IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
突然現れた一年二組のクラス代表、そして中国の代表候補生、凰鈴音。
「何格好付けてるんだ? すげえ似合わないぞ?」
が、一夏はこの少女の登場をいとも簡単に斬り捨てた。
「んな……!? なんてこと言うのよ、アンタは!」
いきなり砕けた口調になった凰鈴音。セシリアのときにも思ったが、どうやら一夏の前では代表候補生としての威厳はゼロになるらしい。つくづく恐ろしい男だ。
「おい」
凰鈴音の後ろには、我らが担任、織斑千冬先生がいらっしゃる。それに彼女は気付いていない。そのとき、おそらくクラス中の人間が、凰鈴音に心の中で告げていただろう。
「危ないぞ、早く逃げろ」と。にも関わらず、彼女は言ってしまったのだ。
「何よ!?」
……死んだな。これは。
バシンッ
案の定、正義の出席簿が振るわれた。普通に考えても無礼だったのだから、叩かれて当然だった。自業自得である。
「ち、千冬さん……」
痛む頭を抑えながら、凰鈴音は言った。なんだ、知っているんじゃないか。だったら対織斑千冬における危険察知能力の必要性は理解しておかなければならんな。かく言う俺も
「織斑先生と呼べ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな、邪魔だ」
「す、すみません……。またあとで来るからね! 逃げないでよ、一夏!」
意味不明、といった表情の一夏。凰は織斑先生に怯えつつ、一組の入口まで後退した。
「さっさと戻れ」
「は、はいっ!」
凰は二組へ向かって一目散に逃げていった。
「っていうか、あいつIS操縦者だったのか。初めて知った」
さっきまでの会話から推測すると、多分一夏と凰鈴音は友達なんだろう。俺が知らないところを鑑みると、中学の友人だろうな。
「……一夏、今のは誰だ? 知り合いか? えらく親しそうだったな?」
ずいっと一夏に詰め寄る箒。箒だけでなく、一夏は多くのクラスメイトから質問攻めにあっていた。
やめておけ、一夏が処理落ちするぞ。
バシンバシンバシンッ
そして、頭に強烈な衝撃を受けた。
「席に着け、馬鹿ども」
一夏や箒は分かるが、何故俺まで? その辺の事情説明を願いたいのだが。や、この人には何を言っても無駄か。鬼だしな。
バシッ
「天羽、余計なことを考えるな」
「……はい」
今日も出席簿は痛かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お前のせいだ!」
「なんでだよ……」
現在は昼休みで、今箒が一夏を糾弾しているところである。一夏は困惑気味だ。授業中にぼーっとしていた箒が、織斑先生に叩かれたのだが、箒はそれは一夏のせいであると言う。さしずめあの転校生と一夏の関係が気になったのだろうが、別に一夏のせいではない。単に自業自得である。口にしたら箒に怒られるので言わないが。
「で、まあ話はメシ食いながら聞くから、まずは学食行こうぜ」
「……それもそうか」
箒はとりあえず納得したらしい。
「じゃあ、俺も行こうか」
「私もご一緒させていただきますわ」
俺とセシリアが同行を宣言した瞬間、他のクラスメイトも私も、私も、と芋づる式に手を挙げることになった。
結局十人近い人数で学食へ移動した俺たち。他の面々は皆学食であったが、俺は一人弁当である。全寮制のIS学園において、弁当を持ってきている生徒は異質であろうことは間違いなかった。
「待ってたわよ、一夏!」
と、ここで凰鈴音が仁王立ちしていた。真ん中に立たないで欲しい。邪魔だ。
「まあ、とりあえずそこどいてくれ。食券出せないし、普通に通行の邪魔だぞ」
一夏が俺の気持ちを代弁してくれた。凰は慌てて端に寄った。
人の恋心には鈍い一夏だが、これでも電車ではちゃんとお年寄りや子連れには席を譲るタイプの人間だ。
俺は食券を買わないわけだし、席でも取っておこうか。これだけの人数だ、普通の席じゃ席が足らない。あの奥の席にしておこう。
「翔さん、お隣よろしいですか?」
セシリアが洋食ランチを持って俺の隣に来た。断る理由もないので、俺は快諾した。セシリアは嬉しそうに隣に座った。
「翔さん、お弁当ですのね」
セシリアが怪訝そうに弁当を見つめていた。
「ああ。たまにはな」
「だ、誰が作りましたの?」
「……俺だ」
「ええっ!? 本当ですの?」
「ああ」
弁当を作ったのは、つい最近までは毎日包丁を握っていたのでその感覚を鈍らせたくないから、という理由である。今日の献立は、主食の梅干しの入ったご飯と、おかずに卵焼き、ポテトサラダ、塩さばを入れた簡素なものだ。それでも何日かぶりの料理で非常にテンションが上がった。
あの生活能力ゼロの束と暮らした六年間は、確かに俺を主夫にした。
「す、すごーい! 天羽君って意外と料理できるんだ!」
「美味しそう……」
セシリアに続いて、女子たちが興味深そうに俺の弁当を見る。そのせいで、周囲の女性密度が上がってしまった。意識を向けないように、必死に弁当の白米をかき込む俺。
「……そうでしたのね、翔さんは料理を……」
一方、何か考えているらしく、セシリアはぶつぶつと独り言を呟いていた。
――何故だろう。強烈に嫌な予感がする。何も危険は無いはずなのに、根拠は無いのに、確実に俺の第六感が身の危険を告げている。
「セシリア、どうした?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
気のせいか。だったら良いのだが……。
「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」
「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、何IS使ってるのよ。ニュースで見たときはびっくりしたじゃない」
自然体で、なにやら親しげに話す二人。結構な長い付き合いなのだと推測する。箒がヤキモチを焼いてか、一夏を小突く。
「い、一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが! も、もも、もしかして付き合ってるのか!?」
らしくない箒の言葉に、周囲の女子がギロッと一夏を睨んだ。凰は顔を赤くした。
「べ、べべ、別に私は付き合ってるわけじゃ……」
「そうだぞ。なんでそんな話になるんだ。ただの幼馴染だよ」
なんだ、幼馴染だったのか。俺が知らないということは、小学校四年生以降知り合いということになる。
「幼馴染……?」
箒は怪訝そうに凰を見ている。一夏はややこしいな、と漏らしながら説明してくれた。
どうやら凰は小学校五年の頭から日本に来て、中学二年までいたらしい。俺が小三のとき、箒は小四のときに引っ越しているから、面識がないわけだ。
「で、こっちが篠ノ之箒で、こっちが天羽翔。小学校からの幼馴染で、俺の通ってた道場の娘と門下生だ」
「ふうん、そうなんだ」
凰は俺と箒をじろじろと見た。箒は負けじと睨み返していた。俺はいつも通りである。
「初めまして」
「ああ、こちらこそ」
「……アンタが二人目のIS操縦者ね。確か、天羽翔だったっけ?」
「ああ、そうだ」
凰は勝気な瞳を俺に向け、にっと笑いかけてくる。つり目と小柄な体格が、猫のような印象を抱かせた。
「これから、よろしくね」
そう言って凰。隣を見ると、何故かセシリアが俺を睨んでいた。
「……わたくしのときは跳ね除けましたわよね、翔さん」
……そういうことか。
「もしかしてあのときのことを言っているのか? あのときは話す余裕すら無かった」
そうでしたわね、とセシリアは苦笑いだ。一応納得してくれた様子だ。確かに、あのときの俺は無礼過ぎたと今になって思うが。
「初めまして、凰鈴音さん。私はイギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ」
セシリアは恭しく、笑顔で挨拶をした。俺のときより明らかに良い態度で接している。お互いに失敗から学習したということだろう。
「……よろしくね」
凰はそう言ったが、顔は警戒の色を失わない。
「(――あなたは、一夏さんですわね?)」
「(……!)」
何を話しているのだろう。俺には意味が分からんが、何故か凰が赤くなっている。
「(ご安心を。わたくしは、その、……翔さん、ですので)」
「(な、なんだ、そうなの)」
今度は赤くなったセシリアと、すっかり警戒を解いて安心した表情の凰。ころころ顔色が変わる上、会話の内容も分からないものだから、何が何だか全く分からん。
「不思議ね。あたし、アンタとは仲良くできそうな気がするわ」
凰は笑顔で言った。
「あら、奇遇ですわね。わたくしもですわ」
セシリアも笑顔で言った。二人は手を握り合う。今の謎の会話の中で、何が二人を打ち解けさせたというのか。女性というのはよく分からんものである。
「一夏、アンタ、クラス代表なんだって?」
「おう。成り行きでな」
「ふーん……」
凰はなにか考えている。
「あ、あのさぁ。よかったら、ISの操縦、見てあげてもいいけど?」
そう申し出てきた。
だが、このまま黙っている箒ではなかった。机を思い切り叩くと、その勢いのままに立ち上がる。
「だ、ダメだ! 一夏に教えるのは私たちの役目だぞ!」
顔が怖いぞ、箒。しかし凰は一歩も引かない。
「あたしは一夏に言ってんの。関係ない人は引っ込んでてよ」
「か、関係ならあるぞ。私が一夏にどうしてもと頼まれているのだ」
果たして一夏がそこまで頼んだのかは定かではない。箒のことだから多少拡大解釈したとしても不思議ではないが。
「一組の代表なのだから、一組の人間が教えるのは当然のことだ!」
「別に二組の人が教えたって悪くはないでしょ?」
「お、お前は二組の代表だろう!?」
「それ以前に、あたしと一夏は幼馴染なんだから」
不毛な争いが続くので、止めるとしようか。そろそろ口を挟ませてもらおう。
「凰。その辺にしておいてくれないか。ありがたいが、お前は仮にも敵だ。けじめはつけたほうがいい」
「だ、だからあたしは――」
鳳が言わんとしていることは分かる。要は、一夏と話す時間が欲しいだけなのだろう。
「一夏のことなら心配ない。俺たちがちゃんと教える。なにしろ俺は、篠ノ之束の弟子だからな」
「は、はあ!?」
凰も流石に驚いたようだ。
「それに、お前が欲しいのは、一夏と話す時間だろう? だったらちゃんと時間は作ってやる」
「そうですわ、凰さん。一夏さんとしても話したいこともあるでしょうし」
セシリアが援護してくれた。
「一夏、いろいろ話したいこともあるだろう?」
「……まあ、な」
幼馴染だし、二年も会っていなかったのなら、積もる話もあるというものだろう。俺自身がそうだったのだから。俺たちが仲裁したのもあり、凰は「分かったわ」と微笑んだ。
「あんたたちがそう言うんなら、そうするわ。じゃあ、放課後になったら行くから。じゃあね、一夏」
食べ終わったラーメンを乗せた盆を持って、凰は片付けに行った。
フットワークの軽い奴だ。大人しくしているのに我慢できない類の人種か。そういうタイプの人間は、正直嫌いじゃない。
「か、翔! 私の味方をしてくれるのではなかったのか!」
凰が行った後、箒が抗議してきた。箒は普段こんなに視野の狭い人間じゃないんだがなあ。恋は盲目とは言ったものである。
「そうじゃない。あれは一夏のためでもあるだろう? 凰は一夏の友達だぞ? 友達と会って話す時間くらい与えてやってもいいんじゃないのか?」
「う……」
それに、ああでも言わないと言い争いが続くだけだしな。
「心配するな。一夏にがんばらせるから」
「ま、マジかよ!?」
「当然だ。いつもの二倍がんばってもらわないと、凰と話す時間も無くなるぞ? そうなったら、凰はどう思うだろうな?」
「…………」
楽しみにしていた幼馴染との時間。それが無くなったとなれば……間違いなく、キレる。
「がんばるしかねえじゃんか」
「分かったのならいい」
そう言って、俺は最後のご飯の一塊をお茶で流し込んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ぐああ……」
ぐったりと地面に倒れこむ一夏。俺たちの特訓はさらに加速し、本日の訓練は無事終了した。これで凰と話す時間もできた。
「…………」
箒はぶすっとしている。
箒は今日の模擬戦、鬼気迫る表情で一夏に斬りかかっていた。怒りも嫉妬も不満も全て乗せたその剣に、もはや一夏は防戦一方であった。俺から見ても非常に恐ろしい剣であったことを追記しておく。
数週間前から、俺たちはあらゆる技術を一夏に仕込んでいる。主に俺とセシリアが技術担当、一夏の相手を箒がする、という構図であった。一夏に細かい理屈の説明は意味を成さないので、体に叩き込むことで習得させているのだが、一夏の飲み込みは早い。教える側としても嬉しい限りだ。
「さて、じゃあ俺たちは戻るからな。箒、セシリア、行こう」
「はいっ」
「全く、未練がましいぞ、箒。武士の恥だ」
「……ぐっ」
いい加減踏ん切りつけたらいいのに。駄々をこねたところで状況は変わらないのだから。
「一夏さん。帰るときはあちらのピットへ帰ってください」
セシリアが指差したのは、俺たちが帰ろうとしているピットと逆の方向。
「え? なんでだよ?」
「……本当に鈍感ですのね……。とにかく、あちらに戻ってくださいな」
「セシリアがそう言うなら……」
理由はいまいち分かっていないようだ。実は俺も分からん、とは言えなかった。
とにかく、まだ抵抗を試みる箒を連れて、俺たちはピットに戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その数分後、一夏は言われた通り別のピットに戻った。
(しかし、翔は本当にすげえ……)
一夏は最近になってようやくISの操縦にも慣れてきて、同時に翔の凄さを痛感していた。
(知識も、実力も、桁違いだよな……)
翔の操縦は極めて高度である。あらゆる技術を身につけ、それを完璧に使いこなしている。さらにそれに独自のアレンジを加えているものもあって、操縦技術を全て真似するのは正直無理そうだと感じた。年季が違いすぎる。
(それでも、追いつかないと……)
喧嘩するときは、昔は一緒に背中を合わせて戦った。一夏と翔はお互いの背を預けていた。信頼する友達として。そして、時には正面からぶつかりあって、互いを高めた。……なのに、今は、遠い。
一夏には、翔の背はとても遠く感じた。
「一夏っ!」
ドアが開いて鈴がやってきた。
「おつかれ。はい、タオル。飲み物はスポーツドリンクでいいよね」
「サンキュ。あー、生き返る」
一夏にとって、鈴の思いやりは体にだけでなく心にまで染み渡った。
「変わってないね、一夏。若いくせに体のことばっか気にしてるとこ」
「あのなあ、若いうちから不摂生しとったらいかんのだぞ。クセになるからな。あとで泣くのは自分と自分の家族だ」
「ジジくさ」
「う、うっせーな!」
呆れる鈴を横目に見ながら、一夏はまた一口ペットボトルに口をつける。
一夏は内心ドキドキしていた。それは、鈴が記憶の頃より可愛く見えたからである。
「一夏さあ、やっぱあたしがいないと寂しかった?」
「まあ、遊び相手が減るのは寂しいだろ」
「そうじゃなくってさあ」
「じゃあ何だよ……」
笑顔で取り留めの無いことを話す鈴だが、一夏には懐かしかった。
不意に、鈴が黙り込んだ。よく知っているはずなのに、妙な緊張が走る。
「ね、ねえ、一夏」
「な、なんだ?」
鈴は迷っているように見える。
言っちゃおうか。どうしようか。ええいっ、言っちゃえ! 独り言を呟きながらも、鈴は言う決心を固めたらしい。
「――や、約束っ、覚えてる?」
「あ、ああ。覚えてるよ」
「え、ほ、ほんと!?」
一夏の言葉に、嬉しそうに顔を綻ばせる鈴。今日一日で最高の笑顔だ。
「えっと、あれだろ。鈴の料理の腕前が上がったら毎日酢豚を――」
「そ、そうそう! それよそれっ!」
鈴がうんうん、と続きを促す。キラキラ目を輝かせ、ニキビ一つない頬が紅潮している。
ああ、そんなに約束覚えてたのが嬉しかったのか。だからあんなに。納得した一夏は、続きの言葉を言った。
「――おごってくれるってやつか?」
びしり、と空気が凍った。
「……はい?」
「いやー、俺は今、自分の記憶力に感動している――」
パアンッ
「い、いてえっ!?」
「――このっ、バカバカバカバカバカ! 一夏のバカァアアアアー!!」
一夏は引っ叩かれ、その上散々バカと言われた挙句、最後に死ねで締められた。自業自得だった。