IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「た、楯無!? このっ!」

 

 ラウラはシュヴァルツェア・レーゲンのワイヤーブレードで、奇襲してきたゴーレムを更識姉妹から引き離した。

 

「簪、楯無を頼む! ここは私が!」

「あ、あ――」

 

 戦線を受け持つラウラに答えることもできず、簪はただ涙を浮かべ、抱き留めた姉の蒼白な表情を眺めていた。

 簪を庇った刀奈。絶対防御を無効化され、背を一文字に斬られた結果、姉の傷からは鮮血がどくどくと溢れ出ていた。

 

「嫌、嫌だよお姉ちゃん……!」

 

 背に回した手は、姉の血で真っ赤に染まっていた。

 ぐったりとして動かない、血濡れのヒーロー。ヒロインを守り傷ついたその姿は、今にも命が消えてしまいそうな儚さだった。

 

「どうして、どうしてなの……!」

 

 ――どうして、私なんかを。簪は泣きながら訴えた。

 守る必要なんてなかった。自分なんかより、お姉ちゃんの方が大切に決まってるのに……!

 

「そんなこと、ないわ……」

 

 刀奈は、血の気ない表情だったが、ゆっくりと涙でぐしゃぐしゃになった簪の頬に手を当てる。慈しむように頬を撫でた刀奈は、簪の手を握り、笑顔を見せた。

 

「やっと、触れ合えたわね……」

「あ……」

 

 その瞬間、打鉄弐式がかっと熱を持ち、簪の意識が光に包まれた――。

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん……」

「やっと、向き合えたわね」

「え……」

「ずっと、逃げてばかりだったから。こうして落ち着いて話せて、嬉しいわ」

「…………」

「とは言っても、呑気に話してる場合じゃないんだけどね。あの変なの、もう一機倒さなきゃいけないし……」

「む、無理だよ! お姉ちゃん、あんな怪我してるのに!」

「怪我? そんなの、関係ないわ」

「え?」

「私は生徒会長だもの。どんな状態になっても、学園に仇なす敵は排除する。それが、学園最強たる生徒会長の使命よ」

「なら……なら、どうして私を……!」

「うん? そんなの簡単よ。言ったでしょ、私は更識刀奈だからって。だから、守るの。命懸けでね」

「!」

「簪ちゃんを失うことが、私にとっては何よりも辛いことだから。……私が『楯無』になったのだって、簪ちゃんの目標になりたかったからだし」

「え……!?」

「意外だった? でも、事実よ。私は、小さいときから、いつも簪ちゃんの目標になりたいと思って努力してきた。『楯無』もその一つだったの。……残念なことに、逆効果だったみたいだけど」

「…………」

「私は、いつでも簪ちゃんの目標でいたかった。簪ちゃんが私に憧れていてくれて、ずっと目標にしてくれる……そんな姉でいたくて、必死に努力したわ。でも、私はそのことにいっぱいいっぱいで忘れていたのよね、簪ちゃんと向き合うことを」

「…………」

「愚かだったわ。簪ちゃんに嫌われたくなくて、楯無になりたいからって、簪ちゃんから逃げて。そんなことしたって、何にも変わらないのにね。あなたと向き合うことも忘れて、私は一人勝手に完結していたの」

「そんなことない! わ、私だってそうだよ、お姉ちゃんにあんな酷いことを――!」

「ううん、いいのよ。昨日のことはきっと、私たちが向き合うには必要なことだったと思うから」

「お姉ちゃん……」

「でも、楯無であることと、そのこととは話が別よ。私は、生徒会長楯無だから。それに恥じないような振る舞いをするだけ」

「…………」

「それに――あなたは自慢の妹だもの。そんなあなたを守れたこと、私は誇らしいと思うわ」

「……!」

「手先が器用で、努力家で、気弱だけど、本当はとっても可愛い……。簪ちゃんは、私の一番の自慢。前に進む原動力なのよ――」

 

 

 

 

 

 

 ――あなたは、私の自慢の妹なんだから……

 

 夢のような空間で、姉が言ってくれた言葉が脳裏に再生される。

 不思議な時間だった。まるで悠久のときの流れにいたような穏やかな時間だったが、時刻を見ても、意識がまどろむ前から一分と経っていなかった。

 姉との対話は、長い時間確執を抱えていた簪にとって、何にも替え難い貴重なものだった。

 

「お姉ちゃん……」

 

 姉は簪の腕の中にいた。ISの操縦者保護機能で出血は止まりつつあったが、顔は青白いまま。重傷を負っていることには変わりない。戦わなければとは言っていたが、この状態で戦うことは不可能だろう。現に、姉の体は意識を半分失ったように力が失われていた。

 ラウラは必死にゴーレムを食い止めていた。AICが通用しないにも関わらず、果敢に接近戦を挑んで小さな体で打ち合っている。顔をしかめながらも、ラウラは一歩も退いていなかった。

 簪は刀奈をそっと横たえ、立ち上がり、指輪のかかった右手を前に掲げた。そして、そこに左手を添えた。水色の指輪は、確かな熱を持っている。まだやれる、と解放を待つように、簪の右手で存在を主張していた。

 

「…………」

 

 前には、一人必死に戦うラウラが。後ろには、傷つき倒れる刀奈が。――すべて、自分のせいだ。

 ラウラの頼もしさと勇気に、どれほど感謝したことだろう。常にラウラに導かれ、叱咤され、守られ……そのことに不甲斐なさを感じながらも、どこかでラウラに甘えていた。

 姉の強さと愛に、どれほど救われたことだろう。妹の駆けつけて救い、歯が立たなかった相手を打ち破り、そして身を呈してまで簪を守り抜いた。姉の背を見上げていれば、痛い思いも、怖い思いもしない。どこかそれに、安心してはいなかったか。

 今まで簪は、ヒーローを待っているヒロインのフリをして、自分の弱さから逃げていた。自分の弱さを、一人勝手に姉のせいにして。代表候補生失格だ。

 ――でも、違う。これからは、認めなければいけない、自分の弱さを。そして、弱さを受け入れた上で、信じなければいけない――自分の強さを。

 簪の中のヒーローが、「簪が一番の自慢だ」と言ってくれている。それ以上に信じられることがあるだろうか。

 

「打鉄弐式……」

 

 ぐっと広げた右手に力が入る。

 姉は言った、ヒーローは死なないと。その通りだ。例え倒れたとしても、その正義の心がまた新たなヒーローを生む。ヒーローは、そしてヒーローの心は、死なないのだ。

 

(今度は、私が……!)

 

 打鉄弐式を組み上げてくれた制作チームの皆に、彼らと引き合わせてくれた翔の優しさに。臆病な自分き勇気をくれるラウラに。そして、幼い頃から変わらぬ愛をくれた姉に報いるために……。

 

「変わらなきゃいけないんだ……!」

 

 ――見てて、お姉ちゃん。今度は、私がヒーローになる!

 簪は打鉄弐式を待機形態から解き放ち、水色の装甲を全身に纏う。ダメージを負い一部の装甲が割れていても、その雄姿の輝かしさはそのままだ。

 打鉄弐式は、簪の苦悩と努力と想いが詰まった機体。組み上げることを何度も投げ出しそうになったけれど、今こうして自分が纏っている。傷つきながら、泣きながら前に進んできた。その努力を自信に変えて、簪は相棒を駆る。

 

「やあああああーっ!」

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で前線に飛び込んだ簪は、手に超震動薙刀《夢現(ゆめうつつ)》を構成し、ゴーレムの背後から斬りかかった。高速の奇襲でゴーレムの背を強襲した簪は、振り向いたゴーレムのブレードに薙刀を合わせた。

 

「か、簪!?」

「ごめん、ラウラ。遅くなった」

 

 簪はゆっくりと後退しながら薙刀を合わせ、ゴーレムの近接攻撃の威力をいなす。大胆な奇襲でゴーレムの注意を惹き、以降は少し防御的な立ち回りをしながら、ラウラが砲撃するチャンスを演出した。

 

「――ラウラ!」

「ああ!」

 

 その意図を汲み取ったラウラが、重心を安定させた高精度砲撃でゴーレムの横からレール砲を撃ち込んだ。

 ダメージを受けたゴーレムは大きくのけぞり、その間に簪はラウラの後方まで移動、陣形を整えた。

 

「簪、楯無は?」

 

 ラウラの問いかけに、簪は「大丈夫」と答える。

 

「重傷だけど、命に別状はない。でも、こいつがいる限りお姉ちゃんの安全は保証できない。私たちで、壊さないと」

「…………」

 

 ラウラは何か思うところがあるようで、少しの沈黙のあとそうだなと相槌を打った。

 

「来る!」

「分かっている!」

 

 復帰したゴーレムに、ラウラが両手のプラズマ手刀を展開し、簪が荷電粒子砲を向けた。

 

「フォーメンションA! パターンα!」

「了解!」

 

 簪のコールに、ラウラが応答した。

 前衛のラウラが斬りこみ、後衛の簪が援護射撃。簪は的確な援護でゴーレムの足止めと突撃の援護をこなした。

 二人で毎日毎日練習した基本のフォーメーション。打鉄弐式の高い火力に重点を置くこの戦術は、武装シュヴァルツェア・レーゲンが持ち前の万能性で前衛をこなす。本来この戦術の華はラウラではなく、むしろ簪のはずだった。しかし、機体が完成したばかりで不慣れだった簪のために、今まではどちらかと言えばラウラが引っ張っていくような立ち回りであったが、今では後衛の簪が主体となって戦っている。戦術の鍵を握る簪の覚醒は、ペアにとっての大きな進歩と言えた。

 

「簪」

「何? ラウラ」

 

 戦闘中にも関わらず、ラウラから呼びかけられた。

 

「――すまなかった」

「……何が? ラウラが謝ることなんて、何も」

「非礼を詫びたのだ。……お前を、信じていなかったことを」

 

 ラウラはワイヤーブレードで一気に距離を取って、簪と合流する。ラウラが後退を援護し、二人は足並みを合わせた。

 

「私は、お前のパートナーになることを買って出ながら、お前のことを本当の意味では信じていなかった」

 

 ラウラは自嘲するように言う。意識はゴーレムに割きながら、簪はラウラの声に耳を傾けていた。

 

「私が引っ張っていかねばならないと、勝手に気負ってな。そんな必要はなかったというのに……」

「――違う」

 

 轟音と共に荷電粒子砲を放ち、簪は強くラウラの謝罪を否定した。

 簪は、ラウラを邪魔だと思ったことはない。ラウラが簪を強くリードしてくれたこと。そのことには、感謝こそすれ、憤るなんてとんでもない話だ。

 

「ラウラが引っ張ってくれたから、私は戦える。私は、ラウラの背中に勇気をもらったの」

「簪……」

「だから、これからも前をよろしく。……でも、これから私も、ちゃんとラウラの背中を押すから!」

 

 簪は背部の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)、《山嵐》のシステムを起動、両手に上下二枚計八枚のキーボードを構成した。

 ラウラは満足そうにふっと笑い、「そうだな」と返した。簪の《山嵐》の起動に合わせ、ラウラ簪ペアの最大の切り札――《山嵐》用のフォーメーションを構築した。

 

「ならば、行くぞ。特殊フォーメーション!」

「――うん!」

 

 ラウラの頼もしい声に、大きく簪も答えた。


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