IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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「…………」

「…………」

 

 第一アリーナ。複数のアリーナがあるIS学園でも最大の規模を持ち、まさに学園の象徴とも言えるその場所では、愛機白式を纏った織斑一夏と、ISスーツを着た山田真耶がいた。現状、最も()()()()ペアと評判である。

 

「……え、えーっと、それでは織斑くん、よろしくお願いします」

「は、はい」

 

 ぎこちない様子の二人。教師と生徒がペアなのだから、無理からぬことではある。

 

(……どーすりゃいいんだ)

 

 一夏は悩んだ。落ち着かない。ただでさえクラスの副担任と組むことになって距離感が取りづらいのに……

 

「……おおぅ」

 

 一夏は半目に山田先生の胸部を見る。山田先生はISスーツを着ているため、いつも以上にその豊満な胸が強調されていた。正直、目のやり場に困る。

 

(……ダメだろ、これは)

 

 何故思春期真っ盛りの高校生に、こんな先生をあてがうのか。一夏はIS学園の人事担当に対する疑問を隠せない。

 

「それじゃあ、このままじっとしていても時間が勿体無いですから、始めましょうか」

「了解です……」

 

 いまいち上がらないテンションのまま、一夏は白式のPICを起動、浮遊した。

 一夏は最近、箒や鈴、シャルロットから目の敵にされていて肩身が狭い。箒は斬られたいのかと目で脅してくるし、鈴は出会い頭に「バカ!」と吠えてくるし、シャルロットに至っては「何かな、織斑くん?」とまで言い出す始末。一夏がペアの申し込みを断った挙句に、山田先生と組むことになったのが気に入らないらしい。いくら敵になったとはいえ、何もそこまでしなくても、というのが一夏の本音である。仲間たちがそんな様子だから、一夏の表情には疲れと憂いが現れていた。

 

「それでは、ターゲットを――あれ?」

 

 真耶がリモコンを片手に苦戦していた。思ったように操作できないらしい。

 

「お、織斑くん、これはどうすれば……」

「それなら、このボタンを押してから……」

「ああ、なるほど! そういうことでしたか!」

 

 算数の問題が解けた小学生ように喜ぶ真耶。見た目が幼いのもあって、本当に小学生のように見えた。

 

(大丈夫かなあ……)

 

 非常に先行きが心配である。

 程なく、操作を覚えた真耶がアリーナにターゲットを出現させた。そして真耶が教師用にカスタムされたラファール・リヴァイヴを展開すると、真耶の表情が変わった。

 

(え……!?)

 

 あまりの変化に、一夏は目を疑う。もはや別人ではないかと思えるほど、真剣な表情である。

 

「それでは、行きますよ」

「は、はいっ」

 

 真耶が飛翔し、一夏も空中へ飛び上がった。

 

『トレーニング、開始。ターゲットを全て撃墜してください』

 

 複数のターゲットは加減速を繰り返しながら、不規則に空を舞う。どこに狙いを絞ろうかと考えていた一夏だが、後ろから指示がかかった。

 

「織斑くん、三時の方向のターゲットを!」

「あ、はい!」

 

 一夏が指示通りにスラスターを吹かせ特攻すると、真耶は一夏の進路を開けるため、一夏の左右をしっかりと射撃で牽制する。一夏は《雪片弐型》を呼び出し、一気に斬りかかった。

 

「はあーっ!」

 

 ザン、と横薙ぎ一閃。ターゲットが霧散した。が、一夏の背後に、攻撃型ターゲットの砲弾が迫っていた。

 

「織斑くん、後ろです!」

「!」

 

 直後、後方から放たれたそれに対し、一夏は振り向き様に刀を合わせた。《雪片弐型》に両断された砲弾が爆散する。

 

「あ、危ねえ……!」

 

 真耶の警告が無ければ、直撃だった。

 真耶はその攻撃型ターゲットを反撃で即座に撃ち抜き、一夏の安全を確保した。

 

「次を!」

「二機撃墜です! 三時の方向のターゲットはお願いします!」

「織斑くん、後方へ!」

 

 一夏を自在に操って、真耶は着実にターゲットの数を減らしていく。

 

(す、すげえ……!)

 

 荷電粒子砲でターゲットを撃ち抜きながら、一夏は感嘆していた。

 的確な指示、広い視野、精密な狙撃。どれもが代表候補生のレベルを遥かに凌駕していた。普段おろおろしている山田先生からは考えられない。

 

「――ラスト!」

 

 真耶がロングレンジライフルで最後のターゲットを撃ち抜き、訓練が終了した。

 

「ふう、まあこんなものですか……」

 

 スコアを見て、真耶はまずまずという感想。あれでもまだ絶好調ではないようだ。しかも、真耶にはハンデとして様々な制限が課せられている。

 

「織斑くん、すごく良かったですよ」

「ど、どうも」

 

 地上に降り立った真耶はラファール・リヴァイヴを解除した。

 

「あ、わわっ!?」

 

 直後、麻耶は何もない場所で転ぶ。

 

「ちょ、山田先生! 大丈夫ですか」

「あいたたた……ドジですみません」

 

 その豊かな胸部をゆさゆさと揺らしながら、赤くなって苦笑する真耶には、ISを操っていたときの風格は無い。しかし……

 

(俺、入学試験でこの人に勝てたの、ほんとにまぐれだったんだな……)

 

 そう思わずにはいられない一夏だった。

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 一方の、第二アリーナ。高い金属音が響き低い砲撃音が唸る中、ラウラと簪は、打鉄二機を相手に訓練中であった。

 

「そこだ、簪!」

「うんっ」

 

 ラウラがワイヤーブレードで無理矢理開けた射線に、『打鉄弐式』の荷電粒子砲《春雷(しゅんらい)》が火を吹く。狙い澄まされた砲撃は打鉄一機に直撃し、それを戦闘不能にする。

 

「よし、一気に突っ込むぞ!」

「了解。援護する……!」

 

 ラウラが特攻したのに合わせ、簪は背中のミサイルポッド《山嵐(やまあらし)》を展開した。簪の眼鏡型ディスプレイに、複雑な文字と図が浮かび上がる。

 

「敵機、ロックオン……攻撃開始……!」

 

 簪の合図に反応し、ドドドドド、と多数のミサイルが発射される。八連装のミサイルポッドから各六つ、放たれた四八発の大型ミサイルは、まるで意思があるかのように、打鉄に迫る。

 

「こっちも、やられっ放しはごめんよ!」

 

 だが相手もIS学園生。そう簡単には沈まない。女生徒は華麗なロールターンで半数ほどのミサイルを回避、残った避けれないものは腕部小型バルカン砲で迎撃し、それでも残ったミサイルを肩の物理シールドで受け止めた。

 打鉄は防御力に優れた機体。数発のミサイル程度なら、難なく受け止めることができる。

 

「どうよ!」

「――いや、終わりだ!」

 

 だが、その眼前にはラウラが迫っていた。ラウラは全ワイヤーブレード、両手のプラズマ手刀を展開し、怒涛の連続突きを見舞う。

 

「きゃああああー!?」

 

 ラウラの渾身の連撃が決まり、試合終了のブザーが鳴った。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「いやー、強いわね、二人!」

「そうそう! 私たち、なす術も無くやられたって感じ!」

 

 試合終了後、相手をしてくれた生徒二人を交えてのミーティング。打鉄を使っていた二人は、各々に感想を漏らした。

 二人の生徒は一年一組の生徒で、ラウラが対戦相手を募ると進んで手を挙げてくれた。良い経験になるからということだったが、組んで間もないラウラたちにとっては非常にありがたかった。

 

「ふん、当然だ。私がいるのだからな。あの程度の防御で守りきれるなどという考えが甘い」

「う、手厳しい意見……」

 

 勝ち誇るラウラだが、この絶対の自信は、実力あってのもの。学年総合戦績二位の実力は伊達ではない。

 その傍で、もう一人の女生徒が簪の手を握った。

 

「更識さん。さっきの試合、良かったよ」

「……あ、ありがとう」

「本当のこと言うとね、更識さんとラウラって、話してるところを見たこと無かったし、どうなるんだろうって思ってたの。でも、今日試合してみて、全然そんなことないって思ったよ」

 

 女生徒はにこっと笑った。

 

「私、これから応援するから! がんばってね!」

「う、うん……」

 

 人見知りな簪は、控えめに頷く。それに満足した一組の女の子は、ラウラと話していたもう一人を誘ってピットから出た。

 

「じゃあ、がんばってね! ラウラ、更識さん!」

 

 そう言い残し、二人は廊下を歩いて行った。

 

「うむ! 助かったぞ!」

「…………」

 

 ラウラが強く言うのと対照的に、無言で二人の去っていた方を見つめる簪。良かったよと言ってもらったが、褒められてもその表情は明るくなかった。

 

「どうした、簪」

「……ラウラ」

「何だ?」

「……ごめんなさい。私、何もできてない」

「そんなことはない。的確な援護だったぞ」

 

 ラウラは嘘を言わない。思ったことはしっかり言うので、ラウラの評価は本心である。しかし簪は、先ほどの試合データの一点を見つめていた。

 

「でも、私の与えたダメージは……」

「……ああ、そのことか」

 

 ラウラは簪の悩みの内容を理解した。

 先ほどの試合における与ダメージ比率、すなわちラウラと簪の、どれだけ相手のシールドエネルギーを削ったかの比率は、ラウラが約七〇パーセントに対し、簪が約三〇パーセント。つまり、さっきの試合ではラウラがダメージの大半を与えていることになる。

 

「それなら気にするな。その機体はまだ稼働時間が短い。思ったように動かんだろう」

「…………」

 

 簪は押し黙り、クリスタルの指輪をじっと見つめる。

 打鉄弐式。簪の、そして制作チームの想いが詰まった機体。簪はその機体を使いこなせない自分に苛立つ。

 

「その機体を完成させるのには、お兄様や黛が手を貸してくれたのだろう?」

「うん。だから、悔しいの……」

 

 簪はぎゅ、と唇を噛みしめた。こんなようでは、制作チームのみんなに示しがつかない。あれだけ苦労して完成させたというのに……。

 

「そんな辛気臭い顔をするな。今は思うようにならなくても、お前が扱いに慣れれば、すぐに結果はついてくる」

 

 ラウラは簪の背中をぽんと叩く。

 

「――だから、それまでは私に前を預けろ」

 

 ラウラの小柄な体から、力強い言葉が発せられる。ラウラの言葉は、常に断定形である。多分、かもといった消極的な言葉は出てこない。それはラウラが、自分で口に出したことは実現できると本気で信じているから。

 絶対の自信。それこそがラウラの個性であり、魅力であり、強さである。

 

「いいな?」

「……うん」

 

 ラウラに導かれるように簪が頷き、ラウラもよし、と満足気に頷く。

 

「地道にやるしかないぞ。近道は無いのだからな!」

 

 胡座をかいて座っていたラウラはすっと機敏に立ち上がり、簪を立ち上がらせる。

 

「さあ、訓練を再開するぞ!」

 

 ラウラが黒のレッグバンドからシュヴァルツェア・レーゲンを解き放った。PICを作動させ、ラウラはピットからアリーナへ飛び出す。簪も打鉄弐式を展開、ラウラに追従した。

 ラウラの後ろを飛びながら、簪は思う。紛れもなく、ラウラは翔の妹である、と。少し強引に、だがしっかりと誰かを導いて行く後姿には、確かな翔の面影を感じる。顔も似てない、苗字も違う、国籍さえも違う。それなのに、翔とラウラは本当の兄妹のよう。

 それに比べて、自分は何だ。血の繋がった実の姉とさえ、逃げているばかりで、向き合えていないのではないか?

 

(違う……! 私は、逃げない……!)

 

 簪は慌てて考えたことを否定した。そんな弱虫な自分とは、決別したはずだ。もう姉と遭遇して目をそらすような弱虫ではない。そう必死に言い聞かせる簪だが、姉のことを考えると、あの感情が湧き上がってしまった。

 姉さんと私は違う。同じ血を分けた姉妹なのに、性格も、スタイルも、能力も何もかも違う。期待され愛される姉と、失望され疎まれる簪。あの人と私は、違う人間なのだ……そんな、どうしようもない劣等感。

 たとえ、翔が手を差し伸べてくれても。姉が挨拶をしてくれても。簪が他人のふりをしなくなっても。この劣等感だけは、どうしても消えない。

 

「簪、フォーメーションAの確認からだ」

「…………」

「……どうした?」

「う、ううん、何でも、ない……」

 

 簪は慌てて頭を振った。今は考えている場合ではない。目の前に集中しなければ。

 目の前の空間にターゲットが出現する。ラウラがレール砲のセーフティを解除したと同時に、簪も荷電粒子砲を構えた。

 

「行くぞ!」

「うん!」

 

 二人が同時にトリガーを引き、黒と水色の火砲が唸る。

 美しく、頼もしいパートナーの先導。ラウラの後姿は、この人とならできそうな気がする、と思わせるだけの何かがあった。

 

(でも……)

 

 ラウラの砲弾が、ターゲットを貫く。照り輝く銀の髪を揺らし、ラウラは空を舞う。

 輝かしい。ラウラも、セシリアも、翔もそう。存在そのものが、輝いて見える。――あの人と、一緒。

 

(――きっと私は、ああいう風になれない……)

 

 眩しい背中。それは、自分とは違う証。


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