IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

111 / 129
4

 ゴーレムver.VA。それは以前IS学園に侵入した無人機の発展型で、多数の機能を備えた両腕による高い火力、エネルギーフィールド展開装置による防御力も備えていた。

 最大の特徴は、以前の型と同じように、無人で稼働していること。そして、以前の型との最大の差異は――。

 

「食らえっ!」

 

 砲撃で牽制しながら接近し、ゴーレムに右手を突き出したラウラは、AICを作動させ、反撃とばかりに振るわれた右腕を押さえ込んだ。

 簪に今だ、と合図を送ろうとしたラウラだが、目の前のゴーレムの行動に目を見開く。

 

「――な、何っ!?」

 

 AICの停止領域が、ギシギシと軋んでいる。何と、ゴーレムは機体のパワーに物を言わせ、強引に拘束を突破しようとしていた。

 

(ダ、ダメだ、停止結界が……!)

 

 拘束の限界を感じ取り、ラウラは咄嗟に後ろに飛び退いた。判断が功を奏し、AICを突破したゴーレムの右腕の大型ソードの縦一閃を辛くも避けた。

 

「ラウラ!」

 

 パートナーの後退を見て、後衛の簪が荷電粒子砲で援護する。二門の荷電粒子砲を腰の下からくぐらせ、ブレードを振りかぶったゴーレムに砲撃をした。

 

『フィールドを展開』

 

 ゴーレムはフィールドを展開して砲撃の悉くを防いだ。

 

「硬い……ラウラ、大丈夫?」

 

 体勢を立て直しながら、ラウラはああ、と返す。

 

「私は問題ない! ただ、停止結界はダメだ、一瞬しか効かない……!」

「そう……」

 

 表情をしかめる簪。AICによる拘束は、シュヴァルツェア・レーゲンの最大の強みであり、ラウラ・簪チームの主戦術でもある。それが通用しないとなると、厳しい戦いになるのは明白だった。

 ゴーレムは再び接近を試みてスラスターを吹かしてきた。ラウラは肩部レール砲の照準を合わせ、簪と連携し射線を形成しながら、ゴーレムを間合いに踏み込ませない。

 

(突破に必要な火力は簪が持ち合わせている。問題は停止結界無しでいかにそれを当てるかだが……)

 

 簪の専用機、『打鉄弐式』には、八連装×六門の大火力を誇るミサイルポッド《山嵐》がある。直撃なら、強固な敵のシールドさえも消し飛ばすことが可能だろう。

 距離を取りながら、AICを使わない戦術を構築していたラウラだが、シュヴァルツェア・レーゲンのつま先に異変を感じ、ステータスを確認する。

 

「こ、これは……?」

 

 ゴーレムを攻撃を回避したとき、残った足に刃先をかすり、当たった脚部装甲の一部が削り取られていた。

 通常、この程度の被弾でISの装甲を削り取られることはない。シールドエネルギーが微弱に減る程度で、何の問題もないと言える被弾だった。ところが――。

 

『絶対防御に異常発生』

 

 コンソールの文字は、敵の異質さを端的に示していた。

 

「絶対防御が機能していない……!?」

「ほ、本当……?」

「……ああ」

 

 恐るべき事態だった。絶対防御の機能しないIS戦は、もはやエネルギーの削り合いではない。

 ――殺し合い。

 戦場の特有の、すうっと肝が冷えるような恐怖感と、ミスのできない緊張感。

 

(久しぶりだ、この感覚は)

 

 兄たちと親しくなって、どこか平和ボケしていたのかもしれない。

 認識し、ラウラはもう一度気を引き締める。簪に意向を伝えた。

 

「簪、さっき伝えた通りだ。被弾のリスクは最小限にするぞ」

「りょ、了解……!」

 

 ラウラは簪をもう一歩下がらせ、ワイヤーブレードの可動域を広げる。六基すべてを惜しみなく展開し、ゴーレムに多角攻撃を仕掛けた。

 ラウラがIS学園に入学する前に襲来してきたという無人機。翔や一夏、鈴の活躍で鎮圧されたと聞いたが、閲覧したデータと目の前の機体は酷似している。この機体も無人機だとしたら、敵機とのコンタクトは不可能。ラウラたちのするべきことは、必然的に破壊もしくは鎮圧である。

 

(しかし……)

 

 初の実戦の緊張や動揺があるのか、簪の動きは硬く、コンディションはラウラの目から見てもあまり良くない。

 それを責める気はないラウラだったが、そんな状態の簪はなるべく敵と直接戦わせたくないと考えていた。敵が絶対防御を無効化してくるというなら尚更である。

 

「はああっ!」

 

 ラウラがワイヤーブレードで牽制しつつ、簪がワイヤーブレードの合間を縫って荷電粒子砲の砲撃を見舞う。

 訓練で培った連携で、徐々にゴーレムを押し込んでいくラウラと簪。ゴーレムは持ち前の柔軟性で、雨あられと降り注ぐ砲撃を回避していく。

 砲撃で援護する傍らで、簪は《山嵐》のシステムを起動させる準備をしていた。《山嵐》の火力が頼みの綱、それが二人の共通認識だった。

 ――しかし、戦況は常に流動する。

 砲撃の反動で一瞬足を止めたラウラに、ゴーレムの砲撃が刺さる。

 

「ぐっ!?」

 

 よろめいたラウラに、ゴーレムが瞬時加速(イグニッション・ブースト)で接近する。

 ラウラは手首のプラズマブレードを展開して交差、振るわれた右腕をガードした。

 しかし刃は通らないと言っても、衝撃は直に伝わる。ラウラはその一撃を受け、遠くへ吹き飛ばされた。ゴーレムはさらに瞬時加速(イグニッション・ブースト)で追撃する。

 

「がああっ!」

「ラウラッ!」

 

 簪が薙刀を展開し、救援に向かうが、ラウラは体勢を立て直す中で、どこか違和感を覚えた。

 ――敵の瞬時加速(イグニッション・ブースト)、移動距離が短い。

 見たことのある現象。小規模の瞬時加速(イグニッション・ブースト)は、距離も短いが、隙も短い。連続での仕様に適した使い方だった。まるで、兄翔の得意とする――。

 

(ち、違う! これは……!)

 

 ラウラは敵の意図を悟り、叫んだ。

 

「――簪、来るなッ!」

「――え……」

 

 だが、遅かった。ゴーレムは機体の体を捻り、簪へと向き直った。

 赤いセンサーアイが簪を捉え、瞬時加速(イグニッション・ブースト)が発動され、ゴーレムは打鉄弐式に肉薄した。

 

「簪ーっ!」

 

 釣り出された簪に、ゴーレムは巨大な左腕を突き出した。

 

「あうっ!」

 

 その豪腕は、簪の腹部に突き刺さった。ラウラの声で、辛くも最低限のガードはできた簪だったが、瞬時加速(イグニッション・ブースト)の加速も合わさった一撃の威力は、簪を行動不能に追い込むには十分な威力だった。

 ゴーレムの拳を受けた簪は、二転、三転と地面を転がった。

 

「ぐ……えほっ! かは……!」

 

 荒れた胃の中のものを吐き出すと、操縦者保護機能で嘔吐が止まる。朦朧とする意識の中、簪は機体の状況を確認した。

 機体ダメージ中、絶対防御貫通、操縦者にダメージ。悲惨な状況だった。

 

「簪! くそっ!」

 

 簪が動けない間も、ラウラは単身ゴーレムとの戦闘を継続している。

 接近戦の末、ラウラが地面に叩きつけられ、ゴーレムが地を這う簪に一歩一歩と迫ってくる。

 ――横たわる簪の目には、自分を見下ろし、ブレードを構えるゴーレムの姿が映った。

 ゴーレムが右腕を振り下ろすのが、やけにスローに見えた。

 

(ああ――)

 

 死を前にして、言葉も出ない。なのにどうして、こんなことを思い出すのだろう。

 一〇年前、初めて見たヒーローの姿を。

 

 

 

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 ――一〇年前。

 

「か、返して……!」

 

 簪はお気に入りのハンカチを男子二人に奪われ、泣きながら訴えていた。

 

「できるもんならやってみろー!」

「でも、簪は弱虫で泣き虫だからなあー?」

 

 しかし、男子たちは返す気配もなく、ただ簪を嘲笑うだけだった。目の前の二人の男子は、学園でも有名ないじめっ子だった。いつも気弱な子を狙っては、ちょっかいをかける問題児であった。

 幼い心は、ときに残酷な差別、嗜虐を生む。口数が少なく、引っ込み思案だった簪は、幼い無邪気な悪意に晒されるには格好の的であった。簪の生まれ持った端正な顔だちが、男子たちを惹きつけてしまっていたのかもしれない。幼い男子特有の「好きな子ほどいじめたくなる」行動への対処ができなかったことが、簪への干渉に拍車をかけていたのかもしれない。

 とにかく、簪は手を出すのが苦手だった。家の中で何かものを作ったり、本を読んだりすることが大好きだったからだ。家で練習している武道も、あまり上手くできたことがない。

 しかし、今男子たちが持っているのは、姉とお揃いのハンカチ。大好きな姉と一緒のハンカチは、当時の簪にはとても大切な宝物だったのだ。

 

「泣いてばっかりじゃ、返してやんないぞー!」

 

 下卑た、というには幼いが、それでも簪から見ても、簪以外から見ても、到底許せるものではなかった。

 逃げて帰って、あのハンカチはどうなる。逃げたからと破かれるかもしれないし、川に捨てられるかもしれない。逃げれば、簪の宝物は失われてしまうかもしれないのだ。

 

「うっ、うう……っ!」

 

 だから簪は、泣くことしかできない。相手の気持ちが、変わることを祈って。

 情けない。誇りある更識に生まれながら、何もできない自分が。

 そこに、一筋の光明が差した。

 

「ちょっと待った!」

 

 悲しみに打ちひしがれていた簪を、救ったのは。

 

「あんたたち、何してんの!」

 

 姉、刀奈だった。

 刀奈は、男子と簪の間に割って入ると、

 

「もう大丈夫よ、簪ちゃん」

 

 優しい声でそう言って、それとは裏腹のキッときつい目で男子を睨みつけた。

 ピンチに颯爽と現れ、簪を守る凛々しく強いその背中は、涙で霞んだ簪の目に鮮烈に焼きついた。

 

「か、刀奈ちゃんだ……!」

 

 途端にうろたえる男子二人。それもそのはず、刀奈は男子数人でも敵わないと学園内で専らの噂だったからだ。

 それでもハンカチを離そうとせず、それどころか戦う気配を見せる男子二人に、刀奈は眉を吊り上げて言う。

 

「やるの? いいわよ、かかってきなさい」

 

 刀奈がすっと腰を落とした。家の武道の講師が絶賛するほどの才覚を持つ刀奈の所作は、完璧そのもの。簪にとっては、ヒーローのファイティングポーズも同然だった。

 それからのことは、言うに及ばない。刀奈が男子二人を手玉に取るように叩き伏せ、ハンカチを奪い返し、男子二人に「二度と簪に手は出さない」と誓わせたのである。

 

「お、お姉ちゃぁん……!」

「よしよし。……あいつら、ほんっと最低ね!」

 

 いじめっ子の消えた夕方の公園で、簪を慰める刀奈。知性に欠ける男子二人にブツブツと悪口を言いながら、簪の背を撫でた。

 しばらくして簪が落ち着いた頃、公園の時計では既に六時を回っていた。

 

「うわ、もうこんな時間じゃない! 簪ちゃん、帰ってご飯食べましょ!」

「う、うん……!」

 

 公園から引っ張られるように出た簪。前を歩く刀奈は、帰ろう帰ろう、なんて歌いながら、簪の手を引いて歩き続ける。

 顔は見えない。強く美しくその背中は、完璧そのもので。姉は、まるでヒーローのようだった。それでも、簪は知っていた。姉が、ただ強いだけでなく、優しいことを。簪を愛し、大切にしてくれる暖かさを持った、そんな素敵な人であることを。

 だから――……。

 

 

 

 

 

 ――そう、思い出した。

 

「――お、お姉、ちゃん……」

 

 颯爽と現れ、ゴーレムの大型ブレードを、ランス《蒼流旋》で受け止める、その背中。

 

「大丈夫? 簪ちゃん」

 

 そして、簪に優しく語りかける更識刀奈は。

 

「――もうこれ以上、私の妹は傷つけさせないわ」

 

 簪にとっての、理想のヒーローだったのだと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。