IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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本日5時頃、一度誤って投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。
第十五章は、日曜0時更新ですので、ご了承ください。


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 時刻は、現在より五時間ほど前に遡る。

 某所。電灯の光が無い部屋で、数人ほどの人間がそれぞれのディスプレイの前に座り、キーボードを叩いていた。

 

「さーて、無人型VAの射出準備完了。どうするよ? もうやっちゃう?」

 

 その中の一人の少年が振り返った。その先には、部屋のガラス窓から外を眺めている女性が。

 

「まだですよ。もう少し待っていてください」

 

 その女性は長い黒髪を揺らし、首を横に振る。少年はちぇー、と椅子のスプリングに体を投げ出した。

 

「あーあ、暇だ。まだお披露目できねーのかよ」

「まだです」

「別に今回のはお試しだろ? じゃあもういいんじゃね?」

「物事にはしかるべきタイミングというものがあります」

「姉貴はまーたコムズカシイこと言ってよー。……で、どんくらい待てばいいんだ?」

 

 少年に姉貴、と呼ばれた女性は、にこりと笑う。

 

「あと二時間ほどです」

 

 その返答に、少年はうげっ、と顔をしかめる。

 

「二時間もかよ! 長えよ!」

「たかが二時間です、大した時間ではないでしょう。――我々が今まで過ごしてきた時を思えば」

「……まあ、な。それもそっか」

 

 少年が納得したように言うと、女性は満足したように窓の外へと視線を移した。

 

「それで、何かお願いがあると聞きましたが? 篠ノ之博士」

「あ、そうそう。そうなんだよ~!」

 

 篠ノ之博士、こと篠ノ之束が、トレードマークであるメカウサミミをぴょこぴょこ踊らせて天井から現れる。非常識な束の行動にも、誰一人驚かなかった。

 

「どんなお願いでしょう?」

「えーっとね~、一晩だけ、外で遊んできてもいいかなあ~?」

「一晩? 何のために?」

「ふふふ、秘密~」

 

 べー、と束は舌を出した。少し考え込んだ女性だが、すぐに「……まあ、いいでしょう」と許可を出した。

 束はいぇーい、と手をあげて喜ぶ。

 

「やったやった~! 楽しみだなあ! さあ、何をしようかなあ! あ、まず服を買わなきゃだねー。面倒だけど、着なきゃ入れないみたいだから買わなきゃねー!」

 

 心底嬉しそうな束。笑顔がデフォルトの束だが、この表情は明らかにいつもとは違っていた。本当に心から嬉しいときは、こうやって笑うのだ。女性は再度視線を束から窓の外へ戻す。

その視線の先には、黒い人型の機体が。

 

「ささやかですが、プレゼントを差し上げましょう。楽しみにしていてくださいね……兄さん」

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 目の前に佇む黒い機体。その赤いセンサーが、俺と会長を捉える。

 腰を落としていつでも動けるようにしながら構える俺と会長。廊下の照明が落ちて赤い『非常事態』と書かれたランプが点灯する。

 それを確認した俺は、相棒へイメージを投射、蒼穹の装甲を身に纏った。会長も専用機『ミステリアス・レイディ』を展開し、二人で睨み所属不明機を牽制する。

 

「非常事態宣言まで出るなんて。一体、何が……」

 

 分かりません、と俺も答えた。

 今気になるのは他の専用機持ちの状況だ。管制室にコールしても、繋がらない。機体コンソールには『通信障害』の文字が浮かんでいる。

 間違いなく、目の前の機体によるジャミングだろう。 

 

「くそっ、こんなときに……!」

 

 これでは全く状況が把握できない。他の専用機持ちとコンタクトを取ろうにも、プライベート・チャネルも通信障害で繋がらない。

 その張本人はと言えば、俺と会長の様子を伺っているように直立して動かない。不可解だ。

 このままこいつが何もしてこないなら……。

 

「無理矢理アリーナの中に入りますか?」

 

 俺が提案するが、会長がいいえ、と否定した。

 

「アリーナの遮断シールドが最高レベルで展開されてる、無理だわ」

「……ちっ」

 

 ぎり、と唇を噛んだ。一応蒼炎なら、アリーナのシールドを強引に突破することはできる。たが、他の生徒が巻き込まれる可能性がある以上、それはできない。

 状況が分かるまでしかないか、と諦めかけたそのとき。

 

「翔さん!」

 

 後方から名前を呼ばれた。この声は――!

 

「セシリア!」

 

 ブルー・ティアーズを纏ったセシリアが、俺たちの元へと到着した。

 

「よかった、合流できましたわね」

 

 セシリアはほっとしたように、俺たちに微笑む。セシリアはロッカールームにいたおかげで、アリーナに幽閉されずに済んだようだ。

 

「アリーナ内中の状況を目視で確認しましたわ」

「本当か?」

「未確認の機体が三機、アリーナに突入したようです。今、中にいる専用機持ちと交戦中ですわ」

「三機……!?」

 

 多いな。中にいた専用機持ちが多いのが救いだが……。

 

「避難状況は?」

「外にいる生徒は、今先生たちが避難させています。でも、中の生徒はそのまま……」

「……遮断シールドのせいね」

 

 ええ、とセシリアが頷く。いくらシールドがあると言っても、避難できない以上、常にリスクは付き纏う。

 

「避難が進まないようでは、専用機持ちも上手く立ち回れませんわ。一刻も早くシールドを解除しませんと……」

 

 セシリアが厳しい顔で言う。

 アリーナのシールドを解除するのには、以前やったようにシステムを奪い返す必要がある。管制室で作業できれば手っ取り早いのだが。

 

「管制室は?」

「内部から完全にロックされていて、入れませんわ。強力なジャミングのせいで、管制室との通信も絶望的です」

「……そうか」

 

 やはりだめか。こうなったら、無理矢理外側からシステムをハッキングするしかない。

 

「会長、セシリア」

「何かしら?」

「二人で五分間、守ってもらえますか」

 

 システムをハッキングしてアリーナのシールドを解除するのには、時間が必要だ。五分で足りるかは分からない。だが、それが限度だ。

 二人とも、俺が何をするかは察してくれたようだが、渋い顔をしている。

 

「……長いわね」

 

 会長は小さくそう言った。たかが五分だと思うかもしれない。しかし、時間が圧縮されたように感じる戦闘中において、五分とは膨大な時間だ。その間、無防備な俺を守り続ける……それは、簡単なことではない。

 

「それは何とかしましょう。でも、五分で片付けられる?」

「やってみせます」

「よし。……じゃあ任せたわよ、副会長くん」

「了解しました」

 

 さて、作戦会議は終了だ。会長たちを信じて、ここからは、自分の仕事に集中しよう。

 蒼炎に指示を送ると、プログラムが起動する。俺の掌を上下から挟むように、キーボードが二枚。そして目の虹彩で操作するキーボードが左右二枚。計六枚のキーボードで入力速度を三倍に上げた、専用のキーボードだ。そして俺の高速入力を、蒼炎の演算で処理する。これが、自作した拠点攻撃用ハッキングプログラム『火ノ鳥(ひのとり)』。

 プログラムを起動させた俺は、アリーナのネットワークシステムへ侵入した。

 

「さて……」

 

 これからは、力勝負だ。俺が攻め落とすか、向こうが守り通すか。今のところ、メインサーバーを支配している向こうが有利だが、無論負けるつもりはない。

 

「――来るわ!」

 

 会長が叫ぶ。

 俺がハッキングを始めた瞬間、黒い侵入者は、スラスターを吹かせて突撃してきた。

 会長はランスを構え、ミステリアス・レイディが水のヴェールを纏った。セシリアもレーザーライフルを構え、既にセーフティを解除している。

 

(ここは二人に任せるしかない)

 

 俺のハッキングが長引けば長引くほど、会長とセシリアに大きく負担がかかってしまう。俺の働きに、これからの戦況がかかっているのだ、必ず突破口を開いてみせる。

 蒼炎の力強いサポートを感じながら、俺は敵機との電脳戦に突入した。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 一方の第一メインアリーナ。各専用機持ちは、突然の侵入者相手にも迅速に対応した。

 

「シャルロット!」

「うん!」

 

 凰鈴音は愛機甲龍を駆り、アリーナ内をホバー飛行しつつ、敵機との距離を保つ。彼女のパートナーであるシャルロットは、一歩下がって鈴の援護を行っていた。

 敵機の高さは約二メートルほど。全身装甲(フルスキン)タイプの黒い機体は、以前の無人機を彷彿とさせた。しかし、以前襲撃してきた無人機とは明らかに意匠が異なっていた。以前は黒の巨人といった見た目だったが、目の前の機体はスマートな印象を受ける。胴や脚、腕はちょうど人間と同じくらいの太さだ。ただ、その両腕は異様に太く、覗く砲口が明らかに大型装備だと物語っていた。

 

「こんの……!」

 

 鈴が衝撃砲を連射する。不可視の砲弾がドドド、と侵入者に直撃するが、ダメージが入った様子は無い。侵入者は、強力なエネルギーシールドを前面に展開し、衝撃砲の砲弾を防いでいた。

 ちっ、と鈴は舌打ちする。

 

「あーもう、かったいシールドねえ! 何て防御力よ、こいつ!」

「鈴、下がって!」

 

 鈴の砲撃が集中した隙に、シャルロットが「高速切替(ラピッドスイッチ)」でアサルトライフルとショットガンを入れ替え、近距離でトリガーを引く。ガガガガ、と呼吸する隙さえ与えない超速の連射。しかし、黒い機体は右腕を構えてガードし、微動だにしない。

 

「これだけ撃ち込んで無傷……!?」

 

 シャルロットが目を丸くした。かなりの火力を使った攻撃すら、全く通じないなんて。

 エネルギーフィールドに加え、巨大な実体シールドの右腕。まるで要塞のような硬さだ。

 

「こうなったら……!」

 

 生半可な攻撃は無意味。鈴は自分たちの装備をざっと頭の中に列挙し、有効策を導き出す。

 

「シャルロット、パイルバンカーは!?」

「いけるよ。でも、そこまで寄れるかどうか……!」

 

 ラファール・リヴァイヴの切り札であるパイルバンカー、『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』は第二世代最強の威力を誇るが、リーチが短い。有効射程にまで接近するのは容易ではない。

 

「それでもやるしかないわよ! あたしが突っ込んで囮になるから、その隙にぶち込みなさい!」

「了解!」

 

 鈴は両手に青龍刀《双天牙月》をコールし、連結させバトンのように回転させる。シャルロットは接近のために、瞬時加速(イグニッション・ブースト)のチャージに入った。

 

「あたしたちは一夏をぶっ潰さなきゃいけないのよ! 邪魔しないでよね!」

 

 鈴が吠え、連続回転斬撃を放つ。

 ――だが鈴が間合いに入る寸前、黒い機体は巨大な右腕から砲口を覗かせ、鈴に向けた。

 

「――嘘ッ!?」

 

 何て反応よ、と鈴は突撃を止め、回避行動へ切り替える。

 

『超高圧エネルギー砲、照準』

 

 無機質なマシンボイスが鳴り、左腕の大型砲にエネルギーが集まっていく。

 

「……なるほど。火力もあるわけね」

 

 収束した高密度圧縮エネルギー砲撃が、鈴へと放たれた。

 

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「一夏ッ!」

「応!」

 

 箒の合図で、一夏の白式が零落白夜の刃で黒い機体を狙う。零落白夜の一撃は危険と見たのか、黒い機体は急後退して避けた。

 

「くそ、こいつ速いな……!」

 

 全身に取り付けられたスラスター、それがこの機体の常識外れの機動性を実現していた。

 一夏と箒は、お互いのペアと分断されてしまったため、急遽ツーマンセルを組んでいた。

 

「確かに速いが、私と一夏なら捉えられないことはないだろう」

「ああ。それがまだ救いだ」

 

 敵も速いが、白式と紅椿も十二分に速い。第四世代機特有の高スペックは、頼もしい部分である。

 

「!?」

 

 突如、アリーナ内に爆発が起こった。位置的には、鈴とシャルロットが戦闘している場所だ。

 ジャミングのせいで通信は使えない。箒と顔を見合わせ、一夏は二人に叫ぶ。

 

「鈴! シャル! 大丈夫か!?」

 

 無事かと心配した一夏だが、すぐに「うっさいわねー!」と勝気な大声が返ってきた。

 

「別に大丈夫よ。ちょっとかすって装甲を焼かれただけ。シャルロットも無傷」

「そうか、良かった」

「それより、あの砲撃を観客席の方へ撃たせちゃダメよ。下手したらシールド貫通するわ」

「……了解」

 

 一夏が頷くと、鈴が口頭で他の専用機持ちにも同じ旨を伝えていく。

 とにかく、生徒の避難が完了するまでは生徒の安全が第一。非常時に一般生を守るのも、専用機持ちの義務である。

 一夏は残エネルギーを確認すると、敵機を牽制して距離を取りつつ半歩下がっている箒にコンタクトする。

 

「……箒、絢爛舞踏は発動できるようになったのか?」

「ああ。三〇秒あればできる」

「三〇秒か……」

 

 一夏は敵の戦闘力、味方の構成など、ざっと情報を整理した。

 この戦いにおける要は、箒だ。一夏はそれを理解していた。箒が戦闘不能にならない限り、アリーナの専用機持ちはエネルギー切れの心配が無いからである。

 つまり、紅椿が絢爛舞踏を発動するまでの三〇秒間、その間箒を守ることが、一夏の最大の使命と言えた。

 

「――箒。お前は、俺が護る」

「なッ!?」

 

 戦闘中にも関わらず、箒は真っ赤になる。

 

「俺は最初から全開で戦う。だから、いつでもエネルギーを渡せるように準備しておいてくれ。援護は最低限でいい」

「あ、ああ、分かった!」

 

 一人で箒を護る、そのためには、出し惜しみはしていられない。一夏は左腕の《雪羅》を起動、クローモードで零落白夜の刃を出現させた。

 観客席へ向けて砲撃させず、かつ箒を一人で守る。注文は多いが、一夏は迷わない。何故なら、彼の親友は難しい条件でもやり遂げるはずだから。だが、今その親友はアリーナの外にいる。それでも親友は外で彼なりに戦っているに違いない。

 ――そう、翔の分は俺が埋めるんだ。そのためには……!

 

「墜とすぐらいで行かなきゃ、護り切れねえよな!」

 

 攻撃は最大の防御。愛刀《雪片弐型》を構えた一夏の白式が、瞬時加速(イグニッション・ブースト)で突撃した。

 

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 攻性プログラムを起動させた翔のサイバー攻撃に対し、侵入者は管制室という地の利を使ってしぶとく耐えている。コンソールの端に表示されるタイマーは、既に四分を経過していた。

 

「く……ッ!?」

 

 敵の圧縮エネルギー砲撃を、ミステリアス・レイディが水のヴェールで守る。敵の一撃が放たれる度、楯無のヴェールは大きく揺らいだ。楯無がコンソールを見ると、残エネルギーは半分を切っていた。

 

(こんなの何発も受けてたら、エネルギーが蒸発する……!)

 

 セシリアを相手にしているにも関わらず、黒い機体は執拗に翔を狙っていた。そのために楯無は防御に徹する必要があり、満足に戦えない。

 

「この機体……何度も翔くんを!」

 

 それでも小さな隙を突いて、《蒼流旋》のガトリング砲で敵の動きを止める。

 

「セシリアちゃん!」

「了解しましたわ!」

 

 セシリアがスターライトmkⅢの連射をその機体に見舞う。しかし、大したダメージは無い。それでもセシリアはライフルのトリガーを引き、強引に翔から注意を逸らす。

 追撃にとビットを展開しようとしたセシリアだが、周囲の状況を見て思い留まる。

 

(狭い……!)

 

 アリーナの廊下という極端に狭い空間の中では、空間を圧迫するブルー・ティアーズのビットは使えない。セシリアとブルー・ティアーズが性能をフルに発揮するには、外に出る必要があった。だが、敵機が翔を狙い続けている以上、外に出ても敵機はついて来ないだろう。

 

「翔さん……!」

 

 何も言わず、翔はひたすらコンソールと格闘している。状況は分からない。だが、セシリアは、そして楯無は、信じていた。

 ――翔なら、必ずやってくれると。

 

 


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