「あー、居心地メッチャ悪い~」
「仕方ねぇだろ、此処は女性用の水着売り場なんだしさ……つーか紅夜、俺はお前が来るまでの間、ずっとこんな思いしてたんだぜ?おまえは少なくとも、俺よりもそんな思いする時間は少ねぇんだから、それだけでもありがたいと思え」
紅夜を女性用水着売り場へと連行してきた達哉は、店に入ってから大洗戦車道チームやレッド・フラッグの女性陣のメンバー以外の女性客の視線に、居心地の悪さを露にする紅夜に文句を言っていた。
とは言え、大概の視線に含まれる気持ちは好奇心なのだが、それでも、性別での人工比率は、言うまでもなく女性がダントツに多い。
視線に含まれる女性客の気持ちがどのようなものであれ、紅夜や達哉からすれば堪ったものではないのだ。
「それに、俺さっき言ったろ?『お前の感想を求めてる奴が結構居るんだ』って」
「俺みてえな奴の意見聞いたって何にもならんだろうに……………」
達哉が言うと、紅夜はガックリと肩を落としながら言い返す。
「あっ、達哉君!長門君は見つかったの?」
其所へ、達哉を見つけた沙織が近づいてきた。
「ああ、この通りにちゃんと捕まえてきたぜ」
そう言うと達哉は、肩を落として猫背状態になっている紅夜の首根っこを片手で掴み、持ち上げてみせる。プラーンと垂れ下がる紅夜を見た沙織は、達哉の常識はずれな腕力に目を見張る。
「えっ、これって武部さん、お前の差し金だったんか?」
「うん、ゴメンね~」
そう言って、沙織はイタズラが成功した子供のような笑みを浮かべる。
そんな邪気の無い笑顔に、紅夜は怒る気にもならずに項垂れた。
「まぁ、もう連れてこられたんだから別に良いけどさ……………つーか達哉、いい加減にそろそろ下ろせ」
紅夜がそう言うと、達哉は紅夜を持ち上げたままで手を離すが、それを予想していたのか、紅夜は尻餅をつく事無く着地すと、背筋を伸ばした。
そして、先に歩き出した達哉と沙織の後に続く。
「ウーーンッ!やっぱ1度でも猫背になったら、背筋伸ばすのすらダルく思えてくるぜ」
そう呟きながら、紅夜は伸びをして閉じていた目を開ける。
「それにしても……………男のもそうだが、女の水着にも色々と種類があるんだな」
そう言いながら、紅夜は所狭しとばかりに並んでいる水着を見渡した。
大人しめの女性が着るようなタイプの水着は勿論の事、スポーツタイプの水着もあれば、『魅せる』タイプの水着もある。
欠伸混じりに辺りを見回しながら前を行く2人についていくと、其所にはみほ達あんこうチームのメンバーが居た。
まだ水着を決めていないらしく、全員、どれにしようかと悩んでいた。
「皆~、長門君が合流したよ~」
沙織がみほ達に呼び掛けると、みほと優香里、そして華が振り向いて微笑み、紅夜に小さく手を振る。
麻子も気づいたのか、軽く手を上げて会釈した。
「(つーか、武部さんってマジで達哉の事好きなんだな……心なしか、距離が近く見えるし、何時の間にか名前で呼んでるし)」
前を歩く2人の様子を見ながら、紅夜はそんな事を考える。そのままみほ達に合流した一行は、水着売り場を散策し始めた。
「おっ、何かさっき見たのとは、また違うタイプのだ……ホントに水着って、色々と種類があるんだな……」
立ち並ぶ水着をどうでも良さそうに眺めながら、紅夜はそんな事を呟く。
それに反応したのか、優香里が突然、紅夜に詰め寄った。
「そうなんです!此処は何と言っても、『水着と呼ばれるものなら、あらゆる種類を揃えている』と言うのが売りなんですよ!」
「へ、へぇ~………」
興奮気味に語り出す優香里に、紅夜は若干引きながら言う。
「例えばですねぇ~……これとか、これとか!」
そう言うと、優香里はハンガーに掛かった何着かの水着を引ったくるようにして持つと、近くにあった試着室に飛び込んでいった。
「ボンペイの壁画をイメージした最古のツーピースに、19世紀のスイムスーツ!そして何と言っても、お約束の縞水着!」
優香里はそう言いながら、彼女が言う水着の姿になってポーズを決めて現れる。
「お前、早着替えコンテストにでも出れば?」
カーテンを勢い良く明け閉めして、気がつけば別の水着姿になっている優香里を見て、紅夜はそんなコメントを呟く。
少なくとも今の状況で言うような台詞ではないのだが、強ち間違いでもないのでタチが悪い。
「更には!」
優香里はそう付け加えると、着ていた水着から制服姿に戻って、先程取り込んだ水着を元の位置に戻すと、今度はまた別の水着を何着か取り、再び試着室に飛び込んでいった。
そして数秒程度で、カーテンが勢い良く開け放たれる。
「古今東西の映画俳優デザイナーズブランドや、グラビアアイドル用に至るまであるんですよ!」
カーテンが勢い良く開け閉めされる度に、ピンク色のビキニや白いハイレグ水着姿になった優香里がポーズを決めて現れる。
「だからさぁ秋山さん、今からでも早着替えコンテストにでも…「それはさっき聞いた」」
またしても同じ事を言おうとした紅夜の口を、達哉が素早く塞いだ。
そうしている内に、制服姿に戻った優香里が試着室から出てきた。
「………と、こんな感じで説明させていただいた訳ですが………」
そう言いながら、優香里は若干頬を赤く染めて、紅夜に近寄った。
「どう、でしたか?私の、水着姿は……」
そう言って、優香里は紅夜を見上げた。
「ふむ…………似合ってたと思うぜ?案外ノリノリだったから余計にな」
そう言って、紅夜は微笑みかける。それを見た優香里は、花が咲いたような笑みを浮かべ、みほと華は複雑そうな表情を浮かべる。
「……………何コレ?」
そんな麻子の声に、一行の目線が集中する。麻子が持っているのは、最早ただの紐にしか見えないような水着だった。
それを視界に捉えた沙織は、その水着を指差して声を上げた。
「あっ!それは幻のモテ水着!」
「えっ、こんなのが!?」
「違うでしょう」
「どっからどう見たって、ただの紐にしか見えねえよコレ」
みほが沙織の言葉を信じそうになるが、華がそれにツッコミを入れる。
紅夜は呆れたような表情で、腕を組みながら言った。
「……………」
幾ら麻子でも、流石に紐水着を持っているのは恥ずかしかったらしく、そのまま元あった場所へと戻した。
「あっ!アレなんて良さそう!」
沙織はそう言って、近くに展示されている水着へと近づいていった。
「おおっ!これは女子の嗜みのフラワーね!やっぱ可愛い!此方はガーリー!やっぱ堪んない!ゴスも若い内に1度は着てみたいよね!」
様ざな種類の水着に近づいて眺めながら、沙織は興奮して言う。
他の一同が沙織を目で追う中、紅夜は捲し立てるように言う沙織のペースについていけずにポカンとしている。
「だけど、それより!」
そう言って、沙織は一同の方に振り向いて言った。
「今年はきっと、パンツァーが来ると思うんだ!ううん、絶対に来る!」
「パンツァー、ねぇ……………」
確信めいた表情で言うが、紅夜は『パンツァー=Panzer=戦車』が、『水着』に関連する理由が分からずに首を傾げた。
「豹柄ですよね?」
「おっ、それ良いね、それに1票」
「違う!それパンサー!」
華が出した答えに紅夜も賛同するが、沙織に即答で否定される。
「あっ、そう言えば昔、パンターは『パンサー戦車』って呼ばれてましたね」
その様子を見ていた優香里が、思い出したような表情で呟いた。
「そう!正にそれ、戦車だよ!」
「意味不明……………」
優香里の答えが正解だったそうだが、麻子は未だに意味が分からず、そんなコメントを呟く。
「だから、大胆に転輪をあしらったコレとかよ!」
そう言って、何時の間にか試着室に入っていた沙織が水着姿で現れる。
「パレオにメッシュを使って……………えっと、シュル、シュル……………何てったっけ?」
パレオになっている部分を捲りながら言うが、言おうとしている単語が思い浮かばないらしく、沙織は訊ねた。
「ああ、それってシュルツェンじゃね?ホラ、Ⅳ号とかⅢ突とかに付けてた外装式の補助装甲板」
「あーん!それ私が言おうとしてたのにぃ~!」
紅夜が答えると、優香里が泣きながら言う。
「そりゃすまねえな、秋山さん……………にしても、戦車っつったってそれぐらいしか無いんじゃね?」
「いえ、こんなのもありますよ!」
何時の間にか機嫌を直していた優香里が、ある水着に着替えて言った。
「へぇ~、南国風で良いなぁ……ん?秋山さんよ、それのマークもしかして………」
「はい!アフリカ軍団仕様です!」
紅夜が、優香里が着ている水着に描かれているマークを指差して聞くと、優香里はその部分を見せるようにして答える。
「それもそうだし、こう言うのも!」
そんな声が聞こえた一行が振り向くと、何時の間にか沙織に掻っ拐われて試着室に放り込まれ、カンガルーのマークがプリントされたピンク色の水着に着替えさせられた麻子が現れた。
「なんで私が………」
麻子は大して興味が無いのか、かなりウンザリしたような表情で言う。
「おっ、ソイツは知ってるぜ!確か英国第7機甲師団、通称《デザートラッツ》仕様だな」
「へぇ~、達哉ってそんなんまで知ってんのか」
「まぁな」
紅夜が話しかけると、達哉は得意そうに返事を返した。
「そう、そう言うのだよ達哉君!今年はそう言うのが絶対来るよ!」
「「ね~」」
沙織と優香里が盛り上がるが、紅夜、みほ、華の3人は……………
「来るのか?」
「どうだろう………」
「恐らく来ないと思います」
そんな冷めた会話が交わされていた。
そうしている内にも、麻子が『学校指定の水着で良い』と言った発言をして、沙織に何やら説教をされていた。
「なぁ、達哉……………女の流行ってのは分からねえモンなんだな」
「ああ、奇遇だな紅夜。俺もちょうど、そんな感じの事を考えてたところだぜ」
そんな会話を交わしながら、紅夜と達哉、たった2人の男は、彼女等の近くに居ながらも、まるで遠いものを見るような目をしながら見ていた。
「悪い、ちょっと手洗い行ってくる」
「あいよ、いてら~。チャラけた女に絡まれんなよ~」
「既に女に誘惑された事があるお前に言われたかねぇよ」
からかうようにして言う紅夜にそう言い返すと、達哉は水着売り場を出ていった。
「ふぅ……」
そんな中でも、麻子に何やら言い聞かせている沙織を見ながら、紅夜は微笑みを浮かべた。
「いやぁ~。結構施設とかが発展してきてるなぁ、赤旗の隊長さんよ」
「ッ!?」
突然横から聞こえた声に、紅夜はギョッとして振り向く。
紅夜の視線の先には、黒髪に蒼い目と言う違いを除けば、紅夜と瓜二つの青年が立っていた。
その青年はパンツァージャケットに身を包み、かぶっている帽子には、雄叫びを上げる白い虎が描かれていた。
そう。彼こそが、何時か紅夜が拓海から聞いた、今となっては、ほぼ誰にも知られていない、真の初代男性戦車道同好会チーム--《白虎隊(ホワイトタイガー)》--の隊長にして、試合中の事故によって、早すぎる死を遂げた青年――八雲 蓮斗(やくも れんと)――だった。
「え、えっと………………どちらさんですかね?」
紅夜は青年の正体には薄々勘づいていたが、取り敢えずは知らないふりをした。
「おろ?知らねえのか?拓海から俺について聞いてると思ったんだがな……………お前、結構前に拓海の家に居たろ?白虎隊の帽子とティーガーのマニュアル持ってったじゃねえかよ」
「そ、そうッスけど………………んじゃ、アンタが……………八雲蓮斗、さん……?」
「ああ。俺が白虎隊の隊長、八雲蓮斗だ……………はじめましてだな、会えて嬉しいぜ。赤旗の隊長--長門紅夜君--よ」
そう言うと、蓮斗はかぶっている帽子のつばを少し上げて微笑みかけた。
「……………何かしに来たのか?」
その問いに、蓮斗は両手を振りながら答えた。
「いやいや、後輩が居たから挨拶がてらにおちょくりに来たのさ。どうだ?驚いたか?」
紅夜が首を横に振ると、蓮斗は『残念だ』とだけ言って豪快に笑う。だが不思議な事に、かなりの大音量なのにも関わらず、他の客には聞こえていないのだ。
「おっと、今回の接触はここまでだな……………じゃあな、赤旗の隊長さん。また今度にでも遊ぼうぜ」
「え、おい!?」
紅夜が呼び止めるのも聞かず、蓮斗はそのまま、誰にも見られる事無く店を出ていった。
「ただいま~」
それと入れ違いになって、達哉が戻ってきた。
「おい紅夜、聞いてくれよ。さっきさぁ、お前とスッゲー似てる人と擦れ違ったんだよ。偶然ってスゲーよな!どっかに住んでる人なんだろうが、何処の人なんだろうなぁ~」
達哉は興奮気味にそう言うが、紅夜は複雑な面持ちだった。
「(違ぇよ達哉……………確かに容姿は俺と瓜二つだが、後のお前の言葉、『どっかに住んでる』ってのは違ぇよ。だってその人は……………大昔に『死んだ』んだから…………)」「ん?どうした紅夜?」
そんな顔で考えていると、キョトンとした達哉が声をかけた。
「ああ、いや!何でも無い……………ホラ、行こうぜ」
「あいよ!」
そうして紅夜と達哉は、みほ達の元へと向かった。
この時紅夜は、今後も時々、あの八雲蓮斗と言う青年に会う事になるのを……………そして未来……………と言っても、そんなに大して遠くはない未来に、自分達に残酷な運命が襲い掛かると言う事など、考えもしなかった。