IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

114 / 129
7

 翔とセシリアペアと新型ゴーレムとの戦いは、華僑に差し掛かっていた。

 前衛の翔のダメージは中、後衛のセシリアのダメージは小。しかし敵機のダメージが大きいことを考慮すると、有利と言って差し違いない。

 翔が《荒鷲・鳳凰》で強引に進行ルートを切り開き、セシリアは構えた《スターライトmkⅢ》を、翔の空けた射線に撃ち込んでいく。翔との綿密な連携訓練と技量に裏打ちされた攻撃は正確無比で、ゴーレムに回避困難な狙撃を次々と見舞った。

 高い近接格闘力を持ちながら、援護もそつなくこなす翔が前にいるおかげで、セシリアは狙撃に集中できる。

 翔と出会って半年と少し。翔の背中を通して機体の制御、ビットの操作技術、様々なことを学んだ。

 

「セシリア!」

「はい!」

 

 翔が《鳳凰》の合体を解き、《飛燕》を格納してセシリアに合図を送る。

 ――この合図は、()()フォーメーションの合図。翔は、この戦いに決着をつけるつもりだ。

 パートナーの意図を理解したセシリアは、ゴーレムの砲撃を見てブルー・ティアーズを大きく旋回させて敵の砲撃を回避する。追撃の砲撃は、蒼炎から飛来した《飛燕》のエネルギーフィールドがすべて遮った。

 翔の援護を受け、セシリアは必殺の一撃の構えを取る。大型ライフルを構えてBTビットを自機周辺に待機させた。腰のミサイル・ビットも前面に向け、ブルー・ティアーズは全砲門を展開した。

《飛燕》が所定の位置に配置され、セシリアが攻撃姿勢を整えた……準備、完了。

 

「ブルー・ティアーズ……」

 

 すべてのBT兵器の照準が、ゴーレムに合わさった。目の前に《飛燕》のエネルギーフィールドがあることも構わず、セシリアはすべての火器のトリガーを引いた。

 

「――フルバースト!」

 

 全砲門からの一斉射撃。計七門の火線が、ブルー・ティアーズから伸びた。

 しかし、前面には《飛燕》のエネルギーフィールドがある。ミサイル・ビットから放たれた誘導弾以外は、すべてその壁に遮られる……はずだった。

 

(――いいえ)

 

 それでも、セシリアははっきりとそれを否定する。

 まるで、一粒の水滴が泉の水面(みなも)に波紋を広げるように。静寂を乱すほんの一筋の蒼い雫に、セシリアの意識は収束していく。未知のようで、既知の感覚。この研ぎ澄まされた感覚の名を、セシリアは知っていた。

 

 ――偏向射撃(フレキシブル)

 

 

 

 

「……おお?」

「い、今のは……?」

 

 セシリアが翔と正式にペアを組んで少し。それは、翔とアリーナで戦術訓練をしていた最中だった。

 機体の調整を行ったせいで生まれた誤差に、セシリアは苦しんでいた。狙撃の体勢を上手く整えられず、微妙にターゲットから逸れてしまうことが増えたからである。数ミリ単位の照準のズレであっても、離れた地点に到達する頃には数十センチの誤差となる。高精度の狙撃を生命線とするブルー・ティアーズの運用においては、無視できない問題であった。

 しかし、これはチーム戦。セシリアのミスがそのままチームの敗北にも繋がりかねない。それでも何とかターゲット撃ち抜こうと、体勢が崩れたまま半ばやけくそに撃って、案の定逸れたBTレーザーだったが……。

 

「…………」

「…………」

 

 二人の眼前には、見事に中心を射抜かれたターゲットがあった。

 

「今、曲がらなかったか?」

「……曲がりましたわね」

 

 半信半疑のまま、翔と顔を見合わせ、二人で急いでピットに飛び込んだ。レコーダーで確認すると、やはりセシリアが撃ったレーザーは、着弾までに一度大きく屈折してターゲットへ命中していた。

 機体の稼働データを見ると、最後の狙撃の一瞬だけ、BT兵器の稼働数値が跳ね上がっていた。……つまり、これは。

 

「フ、偏向射撃(フレキシブル)! やりましたわ!」

「やったな、セシリア」

「はいっ! 翔さんのおかげですわ!」

 

 爛々と輝く笑顔で、セシリアは翔の手を握った。

 

「……あ」

 

 ……否、握ってしまった。

 

「――ぬわああっ!? やめろ、手を握るなァ!」

 

 お決まりの反応が起こり、ずざざっと激しく後ずさる翔。ゴキブリもかくやとばかりの素早さだ。

 部屋の隅っこで赤くなって息を切らせる翔には、セシリアは呆れるしかない。

 

「……もう」

「す、すまん。だ、だが、急に手を握るセシリアも悪いからな……!」

 

 と、このようなハプニングはありつつも、これをきっかけにセシリアは急速に偏向射撃(フレキシブル)の発現率を高めていく。

 幾度も試行を重ねる内、セシリアは徐々に偏向射撃(フレキシブル)を意識的に発現させることができるようになっていった。同時に、発現させるトリガーを理解するようにもなる。

 そのトリガーとは……『誇り(プライド)』。それも自己の誇りだけでなく、他者の誇りを守ることを強く自覚することで、ブルー・ティアーズはその真価を見せるのだった。

 

(そういうことでしたのね……)

 

 偏向射撃(フレキシブル)を完全に発現できるようになったのは、一週間ほど前。コツを掴んだその日の帰り道、夕暮れのIS学園から寮への途中、セシリアはいつものように翔の左隣を歩きながら、今までの軌跡を辿った。

 思い返せば、幸せ狩りの魔女(フォーチュン・キラー)との死闘では、セシリアは自分の想いのためだけでなく、翔とラウラ、そして仲間たちの誇りを守ろうと命懸けで戦っていた。それが偶発的であったものの偏向射撃(フレキシブル)発現の大きなきっかけとなったのではないか、とセシリアは考えた。

 勿論、自他の誇りを守ることが偏向射撃(フレキシブル)の必要条件というわけではないだろう。夏と比べて、実力が向上したこと、機体の稼働時間が伸びて機体への理解が進んだこと、諸々の要因があって今に至ったのだから、夏の時点で偏向射撃(フレキシブル)を発現できたのは奇跡に近かっただろう。それでも奇跡が実現したのは、ブルー・ティアーズからの働きかけに依る部分も多かったのではないだろうか?

 

「翔さん」

「うん?」

 

 セシリアが呼ぶと、翔はセシリアの方を向いた。

 

「以前、仰られていましたけれど……『理解しろ、そうすれば理解してくれる』という言葉の意味。わたくし、ようやく分かった気がしますの」

 

 セシリアが言うと、翔は「そうか」と優しく微笑む。出会った頃に比べると、彼のこんな表情も増えた。

 

「曖昧な言い方でしか助言できなくて、すまなかったな」

「そんなことはありませんわ。……これは、わたくしとこの子で何とかしなければいけないことでしたもの」

 

 セシリアは蒼い雫のイヤーカフスを撫でた。

 ここ数日間で、ぐっと相棒への理解が増した気がしていた。授業で習っていたが、ISには『個性』があるという説明にも、ようやく納得がいく思いだ。

 

「きっと、この子は人一倍プライドが高い子ですわ。わたくしがどれだけ語りかけても、全然振り向いてくれなかったですし」

「英国貴族の専用機らしい性格だな。蒼炎(こいつ)は基本的に素直だが、第四世代だからか好き嫌いは多くてな。お陰で射撃寄りの武装構成にはできない」

 

 まあ、俺が好みじゃないからそんなことはしないがな。翔はそう苦笑して、もう一度前を向いた。

 

「お互い専用機には苦労しますわね」

「ああ」

 

 夕映えに翔の横顔を重ねたセシリアは、今の光景を忘れまいとそっと心のポートフォリオに収めながら、笑顔を見せた――。

 

 

 

 

 

 

 今にも、《飛燕》のエネルギーフィールドに当たりそうなBTレーザー。セシリアは、海を揺蕩(たゆた)うような感覚から、強くそれを操るような鋭敏な感覚へと変化させていく。

 

(そう、これは……)

 

 自身と、身に纏う相棒に言い聞かせるように。

 

(わたくしと翔さんの誇りを……そして、IS学園の仲間たちの誇りのために!)

 

 フリーになっている左手の人差し指を、そっと前に出す。

 

「侵入者に鎮魂歌(レクイエム)を奏でて差し上げましょう――ブルー・ティアーズ!」

 

 セシリアが、くいっとその指を曲げる。

 ――偏向射撃(フレキシブル)。エネルギーフィールドで止まるはずの射撃は、まるで意思を持ったかのように屈折し、ゴーレムへと向かっていく。

 セシリアの指揮で踊るレーザー弾は、全弾がゴーレムに直撃する。

 

「まだですわ!」

 

 続く第二射。同じようにBTレーザーが屈折し、エネルギーフィールドの干渉を逃れ、それぞれのレーザー弾とミサイル弾がゴーレムへと向かっていく。

 回避行動と同時に、ゴーレムが左腕を向けてセシリアに砲撃を加えようとする、が。屈折しない高圧縮エネルギー砲では、《飛燕》のエネルギーフィールドを突破することができない。

 パートナーの守護を受け、セシリアは第三射、第四射と次々に一斉射撃を見舞う。そのすべてをゴーレムの胸部装甲に集中し、ゴーレムは爆炎に呑まれていく。

 一斉射撃は、隙の大きさが大きな弱み。それをカバーする戦術が、この連携フォーメーションだ。

 

『各射撃武装がオーバーヒート、使用できません』

 

 砲身が過熱状態になるほどに撃ち尽くしたブルー・ティアーズ。そのコンソールに赤い文字が表示される。射撃武器のみならず、機体全体が熱を持っている。

 射撃の雨を受けたゴーレムだったが、胸部装甲が崩壊に至ってコアが露出していたが、最低限動けるエネルギーはあった。

 

『ターゲットA。行動不能を確認』

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)が発動され、身動きの取れないセシリアに、黒い機体が迫った――。

 セシリアは、にこりと笑う。

 

「タイミングは?」

「――完璧だッ!」

 

 セシリアの背後から蒼い翼を広げた蒼炎が()び上がり、《荒鷲》を大きく振りかぶる。

 

「はあああああっ!」

 

 渾身の縦一閃でゴーレムの右腕を斬り飛ばし、《荒鷲》を再び《鳳凰》の姿へと変化させる。振り下ろした反動で、一気に突きの姿勢に入った翔は、大剣の切っ先を突き出してゴーレムのコアを穿った。

 

「――消え去れッ!」

 

 翔は突き刺したまま上へ持ち上げ、紫電が走るゴーレムを一気に背面へ投げ飛ばした。

 

『ガ……ガガガガガ……ッ』

 

 コアを破壊されたゴーレムは、無機質な機械音と共に爆散した。

 

「――ふうっ!」

「やりましたわね!」

 

 残心を取った翔が大きく息を吐き、セシリアが駆け寄る。無言で微笑みあい、作戦の成功を労った。

 だが、と翔はすぐに顔を引き締めた。

 

「まだ終わりじゃない。これより他の専用機持ちの援護に向かう。行けるか?」

「ええ。まだ少し冷却が必要ですけれど、エネルギーはまだ余っていますわ」

「よし……行くぞ、セシリア!」

「はい!」

 

 翔がセシリアを牽引し、二つの蒼が戦場を駆けた。




更新が遅れてしまい申し訳ありません。
多少時間がズレる可能性がありますが、ご了承ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。