反省も後悔もしていない!(←しろよ!)
「そういやお嬢ちゃん。お前さんの名前、何て言うんだ?」
「?」
今は昼。紅夜はゲームセンター前で出会った少女が迷子であったため、《迷子の子を親の元へ帰しましょう作戦》を開始し、その少女を親の元へ帰すべく、彼女の親探しのために学園艦の町中を歩き回っていたのだが、不意に、その少女に名を聞いていた。
「いや、ホラ……………ずっと『お嬢ちゃん』とか『お前さん』呼ばわりするのも、如何なモンかと思ってな。出来れば教えてもらいたいんだが」
「……………」
紅夜がそう言うものの、その少女は無言を貫いている。
縫いぐるみをくれ、さらに親を探すのを手伝ってくれている青年であるとは言え、容易に名を名乗って良いのかと……………
「あ、別に名乗りたくなかったら、無理にとは言わんから」
ただ無言で紅夜の横を歩く少女に、紅夜はやりにくさを感じながら言ったが、その少女はゆっくりと口を動かした。
「……………愛里寿(ありす)」
「ん?何だって?」
小さく言ったからか、聞こえなかった紅夜は聞き返した。
「……………島田 愛里寿(しまだ ありす)」
「成る程、愛里寿ちゃんね……………りょーかい。俺は………」
「知ってる。長門紅夜お兄ちゃん」
名前の後ろに付け加えられた単語については一先ず無視して、紅夜は、愛里寿が自分を知っている事に驚いていた。
「……………なんで知ってんの?」
「試合、見てた……………大洗の試合も、もっと前の試合も」
「マジか」
現役時代の自分のチームの事を覚えている者が居た事に、紅夜は内心で喜んだ。
「紅夜お兄ちゃんのチーム、凄く強かった……………多分、私のチームとやっても、勝つかもしれない」
「へぇー、愛里寿ちゃんって戦車道チームの隊長してんのか」
「うん……………センチュリオンの車長もしてる」
「ま、マジですか……スゲーな………(つーか、それって使っても良いのか?大戦後の戦車じゃなかったっけ?この子のチーム、マジ半端ねぇ………どんなチームなんだ?)」
そう思いつつ、紅夜は表情をひきつらせながら言った。
「特に、知波単や黒森峰との試合………あれが一番凄かった……紅夜お兄ちゃん、相手の隊長助けるために無茶してた」
「あー、それも見られてたのか……………」
当時の事を思い出し、紅夜は照れ臭そうに頬を掻いた。
「(つーか、知波単学園ってどんなトコだっけ?)」
「凄く、不思議だった」
「ん?」
突然、そのような事を言った愛里寿に、紅夜は目を向けた。
「下手したら、紅夜お兄ちゃんだって無事じゃ済まないのに……助けた……なんであそこまで出来るの?」
そう言って、愛里寿は紅夜を見上げる。
暫く悩むような仕草を見せ、紅夜は両手を後頭部に組みながら言った。
「『なんであそこまで出来るのか』、ねぇ……………正直、俺にも分かんねえ」
「分からないのに、助けたの?」
「仕方ねえだろ。あのまま放っといたら向こうが危なくなるんだ。つーか、そもそも人を助けるのに、理由なんぞ要らねえだろ……………まあ強いて言えば、『助けねえと』って思ったから助けた……って感じかな」
「………」
そう言う紅夜を、愛里寿は何も言わずに見上げていたが、不意に顔を逸らし、口を開いた。
「それじゃ……もし紅夜お兄ちゃんの目の前で私が困ってたら……助けてくれる?」
そう言って、愛里寿は再び紅夜を見上げる。
それを見た紅夜は何を今更とばかりに溜め息をついて言った。
「ああ、俺に出来る事なら何でもしてやんよ。お前さんが怖い目に遭わされそうになってたら、絶対助け出してやるよ」
「うん……ありがと……」
そう言って、愛里寿は顔を赤くしながらも満足そうに微笑んだ。
そうしている内に、一行は交番の前にやって来ていた。
「探し回ってもキリがねえから、お巡りに頼ろうぜ」
「うん……………大学なのに情けない」
「ええっ!?アンタ大学生だったんか!?」
「うん。でも飛び級だから、お兄ちゃんよりかは年下」
「何か俺、この世界の仕組みが分からなくなってきた……………つーかオイ、飛び級ってアメリカとかでしか無かったんじゃねえのかよ……………少なくとも、日本で飛び級制度あるとか聞いた事ねえぞ……………」
そんな会話を交わしながら、一行は交番に入った。だが、其所には既に先客が居るらしく、1人の警官と話をしている女性が居た。
「う~ん、何か長くなりそうだな。愛里寿ちゃん、仕方ねえから他の交番を……「お母様」……え?」
目の前にいる女性を母だと言った愛里寿に、紅夜は目を見開いた。
「……あ、愛里寿?」
愛里寿の声が聞こえたのか、『お母様』と呼ばれた女性は、警官との話を止めて愛里寿の方を向いた。
「お母様!」
その女性の顔を視界に捉えた愛里寿は、そのまま女性に飛び込んだ。
「愛里寿!」
飛び込んできた愛里寿を、その女性は受け止め、キツく抱きしめた。
「何処行ってたのよ!心配かけて!」
そう言いつつも、その女性は愛里寿を抱き締めていた。
それから警官が愛里寿の母親に話しかけ、その迷子が愛里寿なのかを確認している。
その様子を、すっかり蚊帳の外になってしまった紅夜は呆然と見ていたが、やがて、静かに微笑み、音を立てずに踵を返した。
「……………まぁ、何か知らんが一件落着だな。作戦終了」
そう呟きながら、紅夜は帽子を深くかぶって顔を隠し、その場を後にした。
「それで愛里寿、今まで何処に居たの?」
「ゲームセンター………ボコの縫いぐるみがあったから」
紅夜が交番を立ち去り、警官との話を終えた島田家の2人は、帰宅する準備をしていた。
愛里寿の母親--島田 千代(しまだ ちよ)--が椅子の後ろにかけていた上着を取り、愛里寿と話している。
「それで……………そのボコの縫いぐるみはどうしたの?」
「うん、其所に居る紅夜お兄ちゃんが……あれ?」
愛里寿は後ろを向いて、千代に紅夜を紹介しようとしたが、既に彼は居なくなっていた。
「お兄ちゃん…………何処?」
愛里寿はそう言いながら、交番の外に出て大通りを見回すが、紅夜の姿は見えなかった。
だが千代は、『紅夜』と言う名前に心当たりがあるのか、愛里寿を呼び寄せた。
「愛里寿、その紅夜と言う子は、もしかして長門紅夜君の事?」
その問いに、愛里寿は間を空ける事無く頷いた。
「そう………レッド・フラッグの彼が、ねぇ……………まぁ良いわ、そろそろ帰りましょうか。態々ヘリまで飛ばしてきたんだから、あまり長くは待たせられないわ」
そう言われ、愛里寿は残念そうに頷くと、歩き出した千代に続いて交番を後にするのであった。
ヘリポートまで歩いている間、愛里寿は紅夜から貰ったボコの縫いぐるみを大事そうに抱き締めており、千代には、紅夜と会った時の事や、千代を探すのを手伝ってもらっている時の話について嬉しそうに語っていた。
それから何も無かった日曜日を飛ばして月曜日。大洗女子学園戦車道チームで、活動が再開された。
メンバーの前には、アンツィオ戦前の第2回戦車捜索作戦で発見された、Ⅳ号用と思われる砲身《75mm kwk40》に砲身が取り換えられ、D型からF2仕様となった、あんこうチームのⅣ号戦車と、同じく捜索作戦で発見された、《ルノーB1 bis》が、レストアを終えた状態で置かれていた。
「長砲身になったついでに、外装も変えておきました」
「F2型みたいですね」
「そうでしょう?」
そんな感想を溢す優香里に、自動車部のナカジマが嬉しそうに言う。
「ありがとうございました、自動車部の皆さん」
「いえいえ、此方としても、良い仕事させてもらいました。88mmの方は、残念ながら未だですけどね……………」
礼を言うみほに、ナカジマがそう答える。
「これで、次の試合に向けてそれなりに戦力の補強が出来たな……………」
Ⅳ号とルノーを交互に見ながら、桃が言った。
「あ、そういや」
「ん?どうした?」
ルノーの方を見て呟いた紅夜に桃が問う。
「ルノーは誰が乗るんですか?誰か勧誘するんですか?」
「ああ、それなら問題無い。もう直ぐ来る筈なんだが……………おお、噂をすれば何とやらだ。来たぞ」
そう言って、桃は格納庫の門を指差して言った。
紅夜が目を向けると、聖グロリアーナとの練習試合の際、紅夜にIS-2を退かすように言ってきたおかっぱ頭の少女--園 みどり子--と、彼女とは三つ子の姉妹かと見間違う程にそっくりな、おかっぱ頭の少女2人が歩いてきた。
「今日から参加する事になりました、園 みどり子風紀委員です。よろしくお願いします」
「同じく、風紀委員の後藤 モヨ子(ごとう もよこ)です」
「金春 希美(こんぱる のぞみ)です」
其々が自己紹介を終えると、完璧に揃って礼をする。
「其々略して、そど子、ゴモヨ、そしてパゾ美だ。仲良くしてやってね~」
「会長、名前を略さないでください!」
3人を紹介するかのように前に出た杏が、其々の名前を略したあだ名を言うが、そど子……『略すなって言ったでしょう!?』……失礼、みどり子は名前を略すなと叫ぶ。
「今、園さん誰かに怒鳴りませんでした?」
「さあ?私に聞くな」
そんな2人の会話は置いて、杏はみどり子の意見を無視してみほの方を向いた。
「それで隊長~、何チームにしよっか~?」
「え?う~ん……………」
チーム名をどうするかを聞かれたみほは、ルノーを見ながら暫く考える。
「B1って、見た目カモっぽくないですか?」
「ん~?……………確かにそうだねぇ。んじゃ、カモに決定~」
「ええっ!?カモですか!?」
みどり子達の意見は聞かず、相変わらず適当な調子での杏の決め方によって、みどり子達風紀委員チームの名前は、めでたく《カモさんチーム》に決定した。
「それじゃあ冷泉さん、操縦の指導はお願いしますね」
「分かった……………」
「わ、私が冷泉さんに教わるんですか!?」
柚子が操縦の指導に麻子を指名すると、みどり子はあからさまに嫌そうな態度を取る。
まあ無理もない。真面目に勉学に励んでいた彼女からすれば、普段から遅刻常習犯でありながら、学年首席を誇る麻子に教わるのは我慢ならないのだろう。
「成績が良いからって、良い気にならないでよね」
麻子に歩み寄りながら、みどり子はそう言い放つ。
それを見た麻子はヤレヤレとばかりに溜め息をついて言った。
「なら教本見るなり、辻堂に教えてもらうなりして何とかしろ……………」
「オイコラ冷泉さん、然り気無く俺を巻き込むのは止めようか」
「だってお前、操縦私より上手いだろ?だからだ」
「んなモン理由になってねーよ、お前が指名されたんだから、基本的にはお前がやりなさい」
「じゃあ手伝ってくれ。それなら良いだろう?」
「……………まあ、良いけどさ」
そんな話をしていると、置いてきぼりを喰らっていたみどり子が割り込んできた。
「ちょっとちょっと!何勝手に話進めてるのよ!まぁ、教えてもらえるのはありがたいんだけど……………兎に角冷泉さん?ちゃんと分かりやすく、懇切丁寧に教えてよね?」
「はいはい」
「『はい』は1回で良いのよ!」
「は~い……………」
そんな口論を繰り返す2人を、達哉は微笑ましそうに見ていた。
「ちょっと辻堂君?何ニヤニヤしてるのよ?」
見られている事に気づいたみどり子が、ジト目で睨みながら言った。
「いや、アンタ等仲良いなって思ったのさ」
「そんな訳無いでしょう!?」
「中々に良いツッコミだねぇ、漫才でもやらね?」
「やらないわよ!」
そんなコントのような会話を、今度は紅夜が微笑ましそうに見ていた。
「……………そうそう……………うん、りょーかーい」
そんな時、何処かに電話していたらしい杏がスマホをスカートのポケットにしまい、河嶋に目配せする。
それを見て意図を悟った桃は頷き、手を打ち鳴らして注意を引いた。
「全員、注目!会長からの連絡だ!」
その声に、メンバー全員が振り向く。
「えー皆、2回戦はお疲れ様。Ⅳ号のパワーアップや新しいメンバーが加わって、此方の戦力も結構ついたね。それでなんだけど、準決勝に挑む前に、聖グロリアーナ以来久し振りの練習試合をする事が決定したよ~」
その言葉に、メンバーがざわめき始めた。
それから杏に代わって、桃が前に出る。
「それでだが、相手校は知波単学園だ。試合場所については、追々連絡する。連絡は以上だ」
そうして、メンバーはいきなりの練習試合に困惑する。
やれ知波単とはどんな学校なのか、どのような戦車を使ってくるのかと、生徒が其々、思い思いのコメントや疑問を仲間に投げ掛ける。
「知波単か……………隊長誰だっけ?」
そんな中、IS-2に凭れ掛かりながら、紅夜は側に居た達哉に問いかける。
「お前なぁ……………黒森峰の2人に会った時にも言ったが、現役時代に試合した相手ぐらい覚えとけっつーの。高校じゃなかったけどさ……………」
達哉は呆れながら言った。
「ホラ、九七式戦車とか使ってきた特攻野郎共だよ」
「お前随分と口悪いな」
「戦法見たら誰だってそう言うだろ」
苦笑いしながら言う紅夜に、達哉はそう言い返した。
「それで隊長は確か……………西 絹代(にし きぬよ)さんだったような」
--ピシィッ!!--
今の紅夜の心境を表せば、この擬音語が一番相応しいだろう。
「西絹代って……………あの……?」
「ああ、『あの』西絹代さんだ」
「……………」
達哉がそう言った瞬間、紅夜は下を向いて震え始めた。
心なしか、達哉には、紅夜からドス黒い恐怖のオーラが立ち上っているように見えていた。
それを近くで察知した、達哉と紅夜以外のレッド・フラッグのメンバーは、ヤレヤレとばかりに溜め息をついて格納庫から出ていった。
「や、やべえ!おいお前等全員聞け!」
『『『『『『『ッ!?』』』』』』』
突然大声を張り上げた達哉に、メンバー全員の視線が集中する。
「今直ぐ外に避難しろ!紅夜のトラウマを抉っちまった!もう長くない内にコイツ発狂しやがる!死にたくねえ奴は今直ぐ外に出ろ!」
達哉がそう怒鳴ると、メンバーはパニックを起こしたように外へと逃げ出し、あっという間に、格納庫には紅夜1人のみが残された。
そして、メンバー全員が格納庫から外に出て門を閉め、さらに、既に紅夜と達哉以外のレッド・フラッグのメンバーが待機しているグラウンド中央に避難し終える。
「耳を塞げ!伏せろ!」
そして、メンバー全員が地面に伏せた瞬間……………
『嫌ダァァァァァァァアアアアアアアアッ!!!!あの学校だきゃあ勘弁してくれェェェェエエエエエエッ!!!』
紅夜の音響兵器のような大声がグラウンド一帯に撒き散らされ、格納庫自体がアニメの如く飛び上がり、ぐにゃぐにゃと曲がったり、縦横に伸びたり縮んだりと変形する。
そして、一通り変形を繰り返した後、格納庫は勢い良く地面に落ちた。
その時に地震が起き、メンバーが飛び上がる。
「ね、ねぇ達哉君……………あれは一体何なのかな?」
流石にこんな事になるとは予想外だったのか、杏が冷や汗を流しながら達哉に訊ねる。
「あー、詳しくは後で話すので、ちょっと待っててください。もう落ち着いて気絶してるでしょうし、ちょっくら、あの馬鹿連れてきますので」
そう言って、達哉はメンバーが不安そうに見つめる中、1人で格納庫へと入っていき、目を回して気絶している紅夜の首根っこを掴んで引き摺ってくるのであった。
その頃、知波単学園では……………
「遂に……………遂に彼に会える……………ッ!」
黒髪を伸ばした《和風美人》と言う言葉が似合う女子生徒--西 絹代--が、先程杏と連絡を取り合ったスマホを右手に握りしめながら、歓喜に震えていた。
「西殿?如何されたでありますか?」
其所へ、眼鏡をかけた気弱そうな雰囲気の小柄な少女--福田(ふくだ)--が近づいてきた。
「いや、何。実は先程、大洗女子学園から、練習試合の申し込みがあってな」
「おお、今やレッド・フラッグを仲間に引き入れ、ダークホースとすら言われている、あの大洗女子学園でありますか!と言う事は、昔、西殿を助けてくれたと言う人も…………?」
そう言う福田に、絹代は目を輝かせて答えた。
「ああ、勿論彼も居るさ!」
「じゃあ、この試合で彼とお近づきに………って感じでありますな?」
「そう言う事だ……………ああ、試合の日が待ち遠しい!」
そう言いながら、絹代は頬を染めて自分の体を掻き抱く。
「待っててください。必ずや、この恋情を受け止めていただきますからね……………旦那様(紅夜の事)!」
そう言って、絹代は右手を高らかに、空へと突き上げた。