IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
翔とセシリアペアと新型ゴーレムとの戦いは、華僑に差し掛かっていた。
前衛の翔のダメージは中、後衛のセシリアのダメージは小。しかし敵機のダメージが大きいことを考慮すると、有利と言って差し違いない。
翔が《荒鷲・鳳凰》で強引に進行ルートを切り開き、セシリアは構えた《スターライトmkⅢ》を、翔の空けた射線に撃ち込んでいく。翔との綿密な連携訓練と技量に裏打ちされた攻撃は正確無比で、ゴーレムに回避困難な狙撃を次々と見舞った。
高い近接格闘力を持ちながら、援護もそつなくこなす翔が前にいるおかげで、セシリアは狙撃に集中できる。
翔と出会って半年と少し。翔の背中を通して機体の制御、ビットの操作技術、様々なことを学んだ。
「セシリア!」
「はい!」
翔が《鳳凰》の合体を解き、《飛燕》を格納してセシリアに合図を送る。
――この合図は、
パートナーの意図を理解したセシリアは、ゴーレムの砲撃を見てブルー・ティアーズを大きく旋回させて敵の砲撃を回避する。追撃の砲撃は、蒼炎から飛来した《飛燕》のエネルギーフィールドがすべて遮った。
翔の援護を受け、セシリアは必殺の一撃の構えを取る。大型ライフルを構えてBTビットを自機周辺に待機させた。腰のミサイル・ビットも前面に向け、ブルー・ティアーズは全砲門を展開した。
《飛燕》が所定の位置に配置され、セシリアが攻撃姿勢を整えた……準備、完了。
「ブルー・ティアーズ……」
すべてのBT兵器の照準が、ゴーレムに合わさった。目の前に《飛燕》のエネルギーフィールドがあることも構わず、セシリアはすべての火器のトリガーを引いた。
「――フルバースト!」
全砲門からの一斉射撃。計七門の火線が、ブルー・ティアーズから伸びた。
しかし、前面には《飛燕》のエネルギーフィールドがある。ミサイル・ビットから放たれた誘導弾以外は、すべてその壁に遮られる……はずだった。
(――いいえ)
それでも、セシリアははっきりとそれを否定する。
まるで、一粒の水滴が泉の
――
「……おお?」
「い、今のは……?」
セシリアが翔と正式にペアを組んで少し。それは、翔とアリーナで戦術訓練をしていた最中だった。
機体の調整を行ったせいで生まれた誤差に、セシリアは苦しんでいた。狙撃の体勢を上手く整えられず、微妙にターゲットから逸れてしまうことが増えたからである。数ミリ単位の照準のズレであっても、離れた地点に到達する頃には数十センチの誤差となる。高精度の狙撃を生命線とするブルー・ティアーズの運用においては、無視できない問題であった。
しかし、これはチーム戦。セシリアのミスがそのままチームの敗北にも繋がりかねない。それでも何とかターゲット撃ち抜こうと、体勢が崩れたまま半ばやけくそに撃って、案の定逸れたBTレーザーだったが……。
「…………」
「…………」
二人の眼前には、見事に中心を射抜かれたターゲットがあった。
「今、曲がらなかったか?」
「……曲がりましたわね」
半信半疑のまま、翔と顔を見合わせ、二人で急いでピットに飛び込んだ。レコーダーで確認すると、やはりセシリアが撃ったレーザーは、着弾までに一度大きく屈折してターゲットへ命中していた。
機体の稼働データを見ると、最後の狙撃の一瞬だけ、BT兵器の稼働数値が跳ね上がっていた。……つまり、これは。
「フ、
「やったな、セシリア」
「はいっ! 翔さんのおかげですわ!」
爛々と輝く笑顔で、セシリアは翔の手を握った。
「……あ」
……否、握ってしまった。
「――ぬわああっ!? やめろ、手を握るなァ!」
お決まりの反応が起こり、ずざざっと激しく後ずさる翔。ゴキブリもかくやとばかりの素早さだ。
部屋の隅っこで赤くなって息を切らせる翔には、セシリアは呆れるしかない。
「……もう」
「す、すまん。だ、だが、急に手を握るセシリアも悪いからな……!」
と、このようなハプニングはありつつも、これをきっかけにセシリアは急速に
幾度も試行を重ねる内、セシリアは徐々に
そのトリガーとは……『
(そういうことでしたのね……)
思い返せば、
勿論、自他の誇りを守ることが
「翔さん」
「うん?」
セシリアが呼ぶと、翔はセシリアの方を向いた。
「以前、仰られていましたけれど……『理解しろ、そうすれば理解してくれる』という言葉の意味。わたくし、ようやく分かった気がしますの」
セシリアが言うと、翔は「そうか」と優しく微笑む。出会った頃に比べると、彼のこんな表情も増えた。
「曖昧な言い方でしか助言できなくて、すまなかったな」
「そんなことはありませんわ。……これは、わたくしとこの子で何とかしなければいけないことでしたもの」
セシリアは蒼い雫のイヤーカフスを撫でた。
ここ数日間で、ぐっと相棒への理解が増した気がしていた。授業で習っていたが、ISには『個性』があるという説明にも、ようやく納得がいく思いだ。
「きっと、この子は人一倍プライドが高い子ですわ。わたくしがどれだけ語りかけても、全然振り向いてくれなかったですし」
「英国貴族の専用機らしい性格だな。
まあ、俺が好みじゃないからそんなことはしないがな。翔はそう苦笑して、もう一度前を向いた。
「お互い専用機には苦労しますわね」
「ああ」
夕映えに翔の横顔を重ねたセシリアは、今の光景を忘れまいとそっと心のポートフォリオに収めながら、笑顔を見せた――。
今にも、《飛燕》のエネルギーフィールドに当たりそうなBTレーザー。セシリアは、海を
(そう、これは……)
自身と、身に纏う相棒に言い聞かせるように。
(わたくしと翔さんの誇りを……そして、IS学園の仲間たちの誇りのために!)
フリーになっている左手の人差し指を、そっと前に出す。
「侵入者に
セシリアが、くいっとその指を曲げる。
――
セシリアの指揮で踊るレーザー弾は、全弾がゴーレムに直撃する。
「まだですわ!」
続く第二射。同じようにBTレーザーが屈折し、エネルギーフィールドの干渉を逃れ、それぞれのレーザー弾とミサイル弾がゴーレムへと向かっていく。
回避行動と同時に、ゴーレムが左腕を向けてセシリアに砲撃を加えようとする、が。屈折しない高圧縮エネルギー砲では、《飛燕》のエネルギーフィールドを突破することができない。
パートナーの守護を受け、セシリアは第三射、第四射と次々に一斉射撃を見舞う。そのすべてをゴーレムの胸部装甲に集中し、ゴーレムは爆炎に呑まれていく。
一斉射撃は、隙の大きさが大きな弱み。それをカバーする戦術が、この連携フォーメーションだ。
『各射撃武装がオーバーヒート、使用できません』
砲身が過熱状態になるほどに撃ち尽くしたブルー・ティアーズ。そのコンソールに赤い文字が表示される。射撃武器のみならず、機体全体が熱を持っている。
射撃の雨を受けたゴーレムだったが、胸部装甲が崩壊に至ってコアが露出していたが、最低限動けるエネルギーはあった。
『ターゲットA。行動不能を確認』
セシリアは、にこりと笑う。
「タイミングは?」
「――完璧だッ!」
セシリアの背後から蒼い翼を広げた蒼炎が
「はあああああっ!」
渾身の縦一閃でゴーレムの右腕を斬り飛ばし、《荒鷲》を再び《鳳凰》の姿へと変化させる。振り下ろした反動で、一気に突きの姿勢に入った翔は、大剣の切っ先を突き出してゴーレムのコアを穿った。
「――消え去れッ!」
翔は突き刺したまま上へ持ち上げ、紫電が走るゴーレムを一気に背面へ投げ飛ばした。
『ガ……ガガガガガ……ッ』
コアを破壊されたゴーレムは、無機質な機械音と共に爆散した。
「――ふうっ!」
「やりましたわね!」
残心を取った翔が大きく息を吐き、セシリアが駆け寄る。無言で微笑みあい、作戦の成功を労った。
だが、と翔はすぐに顔を引き締めた。
「まだ終わりじゃない。これより他の専用機持ちの援護に向かう。行けるか?」
「ええ。まだ少し冷却が必要ですけれど、エネルギーはまだ余っていますわ」
「よし……行くぞ、セシリア!」
「はい!」
翔がセシリアを牽引し、二つの蒼が戦場を駆けた。
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