IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
1
六月の頭。とある休日。
梅雨が終わらないせいで、俺の機嫌は悪い。しかしいつまでも仏頂面をしているわけにもいかない。気分転換が必要だ。何か気が紛れることがしたいと思って、一夏に相談してみた。
「じゃあ、翔も一緒に行こうぜ」
「行こうって、どこにだ?」
「俺の友達の家」
「……は?」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ということで、俺は今まさに、その一夏の友達、
その五反田弾の家というのは、見た感じ食堂らしい。「五反田食堂」と大きな文字で看板が掲げてある。もし普通の民家だったら笑えるな。
「お~い、弾! 来たぜ!」
「へいへい」
一夏がインターフォンを押して来たことを伝えると、長い髪をバンダナでまとめた、五反田と思しき人物の返事が聞こえた。この二人、どうやら随分と親しそうである。
「よっ、一夏。久しぶりだな」
「おう」
「立ち話もなんだし、上がれよ」
「サンキュー」
二人で砕けた会話をすると、今度は一夏が俺を紹介する。
「紹介するよ。こいつは天羽翔。俺の幼馴染」
「天羽翔だ。よろしく頼む」
俺はできるだけ愛想の良い顔をした。俺は無愛想と言われがちなのだ、これは必ず心がけるべきだと最近知った。
「おぉ、一夏から話は聞いてる。五反田弾だ。よろしくな」
五反田は笑顔で迎えてくれた。
実はここだけの話だが、俺は男友達をこの上なく求めている。女性が苦手な俺なのに、男友達は一夏だけという危機的状況なので、当然とも言えるが。女性しかいないIS学園で男友達は絶対に作れない。だから、絶好の機会だと思って今日は来たわけだ。そもそも友達自体も少ない。一夏と箒と、セシリアと、あとは鈴音くらいか。
鈴音とはあの事件以降、仲良くさせてもらっている。鈴音は知っての通りあまり細かいことを気にしない性格なので、とても話しやすい。だから話してみれば簡単に打ち解けられた。鈴音にはあまり俺の体質も影響が無い。流石に至近距離やボディタッチはアウトだが、セシリアほどではない。男らしいからだろうか。これを言うと鈴音は怒るので言わないが。
ちなみにだが、鈴音に俺が女性が苦手であることを言うと、思いっきり笑われた。女が苦手なくせに何でこんな場所にいんのよ、と。俺が知りたいぐらいである。
「まあ、上がってくれよ」
「お邪魔します」
きさくな五反田に感謝しつつ、家にお邪魔させてもらった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「やっぱイタリアのテンペスタは強いわ。つうかエグいわ」
「たまには別キャラも使えよ。イギリスのメイルシュトロームとかよ」
「いや、あれはすげえ使いづらいし、技弱いし、コンボ微妙だし」
二人がゲームをしながら話をしている。だが、一つ言わせて貰おう。
「いや、分かっていないな五反田。メイルシュトロームというキャラの奥深さを。確かに技が弱いし、コンボは微妙かもしれないが、それを補って余りある機動性がある。あの機動性を以ってすれば、回避、急接近様々な応用が利く。攻撃力は手数でどうとでも――」
「わ、分かった。そうだな、すげえよやっぱ」
俺の知識に恐れを為したのか、引き下がった五反田。俺との対戦は、ごり押しの末俺の勝利だった。
ゲームを中断し、五反田は、「で?」と話を切り出した。
「で、って何がだよ」
「だから、女の園の話だよ。良い思いしてんだろ?」
「…………」
ほう、そんなことを言ってしまうのか、五反田よ。
「ど、どうした……? いや、俺はお前のメール見てるだけで楽園じゃねえかって思ったんだけど……」
「楽園か……」
俺は深々とため息をついた。
「あのだな、五反田。IS学園ってはっきり言って女子高だぞ? そんな場所に何日もいたら、精神が崩壊する」
「そ、そんな場所なのか……!?」
それになんだ、あのどこかに潜む猛者は。ふと聞いたのだが、最近俺と一夏に関する薄い本がどこかで売買されているという。それを鈴音から聞いた俺と一夏は、口に含んでいたものを思い切り喉につまらせてしまい、それから数十分間、俺と一夏はお互いを見れなかった。
「ま、まあ、翔は女子苦手だからな」
「マジか翔!? そりゃ地獄だわな。なんなら俺と代わってくれよ~」
「いや、できるならそうしたいが……」
五反田なら楽しく生活できそうな場所である。ここ二ヶ月ほど女性という生き物の、人には見せない様々な面を見たせいか、俺はもう女性不信になりそうであった。
「……ん?」
何やらドタドタという音が聞こえてくる。誰かが階段を駆け上って来る音のようだ。
「お兄! さっきからお昼出来たって言ってんじゃん!」
バーン、と一人の少女がドアを蹴破って入ってきた。彼女の言葉を考慮すると、どうやら五反田の妹らしい。バンダナでまとめた髪がそっくりだ。
「さっさと食べに来なさ――」
「あ、久しぶり。邪魔してる」
「お邪魔している」
一夏に習って、俺も挨拶をした。
「い、一夏……さんっ!? っと……どちら様……!?」
「一夏の友達の、天羽翔だ」
驚いた様子のこの子であるが、俺は自己紹介をした。これもできるだけ笑顔で。
「ど、どうも。初めまして。五反田弾の妹の、五反田
「よろしく頼む」
なるほど、蘭というのか。
さっきまで家でくつろいでいたのか、少女の格好はラフである。IS学園入学時の俺なら大分混乱していただろうが、今では見慣れたので問題はない。
「あの、一夏さん、いや、その……来てたんですか……? 全寮制の学校に通っているって聞きましたけど……」
「ああ、まあな。でも今日はちょっと外出」
「そ、そうですか……」
五反田の妹、蘭の一夏への態度は少し変だ。 緊張しているというか、戸惑っているというか、そんな感じだ。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
「……お兄。ちょっとこっち来て」
一転、今度は五反田を鋭く睨みつけると、部屋の外に連れ出した。
「一夏さん来るって、なんで言わないのよ……! それに、誰、あのすっごいカッコいい人。あんな人来るなら言いなさいよ……!」
「い、いや、翔は、今日突然来ることになったから……。それに、一夏のこと、言ってなかったか?」
「…………」
「い、言ってなかったか? そりゃ悪かった、ハハハ……」
ドアの外で何を話しているのかは分からなかったが、五反田が糾弾されているのが分かった。
「弾だけに」と少し思ってしまった俺は、思考が一夏と同レベルだと猛省した。最近似てきたのかもしれない。これは嘆くべき事態である。突然頭を抱えて強烈な自己嫌悪に陥る俺は、はっきり言って変だったと自覚している。
もう一度部屋に戻ってきたときには、五反田は汗だくだった。何を言われたのか分からないが、神経がすり減ったに違いない。
「あ、あの、よかったら一夏さんと、天羽さんも、お昼どうぞ。まだ、ですよね?」
俺と一夏は顔を見合わせて、意見を一致させる。
「うん。いただくよ。ありがとう」
「い、いえ……」
蘭は真っ赤になり、ばたん、とドアが閉じた。同時に、さっきの疑惑が確定した。どこまで行っても罪作りな男だ、織斑一夏。
「しかし、アレだな。蘭ともかれこれ三年の付き合いになるけど、まだ俺に心を開いてくれてないのかねぇ」
「は?」
五反田が間抜けな声を出した。
「いや、ほら、だってよそよそしいだろ?」
「…………」
お前というやつは……。
「(……なあ翔。こいつって昔からそうなのか?)」
「(……ああ)」
と、俺は本日初対面の五反田と、目で会話するという離れ業をやってのけた。俺たち二人は同時にため息をつくと、一夏を見た。この唐変木は何がなんだか全く理解していない。
「……何だよ?」
「俺はたまにお前がわざとやってるんじゃないかって思うぜ…。な?」
「五反田に同意」
「え、何だ?」
「まあ分からなきゃいい。俺もこんな歳の近い弟はいらん」
極めて無意味な会話だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「う、うまい……! これは、素晴らしい……ッ!」
感動のあまり、茶碗片手に俺は震えていた。いただいた野菜炒めの美味さに歓喜していたのだ。
「おお、おめえ味が分かる男だな! よかったぜぇ!」
「恐れ入ります」
豪快に笑うこの人は、弾の祖父で五反田
俺は今、五反田食堂で昼食をいただいている。定食の余りをただでいただいたのだが、素晴らしく美味しかったのですぐ食べてしまった。まだ腹が満たされなかった俺は、せっかくなのでこの店のオススメを聞き、この「業火野菜炒め」を注文したのだが……。
「この圧倒的な火力で一気に炒めた野菜が、タレと絡まって独特の食感と味を出している。それだけじゃない。野菜も均等に切り分けられているから、全体としてのムラが全く無く仕上がっている」
「しかし、坊主。おめえなかなかいい舌してやがんな」
「ありがとうございます。俺もフライパンを握ってかれこれ五年。しかしこんなに美味い野菜炒めは初めてです」
素晴らしい、本当に素晴らしい。シンプルな野菜炒めで、ここまでの完成度を誇っているとは……!
「じゃあおめえ、このタレは何でできているか分かるか?」
「おそらくですが、醤油、酒、みりん……ごま油……」
思いついた調味料を列挙していく。比率までは流石に分からないが、何が入っているかは大体検討がつく。
「ほう、そこまで分かるのか、やるな」
「ありがとうございます」
「だが、一つは教えられねえ。最後の一つは、門外不出だ」
「なるほど……」
この味を出すには、厳しい修行が必要なようだ。厳さんには随分と気に入ってもらったようで、料理の話をいろいろ俺に振りつつ、俺の反応に満足していた。
「名前は、天羽翔だっけか? 翔、おめえなかなか筋がいいぜ。どうだ? 一回ウチで働かねえか?」
「はい、是非」
願ってもない。ここの料理の美味さの秘密を、厨房で探求できるなどこの上ない光栄だ。俺の返事を聞いた厳さんは「はっはっは!」と俺の肩をバシバシ叩く。喜んでいるのだろうが、少々力加減をミスっている。痛い。
「なんか二人で盛り上がってるなぁ……」
「いや、分かるぜ」
「分かるのかよ!?」
弾と一夏は俺たち二人の熱い会話を聞いていた。
一方の妹の蘭は、先ほどのラフな格好はいずこへ去ったのか、着替えて清楚なスタイルに変わっていた。一夏にあんな一面を見せてしまったのは恥ずかしいのだろうが、一夏は多分気にしていない。というか、着替えた理由を勘違いしているはずだ。
「……で、一夏。お前の幼馴染って、翔以外にもう一人いるんだよな?」
弾が一夏に話を振る。俺以外の幼馴染、すなわち箒のことだ。
「おう。篠ノ之箒ってんだけどさー、IS学園で再会してさあ」
「へえ~! 良かったじゃん」
「そ、そうなんですかっ!?」
一番大きな反応を見せたのは蘭だ。全員の視線が蘭に向く。蘭は赤くなると、俯いた。
「な、何だよびっくりしたあ……」
「す、すみません。その、篠ノ之さんって人がどんな人なのか、気になりまして……」
「箒か? どんな人かって言われても……なあ?」
一夏が苦笑いして俺を見た。なあ、と言われても。言うのが憚られるわけでもあるまい。
「箒は、一言で言うなら剣道女子だ」
「け、剣道ですか」
「そうだ。去年全国を制したほどの実力者で――」
「そうそう! まあ、言うなら現代に蘇った武士だな!」
一夏の横槍が入った。「現代に蘇った武士」か。当たらずしも遠からずといった表現だな。
「そ、そうなんですね」
蘭は安心したように言った。おそらく蘭が思い浮かべる箒は、本人と全く違う人を想像していると思う。ゴリラのような豪腕で竹刀を振る姿が思い浮かんでいることだろう。実際は全然違うのだが。
突然蘭がIS学園を受験すると言い出したことや、五反田が大騒ぎしたことは置いておいて、そのあと、俺たちはゲームセンターで遊んだ。弾が一夏にエアーホッケーで対戦し、ぼろ負けしていた。俺は二人と二対一で戦い、これに勝利した。
弾という新しい友達もでき、久しぶりに外で遊んだ。そんな充実した一日であったが、まさか台風が来襲する前だとは、俺は露ほども思っていなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「やっぱりハヅキ社製のやつがいいなあ」
「え? そう? ハヅキのってデザインだけって感じしない?」
「そのデザインがいいの!」
月曜の朝。
クラスの女子たちはどのISスーツをどれにするかで談笑していた。
「やー、おりむー、あもー。二人はどのやつなの~?」
間延びした声で俺たちに話しかけていた来たのは、
どうやらあだ名で全員を呼ぶらしいのだが、俺の苗字はいじれないのか、そのまま「あもー」と呼ばれている。苗字をそのまま呼ばれているのに、何故かあだ名な感のある響きだ。
「俺か? 俺のは特注品だって。どっかのラボが作ったらしい。一応もとはイングリッド社のストレートアームモデルってことらしいけど」
「俺のは、束特製だ」
「そうなんだ~」
布仏のこの間延びした口調には調子が狂う。
「諸君、おはよう」
魔王織斑先生の登場。一気に雰囲気が引き締まった。
「今日からは本格的な実戦訓練を開始する。訓練機ではあるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように」
ISの使用、という言葉に反応する生徒たち。
「各人のISスーツが届くまでは学校指定のものを使うことを忘れないようにな。忘れたものは代わりに学校指定の水着を訓練を受けてもらう。それもないものは、下着で構わんだろう」
いや、よくないぞ織斑先生。俺たちもいる。横を見たら、セシリアが頬を赤らめて俺を見ていた。何を想像しているんだ。
しかし、下着で授業か……。
――やめよう、鼻血が出そうだ。
「では山田先生、HRを」
「は、はい。突然ですが、皆さんに転校生を紹介します! しかも二名です!」
さらにざわつく生徒たち。しかし、二名か。しかもこんな時期に。
「失礼します」
「…………」
教室に入ってきたのは、シルバーとブロンドの二人。その姿を見た瞬間――俺は、戦慄した。
「な、何!?」
驚くべきことに、入ってきた転校生の一人は、男子だったのだ。