IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「――これ以上、私の妹は傷つけさせないわ」

 

 陽光を受け、水のヴェールを輝かせるミステリアス・レイディ。渦巻く水のランス《蒼流旋》でゴーレムの大型ブレードを受け止めた楯無は、強くゴーレムを睨みつけて言った。

 

「お、お姉ちゃん……」

「こんにちは、簪ちゃん」

 

 攻撃を受け止めているのが嘘であるかのような、余裕のある言葉。さらにぐぐぐ、と刃を押し込んでくるゴーレムに対し、《蒼流旋》に込める力を変え、逆に押し返していく。

 

「あなたね。簪ちゃんを傷つけたのは」

 

 無人機であるゴーレムからの返答はない。楯無はそれを分かっていて、どこか自分に言い聞かせているようでもあった。まるで、討つべき敵を見定めるように。

 

「ちょっと、あっち行ってなさい……!」

 

 楯無の纏うヴェールの水が、《蒼流旋》に集まっていく。水が高速回転し、巨大な渦のような槍となる。楯無はそれを大きく薙ぎ払ってゴーレムの腕を跳ね上げ、空いた胴に渾身の正面突きを見舞った。

 

「はあああーっ!」

 

 津波の如き、《蒼流旋》の突き。ナノマシンの水を纏った巨大な槍の威力は凄まじく、一撃でゴーレムを吹き飛ばした。

 槍をぶぅん、と振るって槍の水を調整すると、減ったヴェールの水が元通りになる。槍をもう一度構えた楯無が、肩膝を立てられるまでに回復した簪に尋ねた。

 

「……大丈夫だった?」

 

 簪はこくりと小さく頷いた。

 

「そう、よかったわ」

 

 楯無は安心したように言ったが、ごめんね、とどこか後悔するように呟いた。

 

「もう少し、早く来ていれば……」

「……そ、そんなこと、ない」

 

 簪は首を振る。絶体絶命の危機を救ってもらったのだ、姉を責める気は毛頭なかった。そもそも、姉が来てくれるなんて考えもしていなかったのだから。

 

「ね、姉さん」

「何?」

「どうして、私を……」

「…………」

 

 昨日、あれだけのことを言った。姉を傷つけた。もう二度と、姉と関わることはないと思っていた。

 

「私は……」

 

 一瞬口を噤んだ楯無だったが、すぐに言葉を紡いだ。

 

「私は、更識刀奈だから」

「……!」

「決めたの。もう逃げるのはやめようって。簪ちゃんと向き合う気持ちを忘れないって」

 

 ゴーレムが体勢を立て直し、刀奈をロックする。ミステリアス・レイディは、主たる刀奈の意思に答えるように、放出する水量を増していく。

 だから、と刀奈は初めて簪の方を向き、笑顔を見せた。

 

「私は、簪ちゃんを守る」

「あ……」

 

 優しい刀奈の笑顔が、簪の心を刺した。

 刀奈は守るべき妹から、倒すべき敵へと向き直る。

 

「見てて。あの敵は、私が倒すわ」

 

 ヒーローは、そう言い残して侵入者へと向かった。

 その頼もしい背中を、見上げることしかできない簪。きゅっと唇をかみしめて、姉の背中を思う。

 

「……姉さん」

 

 ――一〇年前と、何も変わってない。

 助けられて、守られて……これではまるで足手まといだ。そんな自分を変えたくて、代表候補生になったはずなのに……。

 

「私は、私は……!」

 

 悔しさに涙をにじませながら、簪は刀奈(ヒーロー)戦場(ステージ)を眺めるだけ。

 

「ミステリアス・レイディ! ナノマシン最大纏装(フルドレス)モード!」

 

 刀奈が愛機『ミステリアス・レイディ』のナノマシンを開放、まるでドレスアップするように、水のヴェールが大きく広がる。

 煌びやかなドレスのような水を纏うミステリアス・レイディ。その名に違わぬ幻想的な雰囲気を醸し出し、ランスを手に構えた。

 

「行くわよ……!」

 

 刀奈は、ランスを回転させてゴーレムの突撃を迎え撃つ。

 その背中は、何度見ても簪のヒーローそのものだった。

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「うおおおおおおおッ!」

 

 白式の《雪片弐型》が、輝く刃を伸ばしてゴーレムに迫る。ゴーレムは突っ込む白式に対し、右腕を合わせて迎撃した。鍔競り合う二つの刃の隙間から、一夏は左腕をゴーレム押しつけた。

 

「まだだ!」

 

 斬撃は布石、本命は《雪羅》。一夏はチャージしていた《雪羅》の荷電粒子砲を起動、ゴーレムに発射する。

 零距離砲撃に対し、ゴーレムは左腕を《雪羅》に合わせ、胴を守った。

 荷電粒子砲がゴーレムのエネルギー砲を吹き飛ばしたが、反撃の右腕の一撃を受け、一夏は、ゴーレムと一緒に弾き飛ばされる。

 

「ぐあっ!」

「一夏ッ!」

 

 絶対防御を無効化する一撃で、一夏は苦悶の表情を浮かべる。それでも箒を手で制し、すぐに合流して体勢を整えた。

 カウンターを受ける直前に、荷電粒子砲の反動で少しでも距離をとれたのは大きかった。

 

「まだ大丈夫だ……!」

「ああ! もうすぐ準備ができる、それまで……!」

 

 一夏の残エネルギーは僅か。それを回復させるための絢爛舞踏は、もうすぐで発動準備が終わる。その一瞬の時間を稼ぐため、一夏はゴーレムとの死闘を繰り広げていた。

 

「――来るぞ!」

「!」

 

 箒を後ろに下がらせ、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突っ込んでくるゴーレムに、一夏は《雪片弐型》を合わせた。ゴーレムにもう一度《雪羅》の荷電粒子砲を見舞おうとした一夏だが、《雪羅》カノンモードのステータスを示すコンソールは真っ赤になっていた。

 

(荷電粒子砲がオーバーロード……!? くそっ!)

 

 先ほどの零距離射撃とゴーレムのカウンターで異常が発生したらしく、《雪羅》カノンモードはうまく起動しない。

 

「ぐっ、くう……!」

 

 負けてたまるか、と一夏は腰を入れてゴーレムとの打ち合いを演じるが、パワー差でじりじりと体制を崩されていく。

 ――そして、ついに。

 

「がああああっ!」

「一夏ぁッ!」

 

 甘い体制で受けた斬撃の合間のタックルで、一夏はダウンを取られた。

 

「…………」

 

 決定的な瞬間に際しても、無言のゴーレム。ノルマを黙々とこなす機械のような淡泊さで、ゴーレムは一夏を追い詰めた。

 

「い、一夏……」

 

 箒は、絢爛舞踏が発動したのを確認しながら、刀を握りしめていた。

 

(ようやく、ようやく発動したというのに……!)

 

 金色に輝く紅椿。エネルギーを示すメーターが大きく振れ、瞬く間にエネルギーが回復した。

 一夏を助けるためには間合いが遠過ぎた。絢爛舞踏を発動するまでの数十秒間、箒は何もできない。より安全に絢爛舞踏を発動するために一夏と離れたことが、裏目に出た結果だ。 

 

(これでは前までと変わらない……!)

 

 臨海学校で二度窮地に陥った箒を助けたのは、翔と一夏だった。一度目は、代わりに翔が撃墜される結果になり、二度目は、覚悟を決めた一夏をただただ見ていることしかできなかった。

 既に紅椿は手元にあった。力が無いわけではなかった。覚悟が足らなかったのだ。専用機を駆って戦う覚悟が。

 ――それでも。今は、あるのだ。覚悟が。

 

(――紅椿)

 

 永遠にも感じる時間の中、箒は纏う相棒に語りかけた。

 強さが足らないというのなら、箒にできることは、無限の可能性を秘める相棒に賭けることだけ。情けないとしか言いようがない。

 それでも、一夏を失うよりはいい。翔がいなくなったあのときのような思いは、もう二度としたくない。些細なプライドは捨てる。大切な幼馴染を失うよりは、ずっといい。

 

(だから……!)

 

 両の手に握った刀に、力を込める。

 

(私を導いてくれ、紅椿――……姉さんッ!)

 

 ――瞬間。

 

『操縦者の意思を反映。展開装甲を一部変形』

 

 紅椿の機体コンソールに文字が現れ、両手の《雨月》《空裂》が紅椿によって量子変換される。肩部の展開装甲が大きく変形、フリーになった両腕にスライドし、箒の両腕が大きなクロスボウのような形状へと変化した。

 

(これは……)

 

 出力可変型ブラスターライフル《穿千(うがち)》。それが、紅椿が生み出した新たな武装。

 考えるより先に、箒は機体を操作していた。紅椿が導くまま、箒は背部・脚部展開装甲を大出力スラスターへと変形し、《穿千》の反動に備えた。右目のカーソルで、今にも一夏を斬り裂かんとするゴーレムをロックする。

 威力、制度、消費、撃ち方……練習したことがなくても分かる。それら、すべてが――。

 

(撃つ――!)

 

 箒がトリガーを引き、両腕の二門から真紅の圧縮エネルギー弾が放たれる。

 二発の剛弾は、一夏に襲いかかるゴーレムの右腕を直撃し、ブレードもろとも右腕を吹き飛ばした。

 

「一夏ッ!」

「ほ、箒……」

「邪魔だ、どけえ!」

 

 怒鳴る箒の二射目。右腕を失ったゴーレムは、一夏の伏せた場所から飛び退いた。箒がすぐ駆けつけると、一夏の手を取る。

 

「一夏、無事か!?」

「さ、サンキュー、何とか……」

 

 繋いだ手から、箒が絢爛舞踏で回復したエネルギーが一夏へ渡る。金色に光り輝く二機は、一対になるようデザインされた開発者の願いのままに、力を分け合い、寄り添っていた。

 

「――一夏」

「ああ」

 

 二人は立ち上がると、それぞれの武器を構える。一夏は《雪片》を、箒は《穿千》を。

 ゴーレムは既に片腕を失っている。攻めるときは今だと、箒と一夏は確信していた。

 幼い頃からの付き合いがそうさせたのか、一夏がスラスターで突撃するタイミングと、箒が《穿千》をタイミングは、完璧にシンクロしていた。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 ミステリアス・レイディは、戦場とは思えない幻想的な空間の中にいた。水色の機体から滔々と溢れ出る水が、自機のみならず空中にまで雫となって広がり、それらが太陽の光を受け輝く。

 最大纏装(フルドレス)モード。アクア・クリスタルに内蔵されている水のナノマシンを全開放する最大稼働状態である。潜在能力を引き出したミステリアス・レイディは、巧みにその莫大な水量を操り、戦況をコントロールしていた。

 ただし、刀奈とミステリアス・レイディはここに来るまでに半分ほどエネルギーを消費している。そんな状況で多量のナノマシンを操れば、早々に息切れすることは明白だった。それでも、刀奈は敵を討つことに全てを賭けることにしたのだ。

 

「させないっ!」

 

 水量が増し、もはや波のような迫力を持つ水のヴェールが、ゴーレムの高火力砲撃もすべて防ぎきり、刀奈は内蔵ガトリングガンの砲撃でゴーレムの耐久を削る。

 ラウラと簪は、ミステリアス・レイディの領域外に退避させていた。二人ともダメージ受けていたし、何よりもこの最大稼働状態のミステリアス・レイディの戦闘に巻き込まずに戦うことは難しいと判断したからだった。

 

(ごめんね。でも……!)

 

 刀奈の視線の先には、妹を傷つけた黒い異形。一人でも、必ず倒す。そう刀奈は覚悟を決めていた。

 怒りを激しく燃やしながら、思考は冷静そのもの。戦う高揚感に身を預けつつ、冷静な判断が下せる。戦闘時の理想的な精神状態だった。故に、ゴーレムの動きがよく見える。

 

「――遅いわ」

 

 ランスでブレードの横薙ぎをバックブーストで軽々と避けた刀奈。再び距離を取ろうとするゴーレムに対し、刀奈は槍に多量の水を纏わせ、それを左から右へ大きく薙ぎ払う。

 

「逃がさない……『波濤の大槍(コピヨ・ヴァルナー)』!」

 

 槍から放たれる大波が、ゴーレムを呑み込む。質量という物理的な威力を伴った水のナノマシンが、ゴーレムの胸部装甲をごっそりと削り取った。

 さらに瞬時加速(イグニッション・ブースト)をチャージ、大波によろめくゴーレムに接近する。急速に迫る刀奈に、ゴーレムは左腕のエネルギー砲を向けた。

 

「無駄よ」

 

 水色のヴェールがその一撃を遮り、刀奈はゴーレムの一歩前まで踏み込んだ。

 作り出した好機(チャンス)は逃さない。ここで必ず決める――!

 刀奈は周辺のアクア・ナノマシンのほとんどを《蒼流旋》に纏わせ、巨大な水の柱のような槍を形成した。

 

「はあああああーっ!」

 

 右腕を引き絞り、無防備な銅に《蒼流旋》を突き立てた。機体の最大全身に加え、ガトリングガンの連射、水の高速回転で、ゴーレムの全面装甲をガリガリと削り取っていく。

 

「ぐっ、ぐううう……!」

 

 ゴーレムの両腕の暴れでダメージをもらうが、顔をしかめながらも前進を止めない。

 

「私はね……!」

 

 ぐっと《蒼流旋》に力を込め、前に出る。前へ、前へ。絶対防御が無効化され、ブレードが刀奈の肩をかすっても、刀奈は前へ出る。

 

「刀奈お姉ちゃんは……!」

 

 ついに前面装甲が剥がれ、内部のコアが露出した。そこに《蒼流旋》を突き立て、刀奈は叫ぶ。

 

「――簪ちゃんのために、負けられないのよ!」

 

 突き刺さる《蒼流旋》から圧縮水流が放たれ、ゴーレムのコアを穿った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「すごい……」

 

 コアを破壊されたゴーレムが、空中で爆散した。その様子をラウラと見上げていた簪は、小さく呟いた。

 

「まさか、本当に一人でやってしまうとはな」

 

 ラウラも信じられない、といった様子だ。

 ラウラと二人がかりで苦戦していたゴーレムを、たった一人で撃破した。それは、まだまだ刀奈との間には差があるということで。簪もだが、ラウラもどこか悔しげだった。

 ゆっくりと地表に降り立った刀奈は、展開していた水のヴェールを全てクリスタルに戻し、通常状態へ戻した。簪とラウラは、刀奈のところへとゆっくり走り出した。

 

「楯無、機体は大丈夫なのか?」

 

 ラウラの問いかけに、刀奈は首を振った。

 

「いいえ、もうエネルギーをほとんど使い切ってしまったわ。最大纏装(フルドレス)モードの反動もあるし、もう前線には立てないかも」

「そうか。……すまない、先程は助かった」

「礼には及ばないわ」

 

 刀奈はにこりと笑った。

 もう刀奈との距離は一〇メートルとない。走って距離が縮まるほどに、簪は目を背けたくなる。

 昨夜、感情のまま姉を罵倒し傷つけた。その負い目が、今もしこりとなって簪の中に燻っていた。ついに、刀奈の目の前に来てしまった。

 

「ね、姉さん」

「何かしら?」

 

 姉の返事は、明るく彼女らしいものだった。何も気にしていないとばかりに、刀奈は笑顔で聞き返した。

 

「あ、あの……」

 

 言いたいと思った言葉が出ない。ありがとう、と一言言えればそれでいいのに。

 勇気を振り絞って、簪が一言を絞り出そうとした、その時。

 

「私――」

「――後ろ!」

「!?」

 

 姉の声で、背後の違和感に気づいて振り返った。

 ――そこには、ゴーレムがいた。先ほど姉が破壊したものとは、別の。

 

(もう、一機……!?)

 

 いつ、何故、どこから。そんな疑問について考える暇もなく、ゴーレムはその巨大なブレードを簪に向かって振り上げていた。

 翔の考察では、このゴーレムの狙いは専用機持ち。ゴーレムの集中するポイントは、必然的に専用機持ちが集まりやすい場所となる。簪ラウラに加え、刀奈が来たことで三人の専用機持ちがこの場所に集中している。二機目が襲来したとしても、不思議ではなかった。

 咄嗟のことに思考が働かず、ISを展開することもなく、簪は凶刃の前に呆然と立ち尽くしていた。

 そして。

 

「簪ちゃん!」

 

 不意に、腕が引かれ、簪は地に倒れた。

 倒れた痛みに気づくより前に、簪の目に飛び込んできたのは。

 

「あ、あ――」

 

 簪の代わりに、背中を斬り裂かれた姉の姿だった。

 

「お姉ちゃん!!」


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