ。
「……
我ながら、面白味のかけらもない見事な自己紹介だと呆れてしまった。無愛想、無表情、無個性の三点揃った完璧な自己紹介だったと自負している。にも関わらず、どこからかほう、と熱っぽいため息が聞こえた。
や、やめろ、そんな目で見るんじゃない! 俺はテレビの俳優だとか、そんなんじゃないんだぞ!
そう心の中で抵抗してみても、何の意味もなかった。全身をぞわっと悪寒が走る。
――ああ、やっぱり無理だ、無理だったんだ。女だらけのこんな空間で俺が生きていけるはずがない。
女性が苦手な俺が何故こんな地獄のような場所に放り込まれなければならない? そもそもISに乗れないはずの男である俺がIS学園に通わなければならない!
これも全て、『あいつ』のせいである。
(次に会ったときにはあの憎いウサミミを木っ端微塵にしてやる……)
俺は憎き恩人に復讐を誓うと同時に、これから自己紹介を行うであろう男、
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それは、遡ること一週間前。
「……束! どういうことだ!?」
俺は目の前にいる女の言葉を疑った。目の下に大きなクマを抱え、いかにも不健康といった印象である。その女は、トレードマークとも言える頭のメカウサミミもといカチューシャをぴょこぴょこ踊らせながら、こうのたまった。
「おめでとうっ! しょーくんはこれからIS学園に入学することになりましたぁ~! ぶいぶい~♪」
ぶいぶい~、ではない。殴られたいのだろうか。
この女は手でVサインを作って俺にふざけた口調で、突然こんなことをぬかしやがったのだ。頭は大丈夫なのだろうか。いや、頭は元々おかしいが。
「それはさっき聞いた。だから、何故俺がそんな場所にいかないといけないんだと聞いている!」
こいつの名前は、
……と、世間には認識されているが、その実態は怪しげな機械で身辺を埋め尽くし、世界を放浪する、ただの変質者に他ならない。こいつの身勝手さは今に始まったことではないのだが、突然こんなことを言われたら文句の一つも言いたくなるというものだろう。
「え~? そんなの決まってるじゃないかしょーくん! 女性が苦手な君がそんな場所に行ったらどうなるのかと――」
ゴスッ。俺の拳が唸った。
「いたぁっ!? 殴ったねしょーくん! この天才科学者篠ノ之束の頭を!」
涙目で抗議する束。おっと、思わず手が滑ってしまった。
「自業自得だ。もう一発殴られたくなかったらちゃんと理由を話せ」
「むむ~。仕方がないなぁ」
束はしぶしぶ、と言った様子で話を始めた。
「実はだね、何といっくんがISを動かせちゃったんだなー、これが!」
「一夏が!?」
一夏、というのは俺の幼馴染である。本名は、織斑一夏。ISの世界大会、モンド・グロッソの優勝者である織斑
「――これで、二人目か」
「ま、そういうことになるねぇ」
二人目、というのはISの男性操縦者のことだ。本来女性しか動かせないはずのIS。それを動かしたというのがどれほどの大事件かは言うに及ばないだろう。
そして俺は、世界で初めてのIS操縦者だ。世間には認知されていないが。
「ふふふ、ついに、君と同じ立場の人が現れたってわけだよ。それがしかもしょーくんの大好きないっくんなんだから、しょーくん嬉しいよねえ?」
「…………」
見透かされているようで腹が立つ。
束がしょーくんと呼ぶから誤解されるかもしれないが、俺の名前は
現在俺は事情があって束と一緒に生活している。世界中を飛び回る束と一緒に旅をしていたので、急にIS学園に行けという意味が理解できなかったのだ。
「……で、『これ』のことは?」
俺は首にかかっているチェーンを通したリングを持って言った。
「むふふ、その心配は無用だよぉ。話は通してあるからね」
「そうか、なら良い。……で、何故突然IS学園に入れなんて言い出したんだ?」
普段はちゃらんぽらんで、めちゃくちゃなことしかしないこいつだが、無意味なことは絶対にしない。俺をわざわざそんなところに入れようとするぐらいだから、何か理由があって当然だ。ちなみに、さっきと同じことを言ったら次は二発殴るつもりでいる。
「……今、いっくんの存在が世界に公表されて、男性IS操縦者が出てきてくれたでしょ~?」
「そうだな」
「そのお陰で、一緒にしょーくんの存在も公表できるわけさ。一人目が現れた、なら二人目もあり得るだろう、って考えることができるからね。ここら辺で公にしちゃうのがいいかな~と束さんなりに考えてみたわけ!」
まあ、それもそうか。これまた事情があって俺の存在は世界に公開できなかったのだが、一夏が現れたお陰で、一緒に披露できるというわけだ。
「それともう一つは、IS学園を護って欲しいんだよね」
「……はあ?」
この理由には理解しかねる。IS学園には千冬さんがいるのだ。それに、生徒自体が戦力にもなるだろう。
「そうじゃないんだなぁ。……実はね、『あの組織』が動き出してるんだよ」
「……『
「……そうだよ。あの組織。そうなったら、ちーちゃんだけじゃ対処は難しいでしょ? ちーちゃんは教師だから、縛られるものも多いだろうしね。だから、しょーくんに生徒としてあそこにいてもらいたいんだよ!」
なるほど、そういうことか。確かに幼馴染を守りたければ、千冬さん頼みにするより、直接守る方がより確実だ。それに、一夏は束のお気に入りでもある。一夏を危険に晒したくはないだろう。
「ねー? ねー? 納得してくれたー?」とゴリゴリ顔の距離を詰めてくる束を押さえつけながら、束の言葉の意味を反芻した。
いい加減鬱陶しくなってきたので、顔面を引き剥がすと、束は急に真面目な表情をした。
「それにさぁ」
「それに?」
まだ理由があるのか?
「しょーくんはさ、今まで私に付き合って普通の生活できなかったでしょ?」
「……まあ、な」
確かに、俺は普通の生活ができなかった。勉強したり、部活をしたり、恋をしたり……そんな一般的な学園生活。この六年間、そんなことをした記憶は無い。
「あそこに行けば、ちゃんと学生として勉強して、友達と遊べるんだよ。だから、子供なら誰でも味わえる『青春』ってヤツを味わってほしいんだよ。……ま、男性IS操縦者って十分普通じゃないけどさ~」
「束……」
俺は正直、楽しい学生生活なんて諦めていた。俺は、俺を救ってくれた束に、一生付いていくと誓った。束と一緒に生活する上で、不満に思ったことなんて何もない。それでも、束は見抜いていたんだろう。俺が心の底では孤独を嘆き、友人を求めていたことに。
束、お前は俺のことをそこまで――。
「……なーんちゃってぇ!!」
考えて――。
「そんなのはほーんのちょっとの理由で、ホントは女の子に囲まれて困惑するしょーくんの姿が見てみたいなーって思っただけなのでしたー!!」
…………。
「幸か不幸かしょーくんはカッコいいからねえ、女子たちは放っておかないよねー! ぐふふ、想像しただけでおもしろい! 普段クールぶってるしょーくんが、大量の女子に言い寄られて慌てふためくなんてさあ!」
…………。
「おや? 震えていますなぁ、しょーくん? まさか、何年か一緒にいたぐらいで、この束さんの本心を理解したつもり? 残念でしたぁー、それはしょーくんの思い上がりだよーん! ふっ、まだまだ甘いなっ――」
ドゴスッ。
――我慢の限界だった。
「――い、いったぁあ!? また殴ったね!? 一度ならず二度までもぉぉお~!?」
さっきの二倍の力で殴ったからな。そりゃ痛いだろう。
「黙れ、喋ったらもう一発殴る」
「うぅぅ、しょーくんの鬼畜ぅぅ……!」
フライパンで叩かれなかっただけよかったと思え、このクソ保護者め。
と、そんなこんなで、俺はIS学園に入学することになったのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
周りの女子の視線が目の前の男に集中していた。
「え、えっと、織斑一夏です。趣味は……あんま無いです。よろしくお願いします」
その男子、織斑一夏が俺に必死に救援を求めてくるのが目が伝わってきた。
「(か、翔っ! 助けてくれぇっ)」
まあ、俺が適当な自己紹介したもんだから、一夏に過剰な期待がかかってるんだろうな。一夏は見た目も明るそうな印象だが。
「(無理だな)」
俺は目でそう伝えると、目をそらした。周りから「それで終わりか?」という視線がこれでもかとばかりに一夏に刺さる。
「以上です」
がたたっとした音が聞こえた。
……あいつ、追い込まれて結局終わらせやがった。
直後、スパァンッと小気味のよい音が教室に反響した。
「いったぁ!?」
理不尽な出席簿での一撃が一夏の頭部を襲った。
「ち、千冬姉!?」
ズパァンッと二発目。死ねる。
「織斑先生だ、馬鹿者」
自らの弟にも全く容赦の無い攻撃。そこには、世界最強のIS使い、織斑千冬がいた。背筋がぴっと伸びた、そのスーツ姿。視線だけで斬れそうな鋭さである。
「キャアアアアアアアァァァァー!」
クラス中の女子が一斉に叫んだ。耳をつんざかんばかりの音量に、思わず耳を塞いだ。
「ち、千冬様よ! 本物!」
「素敵! 素敵よぉぉぉ!」
「感激ーっ!」
世界最強と呼ぶにふさわしい実力と、端正な美貌、そして強烈なカリスマ性で、織斑千冬は絶大な人気を誇っていた。その憧れの人が目の前にいるのだ、この歓喜の声も分からんでもない。しかし、凄い人気だ。
毎年のことで慣れているのか、千冬さんはやれやれといった様子で首を振る。
「……まったく、だから新入生の相手は疲れるのだが……」
「お姉さまぁー!」
「キャアアア! お姉さまの呆れ顔もステキー!」
……猛者だ。猛者がいる。それも、随分と想像力豊かな。大丈夫だろうか。既にこれからの生活が不安になってきたんだが。
「で、満足に挨拶もできんのか、お前は」
「いや、だってさ千冬姉――」
迂闊にも普段の呼び方をした一夏に、ズパパァンッと二連撃。目にも留まらぬ連撃だった。
「いってぇえええ!?」
「織斑先生だ。分かったか?」
「……分かりました。織斑先生」
いてて、と一夏は頭を抑えながら言った。一夏から視線を俺たちに向けて、千冬さん、改め織斑先生は俺たちの方へ向いた。
「さあ、
「はい!」と生徒たちは元気よく返事をする。言うことが無茶苦茶でも、千冬さんが言うと説得力を持つから困る。大体「返事をしろ」の一言を念入りに説明し過ぎだろう。無駄に威圧的だ。
「――おい、そこ。何故返事をしなかった」
突如、グサッと何かが俺の頭に突き刺さった。
「ぐああぁぁ……!」
どうやら先生の胸ポケットに入っていたペンらしい。
くそっ、何年経っても凶暴性は相変わらずか! あの人にかかれば何でも武器になるな!
「ん? なんだ天羽? 言いたいことでもあるのか?」
「……いえ、何も……」
とはいえこれ以上睨みつけると反撃が怖い。この辺で鞘に納めることにした。