IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

115 / 129
8

「《山嵐》……起動」

 

 戦線に復帰した簪は、ミサイルポッドのシステムを起動する。ラウラに前衛を任せ、荷電粒子砲での援護が主体のI字の陣形とは違い、今のフォーメーションはお互いにラインを下げた横一線の陣形。ラウラが敵機の接近を阻みながら、簪の護衛を務める……これは、ラウラをミサイルポッドの範囲内に巻き込まないためだった。

 

「ちっ……!」

 

 砲撃しつつじりじりと後退しながら、ラウラが苦々しく舌打ちする。シュヴァルツェア・レーゲンの大型レール砲の残弾は僅か。刀奈が救援に来るまでの間、そして簪が戦線に復帰するまでの間、前衛として戦い続けてきたラウラだ、限界も近い。

 その様子を見て、簪はシステムを起動したのを確認したが、《山嵐》を放たずに一旦システムのコントロールパネルを開いた。

 ターゲットは敏捷性に優れたゴーレム。ラウラの足止めも十分でない以上、命中には不安が残ると考えたからだ。

 

(通常のロックオン・システムだと、振り切られる可能性もある……)

 

 戦闘中の圧縮されたような時間感覚の中、簪の脳内は高速でフル回転していた。次の攻撃を如何に当て、戦況の趨勢を決定付けるか、

 打鉄弐式は、第三世代でも特に火力に秀でた機体である。防御力に定評がある打鉄のシールドを敢えてオミットし、主武装の荷電粒子砲二門、近接用大型薙刀に加え、切り札の連装ミサイルポッドを装備したことで、第三世代機相応のスペックを持ちながら、高火力を運用することが可能となっている。そしてもう一つ、打鉄弐式が他のISと比べて優れているもの。それは、マルチロックオンシステムを搭載しているが故の、高度な演算処理能力である。

 打鉄弐式の処理力であれば……簪の考えていることができるかもしれない。

 

(いいえ、絶対いける……打鉄弐式なら……!)

 

 打鉄弐式のことを誰よりも知っているのは自分だという自負が、簪にはある。

 簪の腹は決まった。情報を整理し、パートナーに意志を伝える。

 

「――ラウラ。これからマルチロックオンシステムを使う」

 

 簪がラウラに通信を送ると、ラウラが目を見開いた。

 

「し、しかし敵は一体だぞ! 何の意味が……!」

「時間がないから、掻い摘んで説明する」

 

 正確には、マルチロックオンシステムの、演算処理機能を借りるイメージだ。単ロックでは追いきれないあの機体に、《山嵐》の全弾をぶつけるためにはこうするしかない、というのが簪の結論だった。

 火器管制のために高度な処理を要求されるマルチロックオンシステム。そのシステムの処理力を借りながら、簪が新しい誘導システムを構築する。以上が、作戦の全容である。

 

「……何秒でできる?」

 

 ラウラの質問は、単刀直入だった。その顔は険しいが、その真紅の目には希望が満ちている。ラウラは「できる」のか「できない」のかは聞かなかった。「できる」前提で、簪に問いかけていた。

 簪は震える想いだった。この強く純粋で美しい最高のパートナーは、その自らの運命を簪に託した。何と誇らしく、そして恐ろしい信頼だろう……! 純粋さのあまりもはや重圧とすら感じる信頼だ。

 ――きっと、できないと俯いたことだろう。だが、それは今までの簪ならの話だ。

 

(私は、決めたの。ヒーローになるって!)

 

 正義のヒーローは、市民の期待に背いたりしない。必ずそれに応えて、笑顔で皆を救うのだ。

 ――ヒーローになる。皆の希望を背負い、力へと変えて皆を守る。その覚悟を、簪は既に決めたのだ。

 客観的に見た自らの技量、専用機の処理能力、ゴーレムの戦闘力、ラウラの継戦能力……それらすべてを鑑み、弾き出した簪の答えは――。

 

「――二〇秒。二〇秒だけ、頂戴」

「……了解した」

 

 ラウラが笑顔を見せ、頼もしい声で返答した。

 ラウラの返答を確認してすぐ、ありがとうと一言伝えて簪はコンソールに入力を開始した。作戦の開始に伴い、フォーメーションも変化する。

 

「言っておくが、私はもう後先考えないぞ。その二〇秒で倒してしまっても、文句は受け付けん」

 

 スラスターを吹かしたラウラは、強気な言葉を残してゴーレムとの打ち合いに臨んだ。いつもは封じている左目の眼帯も外し、紅と金色のオッドアイのラウラが、漆黒の愛機シュヴァルツェア・レーゲンのプラズマブレードを交差させ、ゴーレムの豪腕を防ぐ。

 

(――ラウラらしい)

 

 そう簪はくすりと笑ったあと、すぐにシステム構築に挑む。腕部脚部の両装甲が量子変換され、両手両足を挟み込むように、八枚のキーボードが現れる。まるで天使のように、陽光を受けて輝く両手を広げる簪。 

 すぅっと大きく息を吸い、一旦頭の中をクリアにする。どうせすぐ入力することでいっぱいになるのだから、そのスペースは大きい方がいい。

 機体のディスプレイに大量のコンソールが展開された瞬間、簪は目にも留まらぬ速さで各キーボードを叩き始めた。

 簪が目指すのは、《山嵐》の全ミサイルをすべてマニュアル制御すること。マニュアル制御と言っても一発一発を直接コントロールするのではなく、入力された膨大な数の軌道データを選び取って組み合わせ、あたかもマニュアルで制御しているかのように弾道をコントロールするシステム……言わば、疑似偏向射撃(フレキシブル)である。

 

「各弾頭の制御……空気抵抗、相互干渉……把握、プログラミング完了……。目標の行動パターンを入力……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、簪は驚異的なスピードでシステムを組み上げていく。しかし、体と思考がフル回転しているというのに、心は静かだった。

 だからだろうか、自らの心を見つめなおしているのは。

 ――簪は、優秀な姉のことがずっとコンプレックスだった。何をしても姉と比べられ、その都度落胆されたことに辟易していた。姉に嫉妬し、自分を卑下し、そんなことばかり繰り返していたいた。しかし、こんなときになって思った。そんなことで悩む必要はなかったのかもしれない、と。人は皆違う、容姿も、性格も、才能も。姉は姉で、自分は自分。簪は決して刀奈になれないけれど、刀奈もまた簪にはなれない。当たり前のことに気づかずに、己の可能性を捨ててはいなかったか。

 

(そうだ、これは……)

 

 簪は悟った。これは、簪が勝手に作り上げた姉の幻想との決別。そして、真に自分を誇るために放つ、魂の一撃なのだと――。

 ぐっと時間が引き延ばされるような感覚の中、簪は魂の一撃という言葉で、ヒーローが必ず持っているものを思い出した。……そう、必殺技だ。

 悪を追い詰めたときの、ヒーローのお約束。その名に違わぬ、一撃の下に戦いを決する、そんな技だ。打鉄弐式の《山嵐》は必殺技と呼ぶに相応しい切り札である。

 ――ニューヒーロー更識簪の必殺技、ミサイルポッド《山嵐》。

 

(……うん、悪くない)

 

 無事に必殺技が決まった。同時にシステムの構築が完了し、よし、と簪は大きく頷いた。

 打鉄弐式の肩部のウィングスラスター、そのカバーがスライドし、中から量子構成されたミサイルが覗く。システムと《山嵐》の接続が万全であるのを確認した簪は、前方のパートナーに叫ぶ。

 簪がコンソールのタイマーを見る――ジャスト二〇秒。長いような、短いような時間だった。

 

「ラウラッ!」

「――ああ!」

 

 待っていたぞ、とばかりにラウラはゴーレムの腕を弾き、バックブーストで急速後退する。シュヴァルツェア・レーゲンは肩のレールキャノンが歪み、装甲の損傷も激しいが、それでも無事だ。

 ラウラがセーフティラインに入った瞬間、簪は《山嵐》のトリガーを引いた。

 

「《山嵐》……行っけぇぇええええー!!」

 

 簪の叫びと共に、打鉄弐式から一斉に四八発のミサイルが発射された。

 高速でゴーレムを追う弾頭。ゴーレムは三次元的な機動と左腕のエネルギー砲で迎撃したが、疑似マニュアル制御によって操られたそれらは、直線的な誘導はせずに加減速と方向転換を繰り返し迎撃をすり抜けていく。

 

「逃さない……!」

 

 回避ができず命中した一発に、他の弾頭が続く。一発が二発へ、二発が四発へ……全弾直撃を受けたゴーレムは、次々と炸裂する爆炎に呑まれ、全身を破壊されていく。。

 ついに全身の装甲がフレーム諸共消し飛んだゴーレムは、『ガガガガガ……』と不協和音を奏で、徐々に機能が低下していく。

 

「……しぶとい」

 

 簪は小さく呟くと、半壊したゴーレムに荷電粒子砲を向けた。ラウラは後ろに下がらせて、簪は一人ゴーレムを睨みつける。

 学園を襲い、ラウラを傷つけ、そして何よりも……。

 ハイパーセンサーが、後方で倒れる刀奈を捉える。簪が憧れ、敬愛し、そして簪を愛してくれる刀奈を傷つけた。

 

「私のお姉ちゃんを傷つけたこと……私は絶対に許さない」

 

 冷ややかに簪は言い放つ。

 カーソルがゴーレムの中心をロックし、簪は荷電粒子砲のトリガーを引いた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。