紅夜暴走事件から2日明けた今日、大洗女子学園戦車道チームでは、とある話が持ち上がっていた。
「……………と言う訳で、知波単学園との試合会場は、南の島に決定しました~!勿論ビーチでも泳げるよ~~!」
『『『『『『『おおーーっ!!』』』』』』』
IS-2のエンジン部分にサマーベッドを置き、其所に寝転がった杏が言うと、メンバー全員から歓声が上がる。
「海かぁ~……………釣りとかモリで魚捕ったりして、食いてえなぁ~」
1日欠席を経て復活した紅夜はそう呟くと、腹の虫が嘶く。
「それもそうだけど、せっかくのビーチなんだから泳ごうよ!」
紅夜を押し退けるようにして出てきた沙織が提案すると、他のメンバーから賛同する声が上がる。
「……………」
そんな明るい雰囲気の中で、みほだけは1人、まるで会話についていけていないかのように辺りをキョロキョロと見回している。
「西住ちゃん、どったの?」
そんなみほの挙動を不思議に思ったのか、杏が訊ねた。
「私、その……………水着持ってなくて……………」
「あれま、そうなの?」
みほが答えると、杏は意外だとばかりに目を丸くする。
「そう言えば紅夜、お前も水着持ってなかったよな?男子の中でお前だけ」
「ん~?……あー、そう言われてみりゃそうだな」
「おーおー紅夜君、君も持ってないのか~。いやァ~、2人でお揃いだねぇ~」
「ふえっ!?」
「それもそっスね」
杏が冷やかすように言うと、みほは顔を真っ赤に染め、紅夜は大して気にしておらず、ウンウンと頷いている。
「それじゃ、皆で買いに行きませんか?アウトレットに良いお店があるんですよ」
優香里が提案すると、一同の視線が優香里に集まり、今度は互いに見やって頷き合う。
「良し!そんじゃ秋山ちゃんの提案を採用して、学園艦が寄港したら皆で水着買いに行くか!」
『『『『『『『おおーーっ!!』』』』』』』
場をまとめるように杏が言うと、メンバーから声が上がり、水着を買いに行く事が決定された。
「そんじゃ紅夜、行ってらっしゃい」
その時突然、達哉は紅夜の肩に手を置いて言った。
「ん?お前等も来るんじゃねえのか?」
「いやいや、お前さっき俺が言った事聞いてなかったのか?」
そう言われ、達哉が紅夜は水着を持っていないと言う事を伝えた時を思い出していた。
「あの時言ったろ?『男子の中では、お・ま・え・だ・け・が水着を持っていない』って」
「ああ、確かにそう言われたけど……………って、お前等まさか!?」
「そう……………お前1人で行ってこい♪」
「馬鹿野郎ォォォォオオオオオッ!!コイツッ!何を言っている!?ふざけるなァァァァアアアアアッ!!!」
「紅夜よ……………」
達哉がそう言いかけると、翔や勘助、そしてスモーキーの男子陣が集結し、畳み掛けるようにして言った。
「「「「「最終的に……………後でそのネタを使って、紅夜を面白可笑しくイジり回せたら良かろうなのだァァァァアアアアアッ!!!」」」」」
「テメェ等ァ……………ッ!」
その瞬間、紅夜から半透明のオーラが溢れ出る。
そして、紅夜はそのオーラを一気に解放し、そのオーラは金色となり、紅夜も金髪碧眼へと姿を変える。
『表出やがれやゴルァ!全員纏めてぶちのめしてやる!』
「「「「「上等!」」」」」
そうして、男子陣全員が格納庫の外へと出ていき、6対1の大乱闘が始まった。
格納庫の門が勢い良く閉まり、その場に沈黙が流れる。
その後、爆音や怒鳴り声が響き渡り、その場の温度すらも下がり始めた。
そとの喧騒を聞くこと数分、桃はおずおずと、話を切り出した。
「えー……………取り敢えず、これから詳しい予定について話す。外で喧嘩してる男子陣への連絡は……………須藤、頼む」
「りょ、了解しました……………」
そうして、話に加わってきた杏や桃が詳しい予定についてメンバーに伝え、その日の活動は終了となった。
余談だが、活動が終了しても外の喧騒は収まらず、それからさらに1時間程で漸く静かになり、メンバーが恐る恐る外に出てみると、紅夜を除いた男子陣が倒れており、紅夜も肩で荒く息をすると、程無くしてその場に倒れたと言う。
その後の話し合いで、結局達哉がついていく事になったらしい。
そして、大洗町に寄港した学園艦から降り、陸の土を踏みしめた大洗戦車道チームの一行は、直ぐにアウトレットへと移動し、そのまま一直線に水着売り場へと直行する。
「さてと……………俺も適当に水着選んで買うか」
紅夜はそう呟くと、女性用水着売り場の向かい側にあった男性用水着売り場へと向かい、丈が膝までの、黒地に蒼白い稲妻が描かれた水着を買って、その2つの水着売り場のちょうど真ん中にある休憩スペースのベンチに腰掛け、スマホを取り出して時間を潰そうとした。
電源を入れると、画面には電源を切っている間にラインのメッセージが届いていたらしく、そのメッセージ画面が表示された。
「おっ!綾(あや)からだ。彼奴からラインしてくるなんて久し振りだな……………」
そう呟きながら、紅夜はメッセージを読む。
『兄様、試合の時はよろしくね。全力で来なさいよ?』
「へぇ~、彼奴知波単入って戦車道選んだんか……………つーか、アイツのキャラも相変わらずだな」
紅夜はそう呟きながら、妹--長門 綾(ながと あや)--について考える。
綾は陽気な紅夜と比べるとしっかり者で、若干気が強い少女だ。
紅夜の緑色の髪の毛に対して、彼女のは黄緑色。そして、何処と無くアウトドア派な雰囲気を感じさせる。
紅夜の事は『兄様(にいさま)』と呼んでいる。
普段は紅夜に対しては、若干トゲのあるような話し方をするが、紅夜を通じて彼女とも交流があったレッド・フラッグのメンバーは、それが好意の裏返しであると言うのがバレバレだった。
事実、紅夜と親しげに話している女性には嫉妬したような視線を向け、その後は紅夜にくっついているのが、達哉が度々目撃していた。
所謂、『ツンデレのブラコン』と言ったところである。
「コラコラ紅夜君?なァ~に休んじゃってるのかな~?」
暫く会っていない妹の事を思い起こしていると、まだ水着売り場に行ってなかったのか、売り場の外に居た杏が近寄ってきた。
「ん?俺、自分の水着買ったんスけど」
「そりゃそうだけどさぁ~。もっと、こう……………気にならないの?」
「何が?」
首を傾げる紅夜に、杏は徐々に言葉を詰まらせていく。普段はどのような相手にも調子を乱さない彼女でも、こんなにも筋金入りの天然を相手にしたら分が悪いようだ。
「オイ紅夜、何1人のんびりしてやがんだよ?とっとと来い。俺1人女性の水着売り場に放り込まれて居心地悪いんだよ」
売り場から出てきた達哉が、呆れたように言いながら紅夜に近づいた。
「へっへっへ~だ。俺1人に気まずい思いさせようとしやがった罰だよ~」
「聞く耳持たんわ!テメェも来やがれ!」
「うわー、おーぼーだー。俺には選択する権利があるんだ~」
「知ったこっちゃねぇわ、そんなモン。良いから来やがれ、お前の感想求めてる奴が結構居るんだよ。だからさっさと来い、何も言わずに来い、嫌とは言わせない」
「ンな無茶苦茶な……………」
紅夜のささやかな抵抗も空しく、達哉に首根っこをひっ掴まれてズルズルと引き摺られていった。
その頃、知波単学園戦車道チーム隊長の絹代も、寄港した先でのアウトレットて水着を買っていた。
黒いビキニタイプの水着やハイレグタイプ等を手に取って見比べては、それが自分に合うかどうかを考え、それを元の場所に戻しての繰り返しである。
だが、その表情には自分に合う水着が中々見つからない事へのイラつきを感じさせるような表情は無く、楽しそうな表情を浮かべていた。
「(この水着なら、旦那様も……………否、それなら此方も捨てがたい………ああ、想像が膨らんでいく♪)」
実際、自分が恐がられている事など知りもしない彼女は1人、そんな妄想に耽っているのであった。