第45話~迷子救出大作戦です!~
第63回戦車道全国大会2回戦、アンツィオ高校との試合に見事勝利した、大洗女子学園戦車道チームは、その土曜日、休みを与えられた。
「ふわぁ~あ……………眠い」
朝の7時にセットされた目覚まし時計のアラーム音に叩き起こされた紅夜は、髪を纏めていないため、女性のようなロングストレートになっていながらも、髪の長さ故か、寝癖でボサボサになった頭を掻き、眠気眼な目を擦りながらゆっくりと起き上がり、喧しいアラーム音を部屋一帯に響かせる目覚まし時計のボタンを押して、目覚まし時計を黙らせ、タイマーのスイッチをoffに切り替える。
それからのそのそとベッドから這い出た紅夜は、寝惚けて覚束ない足取りで1階に降りると、洗面所で顔を洗って目を覚まさせた後、自身の髪の色と同じ緑色のゴムで髪を何時ものポニーテールに纏め、そのままリビングへと移動すると、冷蔵庫を開けて食材を適当に引っ張り出し、朝食を作り始める。独り暮らしである紅夜は、何時の間にか料理スキルを身に付けていたため、料理の腕はそれなりに良いのだ。
顔を洗ったため、寝起きよりも目が覚めているのだが、それでも若干眠たそうな表情を浮かべつつ、紅夜は箸を動かして朝食を口に運んでいく。
傍らに置いてあるスマホの電源を入れ、紅夜はその画面をボーッと眺める。
「ああ、そっか………今日って練習休みなんだったな………」
そう呟いて電源を切ると、充電器に差し込んで朝食を再開する。
そして食べ終えて食器を片付け、2階の部屋に戻ると、寝間着として使っているジャージから普段着へと着替える。
黒い長袖のTシャツに、試合で使用するジャーマングレーのズボンへと着替えた紅夜は、2回戦を勝ち抜いた高校を調べ始めた。
「へぇー、グロリアーナ勝ったんか。まあ、何だかんだ言いつつ、あの学校って強豪だったしなぁ~。現役時代の初陣で負けたしな、俺等」
1人で苦笑しながら、紅夜は続けて見る。
「ふむ、黒森峰にプラウダか……………プラウダ?そういや、中1の頃に遊びに行った事があるような……………まぁ良いか」
そう呟きながら、紅夜は其々の学校の編成を予想し始める。
そして考えること1時間が経ち、10時になっていた。
「考えてたら体ガチガチになっちまった………ちょっくら外出てみっか」
紅夜は机の上に置いていた財布をポケットに押し込み、机の横に掛けてある、以前拓海から譲り受けた白虎の帽子をかぶり、クローゼットから上着代わりのパンツァージャケットを取り出して羽織り、1階へと降りて玄関に向かい、履き慣れた運動靴に足を入れると、そのまま家を出ていった。
「さて、出てきたは良いが、何するかなぁ………」
家を出てから30分、特にやる事を考えていなかった紅夜は、行く宛もなく、学園艦の町を歩き回っていた。
「にしても、こうやって町を歩き回ってみると、自分が住んでいるのは陸ではなくて船の上だって事を忘れそうになっちまうよなぁ~」
そう呟きながら、紅夜は町中を見回す。
紅夜の視界に広がる町は、陸と同じように家やスーパーなどが立ち並んでおり、陸での生活と何ら変わりないのだ。
「さて、町に出てきたからには、何かやらないと気が晴れねえんだよなぁ、何かやれそうなものは………おっ!」
歩きながら辺りを見回していると、ゲームセンターが目に留まった。
日○橋や秋○原のアニメ通りにあるゲームセンターのように、出入り口としてのドアが無い吹き抜けとなっており、店の外にも、クレーンゲームの機械が3台程置かれている。
「どれ、せっかく見つけたゲーセンなんだから、適当に何かやってくか。たまには使わないと、財布の中の金が死んじまう……まぁ、実際に死ぬ訳ねーけどな」
紅夜はそう呟きながら、そのゲームセンターへと歩みを進めた。
「へぇー、やっぱ色々置かれてんなぁ~。おっ!太○の達○やマ○カとかもあるし、外のヤツの他にもクレーンゲームが置かれてる。外見の割にはちゃんとゲーセンしてんだな」
感心したように言いながら、紅夜は店内を歩き回る。
其所で見つけたパンチングマシンで新記録を叩き出したり、店内対戦機能が付いたレースゲームで1位になったりと、店にあるゲームの中で、紅夜が興味を持ってプレイしたゲームは、店内記録が全て大幅に塗り替えられてしまい、後からプレイして自分のスコアと、紅夜が叩き出したハイスコアを確認した、他のプレイヤー達の顎が外れたのは言うまでもないだろう。
「あ~あ。5000円持ってきたのに、気づいたら2100円しか残ってねえや。やっぱゲーセン行くなら、金を何のゲームに使うかを予め考えとかなきゃならんな」
そう言いながら、紅夜は店から出てきた。
「……………ん?」
店を出て、最後に外に置いてあったクレーンゲームでもしようと思っていると、3台の内の1台に張り付くように立っている、黒いカチューシャのようなリボンで左側の髪を結わえ、サイドアップにしている少女を視界に捉えた。
「(ふむ、この女の子は何を見てるのかな~)」
そう思いながらゲームの機械の前に来た紅夜は、その少女の視線の先にある景品を見る。
「(何々……………《ボコられグマのボコ》?何だそりゃ?)」
そう思いながら、紅夜は景品として置かれてあるものを一通り見る。
「(へぇー、何かと思えば縫いぐるみか……………にしてもコレ、名前の通りマジでボコられてるじゃねえか。あるヤツは目にアニメみてーなアオタン出来てるし、おまけに腕にギブスだし……またあるヤツはタンコブ出来てるし、他にも頭にバッテン印の絆創膏付けてるし……………何か知らんがおもしれぇ~。良し、最後に1回、これやってみっか!)」
興味が湧いた紅夜は、試しにそのゲームをする事に決めたのだが……………
「(こ……………この子が邪魔で出来ねぇー!)」
ゲーム機の前に張り付くかのようにして動かない少女が、硬貨投入口の直ぐ前に居るため、硬貨を入れられない状態にあった。
「あー、その……ちょっと良いかな?」
「………?」
少し屈んでからおずおずと声を掛けると、その少女はゆっくりと振り向いた。
「えっと……………俺、そのゲームをやろうと思ってるんで、悪いんだけど、退いてくれないかな?」
「……………(コクリ)」
少女は無言のまま頷き、その場を空けた。
「(それでも、結局はゲーム機から離れねえんだな……………)」
その場を空けたものの、実際にはゲーム機の正面から側面に移動しただけの少女に、紅夜は内心で苦笑する。
「1回100円か、ちょうど良いや」
そう呟き、紅夜は100円玉を取り出して投入口に入れる。
すると賑やかな音が鳴り、アームを動かすレバーと、アームを下ろすボタンが光り出す。
紅夜は適当に、ギブスのボコに狙いを定めた。
レバーを操作し、アームを狙った位置へと動かす。そして狙った位置へと到達した瞬間、紅夜はレバーから手を離し、アームを下ろすボタンを勢い良く押した。
アームはゆっくりと下りながら爪を広げ、ボコの下へと潜り込む。
「(まぁ、こう言うのって取れねえように出来てッから、無理なのは分かって……)……あるぇー?」
「お~……」
目の前で起こった光景に、紅夜は間の抜けた声を出してしまう。
紅夜が思っているように、大概のUFOキャッチャーは、景品を簡単には取れないように、アームは微妙な力加減に調整されている。だが今回は、その調整を忘れられているのか、はたまたその力加減で通ってきたのか、簡単に景品を取れてしまった。
ボトリと景品の取り出し口へと落とされた縫いぐるみを取り出した紅夜は、その縫いぐるみをどうしようかと頭を悩ませながら、家へと帰ろうとした----
「……………」
「……………」
----が、先程まで機械の中の景品に注がれていた少女の視線が、何時の間にか紅夜が抱えているボコの縫いぐるみへと向けられていた。
「……………」
「……………(え、何?くれってのか?)」
自分が抱える縫いぐるみへと視線を向けられている紅夜は、その後の行動に困った。
目の前の少女は、小動物感溢れる可愛らしい眼差しを向けている。
このような眼差しを向けられた事が無い紅夜からすれば、それは未知の領域であるため、耐性が無いのだ。
試しにボコの縫いぐるみを左へ移動させると、その少女の視線も、ボコを追い掛けるかのように左の方を向く。右へやっても同じ反応だ。
「(おもしれぇ~、いじりてぇ~)」
暫くやっている内に慣れてきたのか、紅夜の心には、そんな悪戯心すら生まれる程に余裕が出来ていた。
「(……………って、それやってる場合じゃなかった!)」
少女をイジるのに夢中になるあまりに忘れていた、家に帰ると言う予定を思い出した紅夜は、ボコの縫いぐるみを抱えて踵を返し、家に帰ろうとした。
「あっ……………」
----が、少女が引き止めるかのように、咄嗟に小さく声を出したため、紅夜は足を止めざるを得なかった。
先程までは小動物のような可愛らしい視線を向けていたのだが、今となっては、何処と無く必死に何かを訴えているような視線だった。
「あー、えっと……………お嬢ちゃん、もしかしてコレ欲しいのか?」
遂に根負けした紅夜は、その少女にゆっくりと近づき、その体にボコの縫いぐるみを近づけた。
「……………ッ!」
今更バレた事に気づいたのか、その少女は赤面して顔を逸らすが、その目は次第に、ボコの縫いぐるみへと注がれるようになっていった。
「やれやれ、素直じゃねえなぁ……………ホレ」
紅夜は呆れたように言うと、その少女にボコの縫いぐるみを渡した。
「えっ……………?」
いきなり渡された事に、その少女は紅夜を見上げる。
「別に良いよ。まさか取れるとは思ってなかったから、家に持って帰っても、その後どうしようって思ってたからさ……………そんな奴の家に飾られるよりも、お前さんに貰われた方が、コイツも嬉しいだろうしさ」
そう言って、紅夜は優しく微笑み掛けた。
その少女は、暫くボコの縫いぐるみと紅夜を見ると、ゆっくりとボコの腹へと手を回し、自分の方へと抱き寄せた。
「……………ありがとう」
恥ずかしいのか、ボコに顔を埋めながら、少女は礼を言った。
「いやいや、どういたしまして。そういや親御さんは?一緒じゃねえのか?」
「……………はぐれた」
「そっかー、はぐれたのかー……………ってオイ!それじゃ駄目じゃねーか!1人で来たって言われた方が遥かにマシだったわ!」
紅夜は、何時かアンチョビが見せたようなノリ突っ込みを披露しながら盛大にずっこける。そのこけ方は、よ○○と新○劇そのものだ。
「オイオイ、どーすんだよ?この学園艦は他のと比べたら結構小さいけど、それでも探すには広すぎるぜ」
「……………どうしよう」
そう呟き、その少女は不安そうに表情を歪める。
それを見た紅夜は、もどかしそうに後頭部をガシガシと掻きながら言った。
「あーもー、仕方ねえな……………俺も一緒に探してやるよ」
「……………良いの?」
そう言って、少女は紅夜を見上げる。
訊ねられた紅夜は頷いて言った。
「そりゃまあな。1人で来たってんなら話は別だが、迷子ってのは流石にマズイ。そのままどっかの馬鹿に誘拐されでもしたら目覚めが悪い……………ホラ、行くぞ」
「……………うん」
そう言って、少女は先に歩き出した紅夜の横に並んだ。
かくして、紅夜の《見ず知らずの迷子の子を親の元へ帰しましょう作戦》が始まった。