ある日訪れたアウトレットモール『レゾナンス』のレストランで出会った、カフェ『ロイヤル・タイムズ』の店長--小日向 華琳--の誘いでアルバイトをする事になった紅夜と蓮斗は、バイト中に乱入してきた武装グループによる立て籠り事件に巻き込まれてしまう。
客の1人、ミカが人質に取られるものの、武装グループのメンバーの態度に堪忍袋の緒が切れた蓮斗が、怒り狂ってその内の1人を右ストレートで攻撃!
其処で紅夜にも飛び火し、彼等の蹂躙劇により、武装グループは瞬く間に壊滅。
誰一人としての犠牲者、怪我人も出さぬまま、武装グループによる立て籠り事件は幕を下ろしたのだった。
「あ~あ、こりゃ完全にやっちまったな………………」
自分達が暴れ回った事により、気絶した武装グループのメンバーが所々に倒れ、壁には蓮斗が投げたナイフが深々と突き刺さり、出入口付近のカウンターには、蓮斗が放り投げたトレイや、割れたコップの破片が散乱し、ぶちまけられた氷が溶けつつあると言う、まるで台風が過ぎた後のような光景に、落ち着きを取り戻した蓮斗は苦笑を浮かべた。
『『『『『『『『『『『………………』』』』』』』』』』』
店に居る客や、華琳含む従業員は、自分達の目の前に広がっている光景が信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。
それは当然の反応と言えよう。
何せ、突然入ってきた武装グループが、たった2人の青年によって、あっさりと葬られたのだ。
先程までは銃を自分達に突きつけて人質とし、優位に立っていると勝手に思い込んで警察に向かって発砲。さらにミカを人質に取り、その場に居た紅夜と蓮斗を脅しつけて、蓮斗には水を、紅夜には店の金を用意させようとして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた集団が今、目の前で気を失っている。
恐らく、今彼等が起きて下手に抵抗しても、また紅夜と蓮斗からの容赦無い攻撃を受けるがオチだろう。
下手をすれば、本当に殺されかねない。
自分達よりも遥かに大柄な大人7人を軽々と葬り去った2つのハリケーンは、今、自分達の前で立っている。
それが自分達を救ってくれた救世主だとは、この場に居る誰もが思った事だろう。
やり方はかなり乱暴だが………………
「さてと………………蓮斗、これからどうする?結構派手にやっちまったが………………」
その後、やって来た警官隊によって運び出されていく武装グループを見送りながら、紅夜は横に居る蓮斗に話し掛けた。
「出来れば帰りたいが、此処で帰ったら話がややこしくなりそうだ………………下手すりゃ、帰るのは夜ぐらいになるかな。ホラ見ろ、もう夕焼けだぜ」
蓮斗はそう言うと、窓の方を見る。
その先では、夕日が地平線へと沈み始めているところだった。
「ちゃんと瞬間移動で帰してくれよ?俺等、今日は連絡船無しで此処に来たんだから、お前なら普通に帰れるだろうが、俺は何時帰れるか分からねえし」
「分かってるって、ちゃんと送り届けてやるっての………………ところで紅夜、さっき人質に取られてた女の子はどうした?姿が見えねえが」
「さあ?俺が外に逃げろって言った辺りから知らね」
淡々と返した紅夜に、蓮斗は転びそうになる。
「適当だなぁ、お前は……まあ、外に出て警官とかに保護されてたら良いんだが………………」
「まぁ、少なくとも殺されたりはしてねぇ筈だ。あの馬鹿共は全員薙ぎ払ったし、外に撃ったのは警官隊にだけで、後はずっと此方向いてやがったし」
不安そうに言う蓮斗に、紅夜はまたしても、淡々と答える。
その後、2人は客や従業員が唖然としている中、何事も無かったかのように更衣室へと向かうと、掃除用具入れから箒や塵取りを取り出し、床に散乱した銃の薬莢や、蓮斗がぶちまけたコップの破片や、溶けずに残った氷、はたまた壁に突き刺さったナイフを回収したり、溶けた氷で濡れた床や、パニックで中身が溢れて汚れているテーブルを雑巾で拭いた後、『バイト代は要らない』とだけ書いた置き手紙を残して更衣室へと向かい、普段の服装に着替えて出ていった。
「ハァ~ア、お遊びが途中からテロ集団殲滅戦になっちまった」
「タイミング悪かったな、俺等。まあ誰も死んでねえし怪我もしてねえから、これでプラマイ0にしようや」
「だな………………つーか俺等、あんな事あったのに良く平然としてられるよな」
「それ第三者の台詞だぞ、間違いなく」
そんな話をしながら、2人はカフェのあったビルから外に出てくる。
其所には、警官隊によって保護されているミカの姿があった。
「おっ、やっぱ無事に逃げてきたんだな」
紅夜がそう言うと、ミカは紅夜に気づいて近づこうとしたが、その前に1人の警察官が2人に近づいてきた。
「えっと、さっきのテロリスト集団を倒したのは君達だね?」
「ええ、まあ一応は」
流石に触れ回るのは好かないのか、紅夜は言葉を濁しながら頷いた。
その返事を聞いた警官は、敬礼して言った。
「私は、大洗警察署所長、杉原 弘樹(すぎはら ひろき)だ。今回は君達のお蔭で、誰一人としての犠牲者、怪我人も出さぬまま、テロ集団を捕まえる事が出来た。この警官隊を代表して、此処にお礼申し上げる」
そう感謝され、紅夜と蓮斗は照れ臭そうに後頭部を掻く。
「それもそうだが、今回の事について、君達に書いてもらわなければならない書類があるんだ。すまないが、これから署まで来てくれないかな?」
そう頼まれ、2人は顔を見合わせると頷き合い、それに応じた。
それから1台のパトカーに乗せられ、大洗警察署へと向かった。
大洗警察署に着くと、先ずは署長室へと連れていかれ、今回の事についての感謝状を渡され、参列した他の警察官からの盛大な拍手を受けた。
その後、別の部屋へと案内され、手渡された書類に目を通し、事件の細かな状況、犯人の所持していた武器などを書いていた。
「書類作業とか、無茶苦茶めんどくせ~」
「そう言うなよ紅夜。こう言うデカイ事を成し遂げたら、大概の確率でこうなるモンだ」
そんな事を言い合いながら作業を進めていると、急にドアがノックされる。
紅夜が答えると、弘樹が入ってきた。
「作業中にすまないね、紅夜君。実は、先程我々が保護した、ミカと言う子が君と話がしたいと言って待っているんだが、来てくれないかな?」
「あー、了解です」
そう答えた紅夜は立ち上がり、弘樹の後に続いた。
案内されたのは、紅夜達が書類作業をしていた部屋とは向かい側の部屋だった。
椅子に座っていたミカは、紅夜を視界に入れると、軽く頭を下げて会釈した。
そうして向かいの椅子に座らされ、弘樹は部屋から出ていった。
「「………………」」
その瞬間、部屋に沈黙が訪れる。
時計がカチカチと言う音だけが木霊し、何とも言えない、気まずい雰囲気が立ち込める。
勿論、紅夜が彼女に如何わしい行為をした訳ではないと言う事を、蛇足ながら付け加えさせていただく。
「えっと………………友達とは会えたか?」
何とか会話を始めようと、紅夜は話し掛ける。
ミカはただ、コクりと頷いた。
「ええ。貴方がこの警察署に向かった直後、泣きながら飛び付いてきました。怪我もしていなかったので、何よりです」
「そっか………………」
安堵の溜め息と共にそう言うと、再び沈黙が訪れる。
途切れ途切れな会話に居たたまれないような思いをしていると、今度はミカが切り出してきた。
「あ、あの…………」
「んー?」
気まずさからか目を泳がせていた紅夜が視線を向けると、ミカは顔を赤くしながら言った。
「け、継続高校戦車道チーム隊長の、ミカと言います。この度は本当にありがとうございました」
そう言うと、ミカは深々と頭を下げた。
「継続高校………………って事はお前さん、高校生か」
「は、はい。今は3年生です」
その返事に、紅夜の表情は明るくなった。
「なぁんだ、俺とタメだったのか~。そんじゃ、もう敬語は使わなくても良いぜ。俺も18だからな」
「え?」
先程までの大人しそうな雰囲気は何処へやらとばかりに肩の力を抜き始める紅夜に唖然としていると、彼も名乗りを上げた。
「大洗女子学園所属戦車道特別チーム《RED FLAG》隊長、長門紅夜だ。よろしくな、ミカさん」
「あ、ああ。よろしく…………」
そう言って差し出された右手を、ミカは顔を赤くしながら握った。
「そんでミカさんよ。お前さんは何故、あのカフェに居たんだ?俺は高校行ってないから未だしも、一応今日って平日だろ?」
「ああ、今日はウチの学校の創立記念日で休みなんだ。それでアキが、『(陸の)大洗にケーキとかが美味しいカフェがあるから行こう』って誘ってきてね。それで彼処に居たのさ」
「へぇ~」
『創立記念日』と言う、学校に関わる日の事を話すミカに、紅夜は羨むような声を上げた。
高校に通っていない紅夜から言わせれば、学校に通っていなければ毎日が休みだが、その分退屈だし、休日へのありがたみが感じられないのだ。
「んで?そのアキさんって子はどうしたんだ?」
「彼女なら、もう学園艦に向かう連絡船に乗ったよ。私が先に行かせたんだ」
「成る程」
そうして話し込んでいると、弘樹が入ってきた。
「ミカさん、先程継続高校の学園長と話をつけたよ。今日はもう、君の学園艦へ向かう連絡船が無い。だから、今日は署に泊まっていきなさい。仮眠室が1部屋空いているんだ」
「そうですか………………ありがとうございます」
ミカがそう言うと、弘樹は微笑んで返し、今度は紅夜の方を向いて言った。
「君と蓮斗君もね」
「………………良いんですか?」
「それは勿論だよ。だが、そうとなると、君達を同じ部屋へと入れる事になってしまうのだが………………」
そう言って、弘樹は口ごもってしまった。
弘樹の言葉が意味するのは、紅夜と蓮斗、そしてミカを同じ部屋で寝かせる………………即ち、年頃の男女を同じ部屋で寝かせると言う事だ。
紅夜と蓮斗の2人はカフェの客や従業員の命を救ったとは言え、流石に今日会ったばかりの男と同室になるとは言いにくいものだ。
だが………………
「私は構いません」
「「えっ?」」
ミカはあっさりと許し、その平然と言える態度に、紅夜と弘樹は間の抜けた声を出してしまう。
「流石に、全くもっての赤の他人であれば断るかもしれません。ですが彼等は、あのカフェで私や他の客を救ってくれたのです。少なくとも、信用は出来ます」
「そ、そうか………………まぁ、君がそれで良いと言うなら、そうしよう」
そう言って、弘樹は部屋から出ていった。また直ぐにドアを開閉させる音が聞こえてくる事から、恐らく蓮斗にも伝えようとしているのだろう。
「………………本当に良いのか?別に気を使わなくても良いんだぜ?」
「気を使ってなどいないよ。これは、私の本心さ」
そう言ってミカは微笑み、紅夜は何も言えなくなってしまった。
その夜、仮眠室へと案内された3人は、布団に入って眠ろうとしていた。
蓮斗は何処でも眠れる質なのか、直ぐに寝付いてしまうが、今までベッドで寝ていた紅夜は、その違和感から中々寝付けずにいた。
ふとドアを見ると、未だ明るい。恐らく、残業で残っている警官が居るのだろう。
紅夜は布団から出ると窓際へと向かい、そのまま窓枠に凭れて月を眺めていた。
「………………眠れないのかい?」
其処へ、布団から顔を出していたミカが話しかけてきた。
蓮斗が既に寝ているためか、紅夜は頷くだけだった。
「そうか………………なら、少し話でもどうだい?私も寝付けなくてね」
その誘いに、紅夜は快く乗ると、ミカの布団の傍に座った。
「そういやお前さん、継続高校とか言う学校の隊長だとか言ってたよな?どんな戦車があるんだ?」
「BTー42自走砲。フィンランドの戦車だよ」
その返答に紅夜は興味深そうな表情を浮かべた。
「マジで?アレって確か114mm榴弾砲とか積んでたり、矢鱈と足速かったりするヤツだよな?おまけに生産数少ないレア戦車だって聞いてるし。スゲー」
「私達のより強力な戦車を保有してる君に言われても皮肉にしか聞こえないよ。ISー2なんて差し向けられた日には直ぐに終わってしまうね」
感嘆の声を漏らす紅夜に、ミカはそう返す。
「ん?俺がISー2持ってるって何処で聞いた?」
「聞いたんじゃない、知っていたんだよ。レッド・フラッグの隊長さん」
ミカがそう言うと、紅夜は唖然としていたが、やがて両手を床についた。
「マジかよ………それじゃ、あの時の自己紹介なんて全くの無意味じゃねえかよ…」
「いいや、そうとは言えないね」
紅夜の呟きを、ミカは否定する。
「前までは、君のチームの噂をよく耳にしていたよ。でも、君のチームの事を聞かなくなってから、もう1年になる。それからは試合や練習、学校行事に明け暮れて、君のチームの名前も、隊長である君の名前すらも忘れてしまった………………だから、あの時の自己紹介は、決して無意味なものではないよ」
「…………そうかい」
ミカが微笑みかけると、紅夜は照れ臭そうに頬を掻いた。
「さて………………もうそろそろ寝ないと、明日は何時に起きなければならないか分からないから、寝ようか」
「おう。お休みな~」
そうして、紅夜は布団に戻ると目を瞑った。
午前0時、大洗警察署のとある仮眠室は、約7時間の静寂に包まれた。