学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として   作:RedQueen

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誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


孤高のお姫様、ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

「まあ、おかげでいろいろわかったよ」

 

「ほぉ、例えば?」

 

「まず、人気者なのは俺たちじゃなくてユリスだってことかな」

 

「ほとんどがお姫様目当てだったな、見事に」

 

綾斗は隣の席を見ながら、わざとらしく肩をすくめてみせた。

その席の主は授業が終わるなり出て行ってしまったので、すでにいない。

 

「みんな俺や雅に興味があるんじゃなくて、『ユリスと決闘した誰か』の話を聞きたいんだ。そうだろう?」

 

「おや、ご明察」

 

英士郎がぱちぱちと手を叩く。

よくできましたと言いたげな顔だ。

 

「でもそれならユリス本人に聞けばいいんじゃないか?」

 

「どうせそれ自体が難関なんだろこの学園では」

 

「そのとおり。それができれば苦労はないのさ。なにせ、あのお姫様ときたら人を寄せ付けない感じがあるだろ?」

 

「……確かに多少とっつきにくい感じはあるかな」

 

「ま、どんな理由かはしらんが、あのお姫様が他人と距離をとっているのは間違いない。そもそも……」

 

「ああ、ちょっと待って。いまさらだけど、そのお姫様っていうのはユリスのあだ名なのかい? みんなそう呼んでるみたいだけど」

 

「んー、あだ名っつーかなんつーか……正真正銘のお姫様なんだよ、彼女は」

 

「……は?」

 

「わぁお、そりゃすごい」

 

雅はすこし驚きながら賞賛の声を上げた。

 

「お姫様って……あの、おとぎ話に出てくるようなお姫様?」

 

「おうよ。悪い魔女に呪いをかけられたり、王子様のキスで目覚めたり、政略結婚をさせられそうになったり、魔法の国からやってきたり、オークやら触手やらに責められたりする、あのお姫様だ。つまりプリンセス」

 

「おい、最後のほうおかし__」

 

雅が変な箇所を指摘しようとしたところを、綾斗が言わなくていいと言わんばかりの視線を向けてきた。

 

「《落星雨(インベルティア)》以降、欧州のあちこちで王制が復活しただろ? まあ、実質的に政治経済を取りまとめている統合企業財体にとっちゃ、象徴としての王家ってのがいろいろ便利だったんだろうな。とにかく、その一つリーゼルタニアって国の第一王女が、あのお姫様ってわけだ。全名はユリス=アレクシア・マリー・フロレンツィア・レナーテ・フォン・リースフェルト。ヨーロッパの王室名鑑にも載ってるぜ」

 

「へぇ……やけに詳しいね?」

 

「もしかしてユリスのストーカー? だとしたら、綾斗と張り合える変質者ってことになるな」

 

「違う違う! 商売だよ、商売。これでも一応新聞部なんだぜ」

 

「っていうか、『綾斗と張り合える』って誤解されるようなワードが紛れてるし」

 

綾斗が溜め息混じりにそうつぶやく。幸い夜吹には聞こえてなかったらしい。

 

「で、なんでまたお姫様がこんなところで闘ってるのさ? 普通お姫様っていったら、もっとおしとやかにしてるもんじゃないの?」

 

「まあユリスって確かに、気品、威厳、風格が十分すぎるくらいそろってるよな。夜吹一応新聞部だし、なんで?」

 

「さすがにそこまでは知らねーよ。てゆーかおれが聞きたいくらいだ」

 

英士郎は真顔でうなずきながら「そしたらうちの一面記事間違いなしなんだがなあ」とつぶやいた。

 

「もちろんあれだけ可愛くて、強くて、しかもお姫様ときたら、誰だってほっときゃしない。彼女がうちに来たのは去年なんだが、それこそ今日のおまえさんなんて目じゃないくらいのフィーバーぶりだったんだぜ? あっという間に黒山の人だかりができて、質問攻めさ」

 

「目に浮かぶようだよ」

 

「俺も同じく」

 

「ところがだ。あのお姫様はそんな連中に向かってなんて言ったと思う? 『うるさい。黙れ。私は見世物ではない』だ」

 

「……目に浮かぶようだよ」

 

「……再び同じく」

 

「さすがにそれで大半は引いたんだが、当然そんな態度じゃ面白く思わないやつらも出てくる。んでまあ、ここのお約束としてその手の連中が次々決闘を挑んだんだが、見事にみんな返り討ち。おまけにあれよあれよという間に《冒頭の十二人(ページ・ワン)》入りだ」

 

それはそうだろう。

綾斗の二次被害として攻撃されたが、あの炎の力は他をしのぐほどだった。いくらアスタリスクとはいえ、あれより強い学生がそういるとは思えない。

 

「結果、誰もが一歩引いてしまう孤高のお姫様のできあがりってわけさ。今じゃあのお姫様に正面きって話しかけようなんて度胸のあるやつは滅多にいないぜ」

 

「ふぅん……ってことは、友達とかは?」

 

「少なくとも、俺の知る限りじゃ一人もいない……って、悪い、ちょい待った」

 

「ん、どした?」

 

英士郎は片手を上げて会話を止めると、ポケットから細かく振動している携帯端末を取り出した。

 

「はいはーい、なんすか部長」

 

『なんすかじゃなーい! 今日の朝一がゲラ校正の締切だって言っておいたでしょー! なにやってんのよ!』

 

空間ウィンドウが開くなり、ボブカットの女性が怒声を上げる。

 

「あー、すんません。朝はちょっち別件があったもんですから……」

 

『言い訳無用! いいからさっさと部屋に来なさい! 五分以内よ!』

 

ぶつっとウィンドウが消え、英士郎は苦笑いで鼻をかいた。

 

「……ま、そんなわけだから、おれは出頭しないとマズいっぽい」

 

「ああ、俺もそろそろ帰るよ」

 

「俺も帰る」

 

「おう、じゃあまた寮で」

 

「っと、その前に……矢吹!」

 

教室を出て行こうとする英士郎に、綾斗は手に握っていたそれを投げ渡した。

 

「おおっ?」

 

英士郎は驚いた顔で受け取ったが、ものを見るなりミヤリと笑う。

 

「なんだ、気がついてたのかよ」

 

「一応、ありがとうと言っておくよ。それがなければユリスも見逃してくれたかもしれないから、複雑ではあるけどね」

 

それは煌式武装(ルークス)の発動体だった。

 

「なんでおれだと?」

 

「うん? まあ、声かな」

 

あっさりという綾斗に、英士郎は一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。

 

「あの状況で、ただの一ギャラリーにすぎなかったおれの声を覚えてたってのか?」

 

「まあ矢吹がそれを投げてたのがはっきりと見えたし、それに」

 

「借りたものはちゃんと返すようにって、姉さんが口を酸っぱくして言ってたもんでね」

 

「と、いうわけだ」

 

雅は両手を小さく広げ、一礼するようにかがんだ。

 

「……ははっ! やっぱりおまえさんら、面白いぜ」

 

英士郎はにやける頬を押さえるようにして肩を震わせている。

 

「なぁ天霧。今朝の決闘、本当に勝てなかったのか?」

 

「……ああ、今の俺じゃ無理だろうね」

 

「今の綾斗じゃ到底無理かな」

 

「そこまで言うか」

 

雅は笑いながら「冗談だってば」と言っている。

 

「ふーん……今の、ね」

 

英士郎はその答えに満足したのか、軽やかな足取りで今度こそ教室を出て行った。

残された綾斗は扉を、雅は日に照らされてうっすらとまぶしい窓をしばらく見つめていたが、綾斗がやがて大きく息を吐く。

 

「思ってた以上に大変そうな学園だなぁ、ここ……」

 

「けど、なかなか楽しめそうじゃないか、ここ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? しまったな、ここ通れないのか」

 

「こっちが近道かと思ったんだけどな。やっぱ『急がば回れ』、だな」

 

寮への近道かと思って学園の中庭を抜けようとした二人は、閉ざされた鉄門の前で難儀していた。

どうやら夕方以降は一部のゲートが閉められてしまうらしい。

 

「これくらいなら飛び越えるか?」

 

「いや、やめておこう。別に急いでいるわけでもなし」

 

そもそも散歩は綾斗と雅の数少ない趣味だった。

中庭とはいえ中規模の公園くらいの広さはあり、樹木も手入れが行き届いている。

よくよく見回してみれば、のっぺりとした人形のようなフォルムの半人型ロボット__擬形体(パペット)が木々の剪定をいていた。軍用の擬形体は遠隔操作も可能と聞くが、一般的な擬形体は自動制御なので複雑な作業はできないし動作も遅い。今では過酷な労働環境での作業は大抵こうした擬形体が行っている。

とはいえ二人の住んでいたような地方都市では滅多に見かけない光景だ。

夕日が木々の影をくっきりと浮かび上がらせる中、そんな擬形体の作業を物珍しく眺めながら歩いていると、ふいに怒鳴り声が響き渡った。

 

 

 




テスト直前。

勉強しつつの投稿はさすがにきついかも。

でも、頑張りますよ! この身が朽ちるまでは!

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