IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
なお、活動報告にて告知しました通り、この章は週一更新となります。ご了承ください。
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専用機持ちタッグマッチ当日になった。俺自身の体調管理、専用機の調整、連携の確認、いずれも万全を期している。
以前にもタッグマッチはあったが、今回のタッグマッチは専用機持ち限定の大会。その目的は、参加者が専用機持ちに絞られていることからも明らかだろう。すなわち、より実戦的な「対複数の専用機戦」というシチュエーションを想定しているのだ。
この大会の背景としては、夏休みの「
閑話休題。それはともかく、俺とセシリアの最初の試合は第二試合。第一試合に出場する選手は既にピットに待機済みだ。
ロッカールームでISスーツに着替えた俺は、パートナーのセシリアが着替えてこの部屋に来るのを待っていた。しかし、男女の更衣室を分けるためとは言えロッカールームを一つ丸ごと貸切とは。本当に男子が来ることなんて想定してなかったんだろうな。
「お兄様、お兄様」
部屋の外からラウラが呼ぶ声が聞こえた。外に出ると、同じようにISスーツに着替えたラウラがいた。
「どうしたラウラ」
「簪を知らないか? 既に集合時間なのだが」
ラウラはきょろきょろと辺りを見渡して言う。しかし周囲に簪の姿はない。俺も今日はまだ会っていない。
「いや、見てないな」
「そうか……」
妙だな、とラウラは首をかしげた。
ラウラ曰く、簪が訓練の集合時間に遅れたことはなく、簪ならもし遅れることになっても必ず連絡を寄こすはずだ、とのこと。俺もそう思うのだが。
簪がどこか様子が変だと言うのなら、思い当たる節はある。まず間違いなく、昨日のことだろう。ただ、それを俺がラウラに伝えてどうなる。簪が、会長が、他の人間に知られたくないと思っているのなら、俺の口からラウラに伝えることはできない。
「もう一回アリーナを探して、それでもいないなら寮まで行ってみたらどうだ? まだ少し時間があるし、道の途中で鉢合わせるかもしれない」
「そうだな、行ってみる! ありがとうお兄様!」
気にするな、と駆け出すラウラの背を見送った。元々の性根が真っ直ぐなのもあるだろうが、妹が素直にありがとうが言える子で兄は感涙しているぞ。
最近のラウラは、こんな様子でパートナーとして簪を引っ張り、見守り、背中を押している。ラウラの成長が嬉しくてたまらない俺だった。
ひそかな妹自慢の最中、コンコン、ともう一度ドアがノックされる。セシリアだな、と確信した俺は、ドアの方へと向かう。案の定、高く澄んだ声がドア越しに聞こえた。
「翔さん、入ってもよろしいですか?」
ああ、と俺が返すと、ドアが開いて、俺の今大会のパートナー――セシリア・オルコットが優雅に現れた。
「着替えは終わったのか?」
「ええ。お陰さまで」
セシリアは微笑すると、自然と俺の左隣に座った。俺の左隣……それは、親しくなってから決まったいつもの立ち位置だった。
ボディラインが強調されるISスーツだからか、普段より一割増で鼓動が早まる。前にデートして以来だろうか、セシリアが隣に座るときの間隔はとても短くなった。少し肘を動かせば、セシリアの柔らかいところに当たってしまいそうなくらいだ。
その度に緊張する俺の身にもなってもらいたいのだが、距離を離そうとするとセシリアが拗ねるので、仕方なしにこのままでいるのが最近の悩みだった。
「ついに、始まりますわね」
セシリアが呟く。俺はああ、と返した。
「覚悟はよくて?」
「な、何がだ?」
「わたくし、今日は優勝を狙いに行きますわよ」
何を当たり前のことを、と思っていたら、「優勝したときの副賞は、期待してもよろしいのでしょう?」とセシリアが意地悪っぽく笑った。試すような碧眼は、上目遣いにじっと俺を見つめていた。
……副賞か。以前、お姫様抱っこでどうのと言っていた気がする。
セシリアには感謝もしているし、気合いを入れてやってみてもいいか。
「ああ、いいかもしれないな」
「…………」
セシリアはじっと俺の横顔を見つめている。
「翔さん、どうかしましたの?」
「うん?」
「だって、元気がありませんし、どこか思いつめたようなお顔をなさっていますもの」
……参ったな。筒抜けか。
「何かお悩みがあるのでしたら、お聞きしたいですわ」
そこまでバレているなら、隠しても意味はないな。俺の負けだ。
「セシリア」
「はい」
「質問があるんだ」
「何ですの?」
セシリアの少しだけ喜色の混じった返答。ぐっと俺に迫るかのような仕草を見せるセシリアに、俺は話し出す。
「積み木の、話なんだが」
「積み木?」
「ああ。……積み木の塔があったとして、それが壊れてしまったとしよう」
イメージしてもらうのは、それこそ小さい子供が遊んだりするような、シンプルな積み木。
一つずつ丁寧に積み上げていかなければいけないのに、壊れるのは一瞬。そんな儚い積み木の塔の話だ。
「それを直そうともう一度積み重ねていたのに、ふとしたことで壊れてしまった。そんなとき、どうするべきだろう」
「……そうですわね」
セシリアは顎に手を当てるように考えている。
セシリアに何について尋ねたかは、言うまでもない。明晰なセシリアのことだ、その意味も理解しているだろう。俺は会長と簪に何をしてやれば良かったのか、分からないままだった。信じてやってきたことが、きっかけ一つで崩壊する儚さに、途方に暮れていた。セシリアに話して変わるかは分からない。ただ、今は俺のためにと言ってくれたセシリアに聞いて欲しい……そんな甘えを、肯定してみたんだ。
しばしの無言の時間が過ぎ、セシリアは凛と口を開く。
「壊れた積み木……わたくしでしたら、もう一度積み上げますわ」
「……もう一度、壊れたとしても?」
「ええ。何度でも」
セシリアはしっかりと答えた。
「壊れやすい塔ですから、ふとしたことがきっかけで壊れてしまうことがないとは言えませんわ。でもそういうものに限って、地道に積み上げる以外に高くする方法はない。だから厄介で、どうしようもなくて、ときに残酷に思えてしまう……」
でも、とセシリアがぐっと俺の左手を握る。触れた手から、彼女の手の柔らかさと熱が伝わって、俺の体温をぐっと上げる。
「――容易く壊れてしまうから、人はそれを大切にするのでしょう?」
「……!」
「大切だから、壊れないように慈しむ。積み木も、信頼も……そして、愛も。きっとみんなそうですわ」
セシリアがにっこりと笑う。
例え崩れてしまっても、地道積み上げるしかない。容易く崩れてしまうからこそ、人はそれを大切にする……か。そうだな、その通りだ。
「セシリア、ありがとう」
気づかせてくれたセシリアに一言告げた。もやが晴れたような気分だ。
そうだ、俺が弱気になってどうする。簪と会長の関係は……それこそ、積み木の塔のように崩れてもしまったのかもしれない。
だが、それをもう一度築き上げる勇気を、俺が持ってやらなければいけない。例えそれがどんなに長い道のりであろうとも、諦めてはいけないんだ。
「いいえ、礼には及びませんわ」
そう言いながらまた距離を詰めたセシリアが、上目遣いに俺を見つめる。上目遣いだと、彼女の長い睫毛と大きな蒼穹の瞳が一層強調されて、まるで吸い込まれるような感覚さえする。
セシリアは本当に俺をよく見ている。そして理解しようと、力になろうとしてくれる。訓練をしていても、セシリアはいつも俺に合わせようとしてくれるのだ。きっとそういうチームメイトを理解しようとする姿勢が、連携において一番大切なのだと、俺は信じている。
いつもセシリアには感謝している。訓練中何度か口にしたが、そのとき返ってくる言葉は――。
「わたくしは、翔さんのパートナーですもの」
セシリアは笑顔で言った。
そう、いつもこの一言だった。俺を信じ、尊重し、支えようとしてくれる。そんなセシリアだから、俺は組みたいと思ったし、組んで良かったと思うのだ。今日の試合でも、きっと頼れるパートナーでいてくれると信じて止まない。……のだが。
(――んん!?)
気がつけば、セシリアの顔がすぐ目の前にあった。その間隔、僅か数センチ。
「ちっ、近いぞ! 近すぎる!」
「いいではありませんか」
「良くない!」
必死に距離を取ろうとするも、セシリアがぐいぐい迫ってくるため一向に離れない。
組んでくれたことには感謝しているが、こういうやり取りが増えたのは勘弁願いたい!
「あ、あと手も離してくれっ! 血圧が上がるっ!」
「いやですわ」
俺が力を出せないのをいいことに、セシリアは手を離さない。譲らないのは変わらずだな!
とにかくこのままでは困る。こうして応戦している間にも俺の精神はゴリゴリと削られているのだ。
「やめろー!」
「だーめ」
「はなせー!」
「いーや」
――数分後。
「今回はこれくらいにしてあげますわ」
「……くっ」
すったもんだの末、何とか離してくれたものの、俺は息も絶え絶えの状況だった。
……こんなことで優勝できるのだろうか。非常に疑問が残るが。
「……ふふ」
「…………」
三度微笑むセシリア。散々じゃれあったあと二人きりでいる気恥ずかしさは半端ではなく、俺は思わず立ち上がった。
「す、少し外に出てくる! すぐ戻るから」
俺はそう口早に告げると、セシリアの「お待ちしていますわ」という返事が聞こえた。俺は部屋のドアのボタンを押し、廊下に出る。
「はあー……」
大きく深呼吸。落ち着け、落ち着くんだ俺よ。
そう、何はともあれ、セシリアが道を示してくれたのだ。今は少し頭を冷やそう。
「あ、翔くん」
「…………」
が、そうもいかないらしい。
「会長……」
「うん、おはよ」
生徒会長更識楯無は、ISスーツ姿でいつものように俺に笑いかけた。しかし、その表情は不自然。努めて笑顔でいようと取り繕っていた。まあ、俺に取り繕ってることを見透かされている以上、完全に取り繕えてはいないのだが。
よく見ると、会長の髪の一部が跳ねていた。何を隠そう、この人は『楯無』だ、適当に見えて身だしなみはしっかりする人だけに、こういう
「……落ち着きましたか?」
「うん、少しは。……昨日は、ありがと」
バツが悪いのか、会長は少し目をそらす。俺はいえ、とさらりと返した。
「箒は?」
「箒ちゃんなら、今ピットで調整中よ。直前でも調整したい、って言って展開装甲をチェックしてるわ」
その間私はちょっと外に出てただけなんだけど、と会長。そして見事にちょっと外に出た俺と出くわしたわけか。困った偶然である。
気持ちを落ち着かせる予定だったが、やめた。ふう、と少し息を吐いて、伝える言葉を揃えた。
「会長」
「……何?」
会長は少し身構える。
俺は昨日、この人に何も言ってやれなかった。傷ついた会長に、言うべき言葉を見つけられなかったのだ。
だが、今は違う。今は見えている。俺が今、何をすべきなのかを。
誰が悪いとかじゃない。会長の苦悩も、簪の苦悩も、布仏の願いも、俺は知っている。だから、俺は――。
「更識会長、あなたは――」
俺が言葉を紡ごうとしたそのとき。
「――ッ!?」
ドン、と地を揺るがすような轟音と悲鳴が、アリーナを揺らした。
直感的に非常事態だと判断した俺は、会長と目を見合わせる。
「何が起こったんだ……」
「分からないわ! 中で何かが――……翔くん、危ない!」
「!」
会長の声で、反射的に俺と会長はその場を飛び退く。
刹那、俺のいた場所の天井を割り、黒い金属の物体が落下してきた。パラパラと破片が舞う中、それが晴れた先に見えたのは……。
「な、何だ、これは――」
細身ながら筋肉質な印象を与えるボディ、それと対照的に肥大化した右腕、そして何よりも目をつくのは、全身を隙間なく覆う漆黒の鎧。
突如現れた黒い異物は、ゆっくりとマスクに覆われた顔を上げ、赤いセンサーを光らせた。