プロローグ~"RED FLAG"です!~
--第二次世界大戦、終戦後--
ある者は、『屈強な男達が、戦車という頑丈な装甲に守られて戦場で戦うのは卑怯である』と言い、またある者は、『戦争を決めたのは男なのに、被害を被るのは何時も女なのは理不尽である』と、『女こそが装甲で守られるべきなのだ』と言う……………
よって、より強い女性育成のため、戦車道は女性のみに許された武道とする。
--戦車道連盟に提出された、1枚の書類曰く--
とある戦車道競技場にて、数十メートルの間を空け、1対2の形で対峙する、戦車道連盟のマークが書かれた戦車と、フェンダー部分と砲塔側面に、風に靡く赤い旗が描かれた戦車、そして、砲塔側面に、雄叫びを上げる白い虎が描かれた戦車。
その周りでは、6輌の戦車が数十輌の戦車相手に、壮絶な蹂躙劇を繰り広げている。
「さて……………ホントにやるってのか、赤旗の隊長?今なら引き返せるぜ?」
「ケッ!今更な事言ってんじゃねえよ白虎の隊長……………俺はこうなるのを覚悟した上で喧嘩売ったんだ。此処で下がったら、誰がコイツ等をぶちのめすんだっての」
からかうような調子で言う黒髪の青年に、緑髪の青年が言い返す。
その2人の青年の目には、前方に停まる1輌の戦車のキューポラから上半身を乗り出し、下卑た笑みを浮かべた眼鏡をかけた中年の男が居る。
「さて、じゃあこれで決めるか」
「ああ……………」
そして、両者は顔を見合わせて頷き合い、叫んだ。
「「Panzer vor!!」」
そして、どちらともなく動き出し、互いの獲物を撃破せんとばかりに主砲を乱射する。
その時、とある戦車の車長なのであろう、眼鏡をかけた男が嫌みな笑みを浮かべ、車内から拳銃を取り出しすと、もう片方の戦車の車長なのであろう、ポニーテールに纏めた緑色の髪の毛を風に靡かせている青年に向かって発砲する。
これは、戦車道のルールとしては完全な違反行為だが、その男は気にも留めず、青年を撃つ。
「---!!」
「ぐぅッ、俺ばかり狙いやがって……………こんのぉ……………クソッタレの眼鏡野郎がァァァァアアアアアッ!!!」
弾丸が肩や腕に辺り、あちこちから、自らの目の色よりも黒みのかかった血を散らしながらも青年は叫び、その戦車の履帯部分を覆うシュルツェンをもぎ取り、渾身の力で眼鏡の男目掛けて投げる。
投げられたシュルツェンは風を切り裂きながら滑空して男の頭に命中し、男は大きく体を仰け反らせ、キューポラの角で後頭部をぶつける。それっきり動かなくなり、青年は血の泡を吐きながら、キューポラの上に立ち上がって雄叫びをあげた。
「ざまあみやがれ!クソ眼鏡野郎がァァァァアアアアアッ!!!」
青年の雄叫びは、気流を乱し、大地を揺らす。そのとてつもない雄叫びに、激しくぶつかり合い、砲弾を撃ち合っていた全ての戦車が動きを止め、その車長が、その青年の戦車を見る。
「……ゴフッ………なぁ」
『ああ、何だよ』
雄叫びを上げた青年は、血の泡を吐き捨て、インカムを握ると、横に並ぶ戦車に乗る黒髪の青年に通信を入れる。
「あの、クソ戦車の足を………両方潰して、動きを、止めてくれ………後は、俺が………ケリ、着けるからよ」
口から吐き出される血を拭いながら、緑髪の青年は黒髪の青年の方を向いて親指を立てる。
その青年の意図を悟った黒髪の青年は、何も言わずに頷く。
すると、それに呼応するように、黒髪の青年を乗せた戦車の砲塔がゆっくりと回転し、1度動きを止めると、眼鏡をかけた男を抱え上げて車内に戻ったばかりの敵の戦車の履帯に主砲を向け、1発撃ち込む。
その砲弾は、右の履帯に真っ直ぐ叩き込まれ、走行車輪や案内輪を粉々に吹き飛ばす。
さらに砲塔が回転し、今度は左の履帯に向かって砲弾を叩き込む。
『これで、良いんだな?』
「あぁ、ありがとよ……………さて、最後に力全部出し切るか……………なっ!!」
そう言って、青年は燃え上がる炎のようなオーラを纏う。
『……………お前等は出ていけ……………俺があのクソ野郎を始末する』
青年がそう言うと、その青年が乗る戦車の乗員である青年達は涙を流しながら拒否するが、凄みながら言う青年の気迫に当てられ、泣きながら車外に出ていく。
『あばよ……俺の、最高の相棒共』
その声と共に、その青年を乗せた戦車は、敵の戦車目掛けて突撃を仕掛け、動かなくなった男を乗せた戦車に激突し、爆散した。
燃え上がる2輌の戦車を見た黒髪の青年や車外に出てきた青年達は涙を流して顔を俯け、その青年のチームメートなのであろう、青年が乗っていた戦車に描かれていた、風に靡く赤い旗が描かれた、他2輌の戦車の女性陣、そして、何処かの学校の制服を来た少女達は、その青年の名を叫ぶ。
後に、これは《戦車道革命の戦い》とされ、戦車道史上初の大きな戦いとして、後世に語り継がれる事となるのだが、それはまた後に語ろう。
時間は遡り、20xx年、○月○日、天気は快晴。物語は此処から始まる。
とある戦車道競技用グラウンドの草原地帯にて、赤い旗を風に靡かせた長砲身の戦車を筆頭とした3輌の戦車が、見事なパンツァーカイルで、砂埃を巻き上げながら疾走していた--
「此方、《RED FLAG(レッド・フラッグ)》チーム、レッド2《Ray Gun(レイガン)》、レッド1《Lightning(ライトニング)》、応答願います」
『…………………………』
とある戦車のハッチから顔を出し、ポニーテールに纏めた銀髪を靡かせている女性--須藤 静馬(すどう しずま)--が、無線機にそう訴えるが、応答がない。
「レッド1、チーム《Lightning》、応答願います…………ねぇ紅夜(こうや)、起きてる?起きてたら返事して」
『ウワァ~ア…………』
そう繰り返すと、如何にも眠たそうな欠伸の声が聞こえてきた。
『ああ、すまねぇな静馬…………少しばかり寝不足でさ…………早く帰って昼寝したいぜ』
眠気を含み、気だるげに言う無線機の向こうの人物--長門 紅夜(ながと こうや)--に、静馬は呆れ気味に溜め息をつきながら言った。
「何言ってるのよ全く…………と言うか、此処に来る前に貴方爆睡していたんだから、今更昼寝なんて必要ないでしょう?それに貴方が隊長なんだし、この点呼だって本来は貴方がやる事なんだから、しっかりしてよね!今は試合中なんだから!」
『分かってるって、そうがなり立てんなよ静馬。んじゃあ、こっからは俺が引き継ぐわ』
そんな声が聞こえ、無線が切れる。
「えー、つー訳で俺がレイガンに引き継ぎ、点呼をとる。レッド3《Smokey(スモーキー)》リーダー、篝火 大河(かがりび たいが)、応答願う」
紅夜は、未だに眠気を含んでいるためか、かなり気だるげな声で言う。すると、大河と呼ばれた青年らしき声がインカム越しに聞こえた。
『おう、此方は元気だぜ紅夜。皆やる気に満ち溢れてるさ』
そう言われた紅夜は、自車の右横を疾走する戦車の方を見る。
深緑の車体を持った戦車が砂埃を上げながら疾走し、そのキューボラから上半身を乗り出し、インカムを右手に持つ、首から後ろが隠れる程度の長さの黒髪を風に靡かせた大河は、紅夜からの視線に気づいたのか、その鋭い目をニヤリと歪め、左手の親指を立てる。
それを見た紅夜は、満足げに頷いて言った。
「オッケー、んじゃあレイガンは?」
そう言って、今度は左横を疾走する灰色の戦車の方を向いた。
レイガンと呼ばれた戦車のキューポラから上半身を乗り出した、長い銀髪を風に靡かせた静馬は、喉頭マイクに指を当て、呆れたように言った。
『勿論元気よ。と言うか、最初に私が点呼取ったんだから、言わなくても分かるでしょう?』
「そりゃ違ぇねえや」
そんな軽口を叩き合う、其々を乗せた戦車は、3輌と言う小規模ながら、一切の崩れのないパンツァーカイルで、砂埃を上げながら草原地帯を疾走する。
「現在、敵戦車5輌中3輌撃破、残り2輌は離脱で、現在追跡中って事で良かったっけ?」
『ええ。と言うより、3輌中2輌は貴方のチームがやったんじゃない。もう忘れたの?これ、20分ぐらい前の話よ?』
『ライトニングのリーダーは物忘れが激しいなあ。そろそろボケてきたか?祖父さん?』
「喧しいぞ大河、俺は未だボケてねぇよ」
無線で言い合っていると、紅夜の戦車の操縦手--辻堂 達哉(つじどう たつや)--が叫んだ。
「紅夜、前方に敵戦車発見!距離約800m!」
それを聞いた紅夜はニヤリと表情を歪め、無線機に向かって叫んだ。
「よっしゃお前等、獲物が近くに居るってさ!仕留めるぞ!」
『『『『『Yes,sir!!』』』』』
紅夜、静馬、大河の戦車から、乗組員全員の声が上がり、3輌の戦車が全速力で草原を駆け抜ける。
紅夜の戦車の左横を疾走する戦車に乗る静馬が双眼鏡を使い、前方で逃げる戦車を捉える。
「敵戦車、数は2輌!左側の戦車がフラッグ車よ!」
そう静馬が叫ぶと、紅夜は、赤い旗を揺らしながら疾走する自車の砲手に声をかける。
「翔(しょう)、狙えるか?」
そう言われた、黄緑色にアホ毛が特徴の髪をした砲手--風宮 翔(かざみや しょう)--はスコープを覗きながら、口で答える代わりに親指を立てた。
「よっしゃ!全車撃ち方用意!」
『既に出来てるわよ』
『同じく此方も砲弾の装填、既に完了だぜ!』
無線機から、やる気に満ちた声が飛ぶ。
「よっしゃ加速だ!追い詰めろ!これでケリ着けてやるぜ!」
その声に、全車両の操縦手がアクセルのペダルを目一杯に踏み込む。
エンジン音を草原地帯に響かせながら、3輌の戦車が土煙を上げながら疾走する。
距離が詰まり、その差は400mに近づいた。
「よし、全車!照準を敵フラッグ車に合わせろ!合図したら砲撃!」
『『『了解!』』』
そうしている間にも、敵戦車の後ろ姿が近づいてくる。
全速力で追ってくる3輌の戦車から必死に逃げる敵戦車の黒い旗が、風に煽られ、台風の直撃で激しく揺さぶられる木のように揺れる。
紅夜が乗る戦車に付けられた、大きな赤い旗もまた、風を受けて靡いていた。
「全車、砲撃!Feuer!!」
そう紅夜が叫ぶと、3輌の戦車のマズルブレーキの付いた砲口から、激しい爆音と光、煙を撒き散らしながら、一気に3つもの砲弾が飛び出し、1発目はフラッグ車には当たらず、代わりに右側の戦車のエンジン部分に叩き込まれて行動不能にし、2発目はフラッグ車のシャーシに命中し、履帯と幾つかの転輪を粉々に吹き飛ばす。
そして、3発目の砲弾がフラッグ車の排気口に叩き込まれ、その戦車は黒煙を上げながら停車し、行動不能を示す白い旗が上がった。
「Gotcha(よっしゃ)!」
そう紅夜が叫んだ次の瞬間………………
《マジノ戦車道同好会チーム、フラッグ車含む全車両、行動不能!よってこの試合、チーム《RED FLAG(レッド・フラッグ)》の勝利!!》
《RED FLAG》の勝利を知らせるアナウンスが、競技用グラウンド一帯に響き渡る。
ゆっくりと停車した戦車から出てきたチーム全員が駆け寄り、其々のチームメイトを労う。
そして彼等は、一通りはしゃいだ後、再び其々の戦車に乗り込み、観客が待つ地点へと向かった。
「ふう~、今回も勝利だな。これで何勝目だろうな……………」
「えっと、これで41勝目だな……………それに、やっぱ数は負けてたが、その辺りは戦車と戦術に救われたな。次もこの調子でやろうぜ。何処とやるのかは知らねえけど」
「おうよ。このまま連戦連勝してやるぜ!」
夕日を浴びながら、紅夜と達哉が飲み物片手に言う。幼馴染みである2人は、試合の後は何時も、こうしていたのだ。
「ホラ、貴方達!早く行くわよ!これから表彰式なんだから!」
「あいよ静馬!今行く!」
そうして、2人はゴミ箱に空になった飲み物の容器を放り込み、表彰台に向かおうとしている、彼等2人を除く12人が待つ場所へと走る。
そして表彰台に上った14人の少年少女を、後ろから夕日が照らす。
『第○○回、戦車道同好会大会、優勝、《RED FLAG》!!』
『『『『『ワァァァァァァアアアアアアアアッ!!』』』』』
優勝旗を渡された紅夜が、副隊長の静馬と共に旗を持ち、それを風に靡かせると、彼等の優勝を知らせるアナウンスが、表彰式の会場一帯に響き渡り、観客からの歓声がドッ!と沸き上がる。
彼等は沸き上がる歓声を前に戸惑いながらも、嬉しそうな表情を浮かべ、紅夜と静馬が持つ優勝旗が、彼等の優勝を称えるかのごとく、誇らしげに風に靡いていた。
その様子を、夕日に照らされた長砲身を持つ3輌の戦車が、何も言わず、だが威厳ある雰囲気を醸し出しながら見ているのだった。
これは、戦車道の世界では異例と呼ばれた、『公式上の』戦車道業界では初の男女混合チーム--《RED FLAG》--で活動する、14人の少年少女達と、3輌の戦車の物語である。