「あ~、高校行ってみてぇ~」
「お前さっきからそればっか言ってるよな」
ある日、暇だと言う事もあって達哉と出掛けた紅夜は、大洗女子学園の前を通り掛かった時にそんな事を言っていた。
「まあ、気持ちは分かるけどな。どういう訳か、レッド・フラッグの男子陣は全員高校行ってねぇんだし」
「んで、地域の清掃活動して、お裾分け貰って生活してるってヤツな……まぁ親からの仕送りもあるにはあるんだが………何か、シュールっつーか何つーか……………」
「あのなぁ紅夜……………試合で勝った時の賞金崩すのは嫌だとか言ってたのは何処の誰だっけ?あれ、結構貯まってるってのにさあ」
「それはそれ、これはこれ」
「納得いかねぇ」
そう言い合いながら、2人は特に行く宛もなく、学園艦の上に広がる町で散歩をしていた。
さて、場所を移して、此処は大洗女子学園。
昼休みになり、ある者は購買や学食へ、またある者は教室で弁当を食べ始める2年C組の教室に、静馬は居た。
「ねえ静馬。必修選択科目って、どれにするか決めた?」
もう食べ終えたのか、机に頬杖をついてボーッとしている静馬に、赤髪でスタイルが良く、陽気そうな少女が近づいてきた。
彼女は草薙 雅(くさなぎ みやび)。静馬率いるチーム――レッド2《Ray Gun》――の操縦手である。
「そうねぇ…………適当に華道でもしていようかしら。少なからず興味はあるし」
「へぇ~、戦車道はやらないんだね」
「ええ。私はレッド・フラッグの全員が揃って、初めて戦車道をやる気になるんだもの。それに、この場にリーダー居ないじゃない」
「そりゃあ、此処女子校だもんね~。私もしないし、そもそもこの学校って、今は戦車道なんてやってないみたいだしね………………つーか、素直に『紅夜が居ないから』って言えば良いのに………素直じゃないのね、静馬は」
「五月蝿いわよ、雅」
彼女等はそう言いながら、残った昼休みの時間を過ごす。
そう思っているのは彼女等だけではなく、後に話に混ざってきた、レイガンの装填手担当の如月 亜子(きさらぎ あこ)、チームを同じくして、砲手の武内 和美(たけうち かずみ)、通信手の水島 紀子(みずしま のりこ)も同じ気分であった。
また、別のクラスに居る、スモーキーの女子陣の中での副操縦手にして、静馬のもう一人の幼馴染みである六条 深雪(ろくじょう みゆき)、そして操縦手の竹村 千早(たけむら ちはや)でさえ同じ気分であった。
「あら、アレって生徒会の人達じゃない?」
そう言いながら、廊下を指差した和美の視線の先には、教室の前を通り過ぎる3人の少女が居た。
「あんなにズカズカと歩いて、何を急いでいるのやら………」
生徒会のメンバーなど眼中の外だと言わんばかりに、静馬はそう呟くと、紀子と世間話を始める。
そうしつつも、彼女等は予鈴が鳴るまでずっと、世間話をしていた。
「そんで、必修選択科目の事なんだけどさぁ~……………君、戦車道選んでね。ヨロシク」
「ええっ!?」
静馬達が教室で世間話をしている間、生徒会のメンバーは2年A組の女子生徒、西住 みほに戦車道の履修を迫っているのだった。
「ま、待ってください!戦車道って、この学校には無かったんじゃ……………!?」
「ああ、確かにそうだが、訳あって今年から復活する事になった」
片眼鏡で背が高い少女が言うと、みほの顔色が悪くなっていく。
「私、戦車道やらないために、態々転校してきたんですけど……………」
「いやぁ、これも何かの運命ってヤツだねぇ~」
みほの言っている事などには聞く耳持たず、ツインテールの小柄な少女はそう言いながら、みほの肩を軽く叩く。
「でも、必修選択科目って自由に選べるんじゃ……………?」
「兎に角ヨロシク~!」
一方的に言い終えると、生徒会のメンバーはそのまま、スタスタと立ち去っていき、後には死んだ魚のように、ハイライトを失って虚ろになった目をしたみほが残された。
「さて、漸く授業が終わったわね。早く帰って戦車乗りたいわ」
「残念、操縦手の私がいなければ戦車は動かないわよ?」
「五月蝿いわねぇ、そんなの分かってるわよ。それにアンタが居なくても、紅夜辺りを呼び出せば乗れるわよ」
「じゃあ紅夜が居なかったら?」
「………………諦めるしか無さそうね」
そんなこんなで1日の授業を終え、残るは終学活のみになった。
彼女等は荷物を鞄に入れ、教師が来るのを待っていたが、来たのは教師ではなく、放送だった。
『全校生徒に告ぐ、体育館に集合せよ!体育館に集合せよ!』
淡々とした放送が入るや否や、生徒達は一斉に体育館へと向かう。
それを見ながら、静馬はスピーカーに恨めしそうな目線を向けて呟く。
「ヤレヤレ、また帰るのが遅くなるわね…………戦車に乗るのは、土、日に先送りね。ったく、こうも連絡無しに予定を入れられたらやってられないわ。ちょっとは生徒の事を考えたらどうなのよ、あの生徒会の連中は………………」
「まあまあ、この際仕方無いじゃない。こんなのってよくある事でしょう?それに、そんなので一々愚痴ってたら、《大洗のエトワール》の二つ名が泣くわよ?」
「そんなの知ったこっちゃないわよ………そもそも、それって他の子達が勝手に呼んでるだけじゃないの」
静馬は紀子に宥められながら、体育館へと向かう生徒達に混じった。
静馬達が体育館に着くと、既に生徒達で埋め尽くされている状態だった。
そのため、何とか空いているスペースを見つけ、彼女等は腰を下ろした。
そして、前に生徒会の3人が現れ、その次にスクリーンが下りてくる。
「静かに!」
片眼鏡の少女が言うと、ざわついていた生徒達が静まる。
「えー、これより、必修選択科目のオリエンテーションを始める」
「(あー、もうそんな時期なのね……………正直な話、心底どうでも良いんだけどね………あ~あ、早く帰りたいわ…………)」
私情全開な静馬を他所に、スクリーンには《戦車道》と、大きな文字で映し出され、オリエンテーションが始まった。
『戦車道。それは、伝統的な文化であり、世界中から、女子の嗜みとして受け継がれてきました…………』
「(へぇ~、今更になって戦車道ねぇ…………まあ、やらないからどうでも良いんだけど)」
スクリーンから放たれる声が、戦車道の良さを訴えている間、静馬達レッド・フラッグの女子陣は、退屈そうに欠伸をしながら、オリエンテーションのビデオを見ていた。
『さあ!皆さんも戦車道を学び、健やかで美しい女子を目指しましょう!』
「(健やかで美しい女子なんて、戦車道やらなくてもその気になればなれるじゃない)」
ひねくれたコメントを内心で呟く静馬を他所に放たれたその言葉を皮切りに、戦車砲の音と煙が撒き散らされ、戦車道のオリエンテーションが終わる。そして次の科目の紹介に移るのかと思いきや、突然、スクリーンには1枚の紙が映し出された。
その紙には、華道、剣道、柔道等の選択科目が下半分に書かれ、その紙の上半分のほぼ全てを独占して、戦車道の文字がデカデカと書かれていた。
「実は数年後、戦車道世界大会が日本で開催される事になったのを受け、文科省から先日、全国の高校や大学に、戦車道に力を入れるようにとの通告があった」
「んで、私達の学校も、戦車道を復活させる事になったんだよねぇ~。あ、因にだけど、戦車道選んだら、物凄い特典をあげちゃうよ~。聞いたら皆、驚いて腰抜かしちゃうかもね~。それじゃ小山、説明ヨロシク~」
小柄なツインテールの生徒が楽しそうに言うと、今度は若干気の弱そうな女子生徒が言った。
「えー、戦車道の授業における成績優秀者には、学食の食券100枚に、遅刻見逃し200日。そして、通常授業の3倍の単位を与えます!」
『『『『『ええーっ!?』』』』』
「(はあ!?何よその滅茶苦茶な待遇は!?そんな待遇用意して、どれだけ戦車道に人員入れたいってのよ生徒会!?)」
あまりにも規格外な待遇に全校生徒が騒ぎ立てる中、静馬は心の中で盛大にツッコミを入れていた。
「(戦車道を選んだ時の待遇は魅力的だけど、何故そこまでしてでも戦車道に人員入れようとするのか、検討もつかないわね…………まあ、私達は戦車道やらないから別に良いとして…………何か裏があるように見えるのよね…………一応、警戒するに越したことはないわね)」
落ち着いているように見えて、内心はツッコミの嵐で大荒れ状態の静馬の横に座る紀子は、戦車道を選ぶか別の選択科目を選ぶかで葛藤する女子生徒達を眺めながら、生徒会が出した特典に、何か裏があるのでないかと怪しんでいた。
そうしているうちにオリエンテーションが終わり、全校生徒は教室に戻り、そしてやって来た教師の指示により、選択科目を選ぶための紙を配られ、解散となった。
「取り敢えず、この事は紅夜辺りに知らせておこう…………」
静馬はそう呟きながら、スマホを取り出して紅夜にラインでのメッセージを送った。
「へぇ~、大洗女子学園で戦車道復活ねぇ~……………って、選んだ時の待遇スゲエなオイ………」
その頃、達哉との散歩を終え、戦車の格納庫に来ていた紅夜は、IS-2の砲塔に腰掛けながら、静馬から送られてきたラインのメッセージを見ていた。
「まあ、静馬達は戦車道やらねえみてえだし、俺達はそもそも論外だし……………まあ、何とでもなるだろうとは思うが………………下手すりゃ、静馬達が戦車道に引き込まれるってフラグが建ちそうだな…………」
そう呟きながら、紅夜はラインでメッセージを返し、IS-2の砲塔に置いてあるラジオを聴く。
『では次に、戦車道についての話題です。高校生大会において、昨年MVPに選ばれ、交際強化選手となった、黒森峰女学園の、西住まほ選手に、インタビューしてみました』
「黒森峰か~……………そういや、最後に戦ったのも其所だったような……………」
紅夜がそう呟く最中も、レポーターがまほにインタビューをする。勿論ラジオであるが故に、その光景など見れる訳もないのだが。
『西住選手、戦車道の試合においての、勝利の秘訣とは何ですか?』
『先ず、諦めない事。そして…………………………どんな状況でも、逃げ出さない事ですね』
「……………」
その言葉を聞いた紅夜は、何も言わずにラジオの電源を切り、体術使いのような身のこなしでIS-2から地面へと降り、ラジオを格納庫の棚に置く。
「やっぱ黒森峰の人の意見は一味違いますなぁ……………」
そう言いながら格納庫から出てくる紅夜だが、その表情は曇っていた。
「連盟の連中は信用できねえ…………だが、戦車道の試合も久々に…………いや、駄目だ。もう俺達は、表舞台には出ないって決めたんだ。今更戻れるかよ…………」
紅夜はそう呟きながら、家路についた。