ガールズ&パンツァー~RED FLAG~   作:弐式水戦

97 / 161
第92話~取り敢えず逃げます!~

大洗女子学園と黒森峰女学園による、第63回戦車道全国大会決勝戦が、遂に幕を開けた。

 

レッド・フラッグが試合前には必ず行う『戦前の誓い』を全員で行う事によって士気を高め、スタート地点を出発し、目的地まで順調な歩みを進めていた大洗チームだが、目的地まで残り2㎞程の場所で、森の中をショートカットして来た黒森峰の戦車隊による集中砲火を受けてしまう。

 

既に彼女等との試合経験を持ち、操縦技術も非常に高いレッド・フラッグのメンバーは、常識外れの挙動で砲撃の嵐を切り抜ける。

他の大洗の戦車も続々と抜けていくものの、初出場である上に戦車操縦経験がゲームでしか無いアリクイさんチームでは、ももがーが三式の操縦に苦戦。

無理矢理ギアレバーを動かしたものの、三式は急停車して、あろうことか後退を始める。

ちょうどその時、黒森峰のエリカと要が車長を務める2輌のティーガーⅡが背後が無防備になっているあんこうチームのⅣ号に狙いを定め、発砲する。

飛んできた2つの88㎜砲弾が直撃するかと思われた所へ、後退してきた三式が割り込んで2発共被弾し、行動不能となってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリクイさんチームがやられたって?」

「ああ。Ⅳ号に向かって飛んできた砲弾に被弾したらしい」

 

先に砲撃地帯を突破したIS-2の車内では、紅夜と達哉がそんな話をしていた。

 

「先に逃げてきたのは良かったが、初心者が混ざってるってのを考えるべきだったかな………………」

 

紅夜はそう言うと、アリクイさんチームに通信を入れた。

 

「ライトニングだ。アリクイさんチーム、聞こえるか?」

『あ、長門君。どうしたの?』

 

その通信には、ぴよたんが答えた。

その声色は、何処と無く申し訳なさそうな雰囲気を感じさせた。

 

「あーいや、そっちがやられたって聞いたから、取り敢えず大丈夫か聞こうと思ってな」

『うん。大丈夫だよ………………それよりゴメンね』

「?」

 

いきなり謝ってきたぴよたんに、紅夜は首を傾げた。

 

「なんで謝るんだ?」

『いや、その………………もう、ゲームオーバーになっちゃったから』

「何だ、そんな事か…………別に謝る事はねぇよ。それよか此方も悪かったな、そっちのよか頑丈なのに置いてきちまって………………せめて、三式の操縦の仕方とか言っとけば良かったよ」

 

そう言った紅夜に、今度はぴよたんが首を傾げた。

 

『え?でも長門君の戦車って、IS-2だよね?操縦の仕方とかは違うと思うんだけど』

「いや、ちょっと前に三式の事調べてさ、ソイツの弱点とかも知ったんだよ。そっち、ギアが上手く入らなかったんじゃね?」

『うん、そうだけど………………』

「アレさ、多分トランスミッションが温まってなかったか、回転数を合わせてなかったんだよ。前者は分からんが、後者はⅣ号とかウチのパンターでも言える事だけど」

『そうだったんだ…………』

「まぁ、何だ。取り敢えず怪我が無かったなら良かったよ。そんじゃな」

 

そう言って、紅夜は通信を終えた。

 

「アリクイさんチームは何だって?」

「怪我は無かったみたいだ」

 

その直後に聞いてくる達哉に、紅夜はそう答える。

 

「そっか、それは何よりだな」

 

安心したように言うと、達哉は操縦の方に意識を戻した。

 

「お?前方に結構急そうな丘見つけたぞ」

「ん?」

 

達哉が言うと、紅夜はキューポラから上半身を乗り出し、双眼鏡を取り出す。

 

「あ、ホントだ。確かあの丘を上って、火山みてぇな山の頂上に行くのが作戦だったような………それと、確かカメさんチームが待ち伏せして時間稼ぎか………おっと、何だかんだ言ってる間に他のチームもやって来たぞ」

 

紅夜がそう言って振り向いた先で、大洗チームの戦車が向かってきているのが見えていた。

 

「レイガン、スモーキー、一旦速度を落とせ。大洗の戦車が合流するのを待つぞ」

 

紅夜が指示を出すと、IS-2を挟むようにして走っていたパンターとイージーエイトが、徐々に速度を落としていく。

 

そしてみほ達が合流すると、紅夜はレイガンとスモーキーに指示を飛ばし、大洗の戦車と速度を合わせて走らせると、今度はみほに通信を入れた。

 

「そういや西住さん、向こうに丘が見えるけど、彼処に向かうんだよな?」

『うん。それについて、これから指示を出します』

「あいよ………………達哉、アレの用意」

「Yes,sir」

 

みほとの通信を終えた紅夜は達哉に指示を出す。

すると達哉は、操縦桿に新しく取り付けられた赤いボタンに指を添えた。

 

『これより、《もくもく作戦》を開始します!全車両、もくもく用意!』

 

あんこうチームの通信手である沙織が言うと、他のチームから用意を終えたとの返事が続々と返される。

 

「レイガン、スモーキー。そっちの用意は?」

『Anytime,Lightning(何時でも良いわよ、ライトニング).』

『同じく』

 

2チームから返事が返された。

 

「良し………………レッド・フラッグ全チーム、もくもく準備完了」

『了解しました………………では、もくもく始め!』

『『『『『『『『『もくもく始め!』』』』』』』』』

 

その掛け声と共に、9輌の戦車の操縦手達が、指を添えていた赤いボタンを一斉に押す。

すると戦車の後部から白い煙が勢い良く噴き出され、それが風に乗って辺り一面に撒き散らされる。

 

 

 

 

 

 

「煙か………………向こうは忍者ごっこでもしているのだろうか?」

「どうしますか?」

 

双眼鏡で、前方に広がる煙を眺めていた要が呟くと、砲手の少女が訊ねてくる。

 

「出来れば撃ちたいところだが、それは隊長からの指示が無いと………『全車、撃ち方止め』………おや、どうやら聞く前から駄目だと言われてしまったみたいだね」

 

要は相変わらず、落ち着き払った様子でそう言った。

 

「ええっ!?しかし隊長、一気に叩き潰さなくて良いんですか!?」

 

元々短期戦を好む性格であるエリカは、まほにそう詰め寄る。

 

「下手に相手の作戦に乗るな、無駄弾を撃たせるつもりだろう。砲弾には限りがある。相手の出方を見てからでも遅くはない筈だ」

 

だが、まほは冷静なもので、的確とも言える事を言った。

 

「ふむ、的確な答えだ、流石は隊長だな………………それにしても、副隊長の短気ぶりも、また相変わらずだなぁ」

 

会話を聞いていた要は、まほの答えを称賛しつつ、エリカの性格に苦笑を浮かべていた。

そうしながら大洗の戦車を探していると、エリカのティーガーⅡが機銃掃射で辺りを探っているのが見えた。

 

「さっき無駄弾を撃つなと言われたばかりだろうに………………砲弾が駄目なら機銃に変えたのか?」

 

そうしつつも、エリカは大洗の戦車隊が居るであろう方角を割り出した。

 

「敵、11時の方向に確認しました!」

「あの先は急勾配の坂道だ。それに、向こうにはポルシェティーガーが居る。アレは足が遅いから、そう簡単には上れない筈だ、十分に時間はあるだろう」

 

まほがそう言うと、前方で広がっていた煙幕が段々と晴れてきた。

 

「なっ!?もうあんな所に!?」

 

煙幕が晴れ、大洗の戦車隊の所在を確認した要は目を見開いた。

大洗の戦車隊の所在は、彼女の予想よりも先に行っており、既に丘の後半辺りにまで差し掛かっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

要の視線の先では、最後尾のポルシェティーガーを、Ⅳ号とⅢ突、M3、そして、その3輌の前に配置されたパンターとイージーエイトで引っ張っていた。

そしてポルシェティーガーの後ろには、砲塔を後ろに向けたIS-2がついており、後ろから押している。

 

「うへぇー、流石はポルシェティーガー。730馬力あるコイツでも、やっぱ重いなぁ~」

「まぁ、仕方無いんじゃない?何だかんだ言っても、アレって一応ティーガーなんだから、重くて当然よ」

レイガンの車内では、ポルシェティーガーの重さについてボヤく雅を亜子が宥めていた。

 

 

 

「レイガンやスモーキーの2チームが………………否、レッド・フラッグが居て良かったな。3輌だけだったらもっと時間掛かってたぞ」

 

あんこうでは、Ⅳ号のアクセルを踏みながら麻子が呟いていた。

 

「それもそうですけど、長門殿が3輌の馬力を上げていた事にはもっと感謝ですね」

 

麻子の呟きに優花里が付け加えると、車内で同意の声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、車重の重いポルシェティーガーをあのようにして引っ張るとは………………大洗チーム、中々考えましたね」

 

実況席では、その光景を見ていた香住がそう言う。

 

「ええ。ポルシェティーガーは、正式採用されたティーガーより1~2トン程重いですし、それでいて馬力は低いですから、それをカバーするには、あれだけ必要だったでしょうね………………」

 

カレンはそう付け加えて紅茶を飲む。

 

因みに、正式採用されたティーガーでは、戦闘時の重量が約57トン、馬力が700馬力なのに対して、ポルシェティーガーは57~59トン、馬力は640馬力(320馬力の空冷ガソリンエンジンを2基搭載)だと言う。

 

 

「それもそうですけど、黒森峰の奇襲攻撃を切り抜ける際、レッド・フラッグの戦車2輌が見せた挙動は凄かったですねぇ~。私、アレ見た時にスタントカーを連想しちゃいましたよ」

「ええ。しかも、それでいて例の2輌は、足回りに何の異常も出ていないみたいですからね………………余程高度な技術を持った操縦手なのでしょう」

「その辺りで言えば、レッド・フラッグは黒森峰を軽く上回っていますね~………………まぁ、それもそうですけど、私としてはIS-2のマフラーから火柱が立ってい事に驚きましたね」

「ああ、それについては私も同感です。あのまま火災が起きたりしないかとヒヤヒヤしました………………」

 

そんな会話を交わしつつ、2人はスクリーンへと視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

「『重い戦車を他の戦車で引っ張る』、か………中々面白い事考えたな、大洗の連中は………………」

 

観客席で見ていた蓮斗は、そんな評価を出す。

 

「(そういや、俺も現役の頃は色んな場所で試合してきたが、戦車を他の戦車で引っ張るなんて事は、した事も無かったな………………その点、今時の若い奴等の試合は見てて面白いぜ)」

 

蓮斗はそう思いながら、パンツァージャケットの胸ポケットに入っていた1枚の写真を取り出した。

その写真には、彼が未だ現役として『生きていた頃』に撮った、《白虎(ホワイトタイガー)》の戦車とメンバー全員が写っていた。

 

「(俺のティーガー………………今は何処にあるんだ?それにⅣ号やパンター、ラングやファイアフライの所在すらも分からねえ………まぁ、もう半世紀以上経ってるんだ、見つからねえのは当然かな……………せめて、ちゃんとした奴に使ってもらえてたら良いんだがなぁ………………)」

 

 

蓮斗は、自分の現役時代の頃を思い出しながら写真をしまい、柵に凭れ掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大洗チームから離れ、単独行動に入っていたカメさんチームは、茂みにヘッツァーを隠し、通過するであろう黒森峰の戦車隊を待ち構えていた。

 

「ニッシシ~。さぁーて、どの戦車をおちょくってやろうかなぁ~」

 

プラウダ戦以降、砲手を務める事になった杏がスコープを覗きながら呟いていると、黒森峰の戦車隊が通り掛かる。

「良ォ~し………先ずはお前だ、ヤークトパンター!」

杏はそう叫びながら引き金を引く。

激しいマズルフラッシュと共に撃ち出された75㎜砲弾は、彼女の狙い通りにヤークトパンターの車体に命中し、履帯を粉々に吹き飛ばす。

桃がすかさず次の砲弾を装填すると、杏は次の目標を定めた。

 

「良ォ~し………………次はお前だ、パンターG型!」

 

そうして放たれた砲弾は、パンターの車体に見事命中し、パンターは動きを止める。

 

「お見事です、会長!2輌共命中しました!」

「エヘヘ、私に掛かればこんなモンよ!見たか河嶋~、当たったぞ~」

「分かってます!」

 

苦労しながら砲弾を取り出した桃がそう答える。

 

「ッ!あのチビッコ戦車めェ~~!」

 

其処へエリカのティーガーⅡが急停車し、杏達の居場所を割り出したのか、砲塔を向けて発砲しようとする。

 

「会長、気づかれました。攻撃は此処までかと」

「そうするしか無さそうだねぇ~………………にしても2輌までが限界だったか~、撃破したいなぁ…………」

「もう少しの辛抱ですよ、会長」

 

ボヤく杏を宥めながら、柚子はヘッツァーを後退させた。

 

 

「全車両、深追いはするな。何れは正面から撃ち合う事になるであろう相手だ。先ずは本隊を追う事に集中しろ」

 

追おうとした他の戦車に、まほが制止を呼び掛ける。

「あのヘッツァーの砲手、中々の腕前だな。今年になって戦車道を復活させたばかりの初心者の集まりだと思っていたが………………これは手強い」

 

先陣を切ってヘッツァーを追おうとしたエリカのティーガーⅡに続こうとしていたものの、まほの制止で停車したティーガーⅡの車内にあるペリスコープから様子を見ていた要は、そんな事を呟いた。

 

そうしつつ、黒森峰の戦車隊は再び隊列を組み直して走り出すのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。