IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 五月になった。ついにクラス対抗戦(リーグマッチ)が一週間後に迫り、各クラスの雰囲気が変わり始めた。俺たちのクラスも例外ではなく、他クラスには抵抗意識が芽生えてきた。

 流石に一ヶ月も経つと俺たちの物珍しさも緩和されたようで、今ではちゃんと馴染んでいる。それでも女だらけの空間で俺と一夏二人だけが男子、というのは未だに変な感じはするらしいが。ただ、今までは一夏や俺に殺到していた質問攻めだとか、自己紹介の嵐だとかはもう過ぎ去った。嬉しい限りである。

 放課後、予約しておいた第三アリーナに向かう俺たち。また例によって俺、セシリア、一夏、箒の四人でいるのだが、最近はこのメンツでいることが多い。

 

「はあ……」

 

 一夏は憂いと、少しの期待と、少しの恐怖を抱きながらため息をしていた。

 

「凰の機嫌はまだ戻らないのか?」

 

 先日俺たちが(というかセシリアが)気を利かせて、一夏と凰の二人きりにしてやったのだが、どうやら一夏が何かやらかしたらしく、凰の機嫌は一週間以上経っても一向に直らない。相当恨まれるようなことをしたとしか思えない。

 

「何か怒らせるようなこと言ったかなあ、俺」

「確実に言ったな。そうでなければあんなに怒ったりはしないだろう」

 

 さしずめ、一夏が持ち前の鈍感さを発揮して、無神経なことを言ったのだろうと思うが。

 

「何も一回戦から鈴と当たらなくても……」

 

 一夏がまた呟いた。

 そうなのだ。一夏のクラス対抗戦の初戦は、凰が相手なのである。一夏のくじ運の悪さには同情した。

 

「大丈夫ですわ。この一ヶ月で習ったことをちゃんと使えれば、互角に渡り合うことだって十分可能ですもの」

 

 セシリアが「ね?」と俺に同意を求めた。俺もああ、と答えて一夏を励ました。まだ凰の実力もISも未知数だが、白式もまずスペック負けはしないだろうし、勝てないことはないはずだ。

 

「だったら良いけど……」

「そうだぞ一夏。お前の剣は確かに鋭さを増してきている」

 

 主に剣術の指導と実戦を担当していた箒がそう言うのだから、間違いはない。俺の目から見ても、一夏は昔の勘を徐々に取り戻しつつある。

 

「それでも、翔には適わないけどな」

 

 一夏は苦笑して言った。

 

「ふ、当然だ」

 

 自信満々に答えてやった。俺にもプライドというものがある。まだまだ一夏に剣で負けるつもりはない。

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 ピットにいたのは、今話題の凰鈴音だった。今まで話しに来るどころか姿すら見せなかったのに、どういう心境の変化なのだろうか。

 

「貴様、どうしてここに! 関係者以外立ち入り禁止だぞ!」

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題なしね」

 

 正論なようで、正論ではない理屈である。鈴の言葉にキレた箒がガーッとまくし立て、瞬く間に口げんかが始まってしまった。

 

「はいはい、じゃあ話が進まないからまた後でね。……で、一夏、反省した?」

 

 箒との口論を切り上げ、凰が一夏に尋ねた。

 

「へ? なにが?」

「だ・か・らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとか、仲直りしたいなーとか、あるでしょうが!」

「いや、そう言われても……。鈴が避けてたんじゃねえか」

「あんたねえ……! じゃあなに、女の子が放っておいてって言ったら放っておくわけ!?」

 

 ……ふむ、難しい質問だ。俺なら、どうしようか。正直放っておきたいところだが、雰囲気的にこれは構うべきなのでは?

 しかし、我らが一夏は堂々と言い放った。

 

「おう。なんか変か?」

 

 ……その潔さ、尊敬に値する。案の定火に油を注ぐ結果となり、二人の会話は口げんかに発展していて、さらにヒートアップしていた。

 

「あんたこそ、あたしに謝る練習しておきなさいよ!」

「なんでだよ、馬鹿」

「馬鹿とは何よ馬鹿とは! この朴念仁! 間抜け! アホ! 馬鹿はアンタよ!」

 

 一夏もついにカチンと来たらしく、必殺の一言を言った。

 

「うるさい、貧乳」

 

 ビシリと、確実に空気が凍った音がした。そしてガァン、と壁に叩きつけられる剛腕。その衝撃が、部屋全体を揺らした。見ると凰の右腕は肩から掌までがIS化していた。

 

「言ってしまったわね……。言ってはならないことを、言ったわね!!」

 

 そのときの凰は、悪鬼羅刹とでも表現しようか、そんな表情をしていた。これはまともな精神状態の人間がする表情ではない。

 

「ちょっとは手加減してあげようかと思ったけど、どうやら死にたいらしいわね……! いいわよ、希望通りにしてあげる――全力で、叩き潰してあげる……!!」

 

 覇者の雰囲気をかもし出しながら、凰はゆらゆらと去っていった。

 これは死んだな、一夏。ご愁傷様だ。

 

「……パワータイプですわね。それも一夏さんや翔さんと同じ、近接格闘型」

 

 セシリアはこの状況の中、冷静に分析していた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 ついに決戦当日。一夏は重い足取りでピットに入ってきた。現在、ピットには翔と一夏しかいない。

 

「あああ、憂鬱だ……」

「自業自得だ。あれはお前が悪い」

「それはそうだけどさ……」

 

 自分で蒔いた種とはいえ、ああなった状態の鈴とは正直戦いたくない一夏であった。

 

「そうもいかないだろう? お前はクラス代表で、クラス全員の意思を背負ってるんだからな」

「だったら翔がやれば良かったじゃねえか……」

 

 翔なら優勝するだけの実力がある。本人が嫌だというのだから、仕方の無いことだとは思うけれど。

 

「ほら、行ってこい一夏」

「おう」

 

 一夏は白式を展開すると、ピットから飛び出した。純白の装甲を纏った一夏は、スラスターを点火させアリーナの空を飛行した。

 

「ちゃんと逃げずに来たのね一夏」

「当たり前だろ。俺はクラス代表なんだから」

 

 一夏の視線の先には、専用機『甲龍(シェンロン)』を展開した鈴の姿があった。

 円形の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)が浮遊しており、肩の棘付き装甲(スパイク・アーマー)が攻撃的な印象を与える。

 セシリア曰く近接格闘型のようだが、武装は展開されていていないので、その得物は分からない。

 

『それでは両者、既定の位置まで移動してください』

 

 アナウンスに従い、二人は移動を済ませた。

 

「一夏。今謝るなら、少し痛めつけるぐらいにしてあげる」

「いらねえよ。どうせスズメの涙だろ?」

 

 一夏はそう言って、ブザーが鳴るのを待った。

 ビーッ!

 場内にブザーが鳴り響き、試合開始の文字がコンソールに表示される。

 

(先手必勝! まずは一撃入れる!)

 

 ブザーとともに、一夏は愛刀《雪片弐型》を展開、鈴に斬りかかっていった。《雪片》の展開時間は〇.八秒。随分と短くなった。日々の反復練習の賜物である。

 迫ってくる一夏に対し、鈴も武装を展開する。それは巨大な青龍刀だった。柄を軽々と掴み、自在にそれを振り回す。二人はそれぞれの得物を持って斬り結んだ。

 

「へえ、初撃を防ぐなんてやるじゃない!」

「そりゃどうも!」

 

 減らず口を叩きながら、一夏は《雪片》を振るう。一夏は鈴の攻撃にしっかり反応、反撃している。激しい金属音が鳴り響き、空を舞う二機のISに華を添えた。

 

(……思った以上にやるじゃない)

 

 鈴は一夏の技量に関心していた。正直、一夏はISの操縦は完全に初心者だと聞いていたので、一瞬で片がつくと思っていたが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。それもあの一組の数人が指導した結果だろう。

 

(そろそろ本気で行こうかな)

 

 鈴は一旦距離を離し、さらにもう一本、青龍刀を召還した。鈴は二本の青龍刀の柄を合わせ、バトンのような形態で構えた。

 

「それじゃあ、本気で行くわよ!」

 

 鈴は青龍刀を回転させて、一夏に斬りかかる。止まることの無い回転攻撃で、圧倒的な手数の攻撃が加えられる。一夏も必死に対応するが、その手数でどんどんと追い込まれていく。

 

(なんて手数だ、ここは一旦距離を取って……)

 

「甘いっ!」

 

 逃げに入った一夏の動きを、鈴は読んでいた。一夏が後ろに跳んで距離を取った瞬間、甲龍の円形の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の中心が開いた。

 

「ぐあっ!?」

 

 その中の球体が光ったと思うと、一夏は「殴り」飛ばされた。

 

「今のはジャブよ。次は――!」

 

 またも球体が光り、一夏は衝撃で吹き飛ばされた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「な、なんだ、あの兵器は?」

 

 一夏と鈴の試合を見ていた箒が、隣に座る俺に聞いた。

 

「――あれは『衝撃砲』だな」

「『衝撃砲』?」

「ああ。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、その余剰で生じる衝撃それ自体を砲弾として打ち出す兵器だ」

「ほ、ほう。……どこか凄い?」

 

 箒と一夏が若干似ているのは、こうした難しい言葉で説明されたことを理解できていないところだな。

 

「衝撃自体を打ち出すのですから、砲身も、撃たれた砲弾も、目に見えないのが特徴ですわ」

 

 俺の代わりにセシリアが説明してくれた。

 

「しかも、空間自体に圧力をかけて砲身を生成するので、射角の制限がありません。つまり、真上でも真下でも真後ろでも、どこにでも撃てるということですわ。死角はありません」

「な、なるほど……。それでは、そんな兵器に一体どうやって戦えば……」

 

 砲身も砲弾も見えない以上、撃たれたと思ったときには手遅れだ。防御する手段があればそれで防ぎつつ接近するのが理想だが……。

 

「厄介だな」

 

 俺の蒼炎の場合は《飛燕》のエネルギーフィールドがあるから、それを張って接近することができる。だが白式には盾も何もない以上、機動力を生かして的を絞らせないようにするしかない。

 

「だがな、一夏。お前には、『アレ』がある」

 

 俺が一夏に授けた必殺技は、どんな劣勢でもひっくり返せるだけの威力がある。が、二度はない。すなわち……

 

「チャンスは一度だぞ、一夏」

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

(くそっ、強い!)

 

 一夏は衝撃砲《龍咆》の性能に苦しんでいた。ハイパーセンサーを使って大気の圧力の変化に対応しようと思っても、それでは遅い。圧力がかかったと思ったときには、既に撃たれている。

 

(まだだ……。まだ『アレ』は使えない。)

 

 見えない衝撃が掠めていく度、「使ってしまえ」、「突っ込め」と心が誘惑してくる。それを理性で沈め、冷静に現状を分析する。今は何もできない時間。ただ、今は耐えるんだ。絶対にチャンスは来る。

 

「よくかわすじゃない!」

 

 一夏が一瞬の隙を狙っていることに、鈴も気づいている。しかし、ここ数分の戦闘で鈴が反撃の隙を見せたことはなかった。だが、鈴はまだ心のどこかで一夏を舐めている。これまでに何度か衝撃砲の威力次第では仕留められる場面があったのを、鈴は様子を見るように威力をセーブしてきた。

 

「――鈴」

「な、なによ」

 

 剣を握る者にとって、最も大切なものは「心」である。剣士は視覚のみならず、心の眼で敵の動きを読み、自らの心を律し、不屈の闘志で構えを取る。そして剣は、剣士の心を映し出す。剣士の覚悟に、剣は応えてくれる。

 

「本気で行くからな」

 

 一夏は「勝つ」という強烈な意思のもと、鈴をじっと見据えた。

 

「な、なによ……そんなの、当たり前じゃない……」

 

 今まで冷静だった鈴が少し動揺していた。一夏には勝機が見えた。自分の覚悟が、鈴のそれを上回った証拠だからである。

 

(――今だっ!)

 

 一夏の白式のスラスターから一気にエネルギーが放出され、一夏の必殺技――瞬時加速(イグニッション・ブースト)が発動される。

 それは、急激な加速。煌く光を纏い、白式は自己最高のスピードで鈴に接近する。

 

(『零落白夜』、発動!)

 

 同時に白式の単一仕様能力、『零落白夜』が発動、《雪片弐型》が二つに裂け、中から光の刀が現れた。自らのシールドエネルギーすら力に変え、バリアー無効化攻撃を可能にする。

 

「うおおおおおおおおおおぉぉっっ!!」

 

 《雪片》から放たれた刀が、鈴を切り裂く――。

 

 

 

 その寸前、一筋の光がアリーナを貫いた。

 

「な、なんだ!? 何が起こって……!?」

 

 状況が飲み込めない一夏。一体何が起こったというのか。

 

「そんなのあたしも知らないわよ!」

 

 そして、アリーナの中心の爆煙の中には、異様な黒い機体がいた。

 


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