IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 少し時間は遡る。ラウラが兄と食事を終え、分かれて寮の部屋に戻ったときだ。

 

(お兄様、少しは元気になってくれただろうか)

 

 自分の部屋までの廊下を進みながら、兄天羽翔に想いを馳せるラウラ。

 ここ最近、暗い表情で考え込むことが多かった兄を案じ、気分転換になればと、ちょうど日本を訪れていた部隊の副官であるクラリッサ・ハルフォーフ大尉との面会を画策したラウラであったが、肝心の面会はというと、兄は文化祭襲撃の一見でクラリッサと黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の隊員を疑ってかかるし、クラリッサも慇懃無礼とも言える挑発的な態度を崩さなかったため、あえなく破綻になるところであった。

 ラウラ自身は途中から眠ってしまっていたので、ことの成り行きについて詳しく理解しているとは言えないが、クラリッサの口ぶりからしても、兄とクラリッサの面会が失敗だったわけではないと思う。

 あの面会があったからかどうかは分からないが、帰り道でラウラを背負いながら、兄が己の心境を吐露してくれたことが、ラウラにはとても嬉しかった。兄の悩みに一緒に悩めることもそうだが、ラウラを信じて悩みを打ち明けてくれたこと、そして、ありがとうと言って強く抱きしめてくれたこと。触れ合って伝わる兄の想いが、たまらなく嬉しかったラウラだった。自分の答えが、少しでも兄の力になれるようにと、そうラウラは願っている。

 

(明日、お兄様にはめいっぱい甘えよう)

 

 遠慮はしない、そうラウラは決めた。伝えたいことは伝えるし、甘えたければ甘える。兄の悩みを理解したラウラだが、それがいつも通りでいてはいけない理由にはならないと思っている。むしろ、いつも通りの兄妹でいることが、兄にとっても自分にとっても一番良いと考えている。

 相手の気持ちを慮って何もしないことが、必ずしもその人を救うとは限らないことを、ラウラは身をもって体験した。だから、ラウラはいつも通りに兄と生活を送ろうと決意したのだった。

 とにかく、今日やるべきことを終えたラウラは、自室のドアにカードキーを差し、中にいるであろうシャルロットに帰ったぞと告げると、部屋に入ったのだが。

 

「あら、お帰りなさいラウラさん」

「ん。お帰り」

 

 中にいたのは、ルームメイトではなく、よく知った顔二人であった。

 

「……は?」

 

 不審がるラウラの視線の先には、ラウラのベッドを占拠するイギリス代表候補生セシリア・オルコットと日本代表候補生更識簪がいた。

 二人が座るベッドの間にはトランプが散らばっており、どうやらカードゲームに興じていた模様である。

 

「遅かったですわね。食堂が閉まるまで二人でいらっしゃったの?」

「ん? ああ、ついお兄様と話し込んでしまってな。……ではないぞ! 貴様ら、何故私の部屋に!」

 

 門限はもうすぐだぞ、とびしっと時計を指すラウラ。元来生真面目な気質と言われることも多いドイツ人だが、ラウラの場合は軍の部隊出身故か、よりその傾向が強く、規律には厳しい。

 が、当のセシリアと簪はと言うと、二人で見合ってからラウラに向き直ると、何だそれはと言わんばかりの表情を見せた。二人の言動の意味がまるで分からない。言葉の意味が伝わっていないとでも言うのか。

 

「今日に限って、門限は関係ない。私たち、今夜部屋を交換したから」

「こ、交換だと?」

「ええ。わたくしとシャルロットさんでシャルロットさんは今頃わたくしの部屋ですわ」

 

 ねー、と二人。息ぴったりだった。説明はされたものの、ラウラはいまいち釈然としない。二人が何故部屋を交代しているのか、目的が分からないが、そもそもそんなことができるのか。

 

「実はこれ、お姉ちゃんにもらったの」

 

 簪がひらひらとかざしたのは、一日限定部屋交換券と手紙で書かれたメモだった。生徒会長更識楯無の署名と印鑑が押してあり、それと同じものをセシリアも持っていた。そして、ねー、ともう一度二人して顔を見合わせてラウラに見せつけてくる。とてもウザい。恋のライバルであるはずの簪とセシリアだが、いつの間にやら仲良くなっておりラウラは何も言えない。

 以前一度ラウラも使ったことがある生徒会長お手製の小切手。学園最強にして強大な権力を持つ生徒会長のお墨付きとあっては、ラウラに反論の余地はなかった。どっと疲れが来たような感覚がラウラを襲った。恐らく、楯無が簪にわがままを言われてあっさり手を出したのだろう、とラウラは推測した。

 

(あのシスコン生徒会長め……)

 

 不仲だったいつぞやまでが嘘のように、今やすっかり妹を甘やかし溺愛するダメ姉となった生徒会長に恨み節を垂れる。

 楯無が絡んでいるなら言っても詮の無いことだ、と確信したラウラは、ため息を吐きつつも追い出すことは諦め、チェアに腰をかけて二人に話を切り出した。

 

「で、二人して私に何の用だ」

「何の用だなんて、そんなの決まっていますわ。ずばり、敵情視察でしてよ」

「て、敵情視察?」

 

 胸に手を当て主張するセシリアに簪もうん、頷く。まだ意味が分からなかった。

 ラウラを敵扱いしているのはともかくとして、シャルロットを追い出してまで二人して何がしたいのだろうか。

 

「ラウラが、今日翔とお出かけしてたと聞いたから」

「そのことについて、お聞きしないわけにはいきませんわね」

「ああ……」

 

 そういうことか、とラウラは合点がいった。今日一日の兄の様子を聞き出したいらしい。

 ラウラに先を越されはしたが、そうでなければ自分が翔を連れ出そうと思っていた、とはセシリアの言である。簪も兄の様子がおかしいことには薄々勘づいていたらしく、今日は差し入れのカップケーキを焼いてきたのだという。

 なるほど、兄に想いを寄せているだけあってなかなか目敏いではないか、と上から目線で二人に講評を下しつつ、ラウラは高得点に免じて今日の結果報告をしてやることにした。簪が焼いたカップケーキが自分の分もあることに機嫌を良くしたからではない、いや断じて。

 とりあえず兄を街へ連れ出し、副官であるクラリッサを紹介したことを説明する。ところどころ端折りつつも、ラウラは本題に入った。

 

「貴様らの言うとおりだ。お兄様はな、悩んでいたぞ。篠ノ之束博士との関係でな」

 

 セシリアと簪はそれほど驚いた様子を見せなかった。粗方想像はついていたのだろう。

 

「篠ノ之博士……」

「ああ。どうやらお兄様は先日篠ノ之博士と食事に行ったそうだが、あまり有益な情報を得られなかったようでな」

「…………」

 

 兄は、篠ノ之博士が先の無人機襲撃の犯人なのではないかと疑っている。だが、育ての親同然の恩人を疑うことに兄は戸惑い、迷っていた。

 一人で溜め込んで、考え込む癖がある兄。そんな兄を理解し、力になろうと思ってくれる者がいることは、正直嬉しいラウラだった。

 

「お兄様は篠ノ之博士を心底大切に思っている。それは分かるが、私は二人の関係についてはほとんど何も知らん。それは貴様らも同じだろう」

 

 頷く簪とセシリア。

 転入してきたラウラ、二学期から知り合った簪は勿論だが、一番付き合いが長いセシリアにしても、知り合ったのはIS学園に入学してから。翔が入学してくる以前のことに関しては、三人ともよく知らないのだった。

 勿論、兄が篠ノ之束を大切に思っているのは知っていたし、尊重もしていたが、もし篠ノ之束が兄に仇なすのであれば、ラウラは実力行使も辞さない覚悟だった。ラウラはそれを二人に伝えた。

 

「まあ、このようにお前たちに話したのは、そうすることがお兄様に利するだろうという期待があってこそだということを忘れるな。無用な心配事を増やすようなことは、私が許さん」

「ええ、承知していますわ」

 

 その蒼い瞳をラウラに向け、セシリアが言う。半年間兄の取り合いをしてきた仇敵は、いつも通り、腹が立つくらい真っ直ぐな口調で言ってくる。

 

「わたくしのすることは変わりませんわ。わたくしは普段と同じように、翔さんと一緒に学園生活を送るだけ」

 

 遠慮はしないと決めましたから、とセシリア。うん、と簪も頷いた。奇しくもラウラと同じように、務めて特別なことはしないと決めているようだった。

 

「翔には、たくさん助けてもらったから。私も力になりたい」

「……ふん」

 

 鼻を鳴らすラウラだったが、内心は穏やかだった。

 兄のことを心配し、思いやってくれている人は、自分以外にもたくさんいることを確認できた。例え兄がまた迷うとしてもきっと大丈夫だろう、こうして兄を想ってくれる人が、少なくともこれくらいはいるのだから。

 

「敵情視察は十分か?」

「ええ、十分ですわ。簪さんは」

「ん、異議なし」

「だそうですわ」

「ほう、ならいい。……では目下、問題がひとつあってだな」

「何ですの?」

 

 ラウラはベッドを指差す。

 

「ベッドが二つしかないが、誰が床で寝る?」

「「…………」」

 

 その後、そのことについて軽く戦争が起こりかけた時だった。寮全体に、緊急事態を知らせる警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 

「はあっ!」

 

 蒼炎の《荒鷲》が、サイレント・ゼフィルスの銃剣とぶつかり合って甲高い音が響き渡る。バレルロールでBTライフルの狙撃を紙一重で躱し、肉薄しての一撃だったが、ライフルを器用に傾けて銃剣の刀身でガードされてしまった。

 

(――上手い! くそっ)

 

 長い得物でよく接近戦を捌けるもんだな、逆に見習いたいと思うレベルの見事な銃剣捌きだ。

 BT兵器を多数登載したイギリス第三世代機ブルー・ティアーズ、その後継機に恥じない多彩な射撃を操るサイレント・ゼフィルス。武装構成的に、中距離以遠では俺の蒼炎が不利だ。厚い弾幕を掻い潜って近接攻撃を仕掛けているものの、決定的な一撃を与えることができない。

 侵入者は俺の猛攻を涼しい顔で凌ぎながらも、俺と瓜二つの表情に浮かべた笑みは崩さない。それどころか、楽しそうな印象さえ感じる。

 

「ふふふ、流石兄さんです。これほど楽しい撃ち合いは初めてですよ」

「黙れっ!」

 

 軽口を叩いてくる侵入者に荒鷲のライフル弾を放つも、それはサイレント・ゼフィルスの特徴的武装である防御型ビットのシールドビットによって防がれた。

 頭痛は未だ激しく脳を揺さぶってくる、射撃の精度は明らかに良くない。そしてハイパーセンサーが鮮明に映す、笑みを崩さない侵入者の余裕ある表情が、俺の焦りを加速させる。

 

「《飛燕》!」

 

 蒼炎の全身から刃の欠片を射出し、ウィングスラスターの光翼を展開。《飛燕》の動きに合わせて、陽動を行いながら接近していく。

 頭は依然ズキズキと痛む。ソードビットの操作の正確性に不安もあるが、それは戦わない理由にはならない。目の前のこの女は国際的に極めて重大な罪人だ。何としても、俺がここで捕える!

《飛燕》が相手のビットを抑えている間に、本体が相手の本体に詰め寄り接近戦を仕掛ける。BTライフルの狙撃は正確無比だが、それを掻い潜りながら少しずつ間合いを詰めていく。

 

「陽動……ですが、同じことですね」

「どうだかな!」

 

 ビットとの連携射撃であれば手数は膨大だが、ライフルからの狙撃であれば対応できる。しかし。

 

「――いいえ、同じですよ。わかりますから(・・・・・・・)、わたしには」

「なに……!?」

「こうするでしょう? 兄さんなら、ね!」

 

 敵のビットを封鎖するように配置していた《飛燕》が防御陣形を突破され、俺の周囲に敵のBTビットが襲来する。配置が読まれたのか!?

 本体によるライフル狙撃に加え、再びビットによる多角攻撃が加わり、蒼炎のシールドエネルギーを削った。

 

「ぐっ!?」

「ふふ、残念でした」

 

 作戦が失敗に終わり、一旦仕切り直そうと距離を保つが、そこに付け込まれ、さらにBTレーザーが撃ち込まれる。

 ここまで、俺の動き完全に動きが読まれている。俺の動きも良くないが、それを差し引いたとしてもここまで読まれることは今までなかった。

《荒鷲》の照準を合わせるが、照準の先で、女の瞳と目が合ってしまう。夜の帳を思わせる黒い瞳が、ブラックホールがごとく俺の視線を吸い込む。その瞬間、頭に強烈な痛みが走った。

 

「――う、っぐ!」

 

 くそっ、また頭痛か! こんな時に……!

 目を見開いて体勢を立て直そうとした俺だったが、瞼を閉じた一瞬の隙は隠しようがなかった。

 

「あらあら、隙だらけですよ」

 

 女が言う。ブルー・ティアーズ一号機より深い群青色のビットが俺を取り囲んで、全方位からBTビットによる波状攻撃が加わった。

 

「――まだだっ!」

 

 俺は咄嗟に目を見開いて、咄嗟に《飛燕》の操作から意識を切り離し、背部ウィングスラスターに全神経を集中した。羽ばたいていた翼が球状に俺を包み込み、蒼い繭のようなバリアを形成した。

 襲い来るBTレーザーは、ウィングスラスター《孔雀》のエネルギーフィールドに弾かれて霧散する。ビットが回収され、プラットフォームでエネルギーの再チャージに入った。

 何とか防ぎ切ったが、エネルギーは大きく消耗してしまった。防戦一方で決定打を与えられていない以上、今のもその場凌ぎでしかない。まずい、このままでは……!

 

「あら! 流石兄さんです。今の攻撃を凌ぎ切りますか」

「黙れと言っている……俺を、兄と呼ぶな……! く……っ」

 

 またしても激しい頭痛が襲う。滝のように汗が噴き出して、ISスーツが汗の気化を補助して体温を下げる機能が働いた。

 身体が明らかに異常をきたしている。手に持った剣だけはしっかり構えているものの、半ば虚勢のようなもので、まるで腕に力が入らない始末だった。

 

「どうやら、頭が痛むようですね」

「…………」

 

 筒抜けか、くそっ。

 最低限の回避行動は取れるが、ビットのチャージが終わって再展開をされたら、押し切られる可能性が高い。まずい……!

 それにしても、何なんだこの女は。身体がおかしいのもこの女と接触してからだ、一体何が――。

 ショート寸前の脳で思考を回転させようとするも、脳が熱暴走しているかのようだ。思考がまとまらないばかりか、視界がぼやけてきている。

 

「まあ、無理もありません。一度封じ込められたものが出てこようとしているのですから、身体に負荷がかかるのは必然」

 

 封じ込められたもの、だと……?

 ふらふらと揺れる視界を無理やり押さえつけ、体勢を整える。

 いったい誰なんだ、この女は。妹など、俺は知らない。俺の妹は、IS学園で出会ったラウラ・ボーデヴィッヒただ一人だ――!

 

「お前は……俺の何を知ってる……!?」

「…………」

 

 俺が尋ねても、ただただ微笑むだけ。

 

「……そろそろ時間ですね」

 

 何も答えないまま、無慈悲にビットが射出される。

 まともな回避行動もできないまま、襲い来るビットを眺めるだけになっている俺。

 動かなければならないのは分かっていたが、身体が動かない――。

 

「――させねぇっ!」

 

 硬直していた俺を閃光と共に白い機体が颯爽と掻っ攫っていく。

 神速でビットの包囲網を抜けて、俺を後ろに下がらせると、白い機体の操縦者――織斑一夏は、背中を見せて俺に言う。

 

「い、一夏……!?」

「遅くなって悪い。助けに来たぜ、翔」

 

 にっと笑った一夏は、大きく愛刀《雪片》を振るって構えた。


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