IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 専用機持ちが侵入者に対応をしていた頃、IS学園と寮を結ぶ通用路では。

 

「な、何なの……これ」

 

 一年四組の代表候補生更識簪は、突然現れた目の前に立ちふさがる黒い機体を前に、呟く。しかし、簪が何が起こったのか把握する間もなく、事態は緊迫していた。

 黒い機体の落下の衝撃で尻餅をついたまま、簪は異形の物体を見上げた。二メートル以上はゆうに越える高さと、漆黒の全身装甲(フルスキン)。謎の機体は、首を傾げるようにこちらを観察していた。

 昨夜、姉との一件があって、泣き疲れて落ちるように眠った簪だったが、目を覚ますと既に集合時間を過ぎていた。泣き腫らした目のままだったが、せめてラウラにだけは迷惑はかけれない、と慌てて着替え、アリーナに向かい……そして今に至る。

 

「あ、あ……」

 

 腰の抜けた少女に、一歩、一歩と迫ってくる黒い機体。その威圧感を前に、混乱した簪は後ずさることしかできなかった。

 

(何これ……怖いよ、助けて……!)

 

 ガチガチ、と得体の知れない恐怖に歯を鳴らす簪に、黒い機体は手を伸ばす――。

 

「簪ぃぃー!」

 

 空から声が響き、簪は上空へ目をやった。

 長い銀髪を揺らしたラウラ・ボーデヴィッヒが、専用機シュヴァルツェア・レーゲンと共に現れた。

 

「はあああああっ!」

 

 ラウラが六基のワイヤーブレードを全面展開、侵入者に向け射出した。不意を突いた攻撃に対して、侵入者は後退してワイヤーブレードの襲撃から逃れた。

 さらに肩のレール砲で追撃し、簪から黒い機体を引き離した。

 

「ラ、ラウラ……」

 

 呆然とパートナーを見つめる簪の間に立つように地面に降り立ったラウラは、

 

「何をしている!」

 

 声を大にして簪に怒鳴りつけた。パートナーの剣幕に簪は言葉を失う。

 

「侵入者を前にして竦むとは何事だ! 貴様はもう専用機持ちだぞ! 異常事態で我々が戦わずして誰が戦うというのだ!」

「あ……」

「その指輪は、何のためにある!」

 

 ラウラの叱咤で、すっと頭が冷えていく感覚がした。簪は右手の指輪に目を向けた。

 打鉄弐式。代表候補生の証にして、製作チームの思いの詰まった機体。そして、完成したときにかけられた黛薫子の言葉が蘇る。

 

 ――代表候補生として専用機を持つことには、大きな責任と義務が課せられる。もうこれからは専用機が無いからって言い訳はできない。

 

「…………」

 

 簪は、黙って立ち上がった。

 ――そうだ、何を勘違いしていたのだろう。自分は、日本の代表候補生ではないか。そこに私情が入り込む余地はない。力を行使する者として、ただ責任があるのみだ。

 怯えるばかりで何もしなかった己を恥じ、簪は自身を叱咤した。ラウラの立つ場所にゆっくりと並ぶと、右手の指輪に意識を向けた。

 

「行くよ――打鉄弐式」

 

 簪がその名をコールすると、簪の全身を水色の装甲が包んでいく。一秒と経たず、日本の第三世代機『打鉄弐式』が展開され、簪は愛機の荷電粒子砲《春雷》のセーフティを解除した。

 ISを身に纏ったことで、簪は乱れていた心が完全に平静を取り戻したことを実感した。それはまるで、弐式が抱きしめて落ち着かせてくれているような。

 ありがとう、と相棒に小さく簪は呟いた。そして、叱ってくれたラウラにも。

 

「ありがとう。ラウラ」

「目は覚めたか?」

「うん」

 

 頷き、前方に荷電粒子砲を構える簪。

 突然の実戦に対する恐怖は、ある。それでも、戦える……ラウラとなら。

 

「行くぞ!」

 

 ラウラの声に導かれるように、打鉄弐式の剛砲が唸った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 しぶとい。侵入者の戦いは、そう表現するのが適切だろう。俺に追い詰められても、また新たな道を作って逃げる。

 恐らく目の前にいる機体だけでなく、中の三機と連携して防御に当たっているのだろう。実質一対四だ。しかし、向こうとて恐らく戦闘中、システムクラックに割いていられる容量もそれほど多くないはず。俺が蒼炎のサポートを受けているため、条件的にはほぼイーブンといったところだろう。

 今こうして俺がキーボードを叩いている間にも、俺のパートナーと妹、生徒会長は必死に守ってくれている。それだけじゃない。きっとアリーナでは専用機持ちが足止めしてくれている。彼らは、俺がやってくれると信じてくれている。もうこれ以上手こずってはいられない。

 今度こそ、逃がさない。

 

「――捕まえた……!」

 

 ハッキング開始から四分、俺はニヤリと笑った。これで敵の尻尾を掴んだ。あとはその足跡を辿って行けば、奴らの牙城だ。

 そこからはすぐだった。瞬く間に俺がシステムを奪還して、管制室との通信を繋ぐ。

 

「こちら天羽翔。織斑先生、聞こえますか?」

『天羽か!?』

 

 織斑先生の声には、焦りの色が見えた。

 通信の傍ら、俺は手でサインを送って会長とセシリアに成功したことを伝えた。二人が大きく頷いたのを見て、俺も侵入者へと向き直る。

 

「システムの奪還に成功しました。機器の管制をすぐそちらに戻します。アリーナのシールドを解除して、生徒の避難を」

『生徒の避難は教師陣が迅速に行う! アリーナ外の専用機持ちは?』

「現在俺と会長とセシリアが未確認機一機と交戦中です。ラウラと更識簪は、まだ合流していません」

『そうか。……天羽、頼んだぞ!』

「……了解しました」

 

 織斑先生は荒々しく通信を切った。余裕が無いのだろう。

 通信の直後、敵機が俺に砲口を向けた。「翔さん!」とセシリアが叫ぶ。

 

「ああ、分かっている!」

 

《飛燕》を展開し、敵の砲撃をエネルギーフィールドで防ぐ。フィールドが歪みかねない威力だったが、貫通されたら敵わない。

 防いだ時間で体勢を立て直し、セシリアと会長と合流する。

 

「翔さん、やりましたわね」

 

 セシリアがライフルで敵機を追い払いつつ、俺に流石ですわ、賛辞を送った。

 

「ああ、セシリアたちのおかげだ」

 

 何はともあれ、これでこちら側も連携して動ける。奇襲を受けた際は、いかに足並みを乱された状態から素早く立て直すかにかかっている。まずまずの対応はできたと言っていい。

 しかし、ラウラと簪が何をしているか分からない。異常事態が発生したことは理解しているはずだが。

 学園内の監視カメラをピックアップ、先ほどコア・ネックワークで調べた簪の座標周辺の映像を映す。

 

「――なッ!?」

 

 コンソールに映っていたのは、ゆっくりと簪に近寄る黒い機体と、尻餅をついた簪だった。

 

「簪が、黒い機体と接触している!」

「何ですって!」

 

 会長がどういうこと、と目の色を変えた。

 学園の襲撃が目的なら、簪に接触する意味が無い。わざわざ専用機持ちに近寄って交戦するのは、学園の制圧のためには非効率なはず。

 

「……いや、違う」

 

 発想を転換する。

 現在、敵機は五。学園に降り立った黒い機体は、専用機持ちの多いアリーナに三機、俺たちの前に一機、簪の前に一機現れた。学園の襲撃が目的ならば、わざわざ専用機持ちがいる場所に降りるのは非効率だ。これらの状況が示すやつらの狙いは――。

 

「『俺たち』か……!」

 

 そういうことか。学園のシステムをハッキングしたのも、専用機持ちと戦うための準備に過ぎない。

 目的は、専用機もしくはその操縦者。

 

「会長! セシリア!」

 

 ハッキングプログラムを停止させ、水のヴェールを纏う会長へ、そして交戦中のセシリアに通信を送る。

 

「恐らく、その機体の目的は専用機持ちとの接触……ターゲットは、『俺たち』だ!」

「……そういうことね!」

 

 会長が苦々しく吐き捨て、ランスで敵機の斬撃を防ぐ。

 ターゲットが俺たちということは、俺たちの行動が奴らの行動に直結する。ここから俺たちが取るべき行動は、奴らを避難する生徒たちに近づけさせないこと。既にアリーナ内にいる生徒たちの避難は始まっていて、しかもその経路は俺たちと反対側。ならば――。

 セシリアに指示を送り前後衛を交代、手を伸ばしてくる敵機に《荒鷲》を合わせた。弾き合った反動で、もう一度剣を振りかぶった。さらに《飛燕》を分離、右手に握る《荒鷲》に合体させ、《鳳凰》形態を取る。

 

「はあっ!」

 

 バックブーストで距離を離した敵機だが、俺はふっと笑う。

 俺の狙いは別にあった。真っ直ぐ横に振るわれた剣――空振ったそれを、そのままアリーナの壁面に勢いよく叩きつけた。武器の破壊力で無理やり壁を破壊、アリーナの廊下に風穴が開き、外への道が開けた。

 破片で粉塵が舞う中、《鳳凰》を分離してビットを射出、敵機を牽制して押し戻した。

 そう、俺の狙いは一つ。俺たちが全力で戦えるようなステージへ移動すること。俺とセシリアが十全に機体性能を発揮するには、広い場所が必要だからな。

 

「行くぞ!」

「ええ!」

 

 スラスターで飛翔し、開いた穴から外へ出た。侵入者も、俺たちを追って外へ出てくる。……案の定だ。

 避難状況を確認しつつ、通常形態に戻した《荒鷲》ライフルモードの牽制で、適正な距離を保つ。

 状況確認も済んだ。そして、敵の行動原理も恐らく俺たちの撃破もしくは鹵獲。ならば、全力で迎撃あるのみ!

 

「セシリア! ティアーズをフォーメンションαで配置、攻撃用意だ!」

「了解ですわ!」

 

 パートナーの愛機からBTビットの蒼い雫が展開され、《荒鷲》を構えた俺と一緒に突撃姿勢を取った。ビットの援護を受け、俺が敵機と斬り結ぶ。

 しかし、この陣形は完全に会長を除外した陣形だ。それに意を唱えない会長ではなかった。

 

「翔くん、待ってよ! 私だって……!」

「会長は、簪の援護をお願いします」

「か、簪ちゃんの?」

 

 そうです、と答える。

 何も会長が邪魔だから言っているわけではない。むしろ、これほど心強い味方はいないだろう。だからこそ、簪の傍に行ってやって欲しいのだ。

 

「簪にとっては初めての実戦です、何かあってからでは遅い」

 

 でも、と言いたげな会長に、今度はライフルのトリガーを引いたセシリアが、ご心配は無用ですわ、と俺の援護に回る。

 

「わたくしも負けるつもりはなくってよ!」

 

 俺が動かした敵機を正確な狙撃で撃ち抜くセシリア。セシリアの言う通りだ。

 

「そういうことです。行ってください、会長」

 

 会長がさっきから頻繁に周囲を見ていたのを、俺は見逃さなかった。この人だって簪が心配で仕方ないのだ。

 俺の近くで簪のことを気にしながら戦われるこっちの身にもなってみろ。そんなに心配なら行けと言いたくもなる。

 

「でも、でも、私は……!」

 

 会長は震えながら、唇を噛んでいる。煮え切らないその態度にふつふつ怒りが募る。

 あんた、この期に及んでそれか……!

 

『ターゲットCに砲撃』

「――っ!」

 

 無機質なマシンボイス。会長の一瞬の動揺を見出した敵機が、会長に照準を合わせた。

 

「あ――」

 

 呆然とする会長。一瞬反応が遅れ、射線から逃れられない。

 

「《飛燕》ッ!」

 

 自機周辺に待機させていた《飛燕》のフィールドを展開、会長と敵機に間に割り込ませた。バチチチチ、と砲撃がフィールドに干渉し、激しい音を立てた。

 セシリアがビットの援護で黒い機体の動きを縛り、俺はそこにライフル弾を撃ち込んだ。砲撃が止み、《飛燕》を回収する。

 間一髪間に合った防御だが、俺は無駄にエネルギーを消費させられた。戦闘中に呆気に取られて足元をすくわれるなど、生徒会長のすることじゃない。

 

「何をしているんです!」

「ご、ごめんなさい! 私――」

 

 ――ごめんなさい? 何だ、その態度は。何だ、その情けない表情は……!

 慌てて謝る会長に、堪忍袋の緒が切れた。肺に空気を吸い込み、力の限り怒鳴る。

 

「――いい加減にしろッ!」

 

 俺の叫びに、会長はびくり、と震えた。

 

「あんた、それでも生徒会長か!? 学園最強を名乗るなら、あんなくだらないミスを起こして謝るんじゃない!」

 

 怒りに呼応するかの如く、ライフルのトリガーを引く。

 俺が会長の下で働くと決めたのは、この人に一目置いているからだ。俺がついていくと決めたのは、己の底を見せない更識楯無だ。それがどうだ、何だこの体たらくは。こんな情けない奴に負けたと思わせるんじゃない。惨めになるだろうが。

 ――だが、それ以上に言いたいことがある。

 

「更識――刀奈ッ!」

「……っ!」

 

 蒼炎を駆りながら、俺は会長の本当の名を呼ぶ。

 俺が今訴えかけているのは、生徒会長ではない。俺の先輩にして、友人更識簪の姉……更識刀奈だ。立場や責任とは関係ない。

 

「あんたは誰だ! 更識家の当主か!? それとも、IS学園の生徒会長か!? 違うだろう!」

 

《孔雀》の光翼が拡張し、蒼炎が加速する。

 結局、この人は怖がっているだけだ。もう一度簪に向き合って、否定されることを恐れている。会長がずっとそんな態度だったから、簪との距離は縮まらなかったのだ。だが、それでは簪との確執は無くならない。拒絶されようと、何と言われようと、恐れずに向き合う勇気――。今こそ、それが必要とされているんじゃないのか!

 

「あんたは、あんたは――!」

 

 俺は、その言葉を叩きつけた。

 

「あんたは、簪の姉だろうがッ! 自分の妹から逃げるな、更識刀奈!」

「……ッ!」

「行けッ!!」

 

 加速の勢いのまま、敵機を蹴り飛ばし、地面に激突させた。

 俺の喝を受けた会長は、両の拳をぎゅっと握り締め、

 

「私は、また間違うところだったのかしら……」

 

 一人そう呟き、俺に背を向けた。ようやく、その気になったらしい。

 

「ありがと、翔くん。私、行くわね」

「分かったのなら、さっさと行ってください」

「うん。ここは、任せるわ」

 

 ――ありがと、翔くん。

 去り際にもう一度感謝の言葉を残し、生徒会長更識楯無は瞬時加速(イグニッション・ブースト)で視界から消えていった。

 まったく、世話の焼ける。さっきの一撃から戦線に復帰した侵入者を見て、俺は《荒鷲》を構え直す。

 

「……ふふっ」

 

 後ろから、セシリアのくすくす笑う声が聞こえた。

 

「……何だセシリア」

「翔さんったら、本当にお人好しですのね」

 

 ――分かっていますわ、翔さんはそんなお方ですもの。

 ハイパーセンサーが捉えた彼女の表情からは、そんな言葉が聞こえてきそうで。

 

「イライラするんだ。上に立つ奴があんな様子だとな」

 

 そうは言うものの、セシリアには見透かされているようで、彼女は笑うばかり。苦しい誤魔化しも通用しないようだった。

 まあ、これで会長を簪のところへ向かわせることはできた。あとは、目の前の異物を叩くのみだ。

 

「……セシリア」

「ええ」

 

 それ以上の言葉は要らない。格納していた《飛燕》を再び《荒鷲》に纏わせ、大剣《荒鷲・鳳凰》が右手に構成された。セシリアもビットを展開、自機周辺に停滞させた。

 黒い機体はまたしても、こちらの様子を伺うようにじっとしている。その意匠、及び行動パターンは以前クラス代表マッチのとき襲撃してきた無人機と酷似していた。つまり、今回も無人機である可能性が高い。なら、容赦なく《鳳凰》で叩く。

 

「――行くぞ!」

「はい!」

 

《蒼炎》の光翼が開き、俺は大剣を振りかざした。

 


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