朝8時、大洗警察署前にて………………
「昨日は、良く眠れたかな?」
「俺はバッチリです」
「俺も、まあそこそこ」
「私もです」
紅夜達が帰る時間となり、弘樹が見送りに来ていた。
昨日の眠り具合を聞いてくる弘樹に、蓮斗は即答で答え、中々寝付けなかったため、0時まで話をしていた紅夜とミカは、少し言葉を濁して言った。
「昨日の事件の犯人には、犯行動機などを徹底的に調べた上で、裁判所にて然るべき罰が与えられるだろう。重ねて言うが………………長門紅夜君、八雲蓮斗君。昨日の君達の勇気ある行動に、感謝する」
そう言って、弘樹は2人に敬礼を送ると、今度はミカの方を向いて言った。
「ミカさん。君の通っている高校へ向かう連絡船が、9時頃に港に到着する。今から向かえば、十分に間に合うだろう。学校には話をつけてあるから、その辺りについては安心しなさい」
「ええ。ありがとうございました」
そう言って、ミカは深々と頭を下げる。
そうして3人は弘樹達に別れを告げ、港へと向かった。
「ふぅ、途中からかなりのんびりしちまったが、間に合って良かったな」
港に着くと、既に連絡船が入港してきている最中なのを見て、紅夜はそう呟く。
「ああ、そうだね。でも、君達の連絡船はこれじゃないだろうから、別に此処まで来なくても良かったんじゃないかな?」
「まあな。だが、せっかくだから見送りぐらいはしてやらねぇと」
そう答えた紅夜に、ミカは微笑む。
「ありがとう………………優しいんだね」
「物好きなだけだよ」
礼を言うミカに、紅夜はそう返す。
「お前さんの友人に、宜しく言ってやってくれ」
「そうするよ蓮斗、ありがとう」
そんな会話が交わされていると、フラップが降りてきて港に居る者達が次々と乗り込んでいく。
「じゃあ、もう行くね」
「おう、達者でな」
「ジジ臭い挨拶だな、蓮斗」
紅夜がツッコミを入れると、それを見たミカが笑う。
だが、何時までもそうしては居られない。そろそろ行かないと乗り遅れてしまうからだ。
「それじゃあね、2人共。本当にありがとね。特に………………紅夜」
そう言うと、ミカは紅夜の両方の頬を手を添え、別れのキスを送った。
「これは、フィンランドでの挨拶の1種さ」
頬を赤く染めながら言うと、ミカは歩き出し、振り返って手を振りながら言った。
「また会おう。気紛れな風が、私達を再び巡り会わせてくれるのなら」
そう言って、ミカは連絡船に乗り込んでいった。
間も無くフラップが上げられ、出港を知らせる警笛が響き渡る。
船はゆっくりと後退を始め、港から出た所で方向転換すると、そのまま脇目もふらずに去っていった。
「さぁ~て、それじゃあ俺等も帰るか………………蓮斗、行こうぜ」
「………………」
船が見えなくなるまで見送っていた紅夜は蓮斗に向かって言うが、当の本人はニヤニヤしながら紅夜を見ていた。
「………………?どったの?」
蓮斗がニヤついている理由が分からず、紅夜は首を傾げた。
「いや、お前って女にモテるんだなぁって思っただけさ。あの時の嬢ちゃんの顔見たかぁ?赤くしてたぜ?」
「………………?フィンランドでの挨拶の1種なら、別に恥ずかしがる事も無かろうに」
尚も首を傾げる紅夜に、蓮斗は呆れたような溜め息をついた。
「コイツの鈍感は死んでも治らねえな」
「何故だろう、お前にだけは言われたくないと思えてしまう」
そんな軽口を叩き合いながら、2人は昨日転移してきた、人通りの少ない道へと舞い戻った。
「んじゃ、帰るぞ」
「おう」
紅夜が返事を返すと、彼の視界は目映い光で包まれ、その光が消えた頃には、彼等の姿は消えていた。
「ホイ、到着」
その声と共に目を開けると、其所は紅夜の家の玄関だった。
ゴミ出し等で外へ行く時用のスリッパのみしか置かれていない、独り暮らしにしては広めの玄関に、2人は立っていた。
紅夜は靴を脱いで家に上がるが、蓮斗はその場に立ったままだった。どうやら、そのまま帰るつもりらしい。
「んじゃ、サンキューな紅夜。結構楽しめたぜ」
「そりゃ何よりだ………………ところで、決勝戦も見に来てくれるか?」
その問いに、蓮斗は右手を前に出し、親指を立てて言った。
「良いとも~」
「タ○リかお前は!」
そんなツッコミを受け、蓮斗は豪快に笑いながら消えた。
「やれやれ、扱いに疲れる幽霊さんだな」
口では呆れたようなコメントを付けつつも、その表情には笑みが浮かんでいた。
「そういや、もう俺等の戦車は返されたかな………………」
そう呟きながら、紅夜はスマホを取り出して時間を確認する。
「もう10時か………………確か静馬曰く、昼休みになるのが12時30分だったな。その頃に電話してみるか」
そう呟くと、紅夜はリビングへと向かってテレビを付け、ニュース番組を見始めた。
その際、紅夜と蓮斗が、バイトをしていたカフェに立て籠ったテロリストを叩きのめした事についてのニュースがあったのだが、その際タイミング悪く、ニュース番組を見飽きた紅夜が別のチャンネルに変えたため、それを見逃してしまった事を、余談ながら付け加えさせていただこう。
「………………お、そうしてる間に12時45分か………………予定より15分もオーバーしちまったが、良く考えたら、その辺りが電話しても良い頃だろうな。授業が何時も時間通りに終わるとは限らねえんだし」
そう呟きながら、紅夜テーブルの上に無造作に置いていたスマホを取り寄せ、電話帳を開いて杏の携帯に電話を掛けた。
暫くの沈黙の後、杏からの応答があった。
『ほいほーい、どったの紅夜君?』
何時も通りのおちゃらけた返事に、紅夜は微笑を浮かべる。
「ああ、いきなりで悪いんだが、もう俺等の戦車は返されたか?ちょっくら3輌全部持っていきたいんだが」
『それなら返されてるけど………………なんで?てか、全部持ってって何するの?』
「ちょっとしたパワーアップだよ。出来れば今から行きたい」
『う~ん、そうだねぇ………………』
そうして、杏は暫くの間を空けると、やがて口を開いた。
『まぁ良いよ。自動車部のメンバーに連絡して、裏口を開けとくように言っといてあげる』
「サンキュー。何時も苦労かけるね」
『良いって事よ………………ところでなんだけど』
軽い返事が返されたかと思ったのも束の間、突然、杏が神妙な声色で話しかけてきた。
「ん?」
『君、連絡船も無いのにどうやって大洗市なんかに行ったの?何か、君と瓜二つな人とでカフェに立て籠ったテロリストをフルボッコしたって新聞に書かれてたんだけど』
「(ギクッ!!)」
その問いに、紅夜は凍りついた。
「(い、言えない………………大昔に死んだ男女混合戦車道同好会チームの隊長さんが遊びに来て、ソイツの瞬間移動で大洗に遊びに行ったなんて言えない!)」
そう考えている紅夜の手は震え、顔中から冷や汗が滝のように流れ出ていた。
「た、多分俺と良く似た奴がやったんだろうよ。第一、連絡船とかも無しに陸に行ける訳ねぇじゃん。あ、取り敢えず今から戦車取りに行くんでその辺宜しく!」
一方的に言い終えると、紅夜は通話を切る。
「あ~、やっぱりニュースになってたか~………………まぁ、テロリストが立て籠り事件なんて起こしたんだ、そりゃニュースにも取り上げられるわな」
そう呟きながら、紅夜は自室に上がって机の横に掛けてあった、レッド・フラッグの帽子をかぶり、そのまま1階に下りて玄関で靴を履いて外に出ると、大洗女子学園の裏口へと向かいながら、とある人物へと電話を掛けた。
「輝夫のオッチャン?ああ、紅夜だけど。さっき確認したら、もう俺等の戦車が返されてたらしいんだ。そんで、今からそっちに戦車持っていこうと思うんだけど、いけそう?………………あいよ、そんじゃ、今から持っていくから宜しく~」
そう言って通話を切ると、紅夜はスマホをポケットに突っ込み、其処から勢い良く走り出した。
「おー、長門君じゃん!こうやって話すのは結構久しぶりだね~」
大洗女子学園の裏口に着いた紅夜を、自動車部のナカジマが出迎えた。鍵を持っている事から、ちょうど裏口の鍵を開けていたのだろう。
「ああ、久し振りだなナカジマさん。それで、早速で悪いんだが、直ぐに戦車を持っていかなければならないんだ」
「分かってるって!ホラ、ついてきて」
そうして、紅夜はナカジマに案内され、格納庫の前に置かれている3輌の戦車の前にやって来た。
「イージーエイトは、準決勝には参加してなかったから直ぐに用意出来たけど、まさか、他の2輌もこんなに早く返されるとは思わなかったね。やっぱ、連盟の整備士の腕は大したものだよ」
ナカジマはそう言いながら、腕を組んでウンウンと頷いている。
それを横目に見ながら、紅夜も内心で同意していた。
「それでだけど………………一体何処に持っていくの?と言うか改造とかなら、部品さえあれば此処でも出来るのに」
作業着の上着を腰に巻き付けた少女--ツチヤ--が話し掛けてくる。
「ゴメンなツチヤさん。だが、こればっかりは他のトコには任せられねえんだ。整備なら未だしも、改造なら現役時代からの付き合いのあるトコでやるって決めてるのさ」
紅夜はすまなさそうに言うと、ISー2へと乗り込もうとするが、それを格納庫から出てきたホシノとスズキが呼び止めた。
「そういやだけどさ………………もしかして、その戦車を君が言う所に持っていったら、また戻ってくるの?」
「そりゃ、そうなるわな」
「でも、それじゃ時間掛かるじゃん。辻堂君とか呼べば?」
「まあな。だが、この事について、俺はメンバーにも詳しくは教えていない。ただ、『暫く戦車を使えない』としか言ってないんだ。サプライズのためにな。だから、パワーアップして戻ってきたコイツ等を見せて、彼奴等を驚かせてやりたいのさ」
そう言って、紅夜はISー2の砲塔の上に飛び乗り、キューポラを開けて下半身を車内に入れた。
それを見ていた自動車部のメンバーは互いの顔を見合って頷き、パンターにはホシノとスズキが、イージーエイトにはナカジマとツチヤが乗り込もうとした。
「ん?ちょ、オイ。何してんの?」
その問いに、ナカジマが振り向いて答えた。
「そんなに見られてマズイなら、少しでも早く持っていけた方が良いじゃん?」
「それに、君がそこまでの信頼を寄せている整備士さんが、どんな人なのか気になるからさ。何度か君達の戦車を整備した者として」
ナカジマの後にホシノも続き、紅夜に微笑みかける。
暫く悩むと、紅夜は頷いき、その顔に穏やかな笑みを浮かべた。
「………………ありがとよ」
そう言って、紅夜は車内に入り、普段は達哉が座っている操縦席に腰かけると、戦車のイグニッションを入れる。
V型12気筒ディーゼルエンジンが唸りを上げ、紅夜はアクセルを軽く吹かす。
そうしていると、パンターやイージーエイトのエンジンも掛かる。
一旦操縦席から離れ、キューポラから上半身を乗り出すと、パンターのキューポラからはナカジマが、イージーエイトのキューポラからはツチヤが上半身を乗り出していた。
「用意は出来たか!?」
「「準備良し!何時でもどうぞ!」」
即答での返事を受け、紅夜は再び操縦席に戻る。
「では、Panzer vor!!」
そうして、紅夜の操縦するISー2を先頭に、3輌の戦車が動き出した。