IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

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大変お待たせしました。本日より二章開始です。投稿時刻は以前と同じく零時です。


第二章 アタック・フロム・チャイナ
1


「というわけで、一年一組のクラス代表は、織斑一夏君に決定です」

 

 クラス代表決定戦の翌日のSHRで、副担任の山田先生が発表した。クラスメイトたちがパチパチ、と手を叩く。

 

「先生、質問です」

 

 しっかり手を挙げて発言する一夏。素晴らしい心がけだ。

 

「はい、織斑君」

「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になっているんでしょうか?」

「それは俺が辞退したからだ」

 

 一夏の質問には俺が答えた。

 

「勝負はお前の負けだが、それは考えてもみれば同然のことだ。かたや篠ノ之束の弟子、かたやIS操縦の初心者だったんだからな」

 

 人の価値はIS操縦の実力だけでは測れない。実力はあっても、俺はコミュニケーションを取るのが苦手。対して一夏は気さくでクラスメイトの意見を聞くのに向いている。

 と、あれやこれやといかにもそれらしい理由を並べ立てる。一切嘘は言っていないがな。

 

「それで、昨日セシリアとも話し合った結果、お前にクラス代表を譲ることにした」

「はあ!?」

 

 一夏はセシリアの方を見る。セシリアはにこっと笑って言う。

 

「それは本当のことですわ。ちゃんと翔さんと決めましたから」

 

 昨日から友達になった俺とセシリアは、「翔さん」「セシリア」とお互いに名前で呼び合うようになった。クラスメイトは急に仲良くなった俺たちに戸惑っていたが、まあ今回の件はアレである、所謂雨降って地固まる的なヤツである。

 

「――って、翔! お前結局面倒なことが嫌だっただけじゃないのか!?」

 

 ほう、良く分かっているじゃないか、一夏。流石は俺の幼馴染だ。などと感心していると、担任の織斑先生が一夏を出席簿で斬り捨てた。

 

「うるさいぞ織斑。敗者が四の五のほざくな」 

 

 痛みに悶絶する一夏には同情を禁じえないが、俺が原因なので何も言えなかった。

 

「クラス代表は織斑一夏、異存は無いな?」

 

 織斑先生の言葉に、クラスメイト一同返事をした。一夏は机に突っ伏した。

 悪かったと思っているぞ? 本当だ。

 

「――で、一夏」

 

 さて、これから本題に入ろう。

 

「何だよ……?」

「来週に、クラス対抗戦(リーグマッチ)があるだろう?」

「……ああー、そんなこと言ってたっけか」

「これから一組の代表として、当然ながら優勝を目指してもらう。そのために、お前に俺がISの操縦を指導することにした」

「へ?」

 

 一夏に絶対的に足りないのは、知識と経験だ。非常にピーキーな性能の一夏の白式だが、運用法次第では最強のISと成りうるだけの性能がある。

 

「わたくしも一緒に参加いたしますわ」

 

 セシリアの本人の強い要望もあって、今回の指導にはセシリアも協力してくれることになった。どうやら一夏の相手をしてくれるらしい。

 

「……ちょっと待て」

 

 箒が異議を唱えた。

 

「生憎だが、一夏の教官は足りていている。私が直接頼まれたからな」

 

 箒の言葉では「私が」が異常に強調されていた。独占欲が丸出しである。

 

「翔は分かる。翔は強い。だがセシリア・オルコット、お前は必要ない」

 

 えらく買っていただいているようだ。なんとも光栄なことである。

 箒の発言に対し、セシリアは涼しげな顔で答えた。

 

「あら、ISランクCの篠ノ之さん、Aのわたくしに何の用ですの?」

「ら、ランクは関係ないっ!」 

「箒ってCランクだったのか……」

「だから、ランクは関係ないと言っている!」

 

 ムキになって言い返す箒。

 ISランクは、操縦者の能力を簡単にランク付けしたもの。専用機持ちの場合は専用機、非専用機持ちの場合は訓練機に搭乗して計測される。所詮は目安でしかないので、気にするほどことでもないと思うが。

 

「箒、セシリアの協力はありがたいぞ」

「な、何故だ翔っ!?」

「セシリアのブルー・ティアーズは中距離射撃型。一夏の白式はこういうタイプが苦手だ。クラス対抗戦(リーグマッチ)ではセシリアと似たタイプが出てくるかも分からない。だったらセシリアに相手をしてもらうのは良いことだと思わないか?」

 

 セシリアみたいな射撃型のタイプは今のところ周囲にはいない。

 一夏がこのようなタイプを苦手とするのは、白式に射撃武装がないから、という理由に尽きる。本来ISというのは射撃用の武装、格闘用の武装どちらも一つは持っているのが基本だ。にも関わらず、白式の武装は格闘用のブレード、《雪片弐型》のみである。武器がこれしか無い以上、一夏は接近しないことには何もできないことになる。最悪何もできずに封殺される可能性もある。だから、これからは接近するための技術の数々を仕込むつもりだ。セシリアはその絶好の相手だ。

 ちなみに、俺の蒼炎は残念ながら中距離射撃戦は専門外である。俺の射撃武器は《荒鷲》のライフルモードのみだし、セシリアの《スターライトmkⅢ》ほど射程は長くない。《飛燕》も中~近距離向けの武装だ。そもそも蒼炎は、近接格闘戦を主眼に置きつつ、どのレンジでも一定以上の性能を発揮できるように設計されている。射撃戦は不可能ではないものの、得意でもないわけだ。 

 

「……翔がそう言うなら……」

 

 箒はしぶしぶ納得した。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

 放課後。

 授業が終わった俺たちは、約束通り一夏との訓練に臨んでいた。現在、一夏とセシリアが模擬戦を行っている最中である。

 

「うおおおおおっ!」

 

 一夏がセシリアに接近を試みるものの、隙の無いビットの射撃に阻まれ、近づくことが出来ない。

 

「そうやって真っ直ぐ突っ込んでくるだけでは、相手の懐に入ることなどできませんわよ」

 

 セシリアの《スターライトmkⅢ》のレーザーが白式の装甲を穿ち、シールドエネルギーをどんどん削っていく。

 面白いように一夏がレーザーに当たっているのは、一夏の回避が下手なわけではなく、セシリアの誘導がうまいからだ。ビットによって相手を動かし、ライフルの射線へと追い込んでいく。

 

「く、くそっ、強え……!」

 

 流石は代表候補生。俺が昨日指摘した点はある程度改善されている。ビット使用中の隙はまだどうしようもないだろうが、ビットの使い方は昨日より確実に上手くなっている。一夏にはまだ厳しい相手か。

 ちなみに、昨日俺との戦闘で損傷を受けたはずのセシリアのブルー・ティアーズは、試合前に俺が完璧に直した。予備のパーツはまだまだあったから、後は損傷したパーツを組み替えるだけだった。俺には容易い作業だ。束と生活していたので、ISの整備、修理などの作業もお茶の子さいさい、お手の物である。一時間で済ませた。もはや整備科に入るのもアリかと思ってしまった。

 ISをいじるのは昔から好きだったりする。その上ISを操縦することができた奇跡。こればかりは神様に感謝すべきかもしれない。

 

「俺が破壊したんだ、ちゃんと責任はとるさ」

「せ、せ、責任ッ!?」

「安心してくれ。完璧に直す」

 

 俺がブルー・ティアーズの修理を名乗り出たときに、こんな会話が俺とセシリアの間で交わされたことを追記しておこう。

 

「…………」

 

 箒は一夏の戦いぶりを見ながら、しかめっ面をしていた。一夏がいいようにされているのが腹立たしいのだろう。

 

「ええいっ、何をしている一夏っ! 早く近づいてズバッといってしまえ!」

「んなこと言われても……!」

 

 箒、それは無茶な要求だと思う。そもそも、一夏の場合それができたら勝ちだ。簡単にできたら苦労はしない。

 射撃に翻弄され、一夏は防戦一方。やられるのも時間の問題だろう。

 そしてついに白式のシールドエネルギーがゼロになり、セシリアの勝利が決まった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「ほんと、すげえなセシリア。何にもできなかった」

「ふふふ、当然ですわ」

 

 試合後、一夏がセシリアに話しかけていた。セシリアも思うところがあるらしく、一夏に意見した。

 

「一夏さんがまず最初にすることは、我慢することですわね」

「俺も同意見だ」

 

 セシリアの言葉に俺が乗っかる。

 

「我慢?」

「そうだ。がむしゃらに突っ込んだところで、いなされるだけだぞ? ちゃんと攻めるタイミングとやり方というものがある」

 

 先ほどの試合の一夏の敗因は、勝負の仕方、すなわち押し引きがまだ下手なことにあった。確かに白式はスペックが高いし、接近しなければ何もできないのは事実だが、それに焦れて無理に突っ込んだところで蜂の巣になるだけだ。押せ押せで勝てるほど、甘いものではないのだ。

 

「白式の武装は《雪片》のみだ。ブルー・ティアーズのような射撃型の相手と戦ってジリ貧になっても、ある程度は耐える必要がある。お前が痺れを切らして被弾覚悟で特攻したところで、まぐれが起こるとは限らないからな。さっきみたいなのがいい例だ」

「うぐっ」

 

 一夏がうめく。厳しいようだが、話はここから。

 

「だから、逆に耐えろ。耐えて耐えて、逆に相手が痺れを切らしたら、そのときが勝負だ。一瞬のスピードでもって急接近、そして『零落白夜』の一撃で確実に落とす。つまり、『一撃必殺』。これがお前の理想の戦術だ」

「おお……!」

 

 感動する一夏。当然だ。無駄に格好良く言ったのだから。

 

「俺との試合は俺が剣一本で戦ったからどうにかなったが、普通相手は多種多様な武装を使ってくる。接近できないような相手もいるだろうから、そこは気をつけておけ」

「そうだな。サンキュー翔! セシリアも、ありがとうな」

 

 一夏は笑顔で言った。

 

「いえ、礼には及びませんわ」

 

 セシリアも笑って言った。セシリアは昨日までと違って非常に物腰が柔らかくなった。もしかしたら、今までセシリアは仮面を被っていたのだろうかと今日の彼女の姿を見て思った。彼女の本当の姿はむしろ、こっちなのかもしれない。

 さて、それはさておき。次は代表候補生らしいところを見せられて満足そうにしているセシリアに一言言ってやらねばならない。

 

「次はセシリアだな」

「え? わ、わたくしですか?」

 

 ああ、と頷く俺。俺との試合のときは言わなかったが、もう一つセシリアには決定的弱点がある。

 

「セシリア、一度ISを展開してみてくれ」

「構いませんけれど……」

 

 セシリアがブルー・ティアーズの待機形態であるイヤーカフスにイメージを投射させると、すぐにセシリアの体がISを纏う。主武装の《スターライトmkⅢ》はもうすでにマガジンもセットされていて、セーフティも外されている。合わせて一秒弱。良いタイムだ。

 

「じゃあ次だ。次は格闘用の武装を展開してみてくれ」

「え?」

「いいから。やってみてくれ」

 

 俺に促され、セシリアは格闘用の武装の展開を試みるが、イメージがまとまらないのか、武装は像を結ばず、光がまばらに漂うだけである。

 

「く……っ!?」

 

 ISの展開から武装の展開までは一秒かからずと早かったのに対し、今は二秒以上経っても展開できない。

 

「……ああっ、もうっ! 《インターセプター》!」

 

 武装の名前を叫んでようやくブルー・ティアーズの格闘用ブレード、《インターセプター》が展開された。

 ちなみにだが、武装の名前を呼んで展開するのは、イメージの固まらない初心者が使うやり方だ。エリートたる代表候補生にとって、これは屈辱だろう。

 

「分かっただろう? これがセシリアの弱点だ」

 

 セシリアの弱点、それは格闘用の武装の展開が遅い、つまり近接戦闘への対応が遅いことだ。セシリアの戦術を顧みるに、今まで懐まで潜られることは無かったのだろうと推測する。使わない格闘用の武装の展開はあまり訓練していなかったと考えても、不思議ではない。

 試合のとき、セシリアが一度俺に接近された際に格闘用の武装を展開しようとしなかったことに疑問を持った。普通ならそこで格闘用の武装を展開し、接近戦を行いつつ相手との距離を遠ざけるのが基本だが、セシリアはそれをしなかった……いや、できなかったのではないか、と俺は仮説を立てた。案の定、セシリアは《インターセプター》の展開に時間がかかっている。

 

「そ、それは問題ありませんわ! 実戦では接近を許すことなど――っ!」

「本当にそうか? 昨日の試合で、俺に思いきり接近を許したのは誰だ?」

「うっ」

 

 言葉につまるセシリア。まあ、あれは俺がビットを全て破壊したうえで、《飛燕》を使ったからというのもあるだろうが。

 

「それに、万が一にでも接近を許してみろ。それこそ一夏みたいな一撃の重い相手だったら、一度のミスで即負けだ。そうなってしまっては遅い」

 

 実戦に「必ず」は無い。何が起こるかわからない以上、セシリアは接近戦の対応力も上げるべきである。

 

「はい、分かりましたわ……」

 

 セシリアはしょぼんとうなだれた。これで問題点は分かったようだし、セシリアはこんなものでいいだろう。

 

「それでだ、一夏」

「ん?」

 

 俺は箒と話していた一夏を呼んだ。

 

「これからお前に、必殺技を教えてやる」

「ほ、ほんとか!?」

「ああ。その名も、瞬時加速(イグニッション・ブースト)だ」

「い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)……?」

 

 ポカンとする一夏を見て、俺はニヤリと笑った。

 これから数日間、俺は一夏に全力で必殺技を叩き込んだのだった。

 

 

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

 

「~♪」

 

 鼻歌を歌いながら、セシリアは寮への道を歩いている。

 

「うふふっ」

 

 思わず笑みがこぼれてしまう。セシリアは非常に上機嫌だった。セシリアにとって、毎日放課後に一緒に訓練するのはとても楽しかった。翔と一緒に強くなって、話せるのは、嬉しいこと以外の何物でもなかった。

 

(翔さん、意外と可愛いところもあるんですのね)

 

  ここ数日で分かったことだが、翔は本当に女性のことが苦手らしい。話すときは近づいたりしないし、必要以上に女性と話すことは絶対にしない。あれだけ強くて自信家なくせに、女性とちょっと体が触れ合うだけ真っ赤になって距離を取る。先日わざと近づいて体を当ててみたときは傑作だった。当たった瞬間にビクッと反応したかと思うと、すぐ真っ赤になって後ずさり、慌てまくっていた。そのときは笑ったものである。

 本国でのこともあって、男性の外見をあまり重視しないセシリアだが、セシリアが夢中の翔はとても整った容姿をしている。最初話したときはその端正な顔が一層彼の憎まれ口の威力を高めていた気がするが、今では彼の顔が自分の好みだと思うようになっていたのだから、不思議である。普段はクールさを感じさせるその顔が真っ赤に染まり、理路整然とした口調が崩れて狼狽えるのだから、大きなギャップを感じてしまう。

 この気持ちが「恋」だと気づくのに、そう長い時間はかからなかった。気がつけば彼の姿を探してしまう。目が合うととても恥ずかしい。何気ない仕草にどきりとする。朝、彼に会いたいと思う。夜、また彼に会いたいと思う。

 どこかで聞いた。恋する乙女は無敵だと。その通りだ、とセシリアは思った。この想いがあれば、自分は何だってできる。確かにそう思わせてくれる。恋とはつくづく不思議である。

 

(……あら?)

 

 中庭を歩いていると、とある人物と遭遇した。

 

「……オルコット?」

 

 腰まで届くようなポニーテール。制服姿の篠ノ之箒は、剣道の稽古に行くのか、手に竹刀を持って向かいから歩いてきた。

 

「あら篠ノ之さん。ごきげんよう」

 

 セシリアは笑顔でお辞儀する。箒は立ち止まって、機嫌のいいセシリアを怪訝そうに見た。と、セシリアはここで一つ重要なことを思い出す。

 

(篠ノ之箒……、彼女は要注意ですわ……)

 

 セシリアは箒に強い警戒心を抱いていた。とある「疑惑」があるのだ。そのために、セシリアは一つ提案してみることにした。

 

「篠ノ之さん、もしお時間があればですが、少しわたくしとお話をしませんこと?」

「ああ、構わないが」

「ふふ、ありがとうございます。では、あそこでお話ししましょう」

 

 セシリアは中庭に設置されたベンチを指す。 

 

「それで、話というのは?」

 

 箒が座った隣に、セシリアも腰掛ける。

 

「一つ、確認したいことがありまして」

「何だ?」

「――あなた、一夏さんのことが好きでしょう?」

「なッ!?」

 

 箒の顔が一気に赤く染まる。

 ……図星だ。

 

「そ、そそそそそんなわけがないだろっ!? わ、私がどうしてあんな男を好きになど!?」

 

 あたふたと箒が取り繕うが、説得力ゼロであった。セシリアはくすくす笑う。

 

「ふふ、隠しても無駄ですわ。あなたの態度を見れば一目瞭然ですもの」

「うぐっ」

 

 箒は押し黙った。

 これもここ数日で分かったことだが、翔は箒には全く遠慮しない。箒と一夏は翔の特別である。翔の過去はまだ知らないが、翔がどれだけ二人を信頼しているかは明らかだ。

 セシリアは、箒がまず間違いなく一夏に好意を抱いていると感じていた。さっきの態度を見て、それが正しかったことは分かった。だが問題はそこではない。問題は、箒が翔をどう思っているか、である。

 

「……では、翔さんのことは?」

「…………」

 

 箒が一夏に好意を抱いているのは分かったが、どうやら箒は翔にも気があるらしい。自分が翔に好意を抱いていることは箒に悟られたのだろうが、それを見て箒が複雑な表情をしていたのをセシリアは見逃さなかった。もしそうであったなら、それは由々しき事態である。箒が一夏を好きな以上、答えはノーであってしかるべきだが、箒の返事は曖昧極まるものであった。

 

「――分からないんだ」

「分からない?」

「翔は、幼馴染だ。昔は遊んで、戦って、いつも一緒にいた。だから大事な友達だ。なのに……」

 

 箒の独白は続く。

 

「嫌なんだ。一夏にドキドキして、好きなはずなのに、翔が誰かのものになってしまうのは、嫌なんだ」

「…………」

 

 その答えを、セシリアは自分勝手だと感じた。だが、人の価値観はそれぞれ違うものだ。セシリアがそれを否定することはできない。

 おそらく箒は、翔には単純な恋心以外にも、何かを抱いているのだろう、と推測する。セシリアは分かりました、とだけ答えた。

 

「……お前は、翔のことが好きなのだろう?」

「……ええ」

 

 躊躇いながらもセシリアは言った。箒にはばれていたらしい。面と向かって翔を好きだと打ち明けたのは初めてだったので、その頬は赤い。

 

「私も決めましたわ」

「……何をだ?」

「わたくしは、あなたの気持ちなど関係無く、わたくしは翔さんのことを好きでいますわ」

 

 セシリアは真っ直ぐ意志を込めて言った。箒は目を閉じて、そうか、とだけ言った。箒にとってセシリアの言葉は、果たしてただの報告であったのか、それとも宣戦布告だったのか。それは箒だけが知ることだった。


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