IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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お久しぶりです。


アナザー・サイド・オブ・ザ・デイ

 天羽翔が校外で妹の教育方針について熱く議論を交わしていた頃。同じく校外では、更識簪が携帯電話の画面とにらめっこをしていた。

 

「……連絡、来ないな」

 

 ぽつり呟き、ため息を漏らす簪。

 簪が立っているのは、中央で噴水が上がる広場の時計台。IS学園生も多く利用するショッピングモール『レゾナンス』、その中心にある定番の待ち合わせスポットであった。

 待ち合わせ時間になれども、待ち人来ず。何かあったのかと心配になった簪は、その待ち人にメールで連絡してみたのだが、残念なことに電話も返信もない。もしかしたら近くにいるのかも、ときょろきょろ周辺を見回しても、姿は見当たらなかった。

 

(どうしたんだろう……)

 

 午前は用事があるから、それを片付けてから来るとのことだったが。あちらから連絡が来ない以上、待つこと以外することは何もない。

 簪は近くのベンチに腰掛け、連れを待つことにした。実はちょっと緊張していて、来るまでに気持ちを一旦落ち着けようという意図もあった。ベンチに腰をかけて少し下を向くと、今日のために買ったワンピースのスカートが目に入った。

 赤いワンピースに、淡い桃色のカーディガン。脚をブーツとストッキングで覆い、頭にベレー帽。今日のために、少し前に買い揃えたものだった。

 

(……どう、かな。変じゃないかな)

 

 一度手鏡で自分の姿を確認してみる。映っているのは少しだけ化粧で映えた自分の顔と、真新しい服だった。あまりお洒落して出かけることがなかったから、正直なところ似合っているかは不安だったが。

 

(だ、大丈夫。ちゃんとデュノアさん――じゃなかった、シャルロットに選んでもらったんだし)

 

 自分でどうかは分からなくても、シャルロットが選んでくれたのなら間違いない、と簪は自分に言い聞かせた。

 

 ――あ、あの。今日はよろしくお願いします、デュノアさん。

 ――もう、ダメだよ! これからはちゃんと名前で呼んでくれなきゃ!

 

 先日、シャルロットとそんな会話をしたことは記憶に新しい。服を選んでもらう条件として、脹れっ面のシャルロットからそのような条件が提示されたのだった。店員、簪と意見をすり合わせながら、てきぱきコーディネートしていくシャルロットは非常に頼りがいがあった。毎回照れながら「シャルロットさん……あ、シャルロット」と呼びかける簪に、シャルロットはくすくす笑っていたのだった。

 そのような経緯があって、今の簪は全力お洒落モードなのである。

 

(……うぅ、私見られてる……?)

 

 ベンチに座っていても、ちらちらと周りからの視線を感じる。ISを纏っていない状態で注目されることは今までほとんどなく、そわそわと落ち着かない簪だった。実際のところ、それは簪に見惚れた男共の好機の目線と、女性からの羨望の眼差しなのだが。

 どうしよう、と悩んでいた簪に、ついに待ち人の声が聞こえた。

 

「ご、ごめん、簪ちゃん! 遅れちゃって!」

 

 簪の姉、更識楯無は焦った様子で、簪の座るベンチまでぱたぱたと小走りでやってくる。簪は立ち上がってぱあっと笑顔を見せると、楯無に「お姉ちゃん!」と呼びかけた。

 近づいてくる姉の姿が鮮明になって、簪はどきりとした。

 

(お姉ちゃん、かっこいい……)

 

 ベージュのニットに茶色のコート、すらりとスキニーなジーンズに黒のブーツ。シンプルだが、楯無の恵まれたスタイルと美貌を引き立たせるには十分であった。

 少し前までの自分なら、姉の美貌に嫉妬したのだろうか。簪はそんなことを一瞬考えたが、すぐに思考を振り払った。

 都合一〇分ほど遅れて来た楯無だったが、簪が「何かあったの?」と尋ねると、

 

「それがね、午前は生徒会の仕事があったんだけど、もう少しで終わるっていうときにバレー部で怪我人が出ちゃってね。先生方が別件で忙しいから、生徒会で対応することになったんだけど、その対応に追われてるうちにこんな時間になっちゃって」

 

 かなり急いできたんだけど、とは楯無の弁。そうだったんだね、と簪は相槌を打つ。

 

「お姉ちゃん。私、一応連絡したんだけど……」

「え、本当!? あ……」

 

 今気づいた、みたいな楯無のリアクション。慌てて携帯を取り出して、メールが届いていたことを確認すると、楯無は赤面した。

 

「ご、ごめんなさい。慌てたから携帯見てなかったの……」

「……もう」

 

 口を尖らせた簪だったが、楯無がしょんぼりしているのを見て、くすりと吹き出した。遅れそうになって、集合場所に早く着こうと頭がいっぱいになっていたのかも。そう考えると、どこか可愛らしいではないか。

 姉は昔から何でもできて優秀だったが、どこか抜けている部分もあった。完全無欠のヒーローでも、私生活ではちらほらと隙があるのが、簪の姉の姿だった。姉は何でもできる人ではあるけれど、欠点のない人ではない。苦手なもの、できないこと、ダメなところはあって、だがそれは更識刀奈という人の紛れもない個性であった。それも含めて姉の魅力であると、簪は信じて疑わない。

 何はともあれ合流できたので、簪は行こう、と姉の手を引いて歩き出した。ただでさえ見られていたのに、楯無が来てからというもの、周囲からの視線がさらに多く強くなって、早く移動しないと落ち着かない。

 

「本当にごめんね。言い出したの私なのに」

 

 再三謝る楯無。姉妹二人の今日のおでかけを提案したのは楯無の方で、先日の無人機襲撃事件の折、楯無が簪を庇って負った背中の傷が最近になってようやく癒えたので、どこか二人で行きましょうと楯無が提案したのだった。

 ご覧の通り言い出しっぺが遅刻してしまい、楯無は相当反省しているようだったが、簪にはそれよりももっと気がかりなことがあった。

 

「大丈夫、怒ってないから。……それより」

 

 簪はくるり、と後ろをふり返った。小さく両手を広げて、今日の服をアピールしてみる。

 

「……どうかな」

 

 控えめに、楯無の感想に求めてみる。楯無はにこり笑うと、うんと頷いた。

 

「簪ちゃん、すっごくかわいい」

「……よかった」

 

 顔を赤らめ、簪は微笑んだ。

 ――これだけで、今日お洒落してきた価値がある。

 

「お姉ちゃんも、かっこいい」

「そ、そう。……ありがと」

 

 お返しにと簪も誉めると、楯無も赤くなる。二人でデートして赤くなって照れるなんて、血のつながった姉妹じゃないみたいだ。

 

「お姉ちゃん。今日はどこに行くの?」

「んー? 今日はねぇ」

 

 ごそごそと地図をバックから出して、それを見せながらあそことあそこと、楯無が指差しで教えてくれる。目的地はカフェと雑貨屋のようだ。

 

「ここ、よく虚ちゃんや薫子と来るのよね。簪ちゃんは?」

「初めて。IS学園から出たこと、あんまり無かったから」

「じゃあ来た甲斐があるわね」

 

 楯無は調子が戻ってきたのか、笑顔であれこれと話題を作っては目的地までの時間を埋めていく。ほんの数週間前までのことが嘘のように、自然に会話が進んだ。

 姉とおでかけする、そんな日がまた来るとは思ってもみなかったのに、今こうして実現している。同級生に選んでもらった服を着て、それを大好きな姉が誉めてくれた。嬉しくないわけがない。この嬉しい気持ちを形にしたい。

 

(――あ、そうだ)

 

 とあることを思い出し、簪は楯無に話しかけた。

 

「お姉ちゃん、話は変わるけど」

「何かしら?」

「帰りにスーパ―、寄ってもいい?」

「ええ、勿論。全然大丈夫だけど、何を買うの?」

 

 それはね、と簪は紅潮させた顔を伏せて、簪は小さく呟く。 

 

「……カップケーキの、材料」

 

 いつぞやの、翔に渡し損ねた抹茶のカップケーキ。そのリベンジをしたい。

 それを聞いた楯無は、「なるほどねぇ」と顔をにやにや緩めた。どうやら狙いがバレたらしく、さらに簪は赤くなる。

 

「さては翔くんにプレゼントする気ね?」

「そ、そうなの。前に渡そうと思って、渡せなかったから……」

「簪ちゃんったら積極的ね。翔くんが羨ましいわ」

「――翔だけじゃないよ」

「……え?」

 

 簪は姉の方へ向き直った。

 

「今回は、みんなに作るから。翔と、ラウラと、本音と、虚さんと、いろんな人に。勿論、お姉ちゃんにも」

「ほ、ほんと……?」

「うん」

 

 簪は小さく頷いた。楯無は喜んでいるのか、頬に手を当てて目をキラキラさせている。

 

「プレーンと、チョコレートと、抹茶と……あと何種類か作る予定だけど、お姉ちゃん、何が良い?」

 

 一応聞いてはみた簪だったが、内心では楯無の答えが何かのっていた。お姉ちゃんは、抹茶と言うに違いないと。楯無はそうねえ、と一瞬考えて、すぐに口を開く。

 

「じゃあ、抹茶のカップケーキにしてもらおうかしら」

 

 ――ほら、思った通り。根拠があったわけじゃないけれど、簪には分かった。ラウラじゃないけど、妹のカンだ。

 

「うん、分かった」

「楽しみにしてるわ。でも、それは帰りの話よね?」

 

 楯無はにっこり笑うと、到着した目的地を指差す。

 

「お姉ちゃんとのデートは、これから始まるのよ?」

「ふふ。うん、そうだね」

 

 簪は小さく頷いて、楯無のあとをついていく。

 たくさん遠回りはしたけれど、今こうして二人でいられるのだから、今までのこと全てが無駄ではなかったと思える。すれ違っていた何年分は、これからゆっくり、しっかり埋めていければそれで良い。

 

「簪ちゃん、ちょうど二人席開いてるみたいよ! ラッキーね!」

 

 楯無が、振り返って簪に嬉しそうに言う。簪もつられて顔をほころばせた。

 今も、これから姉が自分を見ていてくれるに違いない。だからこうやってお姉ちゃんと笑い合える日々が、これからも続いていくに違いないのだと、簪は思った。

 

 




明日の午前零時に一六章7話を更新しますのでよろしくお願いします。

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