IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
クラリッサ・ハルフォーフ。流暢な日本語で自己紹介した彼女は、ラウラがよく見せる部隊の敬礼を見せた。
肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪と、きりりと整った鋭い顔立ちが印象的だ。
「では、お兄様、隊長。こちらにどうぞ」
クラリッサに促され、二人で向かい側の席に座る。歩いて小腹が空いたのか、ラウラは座るなりメニューの一覧を開いた。
それにしても、『お兄様』だと? まあいい、名乗ってもらったのだからとりあえずこちらも自己紹介はしておこう。
「知っていると思いますが、天羽翔と言います。……『ドイツ語とどちらが良いでしょう?』」
後半はドイツ語で言うと、「ああ、いけませんお兄様」とクラリッサが静止した。いや、何がいけないんだ。
「お兄様、小官相手に丁寧語など不要です。日本人の方々は初対面の方には丁寧な言葉遣いをされますが、小官はボーデヴィッヒ隊長の部下、そのような謙遜は不要であります」
……なるほど。真面目なことだ。
今のも流暢な日本語だ。会話にほとんど不自由はないと見ていいだろう。
「なら普段通り、喋らせてもらう」
いつものような喋り方に戻すと、クラリッサも納得した様子だった。この方が俺としてもやりやすい。
「それで、何故俺のことをお兄様と呼ぶ?」
お兄様、お兄様と呼ばれるのがさっきから気になって仕方がなかったのだ。
「我が
当然だとでも言いたげだな。つまるところ、ラウラが俺のことをお兄様お兄様と呼ぶから部隊でも浸透してしまったのだろう。クラリッサからも呼ばれると流石に違和感は拭えんが、まあ無理矢理否定するほどのことではない。
――そしてこれは一つの事実を示している。ラウラの部隊は、ラウラと俺の関係性を知っているということだ。だから何だという話だが、それは後々分かるだろう。
俺とクラリッサとのファーストコンタクトが済んだところで、ラウラがちょいちょいと横からつついてくる。
「お兄様、お兄様は何を頼む?」
「俺か? 俺はコーヒーだけでいい」
「む、そうか。では私はココアとこの抹茶ハニーパンケーキを頼むとしよう」
ココアと、はちみつがかかったパンケーキか……。甘すぎて胸やけがしそうだ。
ラウラが店員を呼び、注文を済ませた。相も変わらずスイーツ大好きのラウラはわくわくと言った様子である。好きだな本当に。
注文したものが来るまでの間、クラリッサがラウラと話していた。
「隊長、今日はお忙しいところこのような機会を作っていただき……」
「うむ。私としても部隊の者にお兄様を紹介したかったからな。良い機会だ」
「隊員たちへの土産話が増えます。以前いただいた秘蔵のお兄様コレクション、隊員に大変好評であります」
……おい、待てラウラ。今何と?
「そうだろうそうだろう! 特に寝起きお兄様は私のコレクションの中でも有数のレア度で……」
「きりりとした普段のお兄様とは違った穏やかな表情が貴重かつ魅力的だという意見が多数。小官も同意です」
「…………」
やけに熱く議論が交わされているが、どうやら俺の写真がラウラを通してドイツに売られているらしいな。これは由々しき事態、後でラウラをきっちり問い詰めておかねばならない。
注文の品がそれぞれの手元に届く。俺のコーヒーが置かれ、すぐにラウラにもパンケーキとココアが届けられた。店員の女性がラウラ目の前にココアを置いた一瞬、彼女が一瞬クラリッサに目配せしたのが分かった。
……何だ今のは。いやに意味深だな。
俺が訝しんでいるのも関係なしとばかりに、ラウラはパンケーキにフォークとナイフを突っ込んでいた。嬉しそうにパンケーキを頬張るラウラだが、口にそれを入れたまま話始める。
「おみいまま、こうはなま、くはひっはがひほんにふっほうひへへふふほひいへ(お兄様、今日はだな、クラリッサが日本に出張してくると聞いて)」
「こら、もごもご喋るな」
「む、ふははい(すまない)……むぐっ、うんっ!」
パンケーキを飲み込んだラウラは、話を戻す。
「今日はクラリッサが日本に出張してくると聞いて、以前クラリッサが是非お兄様に会いたいと言っていたのを思い出してセッティングしたのだ」
ラウラの言葉に、クラリッサも頷いた。
「はい。隊長が以前急に兄ができたと部隊に報告なさって大騒ぎになったことがあり、その噂のお兄様には是非一度お会いしたかったのです」
「私としても自慢のお兄様を副官に紹介できて嬉しい限りだ」
腕を組んでうむうむと大きく首を縦に振るラウラ。ご満悦だ。
俺としても、ラウラがよくクラリッサがと話題に出すからどんな人なのか気になっていた。だが、今日こうして会ったのだから、以前から気になっていたことを聞いていこう。
「まず、聞かせてもらいことがある」
「何なりと」
「日本に来たのは今回が初めてなのか?」
「はい。以前から日本文化に関心があり、行きたいとは思っていたのですが。今回運よく出張任務をいただき、来日しました」
日本に来たのは初めてで、今回は出張任務、か。嘘をついているようには見えない。
「なら、もう一つ質問だ」
ラウラの前で、あまり言いたくはないが。
「――以前、部隊の者がIS学園に来たことはないか? それも、イギリスの第三世代機で」
「……ほう」
「なっ!?」
クラリッサがぴくりと眉を動かし、ラウラが立ち上がった。つまるところ、俺の質問の意味は、「文化祭襲撃の犯人が
「お、お兄様は、まさか……あのときの襲撃者が、私の部隊の者だと疑っているのか!?」
静かな怒りを隠せないラウラ。身内が疑われているのだ、無理もない。だが俺は当てずっぽうで言っているわけではない。客観的に判断し言っている。
(――この程度ですか? ドイツの
以前、文化祭でラウラが報告した襲撃者は、ラウラの出自のみならずラウラが俺の妹だと知っていた。ラウラはドイツの部隊出身。当然、ラウラの生まれについて知る者はいるだろう。そして、ラウラは部隊でも俺のことを兄だと紹介しているらしい。だとすれば、ラウラの生まれと俺との関係、どちらも知っていて不自然ではない
「何がおかしい。襲撃者の条件として、十分あり得るだろう?」
「だ、だがっ!
「本当にそうか? なら、ラウラは
「う……そ、それは……!」
「だろうな。それに、もしバイザーに変声機能がついていたとしたら、そもそも声で判断することに意味はないだろう」
「……っ!」
唇を噛むラウラ。俺の言葉を否定しきれず、言い返せないことに悔しさがにじんでいる。
「クラリッサ。実際のところ、どうなんだ?」
「…………」
俺の追及に、クラリッサは一度カップを手に取り一口中のコーヒーをすすった。クラリッサの一言を、ラウラもじっと待っている。
俺も
これは、俺からの提案だ。俺が警戒を解いていないことは見せた。あとは、相手がどう出るか。
「――結論から言って、小官がお兄様にお教えできる情報は特にありません」
その一言に、安堵と少しの落胆を覚えた。しかし。
「――ですが」
「…………何?」
クラリッサの言葉で、ある異変が起きた。隣にいるラウラがふらふらと頭を揺らしている。
「……あ、あれ、お兄様……?」
「ラ、ラウラ……!?」
「どうして、私、こんなに……眠く……」
明らかに様子がおかしい。安定なくこくりこくりと体を揺らしたラウラは、間もなく頭を垂れて眠ってしまった。
「ラウラ、ラウラ! どうした!」
何故だ、さっきまで何の兆候もなかったはずだ。特に寝不足というわけでもないはず。なのに、ここまで急に眠りに落ちるということは……!
「お前、まさかラウラに睡眠薬を……!」
目の前のクラリッサを睨みつける。クラリッサは、表情も変えずに淡々と話した。
「ご名答。今回使用させていただいたのは即効性の強いものです。が、持続時間が短いのが欠点で、効果時間は長くてもせいぜい二時間と言ったところでしょう」
「……くそっ」
盛られたタイミングは、目の前で何かしたようには見えない以上、注文が通ったあとの店の中と考えるべきだろう。そうなると、ここの店員はグルと見ていい。あの意味深な目配せはそういうわけか。
よく見れば、他の客もいつの間にかいなくなっている。外の入り口には一名立ちふさがるように立っている。
くそっ、警戒を怠っていなかったはずなのに、綺麗にハメられた……!
「……何が目的だ」
俺は静かに、クラリッサに問う。俺は今、事実上ラウラを人質に取られている状態だ。おまけに店の者にまで手がかかっている以上、逃げ道はなく袋小路。ISでの強硬突破も視野に入ったが、相手もIS部隊の人間だ、どこかに待機形態のISがあるに違いない。全面衝突もやむなしと考えていたが、クラリッサの返答は――
「目的? それはただ一つです」
クラリッサは今までの無表情から一転、ふっと微笑みを見せた。
「――それでは、お兄様、私とお話をしましょう。……隊長抜きで」