学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として   作:RedQueen

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誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


明かされる犯人の影

「どんまいだったな、黒摩耶。補習受けてたんだろ」

 

隣を歩く英士郎の声に、雅は眠気を払うようにして顔を上げる。

 

「__そうなんだよ。なんで俺が補習なんか受けなきゃならなかったんだよ」

 

「いや、そりゃ毎回毎回授業中に居眠りしてたら目を付けられるだろ」

 

矢吹が指摘するとおり、雅は授業が始まると同時に眠り出す。それが瞬く間に匡子教師の耳に入り、綾斗とユリスの案内(デート)の日に補習を言い渡されたのだ。

 

「んで、それがどうしたんだよ。補習のことなんて聞いても面白くねえぞ」

 

「いや、今朝の天霧、様子が変だったからさ。黒摩耶ならなにか知ってるかと思ったんだが、補習受けてたんならわかんねえよな」

 

「綾斗が? 昨日はあいつ……」

 

「ん、なんだなんだ? やっぱ知ってんのか?」

 

「んー、知らん知らん。てか、そんなことより急がねえと遅刻しちまうんじゃ……」

 

「慌てなさんな、この時間なら滑り込みセーフでいけるって」

 

そうは言うが、廊下を歩く学生の姿はすでにほとんど見られない。

実際、俺たち遅い組が教室に着いたのはホームルームが始まる直前だった。

 

「おはー、綾斗。ユリスもおはよ」

 

「おはよう、雅」

 

綾斗とユリスに挨拶を交わしながら席に着くと、ユリスがなにやら考え事で頭がいっぱいなのか挨拶をしても無反応だった。

 

「……」

 

「ユリスさーん?」

 

「あ、ああ、おはよう」

 

雅の本日二回目の挨拶でようやく気づいたのか、ユリスが挨拶を返してきた。

 

「……?」

 

綾斗も首を傾げているあたり、どうやら綾斗もユリスの不自然さに疑問を抱いているようだ。

 

「な、なあ、ユリ__」

 

「おらおらー、席につけ席にー! 出席取るぞー!」

 

雅がユリスに話しかけようとした瞬間、匡子が殺気を振りまきながらやってきた。

な、なんだよ、釘教師。バッドタイミングだな、おい。

結局それ以降もユリスは上の空といった感じで時間だけが過ぎた。

 

「ユリス、どうかした?」

 

放課後になってようやく話ができると思ったが、ユリスは綾斗のほうを見ようともせずに席を立つ。

 

「__すまないが、今日は用事がある」

 

「え? ちょ、ちょっとユリス?」

 

制止の声も聞かずに、早足で教室を出て行くユリスを綾斗と雅は見送るしかなかった。

 

「どうしたんだろう……?」

 

「あ、あのユリスが綾斗を……珍しいこともあるんだなぁ」

 

「あらら、なんだかまた昔に戻っちまったみたいだな」

 

「昔?」

 

綾斗の質問に、英士郎は首をすくめて答える。

 

「あのお姫さん、おまえさんらが来る前はいつもあんな感じだったんだよ。頑なに『私に関わるな』ってオーラ振りまいてる感じでさ。せっかく雪解けしてきた感じだったのに、もったいないねえ」

 

「……」

 

「……昔、か」

 

ユリスの様子は気になるが、昨日の一件についてクローディアに報告しておかないとまずい。ついでにユリスのことも聞いてみよう。ついでのついでに綾斗にも教えとかないと。

 

 

「あら、ごきげんよう。どうかしましたか?」

 

生徒会室に入るとクローディアはいつものように笑顔で迎えてくれた。

 

「昨日、また連中がちょっかいを出してきてさ」

 

「ええ、話だけは聞いています。レヴォルフの生徒を使ったみたいですね」

 

「さすがに耳が早いね」

 

「まじか、昨日ってことは綾斗とユリスのデート(案内)だろ。それを邪魔したのか。許せねえやつらだな」

 

「ちょっ、ややこしいこと言わないでよ。、それにあれは俺が街の案内をしてもらっただけだよ。てか、そんなことじゃなくて……犯人の目星がついたかもしれないんだよ」

 

これにはクローディアも雅も目を見開いた。

 

「本当ですか?」

 

「ああ、たぶん間違いないと思う」

 

綾斗がその根拠をそっと二人に聞こえるくらいの声で話すと、クローディアはしばらくじっと考え込む。

 

「なるほど……。わかりました、ではこちらでも調べてみるとしましょう。これでうまく解決できればいいのですが……」

 

クローディアはいまいち浮かない顔だ。

雅のほうはなぜか顔色が悪くなっている。

 

「なあ、もし俺の考えが当たってたら、ユリスが危ねえぞ。ユリスが言ってた用事って……」

 

「……それって、まさか!」

 

ユリスのことだ。犯人の目星が付いたとしても自分だけでどうにかしようとするに違いない。

 

「……これは少々まずいかもしれませんね」

 

「でもまさか本当に直接問い詰める気なのかな? 向こうだって証拠がなければ白を切るに決まってるし……」

 

「いや、ここまできたんだ。向こうも悠長なこと言ってられねえだろ。確実に口を封じようとするはず。ユリスが相当な実力なのは知ってるだろうし、なにか考えがあるんだろう」

 

「っ! じゃあ今朝の手紙はひょっとして!」

 

「手紙?」

 

「今朝、ユリスが見てたんだ。隠すみたいにしてたからおかしいとは思ったんだけど」

 

クローディアの顔色が変わった。

 

「なにはともあれ、まずはユリスを探しましょう」

 

「だけど探すって言ってもどこを?」

 

人工島とはいえアスタリスクの広さはかなりのものだ。あてもなく探したところで見つけられるとは思えない。

 

「まずは寮に戻っているか確認を取ります。犯人がユリスを呼び出したのだとしたら、当然できるだけ人目につかないところにするでしょう。ならばある程度は限定できます」

 

クローディアがアスタリスクの地図を空中ウィンドウで表示させる。

 

「__あ、ちょっと待って」

 

と、綾斗の携帯端末に連絡が入った。

 

「ユリスからか?」

 

雅の問いかけより早く綾斗は空中ウィンドウを開く。

 

『……綾斗、助けて』

 

が、そこへ映し出されたのは困ったように眉を寄せた紗夜だった。

 

「紗夜? どうしたのさ?」

 

『道に迷った』

 

実に端的な返答に額を押さえる。

 

「またかい、紗夜……。てゆーか、ごめん。今はユリスのほうで手一杯で__」

 

『……リースフェルト? それなら、さっき見かけたような……』

 

その言葉に三人は顔を見合わせる。

 

「本当に?」

 

画面の向こうでこくりとうなずく紗夜。

 

「紗夜! どこで見かけたか詳しく教えて! いや、その前にまず今どこにいるの!?」

 

『……それがわかってたら迷ったとは言わない』

 

「た、たしかに……あ、それじゃ周りを映せば……」

 

「そうですね……。失礼。沙々宮さん、周辺の景色を映してもらえませんか?」

 

『……こう?』

 

突然割り込んできたクローディアの言葉に少し不思議そうな顔をしつつも、紗夜は素直に従ってくれた。

 

「再開発エリアの外れですね。ここからならかなり絞り込めそうです」

 

さすがはクローディア。伊達に生徒会長をやっていない。

 

「ありがとう、紗夜! おかげで助かったよ!」

 

『……私はまだ助かっていない』

 

「ああ、そっか。えーと……」

 

紗夜に手伝ってもらうとしても犯人はおそらく本気。危険すぎる。それに紗夜がたどり着けるとは思えねえし」

 

「では、沙々宮さんのほうは誰か迎えを手配しておきます。綾斗と雅はユリスのほうを」

 

「ごめん、頼むよ」

 

「堪忍な」

 

「いえ、お気になさらず」

 

クローディアは微笑みながら次々と該当箇所を地図上にピックアップしていく。

身を見張るようなスピードだったが、それでももどかしく感じられてしまうのはやはり余裕がないせいだろう。

 

「……それにしても、どうしてユリスはなにも言ってくれなかったんだろう」

 

「あんまり信用されてなかったのかな、俺たち」

 

「逆だと思いますよ」

 

そんな二人のぼやきに、目線は地図に残したままのクローディアが小さく苦笑する。

 

「え? どういうこと?」

 

「以前に言ったでしょう? あの子は、自分の手の中のものを守るのに精一杯なのだと。きっとあなたたちも、その中に入ってしまったのでしょうね」

 

「守る……? ユリスが、俺たちを__?」

 

その瞬間、二人の中でなにかが弾けた。

突然、目の前が大きく開けたような感覚。

 

「ああ、そうか……」

 

「なんでわからなかったんだろうな、俺たち」

 

あの夜の、命の恩人とも言えるあの人、綾斗の姉。

自分を守ると言ってくれたこと。

そんな人にいつか自分が守る立場になろうと誓った自分。

叶うことはなかったが、それでも俺は__。

 

「……こんなに単純なことだったんだ、雅」

 

「……そのようだな、綾斗」

 

二人にはわかる。

今、自らが『成すべきこと』が、なんなのか。

 

「できました!」

 

同時に、クローディアから携帯端末へ地図が送られてくる。

 

「よしっ!」

 

「行くかっ!」

 

まずは手分けして当たろう。

 

「ああ、お待ちください。その前に__」

 

弾丸のように生徒会室を飛び出そうとした二人に、クローディアから制止の声が飛んだ。

 

「__アレの用意ができています。どうぞお持ちください」

 

 

 

 

 

その頃、ユリスは再開発エリアの廃ビルを訪れていた。

解体工事中のそこは逢魔が時の薄闇が支配している。すでに一部の壁や床が打ち壊されているので広く感じるが、あちこちに廃材が積まれているため死角は多い。

それでもユリスはためらうことなく奥へと進んでいった。傾いた日が不気味な影模様を作り出す中、険しい顔で黙々と歩みを進める。

__が、一番奥の区画へ足を踏み入れた途端、吹き抜け状になっている上階部分からユリス目掛けて廃材が落ちてきた。少女一人を押し潰すには十分すぎる量だったが、ユリスは視線を上げることもなく感情を抑えた声でつぶやく。

 

「咲き誇れ__隔絶の赤傘花(レッドクラウン)

 

同時にユリスを守るように五角形の花弁が出現し、落下してきた廃材を全て撥ね除ける。それはまるで炎で作られた傘のようだった。

 

「今更この程度で私をどうにかできるとは思ってないだろう? いい加減、出てきたらどうだ__サイラス・ノーマン」

 

屋上まで貫いた吹き抜けの更に向こうには、うっすらとした月が浮かんでいる。

弾かれた強化鉄骨が床に突き刺さり、廃材が巻き上げた土ぼこりがもうもうと立ち込める中、一人の少年がゆっくりと姿を現した。

 

「これは失敬。余興にもなりませんでしたか」

 

痩せた少年__サイラスは、芝居がかった仕草で頭を下げる。

 

「それにしても驚きましたよ、よく僕が犯人だとわかりましたね?」

 

「昨日、貴様が口を滑らせたおかげでな」

 

「昨日? はて、なにか失敗しましたか?」

 

首をひねるサイラスに、ユリスは努めて冷静に答えた。

 

「昨日、商業エリアで顔を合わせた時にあいつがレスターを挑発しただろう? あの時、貴様はレスターを止めようとこう言ったのだ。『決闘の隙をうかがうような卑怯なマネ、するはずがありません』とな」

 

「……それがなにか?」

 

「なぜ襲撃者が決闘の隙を狙ってきたことを知っている。最初の襲撃__あいつとの決闘の隙を狙った狙撃はニュースになっていない」

 

「でも二回目の襲撃はニュースになっていたじゃありませんか。実際に僕も見ましたよ」

 

「そうだな、確かにニュースにはなった。だがあれらはどれも私が襲撃者を撃退したということを伝えていただけだ。沙々宮の名前どころか、彼女が現場にいたことさえ伝えていなかった。愚かしいことだ。あの時、貴様らを撃退したのは沙々宮のほうだというのにな」

 

「……」

 

サイラスは底の知れない目でユリスを見つめている。

 

「わかったか? あの現場にもう一人いたという事実さえニュースになっていないのに、『決闘の隙を狙った』と言い切れるのは、その状況を直接見ていたか、あるいはその状況を知らされたか__いずれにせよ、犯人かその仲間しかありえんのだ」

 

「これはこれは……僕としたことが迂闊でした。とすると、彼があの時レスターさんを挑発したのもわざとですか」

 

「だろうな。あれはそれくらいの腹芸ならやってのける男だ」

 

少し自慢そうにユリスが胸を張る。

 

「ふむ……だとするとやはり彼のほうへ狙いを変えたのは正解だったようですね。あなたを狙う上で、彼らはいかにも邪魔者だ。それに彼らが寝ている隙に狙ってみたのですが、逆に返り討ちにされましたよ。天霧綾斗。彼にも注意はするものの、やはり一番に警戒すべきは黒摩耶雅くんです。僕としても彼の、《魔術師(ダンテ)》としての能力は警戒せざるを得ない代物ですから」

 

「っ! 貴様……!」

 

「くくっ、わかっていますわかっていますよ。あなたがわざわざここに足を運んでくださったのは、そうさせないためでしょう」

 

余裕の表情で手を広げてみせるサイラスに、ユリスはぎりっと奥歯を噛み締めた。

今朝、ユリスの机に入れられていた手紙には「これからはさらに周囲の人間を狙う。それを望まぬなら以下の場所へ来られたし」とあったのだ。

 

「ならばさっさと用件を済ませようではないか」

 

「まあまあ、そう急かさないでください。僕としては話し合いですむならばそれに越したことはないと考えているのですよ。わざわざお呼び立てしたのもそのためです」

 

「白々しいにもほどがあるな。この期におよんでなにを言う」

 

「いえいえ、本当です。僕としては正面からあなたとやりあうのはできるだけ避けたいのが本音ですし」

 

そう言いながらもサイラスは余裕の態度を崩さない。

 

 

 


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