IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
ゴーレムver.VA。それは以前IS学園に侵入した無人機の発展型で、多数の機能を備えた両腕による高い火力、エネルギーフィールド展開装置による防御力も備えていた。
最大の特徴は、以前の型と同じように、無人で稼働していること。そして、以前の型との最大の差異は――。
「食らえっ!」
砲撃で牽制しながら接近し、ゴーレムに右手を突き出したラウラは、AICを作動させ、反撃とばかりに振るわれた右腕を押さえ込んだ。
簪に今だ、と合図を送ろうとしたラウラだが、目の前のゴーレムの行動に目を見開く。
「――な、何っ!?」
AICの停止領域が、ギシギシと軋んでいる。何と、ゴーレムは機体のパワーに物を言わせ、強引に拘束を突破しようとしていた。
(ダ、ダメだ、停止結界が……!)
拘束の限界を感じ取り、ラウラは咄嗟に後ろに飛び退いた。判断が功を奏し、AICを突破したゴーレムの右腕の大型ソードの縦一閃を辛くも避けた。
「ラウラ!」
パートナーの後退を見て、後衛の簪が荷電粒子砲で援護する。二門の荷電粒子砲を腰の下からくぐらせ、ブレードを振りかぶったゴーレムに砲撃をした。
『フィールドを展開』
ゴーレムはフィールドを展開して砲撃の悉くを防いだ。
「硬い……ラウラ、大丈夫?」
体勢を立て直しながら、ラウラはああ、と返す。
「私は問題ない! ただ、停止結界はダメだ、一瞬しか効かない……!」
「そう……」
表情をしかめる簪。AICによる拘束は、シュヴァルツェア・レーゲンの最大の強みであり、ラウラ・簪チームの主戦術でもある。それが通用しないとなると、厳しい戦いになるのは明白だった。
ゴーレムは再び接近を試みてスラスターを吹かしてきた。ラウラは肩部レール砲の照準を合わせ、簪と連携し射線を形成しながら、ゴーレムを間合いに踏み込ませない。
(突破に必要な火力は簪が持ち合わせている。問題は停止結界無しでいかにそれを当てるかだが……)
簪の専用機、『打鉄弐式』には、八連装×六門の大火力を誇るミサイルポッド《山嵐》がある。直撃なら、強固な敵のシールドさえも消し飛ばすことが可能だろう。
距離を取りながら、AICを使わない戦術を構築していたラウラだが、シュヴァルツェア・レーゲンのつま先に異変を感じ、ステータスを確認する。
「こ、これは……?」
ゴーレムを攻撃を回避したとき、残った足に刃先をかすり、当たった脚部装甲の一部が削り取られていた。
通常、この程度の被弾でISの装甲を削り取られることはない。シールドエネルギーが微弱に減る程度で、何の問題もないと言える被弾だった。ところが――。
『絶対防御に異常発生』
コンソールの文字は、敵の異質さを端的に示していた。
「絶対防御が機能していない……!?」
「ほ、本当……?」
「……ああ」
恐るべき事態だった。絶対防御の機能しないIS戦は、もはやエネルギーの削り合いではない。
――殺し合い。
戦場の特有の、すうっと肝が冷えるような恐怖感と、ミスのできない緊張感。
(久しぶりだ、この感覚は)
兄たちと親しくなって、どこか平和ボケしていたのかもしれない。
認識し、ラウラはもう一度気を引き締める。簪に意向を伝えた。
「簪、さっき伝えた通りだ。被弾のリスクは最小限にするぞ」
「りょ、了解……!」
ラウラは簪をもう一歩下がらせ、ワイヤーブレードの可動域を広げる。六基すべてを惜しみなく展開し、ゴーレムに多角攻撃を仕掛けた。
ラウラがIS学園に入学する前に襲来してきたという無人機。翔や一夏、鈴の活躍で鎮圧されたと聞いたが、閲覧したデータと目の前の機体は酷似している。この機体も無人機だとしたら、敵機とのコンタクトは不可能。ラウラたちのするべきことは、必然的に破壊もしくは鎮圧である。
(しかし……)
初の実戦の緊張や動揺があるのか、簪の動きは硬く、コンディションはラウラの目から見てもあまり良くない。
それを責める気はないラウラだったが、そんな状態の簪はなるべく敵と直接戦わせたくないと考えていた。敵が絶対防御を無効化してくるというなら尚更である。
「はああっ!」
ラウラがワイヤーブレードで牽制しつつ、簪がワイヤーブレードの合間を縫って荷電粒子砲の砲撃を見舞う。
訓練で培った連携で、徐々にゴーレムを押し込んでいくラウラと簪。ゴーレムは持ち前の柔軟性で、雨あられと降り注ぐ砲撃を回避していく。
砲撃で援護する傍らで、簪は《山嵐》のシステムを起動させる準備をしていた。《山嵐》の火力が頼みの綱、それが二人の共通認識だった。
――しかし、戦況は常に流動する。
砲撃の反動で一瞬足を止めたラウラに、ゴーレムの砲撃が刺さる。
「ぐっ!?」
よろめいたラウラに、ゴーレムが
ラウラは手首のプラズマブレードを展開して交差、振るわれた右腕をガードした。
しかし刃は通らないと言っても、衝撃は直に伝わる。ラウラはその一撃を受け、遠くへ吹き飛ばされた。ゴーレムはさらに
「がああっ!」
「ラウラッ!」
簪が薙刀を展開し、救援に向かうが、ラウラは体勢を立て直す中で、どこか違和感を覚えた。
――敵の
見たことのある現象。小規模の
(ち、違う! これは……!)
ラウラは敵の意図を悟り、叫んだ。
「――簪、来るなッ!」
「――え……」
だが、遅かった。ゴーレムは機体の体を捻り、簪へと向き直った。
赤いセンサーアイが簪を捉え、
「簪ーっ!」
釣り出された簪に、ゴーレムは巨大な左腕を突き出した。
「あうっ!」
その豪腕は、簪の腹部に突き刺さった。ラウラの声で、辛くも最低限のガードはできた簪だったが、
ゴーレムの拳を受けた簪は、二転、三転と地面を転がった。
「ぐ……えほっ! かは……!」
荒れた胃の中のものを吐き出すと、操縦者保護機能で嘔吐が止まる。朦朧とする意識の中、簪は機体の状況を確認した。
機体ダメージ中、絶対防御貫通、操縦者にダメージ。悲惨な状況だった。
「簪! くそっ!」
簪が動けない間も、ラウラは単身ゴーレムとの戦闘を継続している。
接近戦の末、ラウラが地面に叩きつけられ、ゴーレムが地を這う簪に一歩一歩と迫ってくる。
――横たわる簪の目には、自分を見下ろし、ブレードを構えるゴーレムの姿が映った。
ゴーレムが右腕を振り下ろすのが、やけにスローに見えた。
(ああ――)
死を前にして、言葉も出ない。なのにどうして、こんなことを思い出すのだろう。
一〇年前、初めて見たヒーローの姿を。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
――一〇年前。
「か、返して……!」
簪はお気に入りのハンカチを男子二人に奪われ、泣きながら訴えていた。
「できるもんならやってみろー!」
「でも、簪は弱虫で泣き虫だからなあー?」
しかし、男子たちは返す気配もなく、ただ簪を嘲笑うだけだった。目の前の二人の男子は、学園でも有名ないじめっ子だった。いつも気弱な子を狙っては、ちょっかいをかける問題児であった。
幼い心は、ときに残酷な差別、嗜虐を生む。口数が少なく、引っ込み思案だった簪は、幼い無邪気な悪意に晒されるには格好の的であった。簪の生まれ持った端正な顔だちが、男子たちを惹きつけてしまっていたのかもしれない。幼い男子特有の「好きな子ほどいじめたくなる」行動への対処ができなかったことが、簪への干渉に拍車をかけていたのかもしれない。
とにかく、簪は手を出すのが苦手だった。家の中で何かものを作ったり、本を読んだりすることが大好きだったからだ。家で練習している武道も、あまり上手くできたことがない。
しかし、今男子たちが持っているのは、姉とお揃いのハンカチ。大好きな姉と一緒のハンカチは、当時の簪にはとても大切な宝物だったのだ。
「泣いてばっかりじゃ、返してやんないぞー!」
下卑た、というには幼いが、それでも簪から見ても、簪以外から見ても、到底許せるものではなかった。
逃げて帰って、あのハンカチはどうなる。逃げたからと破かれるかもしれないし、川に捨てられるかもしれない。逃げれば、簪の宝物は失われてしまうかもしれないのだ。
「うっ、うう……っ!」
だから簪は、泣くことしかできない。相手の気持ちが、変わることを祈って。
情けない。誇りある更識に生まれながら、何もできない自分が。
そこに、一筋の光明が差した。
「ちょっと待った!」
悲しみに打ちひしがれていた簪を、救ったのは。
「あんたたち、何してんの!」
姉、刀奈だった。
刀奈は、男子と簪の間に割って入ると、
「もう大丈夫よ、簪ちゃん」
優しい声でそう言って、それとは裏腹のキッときつい目で男子を睨みつけた。
ピンチに颯爽と現れ、簪を守る凛々しく強いその背中は、涙で霞んだ簪の目に鮮烈に焼きついた。
「か、刀奈ちゃんだ……!」
途端にうろたえる男子二人。それもそのはず、刀奈は男子数人でも敵わないと学園内で専らの噂だったからだ。
それでもハンカチを離そうとせず、それどころか戦う気配を見せる男子二人に、刀奈は眉を吊り上げて言う。
「やるの? いいわよ、かかってきなさい」
刀奈がすっと腰を落とした。家の武道の講師が絶賛するほどの才覚を持つ刀奈の所作は、完璧そのもの。簪にとっては、ヒーローのファイティングポーズも同然だった。
それからのことは、言うに及ばない。刀奈が男子二人を手玉に取るように叩き伏せ、ハンカチを奪い返し、男子二人に「二度と簪に手は出さない」と誓わせたのである。
「お、お姉ちゃぁん……!」
「よしよし。……あいつら、ほんっと最低ね!」
いじめっ子の消えた夕方の公園で、簪を慰める刀奈。知性に欠ける男子二人にブツブツと悪口を言いながら、簪の背を撫でた。
しばらくして簪が落ち着いた頃、公園の時計では既に六時を回っていた。
「うわ、もうこんな時間じゃない! 簪ちゃん、帰ってご飯食べましょ!」
「う、うん……!」
公園から引っ張られるように出た簪。前を歩く刀奈は、帰ろう帰ろう、なんて歌いながら、簪の手を引いて歩き続ける。
顔は見えない。強く美しくその背中は、完璧そのもので。姉は、まるでヒーローのようだった。それでも、簪は知っていた。姉が、ただ強いだけでなく、優しいことを。簪を愛し、大切にしてくれる暖かさを持った、そんな素敵な人であることを。
だから――……。
――そう、思い出した。
「――お、お姉、ちゃん……」
颯爽と現れ、ゴーレムの大型ブレードを、ランス《蒼流旋》で受け止める、その背中。
「大丈夫? 簪ちゃん」
そして、簪に優しく語りかける更識刀奈は。
「――もうこれ以上、私の妹は傷つけさせないわ」
簪にとっての、理想のヒーローだったのだと。