IS インフィニット・ストラトス ~天翔ける蒼い炎~   作:若谷鶏之助

1 / 129
プロローグ

 ザアアァァ、と雨が俺を打つ。

 空は切れ間の一つもない、曇りきった空だった。そして雨は、止むことを知らない。溜まった雨が、俺の体から広がる赤い血をにじませている。

 辺りに響くのは、雨が地面に当たって跳ね返った音だけ。誰も俺に気づくはずもない。人気のない暗い路地裏で、倒れている俺のことになど気がつく者なんて、いるはずがない。

 雨が止まない。雨粒がボロボロの俺を容赦なく襲う。痛い。寒い。冷たい。

 必死に体を動かそうとするが、まったく力が入らなかった。体力を消耗していて、傷が深い上に、雨に濡れて体が冷えたらしい。体の中もどこかおかしい、内蔵がやられているのだろう、と自覚できる程度には、自分の状況が理解できていた。きっとこのままなら、失血死は免れない。

 ――死。死、か。

 

「……う、あ……ぅ……!」

 

 それが迫っていたとしても、俺は呻くことしかできない。無力感が涙を煽った。

 ああ、嫌だ……、誰か、誰か助けてくれ。嫌だ、嫌なんだ、まだ死にたくない……「あいつら」と会えないまま、死ぬなんて、嫌だ……! 

 誰か、俺を助けて――

 

「……ほうほう~。良い目をしてるね~♪」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえた。誰……? 

 パシャパシャと靴が水たまりを進む音が聞こえる。

 

「むふふ~。誰でしょうか~?」

 

 そのとき、俺に容赦なく降り注いでいた雨が止まった。それが傘だと気づくのにも長い時間を要した。

 首だけ動かして、その人を見上げた。目に大きなクマを作った、うさぎの耳のようなものをつけた女の人が、俺の顔を覗き込んでいた。知っている人だった。仲の良かった友達のお姉さんで、いつも変な格好をしていた。

 

「私ね、君のこと、とっても気に入っているんだ~」

 

 そして、その人はこう言った。

 

「――ねえ、一緒に来る?」

 

 何故か、その人は俺に手を差し伸べた。その上一緒に来いと言う。何故、とか、どうしてここに、とか。そんな言葉ばかりが胸を渦巻く。それでも、瀕死の体は正直だった。俺は、震える手をその手に触れた。

 ――その人の手は温かかった。その人の温もりは、雨で冷えた俺の手にじんわり染み渡った。

 その人が誰であろうが、俺には関係のないことだった。増してやその行為が偽善的な同情からであろうが、無差別な優しさからであろうが、やましい下心からであろうが、俺にはどうでもいいことだった。俺に降り注ぐ、この止まない雨を止めてくれた、それだけで十分だった。

 雨は止むことを知らない。

 それでも、この手があれば、雨の中でも生きていける気がした――。 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。