移動中に奇襲を仕掛けてきた、三式、四式の2輌を、ライトニングとスモーキーの2チームが難無く撃破し、本隊に戻ろうとしている中で紅夜が羞恥に悶えている間、みほ率いる本隊は、森林地帯を東へ進んでいた。後からやって来る紅夜達との合流を果たすためだ。
「それにしても、あの場で三式と四式を出してくるとは思いませんでしたね。2輌共、それなりに火力はありますから、温存しておいた方が良かったと思いますが」
何時でも砲弾を装填出来るよう、弾薬庫から砲弾を取り出して構えている優花里が言う。
「そうだね。まぁ、相手の目的が偵察と、可能なら此方の戦車を1輌ぐらい撃破する事なら、あの2輌を投入してきても不思議じゃないけど」
そう返し、みほはキューボラから上半身を乗り出して周囲を見渡している。
これまでに現れた敵の戦車は、先程紅夜達によって撃破された三式と四式の2輌だけ。万歳突撃作戦で黒森峰に破れて懲りたのか、集団でかかってくるような事は、今のところはない。
現在の戦況は、大洗チームの戦車9輌(全車両無傷)に対し、知波単チームの戦車13輌。
だが、現在は紅夜達2チームが本隊から離れているため、何処かで知波単チームが集団で襲い掛かってこようものなら、みほ達は、彼女等の本隊の戦車の約2倍の戦力相手に砲撃戦を繰り広げる事になる。
静馬率いるレイガンの戦車は、実際の戦時中は勿論、戦車道でも重視されている戦車の3要素--《走・攻・守》--のバランスが取れたパンターは非常に高いスペックを誇る上に、長年戦車道同好会チームとして戦ってきただけの事はあり、乗員の実力も非常に高いが、それだけでは心許ない。
そのため、みほ達は一刻も早い紅夜達の合流を願いながら、合流予定のポイントへと向かっていた。
その頃、本隊への合流を急いでいるライトニングとスモーキーの2チームは、森林地帯へと侵入し、みほの指示があった地点へと向かっていた。
「それにしても、なんで向こうは三式と四式なんざ出してきたのかねぇ?それが囮作戦だったとして、囮にするなら九七式とか九五式とかにすりゃ良かろうに……………祖父さん、それについてどう思うね?」
紅夜のIS-2の横について走るイージーエイトのキューボラから上半身を乗り出し、大河はインカムに向かって呼び掛ける。
「さて、どうだかねぇ……………ちょっと前に知波単について調べたけど、やっぱ主な戦術は全員での万歳突撃で、偵察を出すとかはあんま無かったらしいから分からねえが…………やっぱ考えられるとしちゃ、偵察じゃね?」
右の肘で天板に頬杖をつき、左手でインカムを持った紅夜はそう答える。
「成る程、そう言う考えか……………だが、偵察にしちゃあ使用する戦車が強すぎねえか?それならさっきも言ったように、九七式になり九五式なり出しゃ良かったってのに、よりにもよって三式と四式だぜ?そこそこ火力の強い戦車を、態々偵察なんぞのために出す理由がさっぱり分かんねえぜ」
紅夜の答えにいまいち納得がいかなかったらしく、大河はそう言う。
「そんじゃ、偵察の他にも、何か『別の目的があった』と考えた方が妥当だな………ッ!停車!」
「ッ!?」
そう言いかけたところで何かを見つけたのか、紅夜は直ぐ様停車するように指示を出す。
突然の停止命令に驚きつつも、達哉はブレーキペダルを踏み込んでIS-2を急停止させる。
それに驚いたスモーキーのイージーエイトも遅れて急停止すると、少し後退してIS-2の直ぐ隣につける。
「ど、どうしたよ祖父さん?」
「……………」
大河はそう呼び掛けるものの、紅夜は何も答えない。ただ、取り出した双眼鏡で辺りを見回す。そして、何か気になるものを見つけたのか、周囲を見回していた顔の動きを止めると、其所からは顔を動かす事無くある一点を睨み付けるだけだ。
「……………?」
その行動を不思議に思った大河も双眼鏡を取り出し、紅夜が睨んでいる方を見る。
「祖父さんよ、そんなまじまじと向こう見て、一体何があるって………おいおい、マジですか?」
紅夜が見ているものを視界に捉え、大河はそんな声を溢す。
彼等が見ていた先には……………
……………恐らく、残った戦車を総動員したのであろう大群で、森林地帯を進撃し、紅夜達が向かおうとしている地点とは全く同じ方向へ進んでいる、知波単チームの戦車隊の姿があったのだ!それも、彼等からはかなり遠くの位置に!
「「……………」」
それを見た紅夜と大河は、双眼鏡を抱えて唖然としていた。
「結構遠くに居るな、向こうさん……………」
「ああ……………何か、嫌な予感がしてきた……………ッ!まさか、向こう側の目的って……………!?」
「ん?祖父さん、どうしたよ?」
突然目を見開いた紅夜に、大河は首を傾げながら訊ねる。
「こりゃマジでヤベエな……………急いで連絡だ!あの時、敵が九七式とか九五式とかを送り込まずに三式や四式送り込んできた理由が分かったかもしれん!」
「マジで!?」
紅夜が大声を張り上げると、大河も仰天して声を上げる。
「ああ!それに、もしこの予想が当たってたら、本隊が危ねえ!」
そう言って、紅夜は双眼鏡をインカムへと持ち替え、みほ達へと通信を入れるのであった。
「よぉーし、到着~!」
「後は、長門さん達の到着を待つだけですね」
「うん。でも、敵が来るかもしれないから警戒だけはしておいて」
その頃、紅夜達との合流予定のポイントへと到着した、大洗チーム本隊は、戦車を停めていた。
四方を森に囲まれた草原の真ん中で、フラッグ車であるⅣ号を守るような形で他の戦車を配置させている。
「アヒルさんチーム、西方への偵察をお願いします。ウサギさんチームは東方を」
『『了解!』』
みほが指示を出すと、アヒルさんチームの八九式とウサギさんチームのM3が本隊を離れて、森の中へと入っていった。
その時だった!
『おい!ヤベエぞ隊長!』
切迫した声色の紅夜からの通信が飛び込んできたのだ!
「ど、どうしたの?」
切迫している紅夜の声色から、何かマズイ事態になっていると思ったみほが、緊張しながら聞く。
『お前等、今何処に居る?』
「え?もう合流地点に着いたけど……………でも、なんで?」
『さっき知波単の戦車の大群を見たんだよ!恐らくそっちに向かってる、連中は俺等レッド・フラッグのメンバーを本隊から外して時間稼ぎしてる間に、残ったお前等に残りの戦力全部回して総攻撃を仕掛ける作戦だったんだ!だから三式や四式があの場に居たんだ!』
「ええっ!?そんな!」
紅夜が言うと、みほはそう声を上げる。
つまるところ、知波単の作戦は大洗チームの後ろ楯的存在であるレッド・フラッグのメンバーを本隊から外させて戦力を削る事だったのだ!
『恐らくだが、今俺等が急いでも間に合わねえ。そっちに向かってる間に知波単の連中が到着して攻撃してくる』
「……………」
紅夜から知らされた《最悪な状況》に、みほは言葉を失う。
『だから、ちょっとの間持ちこたえてくれ。ホンのちょっとで良い。絶対にそっちに合流して助太刀すっから、それまで頑張れ!』
「う、うん!」
そうして、紅夜からの通信は切れた。
2人の通信を聞いていたあんこうチームのメンバーは、全員が緊張した面持ちだった。
そしてみほは、少しでも戦力を集中させるため、偵察に出たウサギさんチームとアヒルさんチームに戻ってくるように指示を出そうとした。
『こ、此方アヒルさんチーム!』
すると、今度はアヒルさんチームの典子が切迫した声色で通信を入れてきた。
『ち、知波単チームの戦車隊と遭遇!数は恐らく13輌!』
「「「「「ッ!?」」」」」
手遅れだった。もう既に最悪な状況へと向かっていたのだ。
「あ、アヒルさんチーム!なるべく交戦は避けて此方に戻ってきてください!」
『『『『は、はい!』』』』
「ウサギさんチーム、偵察を中止して今直ぐ戻ってきてください!」
『『『『『『りょ、了解です!』』』』』』
みほは2チームに指示を出すと、キューボラから上半身を乗り出して周囲を見渡す。遠くから、恐らくアヒルさんチームを襲っている知波単チームの戦車隊のものなのであろう砲撃音が立て続けに響いてくる。
みほはその場に残っている全てのチームに、何時戦闘が始まっても良いように準備するよう指示を出す。
そして、アヒルさんチームが偵察に向かっていった方を睨み付ける。
激戦の時は、刻一刻と近づいてきている。