大洗で反撃に向けての準備が進められている頃、プラウダの野営地では、仮眠から目覚めたカチューシャの元をノンナが訪ねていた。
先程、紅夜からの覇気とも呼べるようなオーラにあてられて、半泣きで逃げ帰ってきた生徒からの報告を伝えるためである。
因みに余談ではあるが、その生徒はノンナへの報告を終えた後、直ぐ様自分の乗る戦車の乗員の元へと駆け戻り、その内の1人の胸に飛び込んで、ガタガタと震えていたとか違うとか………………
「それで、彼奴等は何て言ってたの?土下座?」
眠気眼な表情を浮かべながら、カチューシャは寝返りをうってノンナの方を向いて聞く。
「いいえ、降伏はしないとの事です」
「そう………………全く、待った甲斐が無いわね………………」
ノンナが淡々とした調子で答えると、カチューシャは溜め息混じりに言う。
「ああ、それとですが、長門紅夜からの伝言があるとの事です」
その言葉に、眠気眼な目を擦っていたカチューシャは聞く体勢になった。
「先ず、試合開始前に、貴女に対して怒鳴り散らし、挙げ句失神させた事への謝罪でした」
「ッ!?」
その言葉に、カチューシャは驚愕に目を見開いた。まさか、謝られるとは思わなかったのだろう。
そしてその表情は、驚愕から一転して得意気な表情に変わった。
「フフンっ!漸く自分のした事に気づいたようね~、何か気分が良いわ。そうね…………少し遅いとは言え、謝罪してきた事に免じて、さっき考え付いた校舎丸洗いは勘弁してあげようかしら」
どう転んでも、取り敢えずは紅夜をこき使う気で居たカチューシャは得意気な表情で言うが、その余裕に満ち溢れた表情は、一瞬にして崩れ去る事になる。
「それから、もう1つあるのですが………………」
「もう1つ?それって何なの?」
カチューシャがそう訊ねると、ノンナはかなり言いにくそうな表情を浮かべ、少しの間を空けてから口を開いた。
「3時間前、大洗に向けて出した降伏命令に、余程腹を立てたらしく………………」
「そう………………それで?」
「『何時までも調子に乗ってると、殺戮嵐(ジェノサイド)が吹き荒れるぞ』………………だそうです」
「さっきの謝罪の後にそれ?訳分かんないヤツね」
そう言いながら、カチューシャは起き上がって布団代わりの毛布を畳むと、移動する準備を始めた。
「それでカチューシャ、如何なさいますか?」
「愚問よ、ノンナ。先ず、考えてた校舎丸洗いについての撤回は止めにするわ。相手のフラッグ車と、あの緑のヤツの戦車以外を殲滅してそのまま集中砲火を喰らわせた後、きっちりこき使ってやるわ!兎に角。先ずはさっさとこの試合を終わらせて、お家に帰るわよ!」
そうして、2人は其々の戦車の元へと移動を始め、試合の再開に備えるのであった。
さて、視点を移して、此処は大洗チームが立て籠っている廃教会。
其所では、状況打破のための巻き返し作戦--『ところてん作戦』--のための準備が始まっていた。
プラウダの生徒が逃げ帰った直後、優花里とエルヴィン、麻子と達哉とみどり子で編成した2チームが偵察に出てプラウダ戦車の配置やフラッグ車の所在を聞き出すために偵察に行かせたのだ。
それから、帰ってきた2チームの話を聞いて作戦を建て、そして出来た作戦が、その《ところてん作戦》なのだ。
因にだが、フラッグ車の所在や、その守備についての情報を、KV-2重戦車の乗員の1人--ニーナ--から聞き出した優花里やエルヴィンの口から、カチューシャが大洗の事を心底甘く見ている事を聞かされた紅夜が暴れそうになったのを数人がかりで止めたのは、彼等の記憶に新しい出来事である。
そして、肝心の『ところてん作戦』の内容はこうだ。
先ず、偵察に出た2チームからの情報を纏めた結果、プラウダの包囲網には1ヶ所だけ、防御が緩くなっている場所が存在している事が分かったのだ。
だが、それは戦力不足などの理由ではなく、『大洗チームを嵌めるための罠』なのだ。
それからの展開を予測すると、その防御が緩くなっている場所から脱出しようとした場合、別の場所で待機していた予備戦力が駆けつけて攻撃を仕掛けてくる。そうすれば、足止めを喰らっている内に本隊が到着し、再び包囲されると言う結末を辿る。
早めに決着を着けようと、フラッグ車を叩きに向かっても、恐らく同じ結果が待っている事だろう。
そのため、防御が緩くなっているその場所には行かず、敢えて、包囲網の中では最も戦力が集まっている、敵の本隊………………つまり、カチューシャやノンナが居る本陣へと突撃し、それに戸惑っている間に強行突破するのである。
その後、大洗側の戦車数輌で敵の気を引いている間に主力が反転して廃村地帯へと舞い戻り、プラウダのフラッグ車を撃破すると言う作戦である。
だが、紅夜達の戦車はこの場には無いため、彼等は基本的に独立行動する事になったのだ。
「………………以上が、『ところてん作戦』の内容です。では、戦車に乗り込んでください!」
『『『『『『『『『『『『はいっ!』』』』』』』』』』』』
みほの一声で、メンバーが続々と戦車に乗り込んでいく。
レッド・フラッグのメンバーも持ってきた荷物を片付け、自分達の戦車の元へと走って向かっていく。
「んじゃ、俺も戻るとしますかね」
そう呟きながら、紅夜は廃教会を後にしようとしたのだが----
「紅夜君」
----杏に呼び止められ、その足を止めて振り返った。
「ん?どうした?」
何時もの優しげな声色で聞いてくる紅夜に、杏は少しの間を空けてから口を開いた。
「ありがとね。こんな私達を信じてくれて………………それから、ゴメンね。利用するような事しちゃって」
何時ものような、掴み所の分からない大物感が引っ込み、若干しおらしさを感じさせるような声色で言って、頭を下げる。
そんな杏に、紅夜は優しく微笑んだ。
「別に良いよ。それに、あの時俺を説得してたお前の言葉に、嘘が無かったってのは分かってた………………まぁ、出来れば早めに話してほしかったがな」
そう言うと、紅夜は穴から1歩外へと踏み出すと、また振り返って言った。
「それとだが、俺は何としても、この試合に勝ちたい理由があるのさ」
「………………それって、何?」
杏が聞くと、紅夜は不敵な笑みを浮かべて言った。
「お前等を表彰台に上げて、隊長に優勝旗を持たせる。そして、観客から歓声を浴びる嬉しさを体験させたいからさ………………言ったろ?『絶対にお前等を表彰台に上げてやる』って」
「ッ!」
その言葉に、杏は目を見開いた。そして口を開く間も無く、紅夜が言葉を続けた。
「俺にまた、戦車道の世界に入る決意をさせたのは………………お前だろ?最後まで責任は取ってもらうから覚悟しとけよ?………………んじゃ、また後で会おうぜ!」
そう言って、紅夜は教会から出ていった。
杏は暫くの間、紅夜が出ていった大穴をボーッと眺めていたが、やがて調子を取り戻し、最後の準備に取り掛かるのであった。
一方、大洗チームが立て籠っている廃教会を包囲しているプラウダチーム本隊では………………
「敢えて包囲網に1ヶ所だけ、緩いトコ作ってあげたわ。彼奴等は必ず、その場所にやって来る。そしたら挟んでおしまい。かなり早めに帰れそうね♪」
自分の考えた作戦の余程自信があるらしく、T-34/85のキューボラから上半身を乗り出して包囲網を眺めているカチューシャは楽しげに言った。
「上手くいけば良いのですが………………同志、油断大敵ですよ?」
そんなカチューシャに、ノンナはあまり乗り気ではなさそうな声で忠告する。
どうやらカチューシャ程、この作戦が思い通りに成功するとは思っていないようだ。
「カチューシャが考えた作戦なのよ?失敗する訳無いじゃない!」
だが、当の本人は完全に、自分の作戦が成功すると思い込んでいるらしく、ノンナの忠告を一蹴する。
「それに、万が一フラッグ車が狙われたとしても、その時は隠れているKV-2がちゃんと始末してくれる!用意周到且つ偉大なカチューシャ作戦を前にして、連中の泣きべそ掻く姿が目に浮かぶわ!」
最早勝った気でいるカチューシャだが、彼女は知らない。
この作戦が失敗に終わる事を………………そして、カチューシャの一番の獲物が、その場に居ないと言う事を………………