IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 そろそろ陽も落ちかけている夕暮れ時。俺は一夏が寝ているベッドの横で本を読んでいた。横には織斑先生がいる。やっぱり弟のことが気になるんですね、とからかったら出席簿で頭を叩かれた。

 あの後、例の無人機は動かなくなり、鹵獲された。無人機の最後の攻撃によって、一夏は全身に軽い打撲の怪我を負った。それ自体は気を失うレベルではなかったが、初の実戦ということで精神的に負荷がかかっており、あれから三時間は経っているが、一夏は目を覚まさない。

 

「ん……」

 

 一夏がうめき声を上げた。

 

「一夏」

「翔……? 俺は……」

「気が付いたか。あの後、お前は意識を失って運び込まれた」

「はぁ……」

 

 織斑先生がまだボーっとしている一夏に説明した。

 

「まあ、何にしても無事でよかった。家族に死なれては目覚めが悪い」

 

 先生は穏やかな表情で言った。まったく、千冬さんも素直じゃないな。何も「心配したぞ」をそこまで遠回しに言わなくても良いものを。

 さて、俺は邪魔みたいだし、お暇するとしよう。

 

「――翔」

「ん?」

「ありがとう」

 

 一夏がそう言って笑うと、俺もふっと笑った。

 

「そんなこと、当たり前だろう?」

 

 俺たちのこんなところは、昔から少しも変わらない。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「――なあ、千冬姉」

 

 翔のいなくなった病室。一夏は窓の外の夕暮れを見ながら千冬に話しかけた。

 

「なんだ?」

「……翔って、何であんなに強いんだ?」

 

 今日の戦闘でも、翔の強さを実感することになった。

 一夏と鈴は二人がかりでぎりぎり戦っていたのに、翔はあの無人機を一人で、倒した。

 

「先ほどあいつからいろいろと聞いた。今まで六年間何をしていたのか、何のために来たのか、いろいろとな」

 

 束に拾われてからの翔の六年間は、千冬の想像以上に厳しいものだった。

 束が引き込んでくるトラブルに、どこから情報が漏れたのか、男性IS操縦者である翔自身が狙われるような事件も多々あったらしい。それらに対抗するため、あらゆる技術を身につけたのだという。それらの技術は使われる内に洗練されていき、一級品になっていったようだ。

 

「翔の蒼炎は何でもできるのに、俺の白式は斬るだけだ。他に何にもできない。射撃武装の一個や二個あってもいいのに……」

 

 機体の性能でも差があるような気がしてならない。大体、白式はピーキー過ぎる。乗りこなせる気がしない。

 

「馬鹿者。お前のような素人が射撃戦闘などできるものか。反動制御、弾道予測から距離の取り方、一零停止、特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)、それ以外にも弾丸の特性、大気の状態、相手の武装との相互影響を含めた思考戦闘……。他にもあるぞ、できるのか、お前に」

「ご、ごめんなさい……」

 

 複雑な用語がこれでもか、とばかりに出てきた。一夏には意味すら理解できなかったが、とにかく射撃戦闘というのは思った以上に求められるものが多いというのは理解できた。

 

「それに、天羽のISはもっと扱いが難しい。武装が特殊なだけに、それに合った特殊な知識が必要だ。さらに、できることが多いからこそ、いつどこで何をするかといった的確な状況判断が必要不可欠だ。そうでないと、自らの選択肢の多さに翻弄されることになる。あのISの性能は、操縦者の能力あってこそのものだということを忘れるなよ」

 

 そうだったのか、と一夏は驚く。

 それは簡単にあれこれやってのける翔を見ているだけでは分からなかったことだった。

 

「それに、一つのことを極めるほうが、お前に向いているさ。――なにせ、私の弟なのだからな」

 

 何気ないアドバイスだったが、一夏にはこの上なく嬉しい言葉だった。

 一夏にとっては、千冬が「私の弟」だと言ってくれたことがとても嬉しかった。

 

「一夏、最後に言っておくことがある」

 

 千冬はこう付け加えた。

 

「お前が天羽と同じ強さを得ることは不可能だ」

「な、何でだよっ!?」

 

 今の一夏にとっては、翔は強くなる目標であり、理想である。それを千冬は否定した。

 

「お前と天羽は別人だ。あいつと同じ強さなど、手に入るはずが無いだろう? あいつと同じ場所で戦いたいのなら、お前は、お前の強さを見つけろ。そしてそれを極めろ。あいつには無い、お前だけの力でな」

 

 そう言って、千冬は病室から出た。

 

「…………」

 

 一夏はどこかで翔に劣等感を抱いていた。同じ男性IS操縦者で、かつては同じ道場で切磋琢磨し合った仲である。それなのに、今ではこの様だ、と。そして翔には勝てない、と。

 だが、それは間違っていた。

 それでもいいのだ。翔と一夏は違うのだから。二人は決して同じ人間ではない。

 

(翔……)

 

 どこかで遠くに感じていた翔の背中が、ふっと消えた。それは、翔の背を追いかけるのではなく、自分自身を磨くため。そして、また二人で背中を合わせて戦える日が来るように。

 気が付けば一夏は再び眠りに落ちていた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 ガコンッと子気味のいい音とともにコーヒーが自販機から落ちてくる。

 

「しかし、無人機か……」

 

 今回の事件、俺はアリーナのシステムをクラッキングしたのだが、そのときに一つ気になる点があった。まず、あの黒いISが行ったアリーナのシステムジャックだが、あれは、束のハッキングツールだった。ずっと隣で束のハッキングを見ていた俺だから分かる。あれは、束のやり口だった。何年も一緒にいた俺が見間違えるはずがない。

 この事実が示唆する可能性は二つ。今回のシステムジャックが、束のものを真似たものだったか、もしくは束本人によるものだったか。もしも前者だった場合、束の技術を盗んだものがいることになる。まさか束がそんなヘマをやらかすとは思えないが、一応可能性として無いことはない。後者だった場合、これは束の意思によって行われた犯行だったことになる。どちらにしても、束が絡んでいるのは間違いない。

 そして、無人でISを動かすという技術。これが今回は束の犯行であることを裏付けているように感じる。無人で動かすことが一体どういう利点があるのかは不明だが、一つの技術としては比べようもない代物だろう。

 俺には全く理解できない。束がこの事件を予測できていたのは間違いない。そうじゃなかったら俺を送り込んだりしない。万が一、今日の事件が束の手によるものだったら、俺に『IS学園を護れ』と言ったにも関わらず、自らがIS学園に刺客を送り込んだことになる。矛盾した行動だ。

 束に聞こうにも繋がらないし、真相は不明。理由は分からないが、今束は俺との通信を拒否している。また新たな開発でもしているのだろうか。何にしても疑わしいことはしてほしくない。

 

「何がしたいんだ、束……」

 

 あれだけ一緒に過ごした束のことが、今は分からない。

 ふと、ここに来る前の束の言葉が思い出された。

 

 ――まさか、何年か一緒にいたぐらいで、この束さんの本心を理解したつもり? 残念でしたぁー、それはしょーくんの思い上がりだよーん!

 

 ――思い上がり。そうなのかもしれない。俺は束のことを理解しているつもりでいた。適当で、馬鹿で、破天荒で、いつも夜更かししては目の下に大きなクマを作る。何気ないそんな行動も、演技なのだとしたら。俺をここに送り込んだのも、「IS学園を守る」ためではないとしたら――。

 とりあえず思考するのをやめた。今の段階で出来ることは何も無い。難しく考えてもその先に答えあるわけではない。

 

「翔さん」

 

 座ってコーヒーを飲んでいた俺に、セシリアが駆け寄ってきた。

 ちなみにコーヒーは無糖である。俺は無糖コーヒーのこの渋さがたまらなく好きだ。

 

「一夏さんのご容態は?」

「重傷ではないそうだ。全身に打撲を負っているから、当分は地獄だろうが」

「そ、そうなんですの。はあ、よかったですわ……」

 

 たかが打撲でも、全身である。数日間何をしても痛いだろうな。

 

「あ、あの、その……」

 

 突然、セシリアの顔が赤く染まった。その瞬間、俺が先ほどした行動が鮮明に思い出されて、顔に熱が集まるのが分かった。

 そうだった。俺は、セシリアの頭に手を乗せた――所謂「なでなで」をしたのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 無言の沈黙。何を話せばいいのかわからないまま、時計の秒針が進む音がひたすらにうるさい。

 ああ、今思えば何故あんなことができたのだろう。恥ずかしくて仕方がない。セシリアはあんなことをされて平気だったのか?

 

「……翔さん」

「な、なんだっ!?」

 

 ぐあ、情けない。慌てまくってしまった。あのことを何と言い訳したものか……。

 

「す、すまない。いや、あれは何というか、君を――」

「明日から、わたくしと連携訓練をして下さいな」

 

 ん?

 

「今日の一件で実感しましたわ。わたくしたちは、ちゃんと連携訓練をして、非常時にも助け合えるようにすべきです。あのとき、わたくしがどれだけ悔しかったと思っていますの?」

「す、すまない……」

 

 そうだった、あのときはセシリアに強引に納得させるために取った行動だった。全く以てセシリアの言う通りで、きちんと連携さえ取れれば、セシリアは戦力になってくれていたはずである。勿体なかった。

 

「……お、怒ってるのか?」

「当然、怒っていますわ」

 

 控えめに尋ねると、即答で返ってきた。困ったな。もう言い訳のしようもない。

 

「『あれ』は、嬉しかったですけど…」

 

 ボソッとセシリアが呟いた。小さな声だったから聞き取れなかったが。

 

「だから次からは、ちゃんと協力させてくださいな? わたくしは、あなたの友人なのですから」

「……分かったよ」

 

 今回のことは、深く反省しなければならないようだ。毎度毎度セシリアに小言を貰うのは勘弁願いたいしな。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 もう一度目を覚ました一夏を迎えたのは、鈴の顔のドアップであった。その距離はなんと、僅か三センチ。

 

「鈴?」

 

 二人の目が一瞬合ったと同時に、鈴は真っ赤になって鈴は後ずさった。

 

「……何してんだ、お前」

「おっ、おっ、起きてたなら言いなさいよっ!!」

「お前の気配で起きたんだよ。どうした? 何焦ってるんだ?」

「あ、焦ってなんかないわよ! 勝手なこと言わないでよ、馬鹿!!」

 

 最後の馬鹿、という一言に反応する一夏。

 一夏には再会してから馬鹿馬鹿といわれ続けているような気がした。そしてそれは正しかった。

 

「あー、そういえば無効だってな、今日の試合」

「まあ、そりゃそうでしょうね」

 

 あれだけの大きな事件があったのだ、あそこから続けるというのが無理という話である。

 

「鈴」

「何よ?」

「……その、いろいろ悪かった。すまん」

 

 一夏は照れくさそうに謝った。

 

「……ま、まあ、分かったならいいわよ。あたしもムキになってたし」

 

 鈴も、そっぽを向きながらだったがそれを承諾した。無事、仲直りをした二人だった。

 

「あ、思い出した」

 

 外の夕暮れで、一夏ははっと気が付いた。確か、こんな夕焼け空だったはずだ。鈴と約束したのは。

 

「正確には『料理が上達したら、あたしの酢豚を毎日食べてくれる?』だったよな? で、どうよ? 上達したか?」

「え、あ、う……」

 

 赤くなってしどろもどろになる鈴。

 

「俺はてっきりタダ飯を食わせてくれるって約束だと思ったんだけど、違うのか? 俺はもしかしたら『毎日味噌汁を~』みたいな意味かな~ってなんて思ってたんだが……」

「ちっ、違わない! 大丈夫、合ってるわよ、それで!」

「そっか、よかった」

 

 一夏がそう言った後、鈴は強烈な自己嫌悪に陥った。恥ずかしさから、ついつい一夏の言葉を肯定してしまった。これで約束の意味は別なものになってしまった。

 でも、その方が良かったのかもしれない。一夏が鈴のことを好きになって初めて、意味のある約束なのだから。

 

「日本に帰ってきたってことは、また店やるのか? だったらすぐ行くぜ。俺、お前んちの料理好きだからさあ」

「あ……」

 

 鈴は黙り込んでしまった。

 

「どうした?」

「……実はね、もう、お店はやらないんだ」

「な、なんで?」

「うちの両親、離婚しちゃったから。国に帰ることになったのも、そのせいなんだ」

「え――」

 

 一夏はショックを隠せなかった。鈴の両親は離婚するような関係ではなかった。仲良く二人で中華料理店を経営していた。それが何故?

 一夏にはその理由が分からなかったが、無理からぬのことだった。友達の両親の事情など、分かるはずもない。

 

「……家族って、難しいよね」

 

 鈴の言葉には酷く重みがあって、一夏はついつい鈴から目を逸らした。

 鈴は元来活発な少女だった。それが、今は沈んだ表情をしている。それを一夏は見たくなかった。鈴は笑っているのが一番良く似合うというのに。

 

「なあ鈴」

「何?」

「――また今度、どっか行こうぜ」

「え?」

 

 鈴は一夏の言葉を疑った。

 

「そ、それってさ、もしかしてデー……」

「五反田も、御手洗も誘ってさ」

「――は?」

 

 何かにピシッというヒビが入る音が聞こえた。

 

「あのときみたいにさ、またつるんで、遊ぼうぜ」

「……い、一夏のバカァアア!!」

 

 一夏の病室には、鈴の叫び声が響き渡った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 それからのことであるが、一夏が部屋に戻ったら、山田先生から引越しの旨を伝えられたらしい。俺はてっきり一夏が俺の部屋に来るとばかり思っていたのだが、一夏が一人部屋になって、箒が出て行くだけらしい。二人組みの寮で、男子二人が一人部屋に一人ずつという謎の状況が生まれた。俺もその辺はいまいち意味が分からない。

 そして、一夏から聞いたのだが、箒からこんなことを言われたのだという。

 

「ら、来月の、学年別個人トーナメントだが……」

 

 六月末に行うというその大会は、完全自主参加の大会だ。学年単位で区切られる以外には何の指定もないので、また専用機持ちが有利な大会であるのは間違いない。

 

「私が優勝したら――」

 

 箒は顔を真っ赤にして、こう言ったそうだ。

 

「――つ、付き合ってもらう!」

 

 と。

 俺はそれを聞いて、ひそかにほくそ笑むのだった。


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