ケイ達がアリサの援護に向かっている頃、大洗戦車隊は、1輌のみで逃走を続けるサンダースのフラッグ車、M4A1を全車両で追撃していた。
逃げ回るシャーマンに、大洗からの砲撃が雨霰と降り注ぐ。
だがライトニングは、戦車の携行弾数の問題から殆ど発砲しておらず、基本的に機銃掃射しかしていなかった。
「良いぞ良いぞー!」
「追え追えー!」
その事等いざ知らず、サンダースと言う強豪校に、少し前までは無名校だった大洗が優位に立っているからか、観客席からはそんな歓声が上がる。
その様子を、静馬達レイガンや、大河達スモーキーのメンバーは、アリサに合流しようと向かっている、本隊の方を心配していた。
「今のところ、大洗が有利だな…………これが何時まで持つことやら…………」
「あら、あの大河でもそんな事を言うのね?」
腕を組んでエキシビジョンを見ながら呟く大河に、静馬はからかうような視線を向けながら言った。
「俺だって心配事の1つや2つはするさ。特に、ああいう試合とかではな…………」
「まあ、そうね…………西住さん達がサンダースのフラッグ車を撃破するのが先か、サンダースの本隊が合流するのが先か…………これが問題ね。何せ向こうにはファイアフライが居るもの」
心配そうに言う静馬に、大河は相槌を打った。
「まあ、確かにな…………ファイアフライのを真っ正面から攻撃まともに喰らっても耐えられるのって、多分ライトニングのIS-2や、お前のパンターぐらいしかねえだろ…………まあ、その辺りは彼奴等に賭けようぜ」
「…………そうね」
そうして2人は、エキシビジョンへと視線を戻すのであった。
また、観客席エリアの小高い丘の上では、聖グロリアーナの2人、ダージリンとペコが居た。
「これはある意味、予想外の展開ですね」
「ウフフッ…………まるで鬼ごっこね」
そう呟くペコに、ダージリンは微笑みながら言った。
大会運営の陣営では…………
「アッハハハハハハッ!新鮮で良いわ!こんな追いかけっこは初めて見るわね!」
一○式戦車のキューボラの上で胡座をかいて座る亜美が、豪快に笑いながら言った。
「これは予想外の展開ですね…………まさか、あんな学校が此処までやれるなんて…………」
黒森峰の陣営では、大洗が優位に立っている事が心外だと言わんばかりに、要が言う。
まほやエリカは何も言わなかったが、エリカの表情には、少しばかりの喜びの色が見えていた。
「……………………」
その一方で、まほは相変わらず、複雑そうな表情を浮かべていた。
そして、再び視点はアリサのシャーマンM4A1と、大洗戦車隊との追いかけっこの場面へと切り替わる。
「こ、このタフなシャーマンがやられる訳がないわ!」
砲弾が次々に、シャーマンの周りに着弾していく中、アリサは呟いた。
「な、何せ!5万輌も造られたと言う大ベストセラーだもの!丈夫で壊れにくいし、おまけに居住性も、あの長砲身の重戦車なんかよりも断ッ然高い!馬鹿でも扱える程操縦が簡単で、馬鹿でも分かるマニュアル付きよ!」
アリサはトチ狂った目で自車をべた褒めするが、其所へ大洗側からの砲撃が襲い掛かり、その砲弾がM4A1の砲塔に当たって弾かれ、車内は大きく揺れる。
「お言葉ですが、それ自慢になってませんか!?」
「五月蝿いわよぉ!!」
ツッコミを入れてくる砲手に喚くように返すと、アリサは未だに砲撃を続けている大洗の戦車を、車長のスコープ越しに睨み付ける。
「なんで私達が、あんなにもショボくれた戦車に追いかけ回されなきゃいけないのよォ!?」
M4A1の砲塔が回転する中、アリサは喚き散らす。
「其所、右!私達の学校は、アンタ達のような連中とは格が違うのよ!撃てぇ!!」
そうして主砲が火を吹くが、大洗の戦車はこれを予測していたのか、あっさりと砲弾を避けてしまう。
「なんなのよ、あの戦車!的にすらならないじゃない!当たればイチコロなのに!修正、右に3度!!」
アリサが喚き、砲手は泣きそうになりながら砲塔の向きの修正を行う。
「ホントに何なのよあの子達は!?こんな場所にノコノコやって来て、どうせ直ぐ廃校になる癖に!さっさと潰れちゃえば良いのよ!」
「…………ハア~」
最早現在のアリサには、物事を冷静に考えるだけの精神的余裕など残されていない。
車長でありながらも子供のように喚き散らすアリサに、装填手は溜め息をついていた。
その頃、フラッグ車を追撃している大洗チームでは、みほ達Ⅳ号のあんこうチームと、紅夜達IS-2のライトニングチームが先陣を切り、フラッグ車を追っているのだが、みほと紅夜が、M4A1の砲塔のハッチから、アリサが自分達に向かって何かを叫んでいるのを見ていた。
「…………何だ彼奴?何してんだ?」
「何か喚いてね?」
キューボラから前方の様子を見ていた紅夜と、操縦手用の窓から見ていた達哉が、どうコメントすれば良いのか分からず、ただ淡々とした声で言った。
其所へ、紅夜と同じように、暫く唖然としていたものの、直ぐに復活したみほからの通信が入った。
『敵フラッグ車との距離、徐々に縮まっています!現在の距離は、約600メートルです!60秒後、順次発砲を許可します!』
そうして暫く進むと、再びみほからの通信が入った。
『前方に上り坂です!迂回しながら進んで、目標に接近してください!』
その指示に、他のメンバーからの返事が返る。
「さてと、時が来たら吹っ飛ばすか…………翔、勘助、使用を抑えていた砲弾を撃ちまくる時が近づいてきたぜ?合図したら思いっきりぶち込んでやりな!あのシャーマン野郎に大穴空けてやれ!」
「「Yes,sir!!」」
物騒極まりない事を平然と言う紅夜に、翔と勘助は答え、達哉はただ、苦笑いを浮かべながらアリサ達に合掌していた。
一方、そんな事も知らずに逃走を続けている、シャーマンM4A1では…………
「なんでタカシはあの子が好きなの?どうして私の気持ちに、気づかないのよぉーっ!!」
今のアリサの精神は崩壊寸前、車長の席に頭を抱えながら座り、全くもって訳の分からない事を叫び、シャーマンの車内でも、諦めムードが充満していた。
その時、草原地帯一帯に突如として、凄まじい砲撃音が響き渡り、その爆音に驚いた鳥が一斉に飛び立っていく。
「あ~あ、遂に来やがったか…………あの長鼻野郎が」
疾走するIS-2のキューボラから上半身を覗かせ、その長い緑色の髪の毛を風に靡かせながら、紅夜は呟いた。
「5輌だけ…………?」
Ⅳ号のハッチから後ろを見ていたみほが呟く。
彼女の視線の先には、小高い丘の上で砲口から白煙を上げているファイアフライと、此方に向かってくる4輌のシャーマンの姿があった。
「距離は約5000メートル。ファイアフライの有効射程は3000メートル、まだ余裕があります!」
みほは他のチームにそう言うが、今の状況は、サンダースが優勢な立ち位置に戻りつつあった。
「来たぁぁぁぁーーーーッ!!!」
援軍の到着を知ったアリサは、先程までの精神崩壊一歩手前状態だったのが嘘のように、目尻に涙を浮かべながら歓喜の声を上げる。
「よっしゃあっ!!こうなったら100倍返しで反撃開始よ!撃てぇッ!」
すっかり調子を取り戻したアリサの指示が飛び、援軍に便乗してM4A1も砲撃を始める。
そうして、今度は大洗の戦車隊が砲撃の嵐に晒される。
「どうする?みぽりん!」
沙織が声を上げると、すかさずみほは、他のチームへと指示を飛ばした。
「ウサギさんとアヒルさんチームは、カメさんを守りながら後方の相手をお願いします!我々あんこうとカバさん、そしてライトニングチームで、フラッグ車を狙います!」
その指示を受け、カメさんチームの38tを中心とし、その真ん前に紅夜達のIS-2、その左右にⅣ号とⅢ突が出て、38tの後ろをM3と八九式で固める形で、全速前進する。
「今度は、絶対逃げないからね!」
「「「「「うん!」」」」」
M3車長の梓が言うと、他のメンバーも一斉に返事を返す。
「この戦いは、まるでアラスの戦いだな!」
「いやいや、甲州勝沼の戦いだろう」
「いや、天王寺の戦いで決まりだな」
「「「それだぁッ!!」」」
カバさんチームの歴女達は、相変わらずマイペースに昔の戦いに今の現状を例えているが、彼女等からも闘志が溢れ出ていた。
その頃、前方をあんこう、カバさん、ライトニングに守られ、後ろをウサギさんとアヒルさんチームに守られているカメさんチームでは…………
「絶対に勝たなければならないのだ…………負けたら、私達の学校は…………ッ!」
38tの砲手である桃は、まだ錯乱状態にあったアリサの発言の意味を濃くするような事を呟きながらスコープを覗き、引き金を引く。
だが、聖グロリアーナとの練習試合にて、零距離射撃であるのにも関わらず弾を外すような射撃センスで相手の戦車に当たる訳がなく、砲弾は全く別の方向へと飛んでいった。
「桃ちゃん、当たってないよ!」
「五月蝿い!それから桃ちゃんと呼ぶな、柚子!!」
「あははは…………まあ、どっちにしろ、これは壮絶な砲撃戦だねぇ~…………」
言い合う2人を横目に、杏は笑いながら呟く。
「にしても、あのフラッグ車のシャーマン野郎、いきなり調子を取り戻しやがったな…………」
「まあ仕方ねえだろ、さっきまで絶望的だった所へ援軍来たら、誰だってああなるってモンさ」
「んで、今は思いっきり調子コイてバカスカ撃ちまくってきやがるけどな……………」
「まあまあ、今此処でぶつくさ言っても仕方ねえだろ。兎に角、今の俺等でやれる事をやろうぜ」
調子を取り戻している、アリサ達の戦車を追いながら呟く紅夜、翔、勘助の3人に、砲手の達哉が言う。
それに3人は頷き、其々の役割につこうとしていた。
「大洗女子、大ピンチですね…………レッド・フラッグのIS-2が味方に居ても、やはり無理がありましたか…………」
観客席エリアの小高い丘陵の上から、先程とはすっかり逆転して窮地を追い込まれている大洗の戦車隊を見て、ペコがそう呟く。
「…………ペコ、知ってる?」
「…………?何をです?」
突然話を切り出してきたダージリンに、ペコはエキシビジョンから目を離し、視線をダージリンへと向ける。
「…………サンドイッチはね、パンよりもキュウリの方が美味しいの」
「え?えぇっと…………それは、どういう……………………?」
ダージリンの言う事が理解出来ないペコは、そう聞き返す。
「つまりね、挟まれている方が、良い味を出してくるの。それに…………」
「それに?」
そう言いかけて目を閉じ、口籠ったダージリンに、ペコは視線を向ける。
そしてダージリンは、目をゆっくり開くと言った。
「たとえ大ピンチでも、みほさんなら上手く切り抜けられますわ…………それに、彼も居ますからね…………」
「それは…………ああ、成る程、そう言う事ですか」
ペコは、みほなら上手く切り抜けられるだろうと言ったきり、そのままエキシビジョンへと視線を向けて黙ってしまったダージリンを見て、エキシビジョンへと視線を向ける。
その大きな画面には、先頭を疾走するIS-2のハッチから身を乗り出している紅夜の姿が映っていた。
「貴女を惚れさせるような殿方なら、きっと大洗を勝利へと導いてくれるでしょうね。ダージリン?」
「ちょっ、ちょっとペコ!?貴女、いきなり何を言って…………ッ!?」
ペコがからかうように言うと、ダージリンは顔を真っ赤に染め上げ、淑女に似つかわしくない声を張り上げる。
その様子を、ペコは微笑ましそうに見ていた。