IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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大変お待たせしました、第十六章本日よりスタートです。


第十六章 ポイント・オブ・ノーリターン
1


「――ああ、何年振りでしょうか、この再会は」

 

 ――分かっていたはずだった。

 束の様子が変だったから、束に何かあったのだと。あの束が、意味深な言葉だけ残して去っていったということの重大さも。

 

「七年くらいでしたか。まあ、どうでもよいことです」

 

 ――だが、心のどこかで思ってしまっていた。

 まだ大丈夫だ、と。きっとこれからも平凡で穏やかな日々が続くのだ、と。そんなわけがないのに。

 

「この日を、ずっと、ずぅっと待っていましたよ……」

 

 ――そのとき俺は、思い知るのだ。

 

「……ね、()()()?」

 

 そう。俺は、もう戻れない場所に来てしまったのだと。

 

 

 

 

 

 

 寒さが徐々に厳しくなってきた十一月、二学期も終わりが近づいてきた。文化祭、キャノンボール・ファスト、タッグトーナメントと二学期の主要なイベントも終わり、いよいよ二学期末のテストを待つのみになっている。

 タッグトーナメントの無人機襲来の影響は、それぞれの専用機持ちの勢力図は大きく変化した。まず、簪の参戦。第三世代機最後発故の恵まれた基礎スペック、特徴の図抜けた火力で一気に注目されるようになった。合計稼働時間の短さを感じさせない簪の操縦も合わさり、侮れない存在である。セシリアは偏向射撃(フレキシブル)を習得。回避困難な屈折する弾丸を操るセシリアは、二学期以降低迷しがちだった勝率を著しく上昇させた。タッグトーナメントでは俺のパートナーとして出場してくれたが、以降は手ごわいライバルとして、模擬戦ではお世話になっている。

 簪とセシリアの二人に加え、成長著しいのは箒だ。要の『絢爛舞踏』の発動効率が上昇した恩恵で問題だった継戦能力が改善され、その極めて高い性能を遺憾無く発揮できるようになった。

 そして、今俺の中で一番の脅威となっているのが――。

 

「やあああああああっ!」

 

 射撃の牽制を躱し、一夏が俺の懐へと潜り込もうと神速の踏み込みで接近してくる。既に《飛燕》は牽制のために俺の元を離れている、射撃の迎撃では間に合わないか!

《零落白夜》相手に隣接で打ち合いは避けたいが、仕方ない。《荒鷲》ソードモードを構え、迫る白刃に剣を合わせる。一撃、二撃と切り結ぶ度、剣戟の音がアリーナに鳴り響く。入学当初に鈍っていた勘を完全に取り戻した一夏の剣術は熾烈そのもの。機体パワーも合わせた力強い振りをいなしつつ、その合間を縫うように、俺は一夏に軽口を飛ばした。

 

「腕を上げたな一夏!」

「まあな! でも、そんな呑気なこと言ってっと――」

 

 鍔競り合いの中一夏がくいっと手首を捻り、《荒鷲》を跳ね上げる。

 

「――斬るぜ?」

 

 冷ややかな言葉と――帯刀の構え。そして、修羅のような雰囲気。……抜刀術だ。

 鋭く、呼吸する暇さえ与えない白い刃。それが俺の胴を袈裟に薙ぐ、その一瞬前。

 

「――残念だったな」

「んなっ!?」

 

 俺がニヤリ笑うと、一夏が目を見開く。その視線の先には、《雪片》と俺の胴の間を遮るように、《飛燕》が一本。

 飛ばしていた《飛燕》の回収がギリギリ、間に合った。

 

「や、やば……!?」

「逃がさん!」

 

 大振りの一撃のあとは大きな隙ができる。その隙は、一撃が大きければ大きいほど当然大きくなる!

《飛燕》でブロックした一夏の剣を弾き飛ばし、大上段に振り上げた。

 

「食らえ一夏!」

 

 渾身の袈裟斬りが決まり、俺の勝利が決まった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「惜しかったな」

「……ちくしょう」

 

 正午過ぎ、食堂で勝利の美酒ならぬ美食をいただく俺。一夏は悔しそうに突っ伏している。

 今回の模擬戦は一夏から持ち掛けてきたものだった。自信がついてきたから真剣勝負がしたいということだったので、相手になった。無論俺たちの真剣勝負に報酬がつかないわけはなく、今回は食堂の新メニューをかけての勝負。で、勝利した俺は見事新メニューをタダでいただいているわけだ。

 ……む、この魚の煮つけはなかなかいける。来週リピート注文する筆頭候補になりそうだ。

 

「勝てると思ったのになあ……」

「体勢を崩すのが少し遅かったんだ。もう一歩早く崩せていれば、《飛燕》は間に合わなかった」

「だよなあ。抜刀に行く前の崩しはまだまだ修行が要る……」

 

 一夏はぶつぶつと唱えながら、イメージトレーニングを再開した。試合後の反省にも余念が無い。

 今、一夏は貪欲に勝ちを模索している。今日負けはしたものの、何度も修羅場を越える度、以前とは比較にならないほどの実力をつけ、それでもさらに成長を続けようとしている。飽くなき向上心と天賦の才に裏打ちされた伸び代……それが、一夏の成長の原動力。

 

「……いずれ、追いつかれるかもしれないな」

「ん? 何か言ったか?」

「いや」

 

 ……鈍さは、相変わらずだが。

 俺が茶碗から白飯の最後のひとかたまりをかき込んだとき、一夏がそういえばさ、と話をふってきた。

 

「翔、冬休みの予定って決まってるのか?」

「いや、まだ何も」

「そっか。……どうすっかなぁ」

 

 一夏はうーん、と考え込んだ。悩んでいるようなので何かしたいことでもあるのか、と尋ねると、一夏は首を横に振った。

 

「シャルがさ。冬休みにフランスに来ないかって言ってるんだよな」

「……何?」

 

 食後のお茶を飲む手がピタリと止まった。

 

「シャルロットが? 何故?」

「何でも、フランスでEU内のISの共同開発をするから、そこに男性IS操縦者を招きたいんだと。本国からそう言うように指示されたんだってさ」

「…………」

 

 あまりにストレートなお誘いにぐっと眉に皺が寄る。つまり、前にシャルロットを男装させて潜入させることは失敗したから、今度はEU全体で共有する体で男性IS操縦者のデータを入手したいわけだな。見え透いた意図である。

 というか、あちらの思惑どうこうは置いておいたとして、国際IS委員会でも立場が宙ぶらりんな俺たちの扱いを決めかねているというのに、学園を出て他国に入るなど可能なのか?

 

「できるのか、そんなことが」

「さあ。シャルも呆れ半分だったし、EUの方もダメ元なのかもな」

「なるほど」

 

 一夏の語るシャルロットの口ぶりからすれば、許可が降りればといったところか。普通ならそんな許可が降りるとは到底思えないが、当然あちら側も学園側に交渉はしているはずだから、もしかしたら男性IS操縦者が国外に出ることもあり得るかもしれない。

 EUということは、フランスとイギリスも関係してくる。セシリアとラウラに聞けたら聞いておこう。いずれにしても、情報収集は怠らない方がよさそうだ。

 

「ところで、他のみんなは?」

 

 行方の知れない専用機持ちの所在を尋ねる一夏。残念ながら俺も知らない。

 

「聞いてない。学園の中にいるかさえも分からん」

「そっか。午後から暇なんだよなー」

 

 専用機持ちはこのところ、以前の無人機襲来に関する始末書やら専用機の修復やら何やらに追われ続けた毎日だったから、疲れも溜まっているだろう。羽を伸ばしにどこか出かけているのかもしれない。

 

「ならどこかの部活にでも顔を出してやればいいじゃないか。貸し出しキャンペーンは継続中なんだろう?」

「……えー……」

 

 苦い顔をする一夏。文化祭のあと決まった、他部活への貸し出しキャンペーン。部活をしている生徒の皆さまには大変好評いただいているものの、当の一夏は行く先々でもみくちゃにされるため、あまり部活に出たがらない。俺だったら間違いなく死んでいた。

 最終的に一夏はため息をついてスケジュール帳をチェックし始めた。覚悟を決めたらしい。

 

「はあ、行くしかないか。早く終わらせないと楯無さんにまた何かさせられそうだ……」

「頑張れ」

 

 一夏の受難体質を適当に労いつつ、俺は残ったお茶を流し込んだ。一夏に「お先」と一言告げ、食堂をあとにする俺。

 ……さて、じゃあ俺は部屋に戻って「情報収集」でも――。

 

「あっ、いた! 探したぞお兄様!」

 

 背中からよく聞きなれた声が。間違いなく我が妹だろう。今朝は挨拶もしてこなかったからてっきり何かしているのかと思ったが。

 

「何だラウラ、今日は顔を出さないから何事かと――」

「お兄様!」

 

 俺が言い終わる前にラウラが俺の頭を掴み、抱え込んだ。所謂、ヘッドロックの体勢だ。

 

「……は?」

 

 何だ、何が起こっている。何故俺は妹に出合い頭にヘッドロックを決められている?

 

「さあお兄様! 今から外出するぞ!」

 

 ラウラは勢いよく進み始める。俺の頭は決めたまま。

 

「は!? 外出って何をしにだ!?」

「挨拶に行く!」

「挨拶!?」

「細かいことは後だ!」

「ちょ、待て、まだ俺は申請も――ああ分かった! 分かったからやめろ頭を絞めるんじゃない!」

 

 生徒皆から怪奇の目で見られたりしたのだが、そんなこんなでラウラにずるずる引きずられながらも外出申請を出し、俺たちはあっという間に学園から駅へ、駅から市街へと繰り出していた。

 ……で、着いた場所は。

 

「秋葉原……?」

 

 言わずと知れた、サブカルの聖地であった。

 

「うむ。挨拶の舞台には丁度良いと思ってな!」

 

 俺を連れ出して満足げなラウラは、携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけた。

 

「こちら、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。……ああ、予定通り一四〇〇(ヒトヨンマルマル)に合流できる。勿論、お兄様も一緒だ」

 

 うむ、と頷きながらラウラは通話を切った。会話が怪しさ全開なのだが、大丈夫なのだろうか。このままどこかに売り飛ばされはしないだろうか。

 訝しんでいると、ラウラがくるりと俺の方を向き、携帯電話の地図を見せた。何故かドヤ顔である。

 

「さあ、お兄様。目的地まで案内してくれ!」

「…………」

 

 俺が案内するのか……。

 いや、確かに秋葉原はまだラウラが先導できる場所ではないだろうが。無理矢理連れてきておいて道案内しろいうのはどうなんだ。

 

「お兄様!」

 

 キラキラした顔で見上げてくる我が妹。俺に向けられる純粋無垢な真っ赤な瞳。気が付けば、俺は右手をラウラに差し出していた。

 

「……貸してくれ」

 

 携帯電話を受け取り、表示された場所を確認する。何々……行先は喫茶店だな。この距離なら歩いて一〇分もかからないだろう。

 

「……そこの道をまっすぐ。二つ先の交差点を左」

 

 結局、妹には甘い俺なのだった。

 ラウラのマイペースさが一向に変わらないのは俺が甘やかすせいもあるのではないか? 教育方針の見直しを検討しなければ。

 まあ、こういう飾らないところはラウラの良さでもあるのだが。

 

「よし、目的地へ向かうぞ!」

 

 元気よく歩き始めるラウラ。機嫌は上々らしく、道中は笑顔で足取りも軽かった。

 しかし、誰に会うつもりなのだろうか。ラウラの狭い人脈の中で、わざわざ秋葉原で会うような人物は自然と限られてくるが……。

 

「着いたな」

「うむ」

 

 ラウラが中に入ったので、俺も続く。

 案内された四人掛けの席で一足先に座っていた待ち人は、初めて見る女性だった。

 左目の眼帯がやたらと目を惹き、どこかで見たことのある制服を身に纏っていた。あれは確か、ラウラが来ていたドイツの黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の制服だ。

 俺とラウラの姿を見るなり、その女性は立ち上がって敬礼した。

 

「ご無沙汰しております、隊長」

 

 鍛錬された所作を見せたその人に、ラウラもびしっと敬礼で返す。

 

「ああ、久しいな。我が副官、クラリッサ・ハルフォーフよ」

「!」

 

 クラリッサ、だと?

 一通り挨拶が済んだクラリッサと呼ばれた女性は、俺の方へと向き直り。そして。

 

「お初にお目にかかります。ドイツ黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)副隊長、クラリッサ・ハルフォーフであります。()()()

「…………」

 

 かくして、俺は宿敵と思わぬ形でぶつかることとなった。




今後も(おそらく)週一投稿という形となります。
諸事情により更新をお休みする可能性もございますので、ご了承ください。

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