IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~ 作:若谷鶏之助
ザアアァァ、と雨が俺を打つ。
空は切れ間の一つもない、曇りきった空だった。そして雨は、止むことを知らない。溜まった雨が、俺の体から広がる赤い血をにじませている。
辺りに響くのは、雨が地面に当たって跳ね返った音だけ。誰も俺に気づくはずもない。人気のない暗い路地裏で、倒れている俺のことになど気がつく者なんて、いるはずがない。
雨が止まない。雨粒がボロボロの俺を容赦なく襲う。痛い。寒い。冷たい。
必死に体を動かそうとするが、まったく力が入らなかった。体力を消耗していて、傷が深い上に、雨に濡れて体が冷えたらしい。体の中もどこかおかしい、内蔵がやられているのだろう、と自覚できる程度には、自分の状況が理解できていた。きっとこのままなら、失血死は免れない。
――死。死、か。
「……う、あ……ぅ……!」
それが迫っていたとしても、俺は呻くことしかできない。無力感が涙を煽った。
ああ、嫌だ……、誰か、誰か助けてくれ。嫌だ、嫌なんだ、まだ死にたくない……「あいつら」と会えないまま、死ぬなんて、嫌だ……!
誰か、俺を助けて――
「……ほうほう~。良い目をしてるね~♪」
俺を呼ぶ声が聞こえた。誰……?
パシャパシャと靴が水たまりを進む音が聞こえる。
「むふふ~。誰でしょうか~?」
そのとき、俺に容赦なく降り注いでいた雨が止まった。それが傘だと気づくのにも長い時間を要した。
首だけ動かして、その人を見上げた。目に大きなクマを作った、うさぎの耳のようなものをつけた女の人が、俺の顔を覗き込んでいた。知っている人だった。仲の良かった友達のお姉さんで、いつも変な格好をしていた。
「私ね、君のこと、とっても気に入っているんだ~」
そして、その人はこう言った。
「――ねえ、一緒に来る?」
何故か、その人は俺に手を差し伸べた。その上一緒に来いと言う。何故、とか、どうしてここに、とか。そんな言葉ばかりが胸を渦巻く。それでも、瀕死の体は正直だった。俺は、震える手をその手に触れた。
――その人の手は温かかった。その人の温もりは、雨で冷えた俺の手にじんわり染み渡った。
その人が誰であろうが、俺には関係のないことだった。増してやその行為が偽善的な同情からであろうが、無差別な優しさからであろうが、やましい下心からであろうが、俺にはどうでもいいことだった。俺に降り注ぐ、この止まない雨を止めてくれた、それだけで十分だった。
雨は止むことを知らない。
それでも、この手があれば、雨の中でも生きていける気がした――。