試合の開始を告げるアナウンスが響き渡ると、大洗とサンダースの戦車が、一斉に動き出す。
その様子が観客席のエキシビジョンに映し出されると、観客が歓声を上げる。
その頃、観客席付近にある緩やかな丘陵の上では、まほ、エリカ、要と言った黒森峰の3人が、観戦にやって来ていた。
「始まりましたね…………」
「ああ、そうだな…………」
前進する、大洗の戦車がパンツァーカイルで進むのを、エキシビジョン越しに見ながらエリカが言うと、まほが複雑そうな顔で答える。
「まあ私としては、たとえ大洗には強力なIS-2があるとしても、物量的に負けている時点で大洗の詰みは確定していると見ていますがね」
「要、貴女ねぇ…………ッ!」
「エリカ、止めるんだ。謙譲も、変に煽るような口を聞くのは止めろ」
辛辣と言うよりかは、見下したようなコメントを試合開始早々に呟く要に、エリカは怒ろうとしたが、それはまほによって止められる。
流石に隊長に言われては何も言い返せないのか、2人は暫し睨み合った後、どちらともなくエキシビジョンへと視線を移した。
「みほ…………」
Ⅳ号のキューボラから身を乗り出すみほの姿を捉えたまほが悲しそうな表情で、エリカや要に聞かれないような声で呟いた。
その筈だったのだが、エリカには聞こえていたらしく、エリカも悲しそうな表情を浮かべ、まほを横目に見た。
「前進前進!ガンッガン行くよ~~!」
その頃、サンダースチームは荒野地帯を10輌で進撃しており、対する大洗チームは、森林地帯で進行し、今は身を隠すように、全車両が停車していた。
「ウサギさんチームは、右方向の偵察をお願いします。アヒルさんチームは左方向を」
『了解しました!』
『此方も了解!』
みほが言うと、2チームから返事が返される。
「我々あんこうとカバさんチーム、そしてライトニングチームで、カメさんを守りながら前進します」
『『了解!』』
「あのチーム名は何とかならなかったのか?」
「良いじゃん、可愛いし」
各チームからの返事が返されるが、桃はチーム名に対して、もう少しマシなものはないのかとボヤくが、杏がそれを鎮める。
「パンツァーフォー!」
みほの掛け声と共に、其々の戦車が自分の役割を果たすべく、動き出した。
「ムシムシするぅ~」
「暑い~」
偵察をしているM3では、優季と桂里奈がボヤく。
「静かに!」
そんな中、梓が何かを感じたのか、静まるように言う。そしてM3が停車すると、梓はハッチから身を乗り出し、双眼鏡で周囲を見回す。
すると其所へ、向かってくる2輌のM4シャーマンが現れる。
「此方、B085S地点にて、シャーマン2輌を発見。これから誘き出します」
そうして、M3が砲撃体勢に移ろうとした時、突然2発の砲弾が、M3の直ぐ近くに着弾した。
梓が慌てて後ろを確認すると、其所には4輌のシャーマンが向かってきていた。
「シャーマン6輌に包囲されました!」
梓が通信を入れると、みほからの返事が返された。
『ウサギさんチーム、直ぐに離脱してください!南西から援軍を送ります!』
「了解しました!桂里奈!」
「あいっ!」
梓の指示で、桂里奈がM3を急発進させ、その場からの離脱を図った。
「ウサギさんチームの援護に向かいます!アヒルさんチームとライトニングチーム、ついてきてください!」
『はい!』
『Roger that!』
みほが言うと、八九式アヒルさんチームの典子と、ライトニングチームの紅夜から返事が返された。
「にしても6対1とか、数にものを言わせてリンチってか…………物量作戦でのあるあるだな」
「まあ、俺等だって敵車両を横から殴り付けるように体当たりしたりしてたから、まだ袋叩きはマシな方かな…………」
先行するⅣ号と八九式を追うIS-2の車内では、達哉と紅夜がそんな事を言い合い、それを聞いていた翔と勘助が苦笑いを浮かべていた。
一方、6輌のシャーマンとの追いかけっこを演じているウサギさんチームでは…………
「ちょっと!付いてこないでよー!」
「エッチ!」
「ストーカー!」
「これでも喰らえ!」
車内で悲鳴に近い喚き声が上がりながらも、副砲塔が回転し、追ってくるシャーマン目掛けて37mm砲弾を撃つが、走行中だからか、その砲弾が当たることはなく、シャーマンの頭上を通過して後方に着弾するばかりだ。
「アハハハハッ!全然当たらないよー!」
先頭を走るシャーマンのハッチから身を乗り出しているケイが言うと、他のシャーマンからの集中砲火が始まり、M3の車内からは悲鳴が上がる。
「流石はサンダース、数にものを言わせた戦い方をしますね…………」
此処は観客席エリアにある、黒森峰の3人が来ている丘陵とは、また別の小高い丘陵の上。
試合の様子を見ているペコが呟くと、ダージリンが口を開いた。
「こんなジョークを知ってるかしら?とあるアメリカ大統領が自慢したそうよ、『我が国には何でもあるんだ』って」
そう言うダージリンにペコが振り向くと、ダージリンは言葉を続けた。
「そうしたら、ある外国の新聞記者がこう質問したそうよ…………『地獄のホットラインもですか?』ってね」
そう言うとダージリンは、試合会場の一角に浮かんでいる、小型の気球のような物体に、チラリと視線を向けるのであった。
その頃、サンダースからの執拗な攻撃を受けているウサギさんチームでは…………
「頑張って!」
「やれば出来る子だよ、桂里奈ちゃん!」
「あいーっ!」
操縦手である桂里奈をあゆみと優季が励まし、反撃しながらも逃走を続けていた。
その一方で、ウサギさんチームの救援に向かっている、あんこうチーム、アヒルさんチーム、そしてライトニングチーム一行は、周囲を警戒しながらも、最短ルートで救援に向かっていたが、突然横から砲撃音が響き渡り、Ⅳ号と八九式の間に砲弾が着弾した。
「オイオイ、誰だよ撃ちやがったのは?」
そう呟きながら、紅夜が砲弾の飛んできた方を睨み付ける。
すると、森の奥からナオミが乗るファイアフライを先頭に、3輌のシャーマンが向かってきていた。
「マジかよ…………おい隊長、コレ完全に囲まれたぞ!」
紅夜が無線機で、みほに通信を入れる。
「北東から6輌、南南西から3輌…………凄い!全10輌中9輌もこの森に投入ですか!」
「…………随分と大胆な作戦ですね…………」
殆どの戦車が森に居る事に気づいた優香里が声を上げ、華も呟く。
「ウサギさん、このまま進むと危険です!停車出来ますか!?」
『『『『『『無理で~す!』』』』』』
みほは停車出来るかを聞くが、即答で否の答えが返される。
「…………ッ!6輌から集中砲火を浴びてるって!」
通信手の沙織が、ウサギさんチームから知らされた状況を伝える。
「…………分かりました。ウサギさん!私達とは間もなく合流出来るので、その後は直ぐ、南東に向かってください!」
「…………フッ」
沙織からの報告を聞いたみほが指示を出す。それにウサギさん、アヒルさん、そしてライトニングからの返事が返される声を聞き、とあるシャーマン戦車の乗員の1人がほくそ笑んだ。
「南南西に、2輌程回してください」
「OK!」
その乗員からの通信に答えると、ケイは2輌のシャーマンに、南南西に回るように命令を出す。
その命令を受けた2輌が、直ぐ様急行した。
「あ、居た!せんぱーい!」
「はい!落ち着いて!」
安堵の声を上げるウサギさんチームにみほが答える。
そしてM3が合流を果たすと、直ぐ様方向転換して、南東へと進み始める。
「達哉、外側へ回れ。コイツを盾にしろ。翔、機銃掃射だ、ちょっとばかり怖がらせてやれ」
「「Yes,sir!」」
紅夜が指示を出すと、達哉がIS-2を外側へと回り込ませ、砲塔を左へ向けた翔が、砲身と同軸にある機銃による掃射を始める。
「クソッ!んだよ彼奴等、エスパーでも居んのか!?」
操縦席の小さな窓から退却先を見ていた達哉が、苛立ち気味に言う。
紅夜がその方を見ると、向こう側から2輌のシャーマンが向かってきていた。
「回り込んできた!」
「どうする!?」
「撃っちゃう?」
八九式アヒルさんチームの典子や、M3のウサギさんチームから声が上がるが、みほはそれに否の返答を返す。
「このまま直進してください、敵戦車と混ざって!」
「うえっ!?マジですか!?」
「了解!リベロ並のフットワークで!」
みほからの大胆極まりない発言に桂里奈は驚くが、八九式操縦手の忍は冷静に言う。
「了解したぜ隊長!先陣は任せな!」
紅夜は無線機に向かって叫ぶと、達也に言った。
「達哉!コイツをブッ飛ばして前に出せ!他3輌の盾にしろ!」
「Yes,sir!!」
紅夜の指示を受けた達哉がアクセルペダルを思いっきり踏み込み、3輌の前に出る。
元々、IS-2の正面装甲は100~160mm、そして主砲は122mmを持ち、現在参戦している大洗の戦車の中では、最高の火力と防護力を誇るのだ。
紅夜はそれを利用して、3輌をシャーマンからの砲撃から守ろうとしたのだ。
「翔!この際だから1輌ぐらい吹っ飛ばしとけ!」
「オーライ!」
そう答えた翔は、左側のシャーマンの履帯部分に砲塔を差し向けると、勘助が装填した122mm弾をぶっ放した。
飛んでいった砲弾は、見事にシャーマンの履帯に命中し、走行車輪や転輪の一部を粉々に吹き飛ばす。
「「「「「キャァァアアアアアッ!!!?」」」」」
バランスを崩したシャーマンは、そのまま右向きに横転し、行動不能を示す白旗が上がった。
「て、撤退しろ撤退ぃ~っ!私等もあんな感じで撃たれるぞ!」
シャーマン1輌を撃破しても、尚も速度を落とさずに突っ込んでくるIS-2に恐怖を覚えたのか、残りの1輌が逃げ出す。
そして大洗一行は、シャーマンの包囲網からの脱出に成功するのであった。
「いやあ~、何とか抜け出せたな!まあ、あのシャーマンの乗員には、少し悪い事しちまったけどな………………」
徐々に速度を落としながら達哉が言うと、紅夜も安堵の溜め息をつきながら言った。
「そうだな。それにしてもあのシャーマン、なんで俺等が向かってくるのが分かったんだろうなぁ…………ん?」
キューボラの角に頭を預けて空を見上げていた紅夜は、見慣れない物体に気づいた。
「アレは………………成る程、ああいう訳か、小賢しい真似するモンだぜ全く…………」
それを見た紅夜はニヤリと笑みを浮かべると、みほ達あんこうチームへと、隠れそうな茂みに戦車を停めるようにと通信を入れるのであった。