IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 謎の黒い機体による襲撃事件は、専用機持ちたちの活躍によって鎮圧された。

 敵機の撃破に成功した天羽翔、セシリア・オルコットペア、及び更識簪、ラウラ・ボーデヴィッヒペアが他ペアの援護に回り、騒動は一気に収束していった。

 今回侵入した機体はいずれも五月に襲来したものと同様無人で稼働しており、出所は掴めていない。無人であったことと特筆すべきはISの絶対防御を無効化してきた点である。これについては学園内の技術班の解析を待つ他なく、現状学園側が出せる結論は、「謎の機体」ということ一点のみであった――。

 

「ん……」

 

 夕陽の差し込む医療室で、楯無の意識は覚醒していく。ベッドの布団の暖かさが、妙に心地良かった。

 

「お姉ちゃん……」

「……簪、ちゃん?」

 

 楯無のベッドの側には、簪が心配そうに見つめていた。ゆっくり体を起こそうとすると、ずきりと背中が痛んだ。

 

「あっ、起きちゃ、ダメ。お姉ちゃんの怪我、軽くないから」

「だ、大丈夫よ、これくらい」

 

 いつつ、と漏らしながらも楯無は体を起こした。

 楯無が寝ていたのは、保健室ではなく医療室。初めて入るそこは、楯無の受けた傷が大きかったことを示していた。部屋の時計を見ると、時刻はもう五時を過ぎている。三時間は気を失っていたらしい。

 一通りの状況確認が終わり、楯無は側に腰かける簪へ尋ねる。

 

「簪ちゃん、ずっと看ててくれたの?」

「……うん」

「そう。ありがとう」

 

 ううん、と簪はふるふる首を振った。

 

「…………」

「…………」

 

 会話が途切れて、無言の時間が訪れる。だがその時間さえも心地よいと思えるくらい、楯無と簪は自然な雰囲気の中にいた。

 この沈黙は、話すことを拒絶した結果ではない。お互いに話したいことがあり過ぎて、何から話せばいいか分からないからである。

 楯無の頭の中はすっきりしている。あれだけ妹のことで悩んでいたのに、その妹を前にしても不思議なくらい落ち着いている自分がいた。

 

「――簪ちゃん。今まで、ごめんなさい」

「え……?」

 

 楯無――刀奈からの、突然の謝罪。簪は戸惑ったように、目を見開く。

 

「私は、あなたから逃げた……」

 

 自らの行いを見返し、刀奈は自嘲した。

 幼い頃から心の機微に聡かった刀奈。大人の美辞麗句の中に潜む本音や、表情の裏に隠された意図を見抜く能力に長けていた。それは妹が相手であっても変わりはなく、刀奈は成長するにつれて、次第に大きくなっていく簪の嫉妬にも気づいてしまった。

 

「私はね、怖かったのよ。簪ちゃんのことが」

「お姉ちゃん……」

 

 楯無は、次第に簪を恐れるようになっていた。愛する妹から、抱え込んだ負の感情をぶつけられることが、何よりも恐ろしかった。それを正面から受け止められるだけの強さが無かったのだ。それでも、まだ二人の関係は良好だった。楯無は簪と普通に接していたし、それは簪も同様だった。しかし、二人の小さなすれ違いは、とあることをきっかけに、大きな軋轢を生んだ。

 ――刀奈の『楯無』襲名である。

 

「自分で言うのもなんだけれど、私は次代の『楯無』になることを期待されていたわ。光栄な話よ。私にもその意思はあった。だから、『楯無』になろうと思ったのよ」

 

『楯無』になる。そう決意した刀奈は努力した。本人の才能も後押しして、小学校六年、弱冠十二歳にして、 算術、武術、兵術、話術――その他『楯無』に求められていたあらゆる能力を獲得した。

 そして、刀奈が中学二年生のとき。十四歳の誕生日と同時に、刀奈は『楯無』になった。満を持しての『楯無』襲名だった。

 でもね、と刀奈は続ける。

 

「結局、私は逃げただけなの。『楯無』になるためだって言い訳して、一番しなきゃいけないことを……簪ちゃんとしっかり向き合うっていうことを忘れてしまった」

 

 刀奈が更識家当主への道を邁進するうち、刀奈と簪の心の距離は確実に開いていた。いつか刀奈は向き合うことを忘れ、また簪も姉に背を向けた。刀奈はいつか、簪が何を考えているのかも分からなくなっていた。

 妹は姉を遠ざけ、姉は妹から遠ざかった。二人の心の距離は、広がるばかりだった。

 

「だから、ごめんなさい、簪ちゃん」

「ち、ちがう……っ!」

 

 簪はぶんぶんと大きく首を振った。

 

「違う、違うよ……! 謝るのは、私の方だよお姉ちゃん……!」

 

 メガネ越しの目に涙を一杯に溜めた簪は、ベッドに身を乗り出した。それから、傷ついた姉の手を取った。

 

「私、お姉ちゃんを誤解してた! 独りよがりで、お姉ちゃんの気持ちなんて考えたことも無かった……!」

 

 姉は自分のことなんてどうでもいいのだと、一人で勝手に決めつけて。一番自分のことを想っていてくれたのは、他でもない姉だというのに……。

 

「だから、私、お姉ちゃんにあんなにひどいことを……っ!」

 

 数日前の記憶が蘇る。

 自制の効かない嫉妬に駆られ、姉にひどい言葉をぶつけた。大嫌い、憎いとまで言った。今思い返しても、ぞっとする。

 

「本当は……っ、本当はあんなこと言うつもりは無かったの……! なのに、私……!」

 

 羨ましかった、憎かった。それは嘘じゃない。でも、それ以上にお姉ちゃんに憧れていて……お姉ちゃんのことを愛していたのに――。

 簪の涙がベッドに落ちる。後悔と、痛みと、悲しみに満ちたその涙を、刀奈は優しく拭った。

 

「そんなことないわ。あれは、私たちにとって必要なことだったのよ」

「……え……?」

 

 刀奈は片手で妹の頬を撫で、優しく微笑んだ。

 刀奈が一番恐れていた、簪の心の闇。それを面と向かってぶつけられたのは流石にショックだったが、刀奈はそれが無駄なことだったとは思っていない。二人が本当の意味で向き合うためには、どこかで簪の思いを――嫉妬も、劣等感も、羨望も、憎しみも、すべて受け止めなければならなかった。それを刀奈が先延ばしにしてきただけだ。

 あのとき簪が自分へ本音をぶつけてくれたからこそ、今は偽りの無い本当の、等身大の姿で語り合える。

 だから、もう簪の気持ちが分かる。他の感情に押しつぶされていただけで、姉への想いは……「大好きだ」という想いは、確かにあるのだと――。

 

「本当に、簡単なことだったのよね……」

「……あ……っ!」

 

 刀奈がゆっくりと簪を抱きしめる。

 数年ぶりの妹の温もり。

 この華奢な体を抱きしめるのに何年かかったことだろう。そんな自嘲と同時に、暖かい思いが刀奈の心を満たす。

 

「別に、特別なことなんて必要なかった。ただ、大好きだって言って、こうやって抱きしめてあげれば良かったのよね……」

「うう……っ、お姉ちゃあん……っ!」

 

 嗚咽を漏らす簪の背を、刀奈が優しく撫でる。刀奈の目からも、つーっと涙が伝う。

 こんな華奢な体でずっと私の背を追いかけて、一人で頑張ってきた妹。頑張って、頑張って、それこそ血を吐く思いをしながら、それでも頑張って、ついには代表候補生にまでなった。辛かったことは一度や二度ではないだろう、それでも簪はここまで来た。強い心が無ければ、到底できないことだ。私の妹は、決して弱虫なんかじゃない。

 

「あなたは、更識簪。内気だけど、素直で可愛くて、本当はとってもとっても強い、私の自慢の妹――」

「お姉ちゃん……っ、お姉ちゃあん……!」

 

 泣きじゃくる簪を、刀奈は優しく包み込んだ。

 恐れて、嫉妬して、いろいろ遠回りしてしまったけれど、またこうして寄り添い合っている。それがどれだけ大切なことなのか、今の二人には痛いほど理解できた。そして、二人は理解していた。これは仲直りではない。未熟な子どもだった昔とは違う。複雑な思いがあろうとも、それ以上に愛しいと思うから抱き合える……そんな、姉妹の新しい関係の始まりなのだと――。

 長年の確執を乗り越えた姉妹は、お互いのことを許し合うように、抱き合っていた。

 

「――翔くん」

 

 何分ほど経っただろう。しばらくそうしていると、刀奈が副会長の名を呼んだ。

 医療室にその姿は見えない。だが、彼はきっと近くで見守ってくれている。刀奈にはその確信があった。

 

「そこにいるんでしょ?」

 

 尋ねてみても、返事はない。照れくさいのかもしれない。

 翔は姉妹のために尽くしてくれた。独力の限界に苦しむ簪を救い、妹を怖れる姉を奮い立たせた。でも、彼自身が直接姉妹の間を繋いだわけではない。うずくまる妹の手を引くように、怯える姉の背中を押すように、離れていた姉妹に一歩を踏み出す勇気を与えただけ。だがそれは、姉妹にとって、少なくとも刀奈にとっては、何よりも大きな力だった。

 

『――あんたは……簪の姉だろうが!』

 

 無人機との戦いで翔が叫んだこと。その言葉は、刀奈に簪の姉であることを強く自覚させてくれた。最後まで、背中を押してくれた。

 

(もう、本当に……)

 

 いつもそうだ。あの生意気な副会長は、嫌な顔して憎まれ口ばかり叩くくせに、大事な場面では必ず刀奈を信じてくれる。

 生意気で捻くれているけれど、本当はどうしようもなくお人好しで、優しい心を持つ天邪鬼な彼。そんな彼だから、刀奈はからかい、そして信頼するのだ。

 

「本当にありがとう、翔くん」

 

 感謝と、信頼。刀奈は万感の想いをその一言に込めた。

 またしても、副会長からの返事は無い。だが、それは彼が照れ屋だからで、悟られたくないから返事をしないのだ。刀奈は、それを知っていた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「……まったく」

 

 いるのがばれてしまい、俺は廊下に預けていた背を起こした。

 

「本当にありがとうね、翔くん」

「…………」

 

 照れくさいことこの上ない。会長からの「ありがとう」には未だに違和感を覚える。俺は会長に相当悪いイメージがあるらしい。

 ――さて、二人を見守るのもこの辺にしよう。せっかく姉妹水入らず、邪魔者は退散するのみだ。

 

「翔さん」

 

 横から声が聞こえた。セシリアだ。

 

「どうした?」

「お食事に行きませんこと?」

「ああ、もうこんな時間か」

 

 いつの間にか時計の短針は六を差している。いろいろあったせいか腹も減っていた。

 

「そうだな、行こうか」

「会長さんと簪さんは?」

「中だ。もう心配は要らない」

 

 俺が言うと、セシリアは「よかったですわね」とくすくす笑った。

 な、何故笑う?

 だって、とセシリアが続ける。

 

「翔さんったら、とっても嬉しそうなんですもの。でも、それも分かりますわ。ここ一月ほど、翔さんは二人が仲直りできるようにいろいろと手を焼いてましたから」

「……何のことだか」

 

 ……バレていたようだ。

 

「本当に、お人好しですわね」

 

 呆れ、からかい、それと嬉しさが等分と言った調子である。勘弁してくれ。恥ずかしい。

 参った、と手を上げて降参のポーズを取ると、セシリアは満足そうに微笑んだ。

 

「さあ、お食事に行きましょう? 一夏さんたちがお待ちですわ」

「……そうだな、行こうか」

「はいっ」

 

 セシリアは笑顔を咲かせて、ぱっと俺の腕を取った。

 

「セ、セシリアっ!? ば、馬鹿、誰かに見られたら……!」

「いいではありませんか。誰もいませんわ」

 

 た、確かに、医療室の前の廊下なんてほとんど人は通らないだろう。が、問題はそこではない。問題はその、腕に当たっている柔らかいものだ! 体温の上昇が止まらん!

 というか、最近このパターンが多すぎないか!? セシリアから遠慮が全く感じられないぞ!

 

「翔さん、早くしないと皆さんが待ちくたびれてしまいますわよ?」

「そ、それなら手を……!」

「聞こえませんわー」

 

 結局、セシリアに腕を取られたまま、引きずられるように、俺は食堂へと向かって行くのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「……ふぅ」

 

 激動の一日を終え、簪は自室に戻ってきた。いるはずのルームメイトは、門限が過ぎているにも関わらず外出していた。どうなっても知らない、と半ば他人事のように結論づけ、ベッドにダイブした。

 

「……お姉ちゃん……」

 

 最愛の姉を呼ぶが、今姉は校舎の医療室である。門限ギリギリまで医療室にいて、今日はいっそそこで眠ってしまおうかと考えた簪だが、刀奈がもう帰りなさいと諭したので、結局寮に戻ってきた。刀奈が「心配しないで、またすぐ会えるわ」と言ってくれたのも大きかっただろう。

 

「はあ……」

 

 会いたいなあ、と簪は切に思う。今日はいろんなことを話せて嬉しかった。正直を言えば、まだまだ話し足りない。話してないことがたくさんあるのだ。学校のこと、ラウラのこと――そして、翔のこと。

 

(でも、仕方ない、よね)

 

 姉は重傷を負っている。今晩は安静にすべきだろうし、簪にもそれくらいの分別はある。だが、理屈で分かっていても、会いたい気持ちは誤魔化せるものではなかった。

 だから、簪は早く明日になりますようにと願った。早く明日になって、お姉ちゃんといっぱいお話できますように、と誰かに祈った。

 

「ふああ……」

 

 ……眠い。今日は本当に疲れた。シャワーこそ浴びてきたものの、服は制服の下のシャツである。シワになるとは分かっていたが、この強烈な眠気には抗えなかった。

 点けたままの電気は、きっと帰ってきたルームメイトが消してくれる。服はまたアイロンをかければいい。とにかく、今は眠りたかった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 まどろみかけた意識の中、もう一度だけ姉を呼んだ、そのときだった。

 

「――呼んだ? 簪ちゃん」

「……えッ!?」

 

 姉の声が聞こえ、簪の意識は急速に覚醒した。すぐに体を起こして、振り向いた、その先。

 そこには、窓枠に腕をかけた姉がいた。

 

「お、お姉ちゃん……ッ!?」

「こんばんは、簪ちゃん。来ちゃった♪」

 

 えへ、とお茶目な笑顔で、窓から上半身だけ乗り出している様が絶望的にシュールだったが、簪は慌てて姉の元に駆け寄った。

 

「だ、ダメだよ、お姉ちゃん……! 安静にしてないと……!」

「ん? へーきへーき。よっと」

 

 刀奈はひょいっと体を持ち上げ、部屋に入った。そして生徒会長らしい勝ち誇った顔で、

 

「ふふん、言ったでしょ? またすぐ会えるわってね。私にしてみればこんな傷大したこと――いたたたっ!?」

「お姉ちゃん!?」

 

 ガッツポーズのあとに痛みで悶絶する姉。言わないことじゃない、と介抱したが、幸いにも傷口は開いていなかった。

 

「いたたた……ご、ごめんね簪ちゃん」

「……もう」

 

 相も変わらず、刀奈は常識はずれだった。重傷を負った身で、三階にあるこの部屋まで登ってきたようだ。

 

「病室、抜け出してきたの?」

「そうよ。あそこ、何にもなくてつまんないんだもの」

 

 姉曰く、その暇に耐えきれず簪のルームメイトに交渉して入れ替わることを提案したのだという。ルームメイトが帰ってこないのにも納得である。ちなみに、交渉材料はと言うと、生徒会役員とのお茶会……つまるところ、翔である。

 重傷でも陰りを見せない姉の行動力に驚きを隠せない簪だったが、それに、と続けた刀奈の言葉は。

 

「……簪ちゃんと、もうちょっとお話したかったし」

 

 刀奈は少し顔を赤らめて、口を尖らせた。

 

「そ、そう」

 

 どこか照れくさくて、簪の頬も赤くなった。

 

「……うん」

 

 小さく頷く刀奈は、遊び足りない子供のようで。もう十七歳になったというのに、幼いワガママを通そうと怪我まで押して来るなんて。でも、そうまでして会いに来てくれたと思ったら、嬉しくないわけがない。

 それに、刀奈と同じくらい、簪も刀奈と話したかったから。

 

「……じゃ、じゃあ」

 

 簪はそっとベットに腰掛け、隣をとんとんと軽く叩いた。

 

「ここ、来て」

「う、うん」

 

 簪の隣にとすんと腰を下ろした刀奈。座るときに失礼します、なんて口走っていた。柄にもなく緊張しているらしかった。

 

「…………」

「…………」

 

 二人並んで腰掛けたはいいものの、こうして改めて話すとなると何から話していいのか分からない。とりあえず何か話してみよう、と簪が話を切り出した。

 

「「……あのっ」」

 

 そして、刀奈と見事にハモった。

 

「…………」

「…………」

「……ぷぷっ」

 

 どこか可笑しくて、堪えきれずに二人は吹き出した。実の姉妹二人揃って何を緊張しているのか。

 今ので程よく緊張が解け、自然な雰囲気に戻った二人は、小さな夜会を始めた。

 簪はいろいろ話した。中学校の話、IS学園に入学した頃の話、本音の話、打鉄弐式の話……話題を選ぶこともなく、ただ滔々(とうとう)と思い浮かんだ思い出を、刀奈に語った。

 刀奈もいろいろ話した。楯無になってからの話、IS学園に入学した頃の話、後輩たちの話。簪の知らなかったことを話しては、嬉しそうに笑うのだった。ひとしきり話したあと、簪は「あること」を刀奈に打ち明ける。

 

「ねえ、お姉ちゃん」

「なに?」

「あのね」

「うん?」

「――私ね、翔のことが好きなの」

「…………」

 

 刀奈は、笑顔のままだった。動揺するでもなく、驚くこともなかった。

 簪から、姉の心の中を伺い知ることはできない。それでも簪は構わなかった。この告白は、単なる意思表示。ただ、本心を刀奈に知ってもらいたかっただけだ。

 

「――そう」

 

 刀奈は呟いた。

 

「頑張ってね」

 

 刀奈は笑顔だった。

 

「うん、頑張る」

 

 簪も笑顔で答えた。このことを刀奈がどう思ったのかは、簪には関係ないこと。簪は簪で、好きな人へアプローチしていくだけだ。

 

『――私が聞いているのは、お前が私と組みたいのかどうかだ。私のことは、関係ない。私のことを決めるのは、私だ。そして、私はお前と組みたいと思ったから言ったのだ』

 

 ペアを申し込んでくれたとき、ラウラが言った言葉が蘇る。他人の顔色を伺うのではなくて、自信を持って自らの意志を伝えること。あのときラウラが求めていたものを、簪はやっと理解した気がした。

 真っ直ぐ、自分の意志を伝える。恥ずかしいけれど大切なことだ、と簪は思う。今までは上手くできなかったけれど、これからは。

 

「……お姉ちゃん」

「なあに?」

「私、まだ話したい」

 

 簪の小さなワガママに、刀奈も笑顔で頷いた。

 姉妹の小さな夜会は、夜が深まっても続いた。話題が尽きることはなく、ときが経つことも忘れて、二人は話し続けたのだった――。

 

 

 

 ――翌日。今まで無遅刻無欠席だった更識姉妹が、揃って遅刻してきたため、学園内で噂となったことは余談である。


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