学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として 作:RedQueen
「聞いたよ。お姫様なんだって?」
「確かに私はリーゼルタニアの第一王女だ。だが、それがなんだというのだ。ここにいる者は多かれ少なかれ、ここでしか手に入れることのできないなにかを掴むために闘っている。肩書きや身分など関係ない」
静かな言葉だったが、そこには揺るぎのない強い意志が感じられた。
「……ユリスが望むものって?」
そこまで踏み込んでいいものか少し迷ったものの、綾斗はあえて尋ねてみる。
「王女だから地位はあるし、意味深な理由でもある、とか?」
二人の疑問にユリスは意外にも素直に答えてくれた。
「金だ」
「え……?」
「わぁお……」
「私には金が必要なのだ。そのためにはここで闘うのが一番手っ取り早い」
……お姫様が金銭のために闘っている?
普通に考えればお姫様というのは裕福な身分のはずだ。
それがなぜ?
「あまり時間の余裕もなくてな。区切りもいいし、今シーズンの《
「三つの《星武祭》を全部って……」
相当厳しいんじゃないのか。
「ああ、手始めは《
《
「……」
綾斗は理由を尋ねたかったが、さすがにそれはやめておいた。
ただ一人だけ聞きたそうにしているのは止めておくことにして、別の疑問がひとつ氷解した。
「ああ、それでパートナーを探しているんだ?」
「《鳳凰星武祭》はタッグ戦。ユリスだけじゃ出場さえできない、と」
「う……ま、まあそうなるな」
言葉を濁したところをみると、やはりパートナー探しに難儀しているというのは事実らしい。まあ、ユリスの性格からすれば仕方がないかもしれないが。
「べ、別にいまだにパートナーが見つかっていないのは、私に友人がいないからではないぞ? いや、この学園に友人がいないのは事実だが、それとは関係なく単純に私のパートナーとして合格基準に達した者がいないというだけだ」
__友達がいないのは認めちゃうんだ。
「ちなみにどんな理由がお望みで?」
「そうだな……まず私と同程度の実力者__というのはさすがに望みすぎなので、せめて《
「……それはまただいぶハードルが高いね」
「む、そうか? これでもかなり甘めにしたつもりなのだが……」
「さすがお姫様ってとこだな」
こういうところはお姫様っぽいかもしれない。
「だが確かにエントリーの期限も近い。そろそろ贅沢も言ってられんだろうな」
ユリスは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、鞄を持って立ち上がった。
「さて、私はそろそろ戻るとするが__そういえばそもそもおまえたちはどうしてこんなところにいたのだ?」
「あー、それがなんとゆーか……こっちのほうが近道だと思ったら、向こうの扉が閉められちゃっててさ」
「そして、趣味ってことで散歩してたら急に怒鳴り声が聞こえてきたんだよ」
「それでか。中庭のゲートは夕方になると自動的に閉まるようになっているはずだからな。この時間ならまだ閉まるのは中等部側だけだと思うが」
あのまま越えていたら俺達はどうなっていたことか。
「あ、ところで自動的に閉まるってことはさ、もしかしてここでのんびりしてたらそのまま閉じ込められちゃう……なんてことはないよね?」
「は?」
「俺達、こんなところを散歩するのも好きだからさ。もし閉じ込められたら困るんだよ」
二人の言葉にユリスは一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが。
「……ぷっ、あははは!」
次の瞬間小さく吹き出していた。
「あ、当たり前だ。まったくおまえたちは馬鹿なのか? 今朝あんな目にあったのだから、少しは学習して案内図を見るなりするがよかろうに。心配しないでも、ちゃんと高等部校舎側の門は夜間まで開いている」
からかうように言いながら、ユリスが柔らかく目を細める。
その顔は年相応の、ごく普通の女の子のようで__
「うん? どうした?」
「いや……そんな風に笑うんだなって思ってさ」
「なっ!?」
見る見るうちにその顔が赤く染まった。
くくっ、いい流れっぽい。
「な、なななにをいきなり! 私だって笑うことくらいはある!」
そしてすぐにいつもの不機嫌そうな顔に戻ると、ぷいっと横を向いてしまう。
「だったら普段からもっと愛想よくしてればいいのに。もったいないよ?」
「うるさい! 大きなお世話だ!」
ユリスが噛み付かんばかりに言い返す。
「だ、大体おまえのほうこそその腑抜けた顔をもう少し引き締めたらどうなのだ! 顔の緩みは気の緩み! そうすれば今日みたいな間抜けな失敗をせずともすんだはずだぞ!」
……さすがにそれは飛躍しすぎではないだろうか。
「まあ、確かに半分は俺がうかつなせいだけど、もう半分は単に知識不足のせいだし……」
まあ、この学園ほんと広いもんな。迷うのも仕方ないと思う。
「あっ」
そこまで考えて綾斗はじっとユリスを見た。
「な、なんだ……?」
なぜだかユリスは顔を赤くしながら後ずさる。
「__ユリス、俺達に学園を案内してくれないかな? ああ、せっかくだから街のほうも」
「ほお、それはいいことで」
雅も案内に不満がないのか、綾斗の提案に賛同する。
「……はぁ?」
その申し出に、露骨に顔をしかめるユリス。
「なんの冗談だ? 私がどうしてそんなことをしなければならん」
「だってほら、俺達ユリスが言うところの『貸し』を持ってるでしょ? ユリスだって言ってたじゃないか。一度だけ、頼みを聞いてくれるって」
「そうそう」
「それは確かに言ったが……まさか本気なのか?」
「本気って?」
「そんなことでいいのか、という意味だ。はなはだ不本意ではあるが、私はおまえたちに危機を救われた。決して小さくはない借りだ。望むのならばある程度のことは__い、いや、もちろん破廉恥なことは不許可だが__例えば《
「つまり戦力としてユリスの力を貸してくれるってこと?」
「そうだ」
「それはいいや」
「俺も」
綾斗も雅もあっさりと首を縦に振った。
「まずはこの学園に慣れるほうが先だと思うしね」
「うん。それは重要だわ、ここでは」
「……」
あっけらかんと言ってのける二人を探るような目で見ていたユリスは、やがて苦笑して息をはいた。
「底の読めぬ男だ。あるいは本当にただの馬鹿なのか?」
「……その二択なら、まあ、どっちかと言えば後者じゃないかな」
「じゃあ俺も後者でいっか。綾斗ほどじゃないけど」
「ふん、よく言う。だがまあいい。そういうことなら案内してやる」
「ありがとう、助かるよ」
「どうもどうも」
「雅に言ってない」
「し、仕方あるまい、借りは借りだからな。学園内の案内は明日の放課後、街の案内は……そうだな、どこか休日の予定を空けておいてやろう」
「うん、よろしく」
「うん、よろし__」
「だからもういいって。それじゃ今度こそ寮に戻ろうかな……って、ぐぇ!」
そのまま歩き出そうとした綾斗の襟を、ユリスが背後からぐっと掴む。
「では早速一つ教えておいてやる。ここから男子寮へ向かうなら大学部校舎の横を抜けるのが一番早い」
「げほっ、ごほっ……! そ、それはどうも。ただ、できればもう少し優しくレクチャーしてくれると嬉しいんだけど……」
首が締まってむせる綾斗に、ユリスは小さく微笑みながら答えた。
「それはさっきの条件にはなかったので却下だ」
「うわー、こ、怖ぇ……」