ある日の早朝の事…………
「さぁ~て、今日は何しよっかね~…………っと、今日から朝練始まるんだっけか…………まあ、今日はレイガンとスモーキーが参加で、俺等ライトニングはねえから、実質上、今日はお休みなんだけどな…………って訳で、今日は私服な訳だが」
朝の道を、紅夜はのんびりと歩いていた。
「暇だしIS-2でも動かして…………ん?」
操縦手である達哉がこれを聞けば、黙っていないような台詞を呟いていると、紅夜は前方に、特徴的な癖っ毛頭の少女を見つけた。
「あれ、秋山さんじゃねえか。コンビニの制服なんざ着て、何処行こうってんだ?」
そう疑問に思いながら、紅夜は優花里の後をついていった。
優花里の後をつけること約10分、紅夜は港へ辿り着いた。
「港…………?あ、そういや今日って、コンビニの定期便が来る日だったな。って事は、秋山さんの奴、サンダースに潜入するつもりだな?まあ、試合前の偵察行為は許可されてるから良いんだが…………面白そうだし、ついていくか。前からやってみたいと思ってたんだよな~」
そう言いながら、紅夜は何食わぬ顔で定期便に乗り込んでいく優花里に続き、気配を消しながら乗り込んだ。
「さあて、久し振りにサンダースの学園艦に行く訳だが、昔と変わったかどうか、見せてもらおうではありませんか!」
そう言う紅夜の声は、定期便の汽笛の音に掻き消されてしまった。
「私は今、サンダース大学付属高校に来ています…………それでは、潜入開始です」
定期便から降りた紅夜は、小型ビデオカメラにリポートしながら学校へと入っていく優花里を見つけた。
「ほほぉ~、そのためにあの姿を…………まあ、その間俺は、のんびり観光しますか…………この辺だけだけど…………」
そう言いながら、紅夜はブラつこうとしたが、其所で突然足を止めた。
「(待てよ…………この辺りは確か…………あ!)」
紅夜が何かを閃いたような表情を浮かべた時だった。
「ハーイ!」
「?」
突然、背後から声をかけられた。
振り向くと、如何にもアメリカ人を感じさせるような、サンダースの生徒らしき少女が、手を振っていた。
「は、ハーイ…………」
突然の挨拶に戸惑いながら、紅夜も手を振り返した。
「さてと、思わぬ挨拶を戴いてしまったが、此処にはアレがあるではないか!」
紅夜はそう言うと、サンダースの敷地の壁に沿って走り、路地に来た。
「えっと、確か此処に…………よし、見つけた!」
紅夜が路地の行き止まりで見つけたのは、幾つかのプラスチックのゴミ箱と、2本のスティックだった。
紅夜はゴミ箱を1つに纏め、スティックも持ち上げると、そのまま道へと出た。
そして、そのゴミ箱を広げると、残った1つに腰掛けた。
「そういや此処に遊びに来た時は、よく此処で大道芸してたなぁ……………懐かしいぜ」
紅夜はそう言いながら、スティックを両手に構え、ゴミ箱を叩き始めた。
足で真ん前のゴミ箱を挟み、少し浮かせたりして、叩いた時の音色を調節する。
「さぁ、天才ドラマーの路上でのリターンライブだぜ!」
紅夜はその間、ご機嫌で演奏していた。
……………ドトトトトドンッ!
「ふうっ!」
演奏を終えた紅夜は、満足そうな息を吐いた。
「ブラボー!」
「良い演奏だったよー!」
サンダースの校門を潜っていく生徒達が、紅夜に声をかける。
紅夜も笑顔を向けると、右手を振る。
「HEY!其所の人ー!」
「ん?」
次の演奏をしようとしていると、今度は金髪の女子生徒が手を振りながら近づいてきた。
「何か?」
「HEY!そんなローテンションな返事はNGよ?せっかく凄い演奏してたんだから!」
「ああ、そりゃどうも…………」
演奏後は暫くテンションが低くなる紅夜からすれば、少しやりにくい相手であった。
「それにしても、見慣れない顔してるわね…………この辺の人?」
「いや、結構遠目の所だよ」
「へぇー、そうなんだ!でも、今までゴミ箱で大道芸する人なんて、見たことないわよ?」
そう聞いてくる女子生徒に、紅夜は咄嗟に言った。
「ああ!幼い頃は、よくこの辺りでやってたんだけど、段々とこの演奏の事を忘れていってな。今日になって思い出したから、久々にやりに来たのさ」
そう言って、紅夜は軽いパフォーマンスを見せる。
左手のスティックでゴミ箱を叩きながら、右手のスティックを投げ上げ、見事にキャッチする。
「おー!」
その様子に、女子生徒はおろか、気づけば、チラホラと人だかりが出来ていた。
「よっしゃ!んじゃあ思いっきりいくぜ!準備は良いかお前等ァ!」
『『『『イエーイ!!』』』』
そうして、紅夜の路上パフォーマンスに熱中していた生徒達は、遅刻ギリギリになって漸く気づき、大急ぎで学校へと入っていった。
「それじゃあ、また演奏聞かせてね♪」
そう言って、金髪の女子生徒--ケイ--は、紅夜にウインクすると、学校へと向かっていった。
「……………………さて、それじゃあ俺も行動開始するか」
そう呟き、紅夜はゴミ箱セットを元の場所に戻すと、忍者のように動きながら、学園の外側を廻って優花里の姿を探し始めた。
「(くっ!迂闊でした。まさか、通路の段差で転ぶなんて…………ッ!)」
此処は、サンダース大学付属高校の学園艦の館内通路。
その通路を、2人の女子生徒に挟まれた状態で、優花里は手錠をつけられ、歩かされていた。
偵察行為は承認されているとは言え、相手側からすれば、知られたら最後、そのスパイを捕らえなければならない。
「残念だったわね。良いトコまで逃げられたのに、段差につまづいて転ぶなんて」
「まあ、そう言ってやるなアリサ…………兎に角、スパイは尋問の後に大洗側へ報告だな」
優花里の横を歩く女子生徒が、嫌味ったらしく言う。
「(西住殿…………申し訳ありません!)」
優花里が心の中で、尊敬する人物に詫びを入れた、次の瞬間だった。
「アッハハハハハッ!余裕ぶってますねぇお嬢さん方!さっすがサンダース!優勝候補の一角の余裕ってモンだ!だがその前に、引っ捕らえたソイツを奪還される方を心配すべきかどうか、神様に電話で聞いてみな!」
「…………ッ!誰!?」
アリサが言うと、突然壁がドアのように開き、其所から紅夜が現れた。
「呼ばれてねえけどジャジャジャジャーンッ!俺、参ッ上ッ!」
「な、長門殿!?どうして此処に!?」
まさか紅夜が来ているとは思わなかったのか、優花里が表情を驚愕に染める。
「いやな?お前コンビニの制服着てたじゃん?あの辺りから何か怪しいと思ったんで、付いてきてみればこれって訳さ」
「お、お前まさか!レッド・フラッグ!?」
銀髪の女子生徒が、紅夜を指差して叫ぶ。
「まあな……………………大洗女子学園戦車道特別チーム《RED FLAG》隊長、長門紅夜とは俺の事だ!後ついでに、人を指で指すな!失礼だと教わらなかったか!」
「す、すみませんでした!ってアレ?なんで私が謝っているんだ!?」
銀髪の女子生徒は、紅夜のペースに乗せられていたことに気づくが、それは最早、手遅れだった。
「んじゃ、この子は貰ってくぜ~!」
「きゃっ!?」
「ッ!しまった!」
アリサが声を発するが、その頃には紅夜が、手錠をつけられたままの優花里を抱き上げ、瞬きをする間もなく消えていた。
「いやあ~!アッハハハハハッ!スッゲー楽しかったぜ!もう最ッ高!」
サンダースから抜け出し、コンビニの定期便に飛び乗った紅夜は、物影に隠れると優花里を下ろし、楽しそうに言う。
「それにしても秋山さん、あんなに面白い事するなら俺も誘ってくれよ~。あんなにスリル満点な出来事なんて、この先無いかもしれねえんだぜ?」
「は、はあ…………」
「あ、そうだ。手錠外さねえとな」
紅夜はそう言うと、針金を取り出して手錠の鍵穴に差し込み、穴の中を弄り回す。
すると、1分としないうちに手錠は外れた。
「長門殿…………」
「ん?」
優花里が声をかけると、手錠が外れたことに安堵の溜め息をついていた紅夜が振り向く。
「その、助けてくれて…………本当に、ありがとうございました」
そう言って、優花里は頭を下げた。
「いやいや、別に気にすることはねえよ。大事な仲間が捕まったなら、助けるのがチームの務めってヤツだしな。まぁ、無事で何よりだぜ」
「…………ッ!」
紅夜が言うと、優花里は顔を真っ赤に染め上げた。
紅夜はコンテナの間から顔を出すと、遠ざかっていくサンダースの学園艦を見ながら呟いた。
「次は試合で会おうぜ、サンダースの戦車隊」
そうして、紅夜達を乗せた定期便が戻っていき、彼等は大洗の学園艦へと乗り移った。