IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 

 鮮やかな金髪。人懐っこそうな顔。礼儀正しく頭を下げる華奢な姿。金髪の転校生の「男子」は、にこやかに笑って言った。

 

「お、男……?」

 

 クラスの全員があっけに取られる中、俺だけが事態の異常さに戦慄していた。

 良く考えろ、「男」だぞ? あり得ない。本来絶対にあり得ないんだ。そんな大事件を、束が把握していないはずはない。だが、俺には何の情報もない。だとしたら、このシャルルと名乗る少年は一体何者だ?

 とりあえずは様子見か。ここで即拘束も不可能ではないが、迂闊極まる。

 

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国から入国を……」

 

 出身はフランス。フランスというば、デュノア社か。

 デュノア? そういえば、この少年はさっき「シャルル・デュノア」と名乗ったな。もしかしたらデュノア社の御曹司なのか? いや、だがそれはおかしい。確かデュノア社には子息がいなかったはず――。

 

「翔さん? どうしましたの?」

 

 俺が硬い表情をしていたのに気付いたのか、セシリアが心配そうに聞いてくる。

 

「いや、何でもない」

「なら、いいのですけれど……」

 

 このまま緊張していた雰囲気を出していても状況は変わらないのだし、少しは落ち着こう。

 

「きゃ……」

 

 ん? 

 

「きゃああああああああああああああああああーーーー!!」

 

 鼓膜を貫く爆音。あまりの音量に鼓膜が

 

「ぐあぁ、耳が……!」

 

 声で脳が揺れたのは人生初だ。このクラスの女子はいつもいつも激しすぎる……!

 

「男子! 三人目の男子!」

「しかもうちのクラス!」

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

「地球にうまれてよかった~~!」

 

 過剰な喜びを発散させるクラスメイトたち。大げさすぎるような気がする。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

 我らが織斑先生の一言により、一瞬で静かになるクラスメイトたち。この切り替えの早さはもはや名物と呼んでいいのではなかろうか。

 

「み、皆さんお静かに。自己紹介はまだ終わってませんよ」

 

 山田先生も皆を宥めた。仰るとおりである。

 一旦デュノアのことは置いておき、もう一人の転校生に視線を移した。

 その少女は輝かしい銀髪を流し、ただただ立っていた。目には眼帯が添えられている。放つ雰囲気は、明らかに普通の高校生の冷たさではなかった。恐らく軍人だろう。クラスメイトたちはこちらの生徒を不気味な存在なように感じているかもしれないが、俺からすればシャルル・デュノアの方がよっぽど不気味である。

 

「…………」

 

 銀髪の少女は何も言わなかった。

 

「……ラウラ、挨拶をしろ」

「はい、教官」

 

 織斑先生が指示すると、ラウラという銀髪の少女は、間髪置かずに返事をした。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 確か織斑先生はドイツ軍で指導を行っていたことがあったはずだ。この少女はそのときに指導されたのだろうと推測する。

 

「……ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 その挨拶には、笑顔も会釈も何もなかった。俺以上に愛想のない挨拶だった。

 

「あ、あの、以上、ですか?」

「……以上だ」

 

 山田先生が気を利かせて聞いたが、ラウラ・ボーデヴィッヒは何も言わなかった。

 

「貴様が――!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは一夏の姿を確認すると、つかつかと目の前まで歩いていく。突然、ラウラ・ボーデヴィッヒは一夏に平手打ちを見舞った。パシンと乾いた音がクラス内に響く。見事な手際だった。

 

「な、何しやがるっ!?」

 

 一夏が立ち上がった。

 

「私は認めない。貴様があの人の弟であることなど、認めるものか」

 

 そう言って、ラウラ・ボーデヴィッヒは元の場所に戻った。

 何なんだ、一体。

 

「……ゴホン!」

 

 ざわついくクラスメイトをわざとらしい咳払いで黙らせると、織斑先生は俺たちに指示した。

 

「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。それと、織斑、天羽。デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

「はい」

 

 願ってもないな。これならシャルル・デュノアを監視できる。問題のそのデュノアはと言えば、にこにこと朗らかな笑顔のまま、俺たちのところまで来た。

 

「君たちが、織斑君と天羽君? 初めまして僕は――」

「ああ、いいから、とにかく移動だ」

「とりあえず男子は空いているアリーナ更衣室で着替えだ。これから実習のたびにこの移動だから、早めに慣れてくれ」

 

 一夏の言葉を補足してやる。今は怪しさどうこうよりも、次の授業に急がなければ。

 

「う、うん……」

 

 落ち着かない様子のデュノア。今の説明に何か気になることでもあったのか?

 

「トイレか?」

「トイ……っ違うよ!」

 

 直球な質問の一夏もどうかと思うが、そんなに必死に否定することか?

 

「そうか。それは何より」

 

 一夏はそう言うと、走らない程度に歩くスピードを上げる。俺もそれに習って、一夏に併走する。

 ここでスピードを落とすわけにはいかない、何故なら――。

 

「いたっ! こっちよ!」

「者ども出会え出会えい!」

 

 ドドドドドと凄まじい音を立てて、女子たちが突進してくるからだ!

 

「織斑君と天羽君の黒髪もいいけど、金髪っていうのもいいわね」

「しかも瞳はアメジスト!」

「日本に生まれてよかった!」

 

 だから言いすぎじゃないかと。いや、ツッコミかましている場合ではないな。

 

「逃げるぞ」

「おう」

 

 俺たちの行動は迅速であった。

 

「ま、待って……!」

 

 デュノアが慌てて付いてきた。

 

「な、なに? なんでみんな追っかけてくるの?」

「それは男子が俺たちだけだからだろう」

「……?」

 

 理解できていない顔だ。怪しいな。

 

「いや、まあいろいろ助かったよ」

「何が?」

「いや、やっぱ学園に男二人はつらいからな。一人でも男子が増えるってのは心強いもんだ」

「そうなの?」

 

 首をかしげるデュノア。やはりおかしい。普通の男なら理解できるはずなんだがな。国民性の違いではないと思うのだが。

 

「ま、何にしてもよろしくな。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ」

「天羽翔だ。何とでも呼んでくれ」

「うん、よろしく一夏、翔。僕のこともシャルルでいいよ」

 

 じゃあシャルルと呼ばせてもらおう。まだシャルルの目的は分からんが、とにかく俺にとっては二人目の男友達になるかもしれない男性だ。できれば普通の友達として付き合いたいものである。

 何とか女子から逃げ切った俺たちは、すぐに着替え始めた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 ごすっ、ごすっ

 

「遅い!」

「「すみません」」

 

 着替え終わった俺たちを迎えたのは、織斑先生の拳骨だった。痛かった。

 しかし、理不尽ではないだろうか。俺たちはあの女子の追撃を振り切る手間があったのだ。それに加えてシャルルにいろいろ教えていたのだから、多少は見逃してくれてもいいだろうに。

 いや、無理か。織斑先生は鬼だ、人並みの情があるとは思えない。

 

 ごんっ

 

「天羽、余計なことを考えるな」

「……すみません」

 

 迂闊だった。また思考を読まれた。ああ、頭が揺れる……。

 

「ずいぶんゆっくりでしたわね」

 

 うずくまる俺に、いつものようにセシリアが寄って来る。

 

「す、ストップだセシリア!」

「な、何故ですの? まだ大丈夫な距離ですのに……」

 

 ほう、もう俺の不可侵領域(レッドゾーン)は把握しているのか、セシリアよ。だが今日は、というか今はレッドゾーン拡大中である

 

「そ、その格好がだな……」

 

 俺がそう言うと、セシリアはああ、と声を上げて納得した。

 考えてもみろ。ISスーツなんて水着も同然ではないか。セシリアのボディラインがすっかり浮き彫りになってしまっている。思わず目を逸らしてしまった。 

 『ブルー・ティアーズ』を操っているときはあまりそう思わないのだが、セシリアはスタイルが非常に良い。出るところとひっこむところのメリハリが素晴らしい、とのこと。ソースはクラスメイトの女子だ。

 

「……ふふ。そういえば翔さんはとっても初心(うぶ)でしたわね」

「うるさい……」

 

 セシリアはくすくす笑う。俺自身気にしているのだ、言わないで欲しい。

 良く考えれば周りの女子全員ISスーツではないか。なんて格好をしているんだ、恥ずかしくないのか。目を開けていたら誰か目に入ってしまうので、目を閉じることにした。目をかたく閉じる俺を、セシリアは笑いながら見ていた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「では本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

「はいっ!」

 

 今日は二組と合同なので返事も二倍である。

 織斑先生相手に目を閉じたりしていたらまたあの一撃を貰うことになるので、ひたすら織斑先生のみを見ていた。もはや凝視と表現できるほど、織斑先生しか見ていなかった。後ろからセシリアの強烈な視線を感じるのだが……気のせいだろうか。どっちにしても見えない(というか見たくない)ので分からないが。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。――凰、オルコット」

「あ、はーい!」

「よろしくってよ」

 

 鈴音とセシリアは快諾し、前に出た。一組と一緒の授業だからか、少しでも一夏にいいところを見せようと、鈴音は腕をくるくる回していた。セシリアもちらっと俺に目配せした。見ていろ、ということだろうか。

 二人が呼ばれたのは、専用機持ちは早く始められるから、という理由だ。教える側としては楽だろう。

 

「それで、相手はどちらに? わたくしは鈴さんとの勝負でも構いませんが?」

「ふふん。こっちのセリフ。返り討ちよ」

 

 早く始めろとばかりにやる気がみなぎっている鈴音とセシリア。模擬戦でも良い勝負をしている二人だけに、ライバル意識も相当なものだろう。

 

「まあそう慌てるな馬鹿共。対戦相手は――」

 

 ひゅるるる、と何かが飛んでくる音がする。ISか?

 

「ああああ~! どいて下さい~!」

 

 この声は、もしや我らが副担任では?

 そう思ったときには、一夏の上に落下していた。グラウンドには大穴があいている。一夏は無事かと一瞬心配していたのだが……。

 

「ふう、ギリギリで白式の展開が間に合った……」

 

 どうやら生きていた様子。一夏は咄嗟に展開できるようになった。成長した証である。

 とりあえず安堵の表情の一夏だが、下をよく見たほうがいい。

 

「……あ」

 

 この後の惨劇が安易に想像できたので、目を背けることにした。俺はもう知らん。

 一夏の下には山田先生がいらっしゃり、ラッキースケベスキルを発動させた一夏は、鈴音の《龍咆》と、どこから取り出したのか、箒の木刀により殲滅された。

 シャルルが怖がっていたが、それも仕方がないほどの惨劇であった。

 

「で、対戦相手は、山田先生だ。山田先生はああ見えて元日本の代表候補生なんだぞ?」

 

 周りからおおーっと声が上がる。しかしあの山田先生が元代表候補生か。世の中分からないものだな。

 形状からして、山田先生の深緑のISは、デュノア社製第二世代IS『ラファール・リヴァイヴ』だろう。

 

「あ、あの……二対一で、ですか?」

 

 セシリアがおずおずと声をかけた。

 

「安心しろ。今のお前たちならすぐ負ける」

 

 流石にカチンときたのか、二人の眉間に皺が寄った。

 

「では、始め!」

 

 織斑先生の言葉とともに、セシリアのブルー・ティアーズ、鈴音の甲龍が展開され、山田先生を含めた三人は一気に大空へ飛翔する。

 セシリアの《スターライトmkⅢ》、鈴音の《龍咆》が同時に山田先生のラファール・リヴァイヴを襲うが、山田先生は旋回しながら、細かい機体制御で回避する。とてもいい動きだ。

 

「デュノア。山田先生の機体を説明してみろ」

「は、はい」

 

 戦闘の間に、シャルルによる第二世代型『ラファール・リヴァイヴ』の解説が入る。

 

「山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です」

 

 ちなみにだが、俺の蒼炎には『後付武装(イコライザ)』がない。というのも、《荒鷲》と《飛燕》の二つの『初期装備(プリセット)』で『拡張領域(パススロット)』が埋まっているからだ。これだけで十分、という理由もあるが。

 

「現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、七ヵ国でライセンス生産、十二ヵ国で正式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています。装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティが多いことでも知られています」

「ああ、いったんそこまででいい。……終わるぞ」

 

 シャルルの優秀な解説を聞きつつ、俺は戦闘を見ていた。

 山田先生の正確な射撃による攻撃と、自分たちの攻撃が当たらないイライラからか、セシリアと鈴音の動きは普段より雑になってきた。戦闘中、苛立って自棄を起こすということは即ち負けである。視野が狭まり、攻撃が短調になり、適切な判断が下せなくなる。戦闘におけるベストな心理状態とは、闘争本能で心が昂ぶっていても、思考が理性で制御され、冷静が保たれている状態だ。

 山田先生の射撃がセシリアを誘導し、回避に躍起になっていたセシリアと、《龍咆》で撃つことばかりを考えていた鈴音は空中でぶつかった。

 これは勝負あったな、と俺が確信した瞬間、山田先生がグレネードを投擲し、重なっていた二人は爆発に包まれた。二人は落下して地面に叩きつけられた。

 爆炎が晴れた途端、鈴音がセシリアに抗議した。

 

「あ、アンタねえ、何同じとこに攻撃してんのよ。せっかく二人もいるのに……!」

「鈴さんこそ、ライフルの射線に何度も入ってきたではありませんか! わたくしに合わせるつもりがありますの!? 無駄にばかすかと衝撃砲を撃つばかりで!」

「それはこっちのセリフよ! ビットの狙い甘いし! あたしにレーザー当てるつもり!?」

 

 ぎゃーぎゃーと言い合う二人。

 はっきり言って、今回は自滅だ。ちゃんと連携さえ取れれば、相手が教師であっても、一人相手にああまで簡単に負けることはないはずだ。

 先ほどの場合だと機体特性的に鈴音が前衛、セシリアが後衛となるが、気をつけるべきことはお互いの長所をつぶさないようにすることだった。甲龍の衝撃砲は無制限の射角と、砲弾、砲身が見えないのが長所であるのに対し、ブルー・ティアーズのビットの長所は、擬似的な多対一状況の形成による面制圧力。しかし、衝撃砲が見えないために、セシリアはビットを思うように配置できず、鈴音はビットが邪魔で衝撃砲の奇襲性を生かしきれない。そう、そもそも二機の相性が良くないので、長所がかち合って良さを消しあってしまうのだ。そういう場合、どちらかがどちらかに合わせてやらなければならないが、二人は自己主張が激しすぎた結果、自滅したのである。

 連携とはお互いへの理解があって初めて成り立つ。独りよがりな状態では無理なのである。織斑先生は暗にそれを伝えていた。

 

「さて、これで教員の実力は分かってもらえただろう。これからは敬意を持って接するように」

 

 しかし、二人の連携ミスを差し引いても、山田先生の戦いの流れの運び方は巧みだった。普段のドジな部分はすっかり抜けて、冷静な戦士の顔をしていた。元代表候補生というのも絶対に嘘ではない。

 入学当初は正直IS学園の教師でも勝てるとナメていた俺だが、少々認識を改める必要がありそうだ。まあ、それでも負ける気はないが。

 さて、これから何をするのだろう。

 

「専用機持ちは織斑、天羽、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の六人だな。では、六人か七人グループになって実習を行う」

 

 ……は?

 

「各グループリーダーは専用機持ちがやること。いいな?」

 

 織斑先生、今なんと?

 まさか俺に女子を指導しろというのか!? しかも六か七対一だと!? 無理だ!

 

「織斑君、一緒にがんばろう!」

「天羽君、私にいろいろ教えて~!」

「デュノア君の操縦技術を見てみたいなぁ」

 

 あああ、二クラス分の女子たち俺たち三人に群がってくる。

 ち、近い。しかもISスーツなんて地獄だ。ダメだ、意識が……。

 

「この馬鹿者共が……。出席番号順に一人ずつ各グループに入れ!」

 

 織斑先生の一喝で、大半の女子は違う場所に散っていく。なんとか命だけは助かった模様だ。息を整え、落ち着かせる。

 男子に当たらなかった女子たちはこの世の終わりみたいな顔をしているのだが。そこまでがっかりすることか?

 何にしても、今回の授業は地獄であった。震える体に鞭打って、俺は必死に説明したのだが、もう死にそうだった。こんな授業は二度としたくない……。


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