IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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 俺たち一年専用機持ちの面々は、タッグトーナメントに向け、ペア決めの最終段階に入っていた。

 締め切りまでもう何日もないというのに、既に決まったペアは箒と会長のペア、及び二年生と三年生のペアの二組のみ。遅すぎる、と織斑先生からお小言を頂く毎日を過ごしていた。そんな中――

 

「お兄様!」

「翔さん!」

 

 バンッと目の前に二枚の「ペア申請書」と書かれた紙が叩きつけられる。

 

「私と組んでくれっ!」

「わたくしとペアになってくださいな!」

 

 ……ああ、そうだ、最近流行りのSNSとやらでは、こういう状況はこう言うのだろう。

 ――「修羅場なう」、と。

 申請書を挟んで睨み合うセシリアとラウラを見て、俺はそんなどうでもいいようなことを考えていた。朝教室に入って机に座るなり、これだ。息つく暇すら与えてくれないらしい。

 

「ラウラさん! まだそんなことをおっしゃりますのね! あなた、一夏さんからお誘いを受けているのでしょう!?」

 

 セシリアがビシッと厳しく指摘した。

 そう、ラウラは今、一夏からペアの誘いを受けている。一夏はシャルロットと組みたいとも言っていたが、それだと鈴音が黙っていないはずなので、バランスを取った結果、ラウラという結論に至ったようだ。しかし、ラウラは俺と組みたいと言って聞かない。ということで、一夏への返事は保留中である。

 

「嫌だ! 私はお兄様がいい!」

 

 子供のようなことを言い、ラウラはぎゅーっと後ろから俺に抱きつく。甘えて俺の気を引こうとしているのだろう。その手には乗らんぞ。

 

「あああー!? またそうやって抱きついて! 離れなさい!」

 

 セシリアがラウラの体を掴んだ。ラウラは離れまいとさらにきつく俺に抱きつく。

 

「――む、ぐっ!?」

 

 同時に、俺の首が締まる。

 

「強情な……! 離れなさい!」

「い・や・だっ!」

 

 引っぺがそうとするセシリア、しがみつくラウラ。どちらも必死だが、一番きついのは、ラウラに締められている俺であることに二人は気付かない。

 ま、待て、ダメだ。首が圧迫されて冗談抜きに呼吸できない。お、堕ちる――。

 

「ちょ、ちょっと、二人ともストップ! 翔が死んじゃう!」

「「……あ」」

 

 間一髪でシャルロットが止めに入ってくれた。ラウラから解放された俺は、十数秒ぶりの空気を味わう。

 

「はぁ、はぁっ……! た、助かった……」

「翔、大丈夫?」

「あ、ああ、何とかな」

「よかった。……ラウラ、セシリア」

 

 低い声でシャルロットが呼ぶと、主犯二人はぎくりと体を震わせた。シャルロットは腰に手を当てて、二人を諭した。

 

「ダメだよ、あんなことしたら。二人が暴れて困るのは、翔なんだからね」

「う、うむ……」

「はい……」

 

 しゅん、と反省した様子の二人。一通り言い終えた後、シャルロットは俺に向き直って微笑んだ。

 ああ、シャルロット、お前は女神か何かか……?

 感激していた俺だが、その笑顔の後ろに何か黒いものを垣間見てしまった。

 ――『分かってる』よね?

 

「…………」

 

 ああ、なるほどな。俺がラウラと組めば一夏はシャルロットと組みたいと言い出すはずだから、俺はセシリアと組むな、と。残念ながら、あの慈愛に満ちた笑顔は、暗に俺を脅迫する狡猾な罠であったようだ。

 げんなりした俺は、視線をシャルロットから、席に戻って教科書を出すセシリアに移した。特に何の理由も無い。セシリアは、自分を見つめる俺に、首を傾げた。

 

「どうかしましたの?」

「……いや、何でもない」

 

 シャルロットには悪いが、俺の心は既に決まっている。――俺は、セシリアと組みたい。入学して仲良くなってから、ずっとそう思っていた。セシリアとなら、やれる気がする。

 だからこそ、色々とすべきことがある。俺はすっと自分の席を立ち、奥にいる箒の横へ行った。

 

「箒」

「ん? どうした、翔?」

 

 箒はいつものように武士然している。箒は既に会長とペアを組むことが決まっていて、もう特訓を始めているそうだ。会長にはいつかの勝負の借りがあるので雪辱を果たしたいところであるが、それはさておき。

 

「すまないが、頼みがある」

「頼み?」

 

 俺はそうだ、と答え、箒に耳打ちした。

 

「昼休みが始まってすぐ、一〇分でいいからラウラを食堂へ連れ出してくれないか?」

「それは構わないが……何故だ?」

「次のトーナメントのペアのことでな」

「……なるほど」

 

 呆れたように言う箒。大体の事情は察してくれたようだ。

 とりあえずラウラを引き離さないことにはセシリアにペアを申し込めない。絶対に妨害される。だから誰かに頼んで連れ出してもらおうという算段なのだが、これは箒に頼むのが無難だ。箒ならもうペアを決めているし、ラウラを連れて行っても問題ないからである。

 

「……そうか、お前はセシリアと組みたいわけだな」

 

 口調がきつい上に、眉間にしわが。箒は何故か不機嫌になった。俺がセシリアと組むのがそんなに嫌なのだろうか。

 もっとあっさり了承してくれると思っていただけに、驚きを隠せない。とにかく作戦変更だ。

 

「確か食堂で新しいデザートの抹茶プリンが出たはずだ。それをおごるからとでも言えば絶対についてくる。勿論、金は俺が出す」

 

 俺は財布から二人分の小銭を取り出し、箒に渡した。言うまでもなく、ラウラと箒の分。数を数え、多いぞと言いかける箒の唇に手を当てて、口を塞いだ。

 

「これは依頼料だ。受け取れ」

「い、いや、しかし……」

「……あと、今度のホテルのディナーの件も、一夏に言っておいてやる」

「!」

 

 最後に少し色をつけてみたら、それで箒の目の色が変わった。これはいける。意外に金よりもこっちが効いたらしい。

 

「任せろ。ラウラは何としても連れ出してやる」

 

 箒は目をキラキラさせて親指を立てた。よし、任務完了。

 さっきのは俗に言う賄賂というやつだが、まあ必要な出費だ、仕方ない。……卑怯? 何を言う。物事を円滑に進めるためには、清濁併せ呑むことも必要だ。

 

「あ、そうだ、翔」

 

 箒が思い出したように言う。

 

「この前のディナーの券、翔はどうするんだ?」

「どうする、というのは?」

「いや、まさか無駄にするとは思えないし、かと言って一人で行くというのも……」

 

 ああ、そのことか。道理で申し訳なさそうに言うわけだ。つまり、俺を除け者にして一夏と二人で行くけれどいいのか、と?

 

「それなら心配するな。黛記者に我儘を言って、二人分にしてもらった」

「……誰と行くんだ? セシリアか? ラウラか?」

「違う」

「鈴か?」

「違う」

「……じゃあ、誰なんだ?」

 

 俺はニヤリと笑って答えてやった。

 

「……秘密だ」

「なっ!?」

 

 眉を釣り上げ、箒は俺に詰め寄る。

 

「お、教えくれてもいいだろう! 誰と行く!」

「自分で考えろ」

「分かるか!」

 

 そんなことは無い。少し考えれば分かる。セシリアでもラウラでもない、他の専用機持ちでもないなら、答えは一つに決まっているだろう。……『あいつ』だ。

 なおも食い下がる箒を適当にいなしつつ、時計で時刻を確認した。もうそろそろ先生が来る。

 

「翔! 聞いているのか!」

「おっと、そろそろ時間だ。授業だから席に戻らないとな」

「あ、待て、逃げるな翔! 翔ー!」

 

 聞く耳持たず。さっさと撤収した俺は、教科書を広げた。

 ……そもそも、何故箒が俺のディナーの相手を気にするのだろう。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 ――キーンコーンカーンコーン。

 

「これで今日の授業は終了だ。来週までに機動と状況把握に関するレポートを提出するように」

 

 織斑先生の話が終わり、今日も滞りなく四限が終了した。これから昼休みに入る。

 織斑先生が教室を出た瞬間、俺は箒とアイコンタクトした。お互いに頷き合う。

 

「ラウラ!」

「ん? どうした?」

 

 箒が行動を開始した。まるで面を打つかのような勇み声だ。相当やる気なように見える。先ほど俺と口論(?)があったが、それとこれとは話が別ということだろう。それほど一夏とディナーに行きたいということか。凄まじいまでの執念である。

 

「食堂の新しいデザートを食べに行かないか?」

 

 箒は手筈通りの口上でラウラを誘った。

 

「ほう、例の抹茶プリンを食べに行くのか。あれは絶品と聞いているが」

「ああ。ついてきてくれるのなら、私が奢ろう」

「何っ!?」

 

 がたっと立ち上がり、ラウラがキラキラ目を輝かせる。行こう、と歩き出した箒に、ラウラはとことこついて行った。

 よし、かかった――と思ったのだが、数歩進んだラウラは「待て」と立ち止まる。

 

「……嫌な予感がする」

 

 ――ちっ、妙に勘が良い。面倒な。

 

「気のせいだ。ほら、行こう!」

「ま、待て箒! 私はまだ行くと決めたわけでは……」

「なら、仕方ない。ついて来ないなら、私だけで食べることになるな」

 

 いささか強引な手だが、箒、ナイスプレーだ。

 

「う、うぅー……」

 

 逡巡するラウラ。

 

「……行く」

 

 大好きなお菓子の誘惑には抗えなかったようだ。迷った末、ラウラは頷いた。

 

「よし! 行こう!」

 

 ラウラの返答を聞くなり、箒はラウラを連れて教室から出て行く。去り際に、ラウラが心配そうに俺の方を見ていたのは、気のせいではあるまい。少しだけ、申し訳ない気持ちが芽生えた。

 ……すまないな、ラウラ。だが俺は、自分の心に嘘をつきたくないんだ。

 

「セシリア」

「はい?」

 

 だから、早くやることはやってしまおう。あれこれ言う前にセシリアの手を握り、立ち上がらせる。

 

「ひゃっ……!?」

 

 手を握った瞬間、全身の血液が沸騰した。セシリアは突然のことで状況が把握できていない。だがそれも関係ない。

 

「セ、セシリア、来てくれ!」

「え、そんな急に――きゃっ!」

 

 とにかく、人のいないところへ。セシリアの手を引いて、教室から飛び出した。

 

「あー!? 天羽くんとオルコットさんが駆け落ちしてるー!」

「えー、嘘!?」

 

 後ろから聞こえてくるクラスメイトの声も、気にしない。今はただ、誰にも邪魔されない場所へ行きたかった。教室、廊下、階段、それらを通り過ぎて辿り着いたのは、中庭のベンチ。ここなら今は誰もいない。

 セシリアの手を握っていたから、心臓がうるさい。手を放し、深呼吸して暴れる心臓を鎮めた。

 

「もう、びっくりしましたわ。いきなり連れ出すんですもの……」

 

 セシリアが非難するように言う。その頬が赤いのは、走ったせいか、それとも俺が手を握っていたからか。加えて、出て行くときに掴んでしまった手首が赤くなっていた。肌が白いものだから、余計にそれが目立つ。

 正直、反省している。

 

「……急に連れ出してすまない。ペアのことでな」

 

 セシリアの顔に驚きの色が現れた。すうっと深呼吸した後、真っ直ぐセシリアに正対して、彼女の澄んだ碧眼に俺を写す。

 勿論、セシリアの答えは分かっている。それでも、しっかり言いたい。

 

「今度のタッグトーナメント……俺とペアを組んで出場して欲しい」

「え……」

 

 意外だったのだろう。セシリアはきょとんとして固まった。

 

「あ、あの、もしや、それを言うために……?」

 

 それから、絞り出すようにセシリアが尋ねた。

 

「ああ。教室では、邪魔が入りそうだったからな」

 

 例えラウラを連れ出しても、シャルロットには確実に邪魔されていただろう。

 

「ふふ、そういうことでしたのね」

 

 突然、セシリアはくすくすと笑い始める。

 

「な、何故笑う?」

「だって、わざわざ自分から言うためにこんなことまでするんですもの。こっそり言ってくださればよかったのに」

 

 律儀を通り越して、二度手間ですわ。セシリアは余程おかしかったのか、しばらく笑ったままだった。

 確かに、セシリアの言う通りこっそりやればよかった。あれでは変な誤解が生まれて文句は言えない。連れ出すことしか思いつかなかった俺が馬鹿らしく思えてくる。……いや、馬鹿なのか。

 

「……それで、返事は?」

 

 ひとしきり笑われたあと、急かすように言った。これ以上笑われてはたまらない。

 俺の問いに、セシリアはにこりと笑顔を見せる。

 

「はい、喜んで」

 

 それはまるで、花が咲くような、眩しい笑顔で。俺の心臓がどくんと跳ねた。

 

「あ、ああ。よろしく、頼む……」

 

 絶対にオーケーだと分かっていたのに、無事受けてもらえて安心し、喜んでいる自分がいる。途端にセシリアの視線が照れ臭くなって、明後日の方を向き頭をかいた。

 と、とにかく、これでペアは何とかなった。他のペアも、今日中には決まるだろう。

 

「あとはラウラの説得だけか」

「それはきっと大丈夫ですわ。それより――」

 

 セシリアが俺の肩を指差す。

 

「翔さん、肩にごみがついていますわよ」

「ん、そうか?」

 

 肩を見るが、どこにあるか分からない。

 

「どこにある? 見当たらないが……」

「ここですわ」

 

 セシリアはそれを取ろうと近くに寄ってきて――

 

「――ッッッ!?」

 

 あろうことか、俺に抱きついた。

 

「ふふ、隙あり、ですわ」

「あ、あ……!?」

「ごみがついているなんて、う・そ」

 

 悪戯を成功させた子供のように、セシリアは嬉しそうに笑った。腕がぎゅっと背に回され、同時に、柔らかい感触が胸板に押し付けられた。

 どうもこの辺りから、記憶が怪しい。

 

「わたくし、嬉しいですわ。翔さんと一緒に大会に出れるなんて」

 

 覚えているのは、自分の体が言うことを聞かず、脚がガクガク震えていたこと。

 

「絶対に優勝しましょう? わたくしたちにならできますわ」

 

 胸の感触がやたらと柔らかかったこと。

 

「それと、先ほどは笑ってしまいましたけれど……教室から連れ出してくれたとき、本当の王子様のようで、格好良かった……」

 

 セシリアがぽーっと顔を赤らめていたこと。

 ――ああ、あともう一つ。

 

「翔さん……好き」

 

 セシリアが、そう小声で囁いたこと。

 

「……え?」

 

 ここから先、俺の記憶は無い。

 

「か、翔さん!?」


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