第63話~試合前の挑発!怒り狂う紅夜君です!~
結局、杏が言った『大事な話』の内容を聞けぬまま2日経ち、遂に迎えた、大洗女子学園戦車道チームvsプラウダ高校戦車道チームとで行われる、第63回戦車道全国大会準決勝当日。
此処は、その準決勝の試合会場。北緯50度を越えた、雪の降る夜の雪原地帯。
「んじゃ、俺等は観客席で見てるよ。思いっきり暴れてやれよ?祖父さん」
「あいよ、大河。よォ~く見とけ?ロシア戦車同士の大乱闘を見せてやるよ」
大洗チームのスタート地点では、見学となった大河が紅夜にエールを送っていた。
杏達との食事会の後、紅夜はラインを使って会議を行い、その結果、今回の試合ではレッド・フラッグ3チームの中から、ライトニングとレイガンの2チームが参加する事になったのだ。
「紀子、やっと試合に参加出来るんだから、しっかりやるのよ?」
「もう、分かってるわよ……………」
念を押すようにして言う千早に、紀子が気だるげに言い返す。
他にも、新羅や煌牙が翔の勘助の2人と談笑していたり、深雪が静馬を冷やかしていたりと、レッド・フラッグの中では、和気藹々とした雰囲気が漂っているのだが、大洗チームでは……………
「寒ゥッ!?マジで寒いんだけど!」
「北緯50度を越えてますからね……………」
あまりにも試合会場が寒いからか、沙織がガタガタと震えながら言い、華も若干寒そうにしながら言う。
「こんな時はレッド・フラッグの人達が羨ましいな………」
「ホントにソレだよ!皆して長袖長ズボンだし、さらにジャケット着てるし!」
相変わらずの無表情で麻子が言うと、沙織が大声で賛同する。
2人の視線の先には、普段のパンツァージャケットに身を包み、さらに上から分厚いジャケットを羽織っているレッド・フラッグの女子陣が居た。
杏達との食事会から今日までの2日間で、レッド・フラッグの女子陣のパンツァージャケットはどうなるのかと言う話が持ち上がったのだが、静馬達女子陣は、一応は大洗チームの所属となってはいるが、それ以前にレッド・フラッグのメンバー。
そのため、パンツァージャケットは普段通り、レッド・フラッグで使われているパンツァージャケットを使用し、ジャケット等についてもレッド・フラッグ時代の規則に則れば良いと杏が言った事により、彼女等はレッド・フラッグのパンツァージャケットのさらに上に、防寒用のジャケットを羽織っているのだ。
「て言うか何なのよ~!レッド・フラッグの皆特しまくりじゃん!私達もジャケット持って来れば良かったのにぃ~!」
そう叫びながら、沙織は腕をブンブン振り回して駄々をこねていた。
「各戦車の履帯は、冬季用履帯に換装してるんだな」
「ラジエーターには不凍液……………雪中戦に向けて準備万端って感じね。私のパンターにも、自動車部の人がやってくれてたし」
「自動車部の人達には、今度お礼としてお菓子でも買っとこうか」
紅夜と静馬はそんな会話を交わしながら、待機場所を自由に歩き回っていた。
彼等の行く先々では、大洗チームのメンバーが思い思いの時間を過ごしており、1年生達は雪だるまやかまくらを作ったり、雪合戦をして遊んでおり、カバさんチームの歴女達は武将の雪像を作っており、そのクオリティーの高さに感動した紅夜がスマホを取り出し、写真を何枚か撮ったりしていた。
「ああ、それもそれとしてだが……………静馬、例のヤツは持ってきてるよな?」
一通り歩き回り、自分達の戦車の元へと戻ってくると、紅夜は静馬に何かを確認していた。
「ええ。勿論持って来てるわよ?達哉や雅も、ちゃんと準備してくれてるからね。今は全部、私のパンターの車内にあるわ」
「そっか……………なら、何が何でもお前のチームを守らなきゃな」
紅夜はそう言うが、静馬は不満そうな顔をしていた。
「その台詞を日常生活でも言いなさいよ、バカ」
「いきなり何だよ……………」
頬を膨らませ、そのままそっぽを向いてしまった静馬に、紅夜は困惑していた。
そんな中で、達哉と雅が1年生達に加わって雪合戦を始め、翔や勘助は歴女達の元へと向かい始める。
「暇だなぁ……………俺、戦車の中でグダグタしとくわ。試合始まる時はヨロ」
「はいはい……因にだけど、寝たらキスするからね?」
「分かった、寝ない」
からかうようにして言う静馬に、紅夜はそう言う。
「このバカ!アホ!鈍感緑髪野郎!ティーガーに撃たれて死ね!」
「何だよいきなり……………って、痛ァッ!?」
その反応に怒った静馬は、罵声を浴びせながら、何処からともなく取り出した大型レンチを投げつける。
そのレンチはIS-2のキューボラから、車内へと綺麗に入り、頭部にその直撃を受けた紅夜は、車内にずり落ちていった。
「いってぇなぁ……………何すんだよも~」
頭に大きなたんこぶを拵えた紅夜は、その部分を擦りながら呟いていた。
そんな時、大洗チームの待機場所に、1台の車両--自走式多連装ロケット砲《カチューシャ》--が近づいてきた。
金属音を混ぜたブレーキ音と共にカチューシャは停車すると、両方のドアが開き、其所から2人のプラウダ高校の生徒が降りてくると、そのまま大洗チームの元へと歩みを進める。
カチューシャが近づいてくる音を聞き付けた紅夜も、IS-2の車内から出て砲塔に腰掛け、その2人へと目を向ける。
「あれは、プラウダ高校の隊長と副隊長……………」
「『地吹雪のカチューシャ』と、『ブリザードのノンナ』ですね!」
近づいてくる2人を見て、みほと優花里がそう言い合う。
そんな2人の会話を他所に、カチューシャとノンナは大洗チームの少し前で歩みを止める。
そして、カチューシャは大洗の戦車を一通り見回した。その際、IS-2が影に隠れて見えなくなっていたのは余談である。
「……………フ、フフフ……………アハハハハハハハッ!!」
『『『『『『『『『『……………?』』』』』』』』』
突然高笑いを始めたカチューシャに、大洗のメンバーは首を傾げる。
「このカチューシャを笑わせるために、こんな戦車用意したのよね!ねえ!」
明らかに大洗をバカにした発言をするカチューシャに、大洗のメンバーは表情をしかめる。
「やあやあ、カチューシャ。私は大洗女子学園生徒会長、角谷だ。今日はお手柔らかにね」
まるで気にしていないように、何時も通りの様子で出てきた杏が自己紹介しながら、若干屈んで握手を求める。
「……………」
だが、当のカチューシャは不満げに杏の手を睨み、暫くすると……………
「ノンナ!」
いきなりノンナを呼びつける。
すると、ノンナはカチューシャが何を求めたのかを悟り、カチューシャを肩車した。
「へっ?」
流石に驚いたのか、杏は間の抜けた声を出す。
「貴方達はね、全てがカチューシャより下なのよ!戦車も技術も身長もね!」
ノンナに肩車されたカチューシャは胸の前で腕を組み、見下したような声を上げた。
「……………」
「肩車してるじゃないか……………」
その様子に杏は言葉を失い、桃はボソボソと突っ込みを入れる。
「前2個は分かるけど、最後の1個は納得いかないなぁ~」
「元から背が高いなら未だしも、肩車されてるガキンチョに、『お前等は自分より背が低いんだよ』って言われてもねぇ~」
雪合戦を中断した達哉と雅は、明らかに口悪く言う。
「ッ!其所、聞こえたわよ!よくもカチューシャを侮辱したわね!!粛清してやる!」
そう言って、カチューシャは達哉と雅を指差した。
「指差してギャースカ喚いてんじゃねーよチビ、パンターの75mmでドタマ撃ち抜くぞ」
「怖っ!?」
眉間にシワを寄せて雅が呟くと、達哉がドン引きしたような表情で言う。
「まあ良いわ。行くわよ、ノンナ!」
その呟きは、カチューシャには聞こえていなかったらしく、肩車されたカチューシャはノンナにそう言い、その場を去ろうとするが、その際にみほを視界に捉えた。
「アラ?確か、貴女は西住流の……………」
「……………ッ」
カチューシャが呟いた『西住流』と言う言葉に、みほが表情を歪める。
カチューシャは、そんな様子を知ってか知らずか、フッと笑みを浮かべて言った。
「去年はありがとう。貴女のお蔭で私達、優勝する事が出来たわ。今年もよろしくね、家元さん」
そう言われ、みほの体が一瞬強張る。
『……………あの餓鬼、随分と調子に乗ってやがるな』
未だにIS-2の砲塔に、腕を組みながら腰掛けており、先程までの会話を目を瞑りながら聞いていた紅夜は、全身にドス黒いオーラを纏い、その緑髪を、まるで今の紅夜の心の色の如く漆黒に染め、ゆっくり開いた片目をギラリと光らせて呟いた。
そして砲塔から飛び降りると、そのまま大洗チームの元へと歩みを進めた。
「ところで……………」
其所へ、ノンナが話を切り出すように口を開くと、最初に達哉を視界に捉え、今度は大洗の戦車を一通り見回した。
それから、ノンナは頬を少し赤くしながら言った。
「あの……………長門紅夜は、何処に居ますか?」
「え?」
そんな質問に、みほ含む大洗のメンバーが首を傾げる。
「んー?勿論居るけど……………紅夜君がどったの~?」
杏はそう訊ねるが、ノンナはますます、頬を赤くするだけだ。
「ちょっとノンナ、未だそんな奴の事気にしてるの?」
それが気に入らないのか、カチューシャが紅夜を『そんな奴』呼ばわりして言う。
『ギャーギャー五月蝿ェなァ……人様を『そんな奴』呼ばわりしてやがんのは何処の餓鬼だよ、アア?』
『『『『『『『『『『!?』』』』』』』』』』
突然聞こえた、ドスの効いた低い声に、その場に居た全員が身の毛が逆立つように感じる。
そのまま、まるで油が切れて滑りが悪くなったロボットの首の如く声の主へと視線を向けると……………
『つーか、随分と人のチームの戦車小馬鹿にしてくれやがったの居るよなァ……………アレ言ったの誰だァ?さっさと出てきてツラ見せやがれやゴラァ』
この上無い程に怒り狂っているのが丸分かりで、その怒りのあまりに全身からドス黒いオーラを撒き散らし、それだけに留まらず、鮮やかな緑髪を漆黒に染め上げ、両方の赤い瞳が、鋭いナイフの如くギラリと光っている紅夜が、ザクザクと雪を踏む足音を立てながら歩いてきていた。
「ヒッ!?」
その気迫に圧されたのか、カチューシャが涙目になり、一瞬仰け反る。
それもそうだ。何時の日かのルクレールで、紅夜は黒森峰の要のみを黙らせるつもりが、その場に居たまほやエリカのみならず、店に居た客全員を威圧したのだ。
それが今、何倍ものおぞましさを纏って立っているのだ、誰だって怯えるだろう。
「お、おい紅夜。流石にそれ以上は止めとけ。向こうさん泣きそうだぜ?」
『知ったこっちゃねェよ……………向こうから売ってきた喧嘩だ、高値で買ってやるよ』
最早怒り狂っている紅夜は、達哉の言葉にも耳を貸さない。
『テメエ、今さっき何て言いやがった?西住さんのお蔭で勝てただァ?あれでⅢ号戦車の乗員が、危うく全員溺れ死ぬトコだったんだぜ?西住さんは、別にテメエを勝たせるために試合を放棄したんじゃねえんだ………仲間を助けるためなんだよ……それでいてヘラヘラしたツラ下げて、『貴女のお蔭で勝てたわ』だァ?……………ふざけんのも大概にしとけや!このクソガキがァァァァァァアアアアアアアッ!!!!』
紅夜の怒鳴り声が木霊した瞬間、紅夜を中心に衝撃波が吹き荒れ、メンバーが吹き飛ばされる。
比較的重量の軽い、アヒルさんチームの八九式は、その突風で倒れそうになり、IS-2でさえ、その突風に煽られている。
吹き上がる怒りのオーラは、紅夜を死神のように包む。
「ジェ……………殺戮嵐(ジェノサイド)……………」
「こりゃマズイな……………相手の隊長さん、紅夜を本気で怒らせちまった……………」
「相手の隊長さん、紅夜になぶり殺しにされるだろうな……………ご愁傷さま」
そんな紅夜を見た達哉がそう呟くと、勘助や翔が言葉を続ける。
視線だけで人を殺しかねない程にまで成り果てた紅夜は、黒から炎のような赤に変わったオーラを纏い、終いには漆黒に染まった、元々緑髪だった黒髪を、オーラと同じような紅蓮に染めながら、カチューシャを今此処で殺さんとばかりに睨み付ける。
「~~~~~~ッ!?……………ひぅ」
その鋭い眼光に当てられたカチューシャは、声にならない声をあげて気絶した。
「ど、同志!?」
片の上で気絶したカチューシャに、ノンナは必死で呼び掛ける。
それすら意に介さず、紅夜は右手に握り拳を作って歩みを進める。
それが、紅夜がカチューシャを殴ろうとしていると言うのを意味していると悟ったノンナはカチューシャを下ろすと、紅夜に怒りを鎮めるように、必死で説得を試みるが、怒りで我を忘れている紅夜は聞く耳を持たない。
紅夜は喧嘩の腕では、此処に居る誰よりも強い。恐らく、不発弾状態の彼が爆発を起こして暴れたら、悲惨な結末は免れない。
そんな時だった……………
「紅夜君!もう止めて!」
吹き荒れる突風を掻い潜ってきたみほが、紅夜の体にしがみついて止めた。
『……………』
紅夜は何も言わず、自分をこれより先には行かせないと必死に抱きつき、紅夜が足を動かせないようにと、左足を懸命に踏んで足を動かせないようにしているみほを見た。
「私なら大丈夫だから!カチューシャさんを殴らないで!こんな所で、暴力なんて振るってほしくないよ!!そんな事しても、私は全然嬉しくない!!」
『……………ッ!』
みほが叫ぶと、先程までナイフのように鋭くなっていた紅夜の目がハッと見開かれる。
紅夜を包んでいた赤いオーラや、紅夜から吹き出ていた突風は徐々に弱まっていき、やがて、完全に消える。
紅蓮に染まった髪も、元の鮮やかな緑髪に戻り、紅夜は落ち着きを取り戻す。
「……………ゴメン、西住さん。もう直ぐでやり過ぎるトコだった……………」
そう言って、今度はノンナの方を向いた。
「プラウダの副隊長さん、だよな?いきなり悪かったな。カッとなっちまって」
バツが悪そうに言いながら頭を下げると、ノンナは首を横に振って言った。
「いえ、気にしないでください。それに此方こそ、隊長の無礼をお許しください」
そうして取り敢えずの和解は完了し、ノンナは気絶したカチューシャを連れて戻っていった。
「ふぅ……………すまねえな、皆。怖がらせちまって」
プラウダ陣営に戻っていくカチューシャ達を見送り、紅夜は大洗チームのメンバーにも頭を下げていた。
「良いよ、怒った理由が理由だもんね」
「かなり怒りすぎな気もするが……………」
杏が微笑みながら言い、桃も苦笑しながら言う。
「わ、私達も大丈夫ですよ!」
ウサギさんチームを代表するかのように、梓が前に出てきて言う。
「ああ。西住隊長のためにあんなにも怒る貴殿の姿は立派であった……………やり過ぎでもあるが」
「ソウルネームは《ジェノサイド》で決定だな」
「何だそりゃ……………」
エルヴィンとカエサルが言い、紅夜は苦笑いしながらツッコミを入れる。
「それにしても紅夜、あんなに怒ったのって久し振りじゃねーのか?ルクレールでの時でも、あんなには怒らなかったろ」
「ああ、まあな……………」
そう言ったきり口を閉ざした紅夜だが、其所へ優花里が入ってくる。
「(やはり、西住殿の過去の事を……………?)」
「……………」
小声で訊ねた優花里に、紅夜は頷く。
その反応を見た優花里は微笑み、みほの元へと戻っていった。
「んじゃ、相手との仲直りも出来たし、作戦会議しよっか!」
『『『『『『『『『『『『『おーーーっ!!』』』』』』』』』』』』
そうして、試合に向けての作戦会議が始まるのであった。
その頃、プラウダ陣営では……………
「ハッ!?わ、私は何を!?」
「起きたのですね、カチューシャ」
陣営に着いたところで、車内でカチューシャは目を覚まし、ノンナもそれに気づいて声をかける。
「ノ、ノンナ……………此処は?」
「我々プラウダの陣営です。あの後、カチューシャは気絶してしまったので、此処まで連れてきたのですよ」
「そう……………ありがとね、ノンナ」
そう言うと、カチューシャは憎々しげに歯軋りした。
「それにしても、何なのよ彼奴……………絶対に粛清してやるんだから……………ッ!」
そう言いながら、カチューシャはドアを開けて外へと出るのであった。