学戦都市アスタリスク 闇に潜みし者として   作:RedQueen

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誤字・脱字がある場合は申し訳ありません。


三十八式煌型擲弾銃ヘルネクラウム

その日の放課後。

雅は中庭のベンチで仰向けになりながら、休眠をとっている。

放課後ということもあり、人気もあまりない。

一人気軽に休むには最適な場所だな。

そう考えていたとき、背後から足音が聞こえてきた。

 

「あら、雅くん。こんなところにいたのですか」

 

声の主はクローディアだった。手には結構な枚数の紙が握られている。

 

「クローディアこそなんでこんな場所に?」

 

「それは、雅くんにこの書類を渡すためです。綾斗には先ほどお渡ししていますので。雅くんには申し上げていなかったのですが、純星煌式武装(オーガルクス)の選定及び適合率検査を明日行います。この書類に目を通していただいて、問題ないようでしたらご署名をお願いします」

 

「それを伝えるためにわざわざ足を運んだってことか。なんか申し訳ないな」

 

「貴方が気にする必要はありませんよ」

 

クローディアは笑顔でそう答えた。

 

「ふふっ、あなたは見た目に反してお優しいのですね……。ではこれで失礼いたしますわ」

 

クローディアは一礼し去っていく。

雅はクローディアの姿が見えなくなると眠気を払いながら立ち上がろうとしたとき__

 

「ん、雅、こんなところにいたのか?」

 

「あれ、ユリスじゃないか。それに、綾斗に紗夜まで、どうしたんだ?」

 

「どうしたもなにも綾斗に学園内を案内していたところだ。おまえこそこんなところでなにをしていたのだ?」

 

「ただの休息だけど」

 

「授業中居眠りをしていたやつに休息など必要ないだろう」

 

「まあまあ、いいじゃないか。雅はこんなだから。それよりも案内、俺も勉強になったし、本当に助かったよ」

 

そう言う綾斗はいつものようにのんびりとした笑みを浮かべている。

 

「そ、そうか、それはなによりだ」

 

「あ、なにか飲み物を買ってくるけどなにがいい? おごるよ」

 

「そうだな。では冷たい紅茶を頼む」

 

「……私はりんごジュース。濃縮還元じゃないやつがいい」

 

「了解」

 

「俺も選んでこよかな……綾斗、ちょい待ちや!」

 

綾斗と雅は大きな噴水を回り込むようにして高等部校舎のほうへ走っていった。

ここからなら中等部校舎にある自販機のほうが近いのだが、そのあたりもあとで教えておいてやらねばなるまい。

ユリスがそんなことを考えて苦笑していると、ふいに紗夜が口を開いた。

 

「……リースフェルト、もう一度聞きたい」

 

「なんだ?」

 

「なぜリースフェルトが綾斗を案内することになった?」

 

「おまえもなかなかしつこいな……まあいい、答えてやる。私はあいつに借りがあったからだ。それだけにすぎん」

 

「借りとは?」

 

その問いにユリスは一瞬口ごもったが、仕方なく素直に答える。

 

「……決闘の最中に助けられた。雅との決闘も後に控えていたのだがな」

 

「決闘? リースフェルトは綾斗と決闘をしたのか? 雅との決闘も」

 

「そうだ。知らなかったのか?」

 

冒頭の十二人(ページ・ワン)》の決闘はそれなりに話題になるし、昨日の夜にはもうニュースでも映像が流れていたはずだ。

どうやらこのクラスメイトはあまり序列に興味がないらしい。

 

「さすがにその理由までは答えんぞ。プライバシーの問題だからな」

 

「……結果は?」

 

「途中で邪魔が入ってな。不成立となった」

 

「……それはおかしい」

 

「なにがだ?」

 

「綾斗と闘ってリースフェルトが無事なわけがない」

 

唐突なその言葉にユリスは少々面食らった。

冗談かとも思ったが、紗夜の瞳はいたって真面目だ。

 

「これはまた過小評価されたものだ」

 

「……リースフェルトは強い。それは知ってる」

 

紗夜が淡々と語る。

それがさも当然の事実を諭すように聞こえて、ユリスは心がざわめくのを感じた。

 

「でも、せいぜい私と同程度。それじゃ雅どころか綾斗の相手さえならない」

 

「__ほう。今度はずいぶんと大きく出たな」

 

ピンと空気が張り詰める。

少なくともユリスの知る限り、紗夜の名前は『在名祭祀書(ネームド・カルツ)』にない。同じクラスの有力生徒くらいは頭に入れてある。

他人とは距離を置いてきたので確かとは言えないが、そもそも紗夜は公式序列戦にも参加していないはずだった。

無論、序列が強さの全てを表しているわけではない。それはユリス自身が綾斗に語ったことだ。注目されることを嫌い、《星武祭(フェスタ)》直前まであえて身を隠すようにしている生徒も少なからず存在する。

しかし、それでもユリスはこの暴言を見逃すわけにはいかなかった。

 

「いいだろう。試してみるか?」

 

「……」

 

紗夜が立ち上がり、無言のまま距離を取る。

それを同意と見たユリスも腰を上げ、胸の校章に手をかざした。

 

「我ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは、汝沙々宮紗夜へ決闘を__」

 

そこまで言いかけて、ユリスは反射的に跳躍していた。

ほぼ同時に、乾いた音が響いてベンチに光の矢が数本連続して突き刺さる。

 

「っ!」

 

攻撃は真横からだった。つまり紗夜ではなく__

 

「噴水だと!?」

 

いつから潜んでいたのか、黒ずくめの格好をした襲撃者がその上半身だけを水面からのぞかせていた。その手にはクロスボウ型の煌式武装(ルークス)が握られている。

 

「ふんっ、またもや不意打ちか」

 

おそらくは前回と同一犯。

嘲るように笑ったユリスは星辰力(プラーナ)を集中し、内なる炎を創起する。

 

「咲き誇れ__鋭槍の白炎花(ロンギフローラム)!」

 

空中で顕現した炎の槍を、着地に合わせて解き放つ。

完璧なタイミングでの反撃だったが、相手を貫き焼き尽くすはずの炎槍は、間に入った黒い影によって遮られた。

 

「新手か……! いや、それよりも私の炎を防ぐとは……」

 

間に入った影も襲撃者と同じく黒ずくめの格好だった。両手で構えたその巨大な斧型の煌式武装(ルークス)を盾代わりにしたようだ。

そのセンスの欠片もない格好からして仲間と見てまず間違いないだろう。噴水に潜んでいたほうはややずんぐりした体格で、新手のほうはかなりがっしりとした大男だ。二メートル近くはあるだろうか。

その体格と装備には覚えがないこともないが、今はそれを気にしていられる状況ではない。どちらもまるで気配を感じさせなかったことといい、侮れる相手ではなさそうだからだ。聞きたいことは叩きのめしてからじっくりと吐かせればいい。

ところが、、ユリスがいざ星辰力(プラーナ)を集中させようとしたその途端。

 

「……どーん」

 

地面を震わせるような重低音と共に、大男が真横に吹き飛んだ。

十数メートルの距離を舞った大男はそのままきりもみするように地面に落下。

ピクリとも動かない。

 

「……は?」

 

荒々しい爆風が吹き荒れる中、唖然としながら目をやると、紗夜が自分の身長よりも巨大な銃を構えていた。

というより、もはや紗夜が銃を持っているのか、それとも銃に紗夜が付属しているのかわからない。

 

「……なんだそれは」

 

「三十八式煌型擲弾銃(てきだんじゅう)ヘルネクラウム」

 

「擲弾銃、ということは……まさかグレネードランチャー?」

 

こくりとうなずいた紗夜は、構えた銃口を無造作に噴水へと向ける。

 

「……《バースト》」

 

銃身がほのかに光を帯びた。

星辰力が急速に高まり、巨大な銃へ集まっていく。マナダイトが煌々と輝きを増す。

つまりそれは__

 

「__流星闘技(メテオアーツ)か!」

 

ずんぐりとした体型の襲撃者は噴水の中から身をおこし、あわてて逃げ出そうとしていたようだがもう遅い。

 

「……どどーん」

 

なんとも気の抜けるような掛け声で発射された光弾は着弾と同時に炸裂。

耳をつんざくような轟音を響かせ、噴水を木っ端微塵に粉砕していた。

わずかに残った基底部分から、猛烈な勢いで水が噴き上がる。それはまるでシャワーのように周囲へと降り注いだ。

爆発の規模としてはユリスの「六弁の爆焔花(アマリリス)」が上かもしれないが、純粋な破壊力だけを比べればこちらに軍配があがるだろう。

 

「見かけによらず過激だな、おまえは」

 

「……リースフェルトほどじゃない」

 

ユリスもそう言われると返す言葉がない。

 

「礼は言わんぞ。あの程度、私一人でもどうにかできた」

 

相手がそれなりの手練だったのは事実だが、撃退できる自信があったのも確かだ。

 

「必要ない。邪魔だっただけ」

 

紗夜は普段と変わらない素っ気ない口調で言うと、視線を上げてユリスを見る。

 

「……続き、する?」

 

ユリスは一瞬なんのことかと思ったが、それが決闘を指しているのだとわかると、思わず吹き出しそうになった。

 

「いや、やめておこう。おまえの実力は本物だ。非礼を詫びる」

 

「……ならいい」

 

すると紗夜はあっさりと煌式武装(ルークス)を解除した。

自分が言うのもなんだが、この少女もかなりの変わり者らしい。

 

「さて、それでは不埒者を風紀委員に突き出すとするか」

 

だがユリスの言葉を見計らっていたかのように、ごとりと瓦礫を押し退けて黒ずくめの姿が現れた。

ユリスと紗夜はとっさに身構えるが、襲撃者は軽やかな身のこなしで止める間もなく木々の中へ消えてしまう。

気がつけば大男のほうもすでに姿がない。

 

「なんとまあ、丈夫な連中だ」

 

「……びっくり」

 

あれだけの衝撃だ。直撃は避けたとしても、普通ならそうそう動けるようなものではないのだが……。

 

「まあ、逃げたものは仕方がない。迂闊に追いかけて待ち伏せされてもことだしな。それより沙々宮、学園の備品を破壊したのだからちゃんと申請しておけよ」

 

「……私が?」

 

「当然だ。おまえが吹き飛ばしたのだろう」

 

「……わずらわしい。リースフェルトに委任する」

 

「なんで私が。冗談ではない」

 

「おーい!」

 

二人がそんなやり取りをしていると、高等部校舎のほうから綾斗と雅が走り寄ってきた。

 

「なんかさっきすごい音が……って、うわ! なにこれ、どうしたの!?」

 

「噴水が抉れてるじゃねえか。おまえら一体なにやらかしたんだ?」

 

粉々になった噴水を見て、驚きの声を上げる綾斗と雅。

 

「ちょっとな、いろいろあったのだ。なあ、沙々宮」

 

「……うん。いろいろあった」

 

「……?」

 

もちろんそんな説明でわかるわけがない。

とはいえ一から説明するのも面倒なので、とりあえずそういなしておく。

 

「なんだかよくわからないけど、これじゃ……って、わわっ!」

 

「…………」

 

はてなマークを浮かべて周囲を見回していた綾斗の顔が突然真っ赤に染まり、気まずそうに視線をそらした。そんな綾斗の隣では雅が固まったまま微動だにしない。

ユリスはその態度に首をひねり__すぐさま理解する。

このあたり一帯は壊れた噴水から降り注ぐ水で水浸しだ。

当然、ユリスも紗夜もびしょ濡れなわけで。

そうなると生地の薄い夏服はこれもまた当然だが肌に張り付くようになり。

必然的に、透けてしまう。

ユリスが慌てて自分の格好を確認すれば、それはもうくっきりと下着が浮き出ていた。

 

「な、ちょ、み、みみ見るな! こっちを見たらただではすまさん!」

 

「み、見てない見てない! なっ、雅って、ちょっと雅どうしたの!?」

 

「……あわ…あわわ……」

 

「……むむ、すけすけ。これはエロい」

 

「ええい、沙々宮も少しは隠せ……って、お、おまえ、下着はどうした!」

 

同じように制服を貼り付けた紗夜を見てユリスが目を見開く。

ずぶぬれなのは一緒だが、致命的に違う場所が一点。

 

「……悲しいかな、私にはまだ必要ない」

 

平然と言ってのける紗夜にユリスは頭を抱えた。

 

「とにかくなにか羽織るものを用意してくれ! 今すぐだ!」

 

「わ、わかった! ほ、ほら、雅も行くよ!」

 

「……あ、ああ。わかったよ」

 

噴水を吹き飛ばすような騒ぎがあったのだから、ここの野次馬生徒がいつまでも見逃すわけがない。

駆け出していく綾斗達を見送りながら、ユリスは盛大にため息をついたのだった。

 


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