アンツィオ高校にて、アンチョビの盛大な空回りがあった日の夜。
夜空に満月が輝く中、紅夜は自室にて、眠れずにいた。
「んー……………何と無く今日は寝付きが悪い……………寝れねぇ」
ベッドの中で丸くなりつつも、1回2回と寝返りを打つものの、如何せん眠気は来ない。
普段は直ぐに寝てしまう彼でも、こうなる時があると言うものだ。
中々寝付けない状態を何とかしようとしていると、突然、彼のスマホがラインのメッセージの着信を知らせる音を鳴らした。
「ん?こんな夜遅くに誰だ?」
紅夜はそう呟きながら、手を伸ばしてスマホを手に取ると電源を入れ、メッセージの差出人を確認する。
「さて、誰からのメッセージ……………って、静馬か。こんな夜遅くにするとは珍しい」
そう呟きながら、紅夜はメッセージの欄を開く。
『こんばんは、紅夜。まだ起きてる?』
『ああ。今日は珍しく寝付けなくてな……………今は暇潰しを模索中だ』
紅夜が返事を返すと、その瞬間に既読を知らせるマークが、紅夜のメッセージの直ぐ横につく。
そして数秒後、再びメッセージが届く。
『そう……………なら今から、格納庫でお月見でもしない?私も寝れないから、行こうとしていたのよ。まあ、二人っきりで夜のデートね♪』
『夜のデートってお前……………まあ良いか。行く』
紅夜はそうメッセージを返すと、寝間着から普段のパンツァージャケットに着替え、家を出た。
「あれま、俺が早かったか」
レッド・フラッグの格納庫前に着いた紅夜は、まだ静馬が到着していない状況を見てそう呟くと、格納庫の壁に凭れ掛かり、満月を眺めながらスマホを取り出す。
スマホの時計を見ると、画面には午後11時15分と出ている。紅夜のように、学生でない者なら未だしも、静馬のような学生がこんな時間に外を出歩けば、そのまま補導ルート一直線となるのだが、こう言っても、世間ではそう言った学生が数え切れない程に存在していると言うのが現状である。
「時間の指定はしていなかったけど、少なくとも女性より早く来るのは良い心掛けね。異性との関係に疎い貴方からすれば、上出来だわ。デートでは高く評価されるわね」
そう評価する声に振り向くと、紅夜と同じくパンツァージャケットに身を包んだ静馬が、サワサワと雑草を踏む音を立て、微笑みながら歩いてきた。
「よお、静馬。お誘いありがとよ」
スマホをポケットにしまった紅夜はそう言いながら、右手を上げて会釈する。
「別に良いわよ……………それにしても、まさか貴方が寝付けないなんて、明日は私達のチームにティーガーⅠでもプレゼントされるのかしら?」
「おい静馬、俺が寝付けねえってのがそんなに意外か?」
「ええ」
皮肉っぽい声色で質問する紅夜に、静馬は涼しい顔をして返す。
静馬の反応に、紅夜は諦めたように溜め息をつくと、凭れている壁から離れ、持ち前の脚力で格納庫の屋根の上へと飛び上がる。
「ほら静馬、お前も来いよ。こっからの方が良く見えるぞ?」
紅夜が言うと、今度は静馬が溜め息をつく。
「あのね紅夜、貴方や達哉なら未だしも、私が貴方程運動が出来るような人間じゃないって事は知ってるでしょう?」
「おっと、そうだったな。悪い悪い」
呆れたように言う静馬に紅夜は適当な謝罪を入れ、1度屋根から飛び降りると、格納庫のシャッターを開けて中を覗く。
「なあ静馬、格納庫に脚立ってあったか?」
「無いわよ、そんなもの」
静馬がそう返すと、紅夜はシャッターを閉めて暫く考え込むような素振りを見せながら、静馬と屋根を交互に見やる。
「……………よし、これしか方法はねぇな」
そう呟き、紅夜は静馬に近寄った。
「それではお嬢様、ちょっと失礼」
「え?……………きゃっ!?」
突然抱き上げられ、顔を真っ赤にした静馬の悲鳴など気にも留めず、紅夜は静馬を横抱きに抱き抱えると、そのまま屋根の上へと飛び上がる。
そして屋根に着地すると、ゆっくりと静馬を下ろす。
「なーんだぁ、こんな簡単な手段があんなら最初っからこうすりゃ良かった」
そう言いながら、紅夜は屋根に寝転がると、目を閉じる。
其所へ、未だに顔が若干赤い静馬が、ゆっくりと紅夜に近づき、声を掛ける。
「ちょ、ちょっと紅夜……………」
「ん~?」
眠たげな返事を返すと、紅夜は閉じていた目を開ける。
其所には紅夜の横に座り、彼の顔を見下ろしている静馬の姿があった。
「貴方、さっきの抱き方に何の抵抗も感じなかったの……………?」
「さっきの抱き方ぁ……………?」
「だ、だから、その……………お姫様抱っこよ!」
眠たげに言う紅夜に、静馬は赤みが収まりつつある顔を、紅夜に抱き抱えられた時並みに真っ赤に染めながら声を上げる。
「あ~、あれ?別に何とも」
「なっ!?」
どうでも良さそうに返事を返し、再び目を閉じる紅夜に、静馬は衝撃を受けたような表情を浮かべた。
余談ではあるが、静馬は彼女自身のスタイルには、多かれ少なかれ自信を持っている。
女子高生であるため、一応は未だ『少女』として扱われるが、それでも出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいると言う体つきから言えば、もう『少女』と言うよりかは、『女性』と言われるようなスタイルだ。
顔つきも整っており、恐らく都会を歩けば、やれファッションモデルに、やれアイドルにとのスカウトもされるだろう。
だが、そんな静馬相手でも、この長門紅夜と言う青年は平然としている。
別に『ソッチの気』がある訳ではないが、交際経験が皆無で、ずっと戦車道一直線だった彼は、異性に興味を持つ頃合いである『思春期』と言うものを、何処へと置いてきてしまったのだろう。
彼に好意を寄せる少女の中の1人である静馬からすれば、耐え難いにも程があるものだ。
「(相変わらずの鈍感ね……………それなら、ちょっとドキドキさせてやろうじゃない……………《大洗のエトワール》と呼ばれた私の意地を見せてやるわ!)」
静馬は、そんな気持ちを紅夜に悟られないようにしながら、紅夜の頭の後ろへと移動して座る。
「ん~?」
目を瞑ったままでも、静馬が自分の頭の後ろに居る事を悟った紅夜は、少し顎を上げる。
「どーしたよ静馬、寝転ばねーのか?月見えねーぞ?」
「そう言ってる貴方なんて、もう目を瞑ってるじゃない」
静馬は呆れたように言うと、紅夜の耳の後ろに両手を添えて軽く持ち上げると、後頭部と屋根との間のスペースに膝を滑り込ませ、ゆっくりと紅夜の頭を下ろす。
所謂、『膝枕』と言うものである。
「そんな固い屋根を枕にしてると、頭痛くなるでしょう?膝枕してあげるわ」
「ほ~、気が利きますなぁ、我が頼れる副隊長よ……………」
うつらうつらしながら言う紅夜に、静馬は微笑みながら返す。
「気が利く?フフン、当然でしょう?何せ私は、貴方の幼馴染みの1人なんだから」
そう言って静馬は、少しして寝息を立て始めた紅夜の頭を撫で始める。
「それにしても、男子で髪を伸ばしてポニーテールにしてるのが珍しいのは置いておくとしても、このサラサラ感は反則よ……………どんなシャンプー使ってるのよ……………」
「……………ん~………」
そんな事を呟きつつも、静馬は知らぬ間に紅夜の髪を手に取っていたらしく、紅夜は不快そうな声を出しながら身を捩らせると、拗ねたような表情を浮かべて横を向く。
「ああ、ゴメンってば紅夜。そんなに怒らないでよ」
静馬はそう言いながら髪を離し、再び頭を撫で始める。
暫く撫で続けていると機嫌を直したのか、紅夜の寝顔は穏やかなものへと戻った。
静馬は一旦撫でる手を止め、それに安堵の溜め息をつく。
そして、紅夜の頭を手を置いたまま、夜空に浮かぶ満月を見上げる。
その満月は、全体を照らすまではならないものの、少なからず反射する、この地の裏側にあるのであろう太陽の光を反射し、その僅かな光で、格納庫の屋根の上に居る2人を照らしている。
そして静馬は、紅夜の頭を撫でるのを再開しつつ呟いた。
「西住さんに五十鈴さん、そして秋山さんか……………ライバルは以外と多いのね……………紅夜って本人が知らない間にフラグ建てるから、キリがないのよね……………西住さんのお姉さんとか、昔助けたって言うプラウダの人とか、他にも練習試合で助けた知波単の隊長さんとか……………おまけに達哉に聞いたけど、聖グロリアーナの隊長さんやサンダースの隊長さんにまで好かれて……………ホント、女に惚れられるのはこれっきりにしてほしいものだわ……………まぁ、そんなあっちこっちでフラグ建てる癖に、その辺りについては全く気づかないような鈍感野郎だけど、一言だけ、変わらずに言えることがあるわ…………………I love you(愛してるわよ),紅夜」
そう言うと、静馬は紅夜の前髪を上に押し上げ、そのまま紅夜の額にそっとキスをする。
それから静馬は、紅夜が起きるまで、頭を撫でていようとしたのだが、彼女にも睡魔の誘いが訪れてそのまま寝てしまい、結局彼女等が起きたのは朝4時頃となり、其々大急ぎで家に帰る事になったのは余談である。