まほとエリカとの話を終えた紅夜は、大洗の学園艦へと戻るための連絡艦に乗っていた。
デッキに上って夕日を眺めていると、其所へみほがやって来た。
「長門君、こんな所でどうしたの?」
「ん?……………ああ、西住さんか。いや何、夕日を眺めて黄昏てたんだよ。お前さんは?」
適当な調子で紅夜が訪ねると、みほは少し恥ずかしそうに、顔を赤くしながら言った。
「うん…………その、長門君にお礼が言いたくて…………」
胸の前で指を絡めながら言うみほに、紅夜は頭に疑問符を浮かべた。
「俺にお礼?別に何もしてねえぞ?」
そう言うと、みほは首を横に振った。
「そんな事ないよ。私達が謙譲さんに色々言われてた時、割って入ってきてくれて…………庇ってくれたでしょう?」
「それか?別に俺、ただ単にトイレ行こうとしていた時にあの女が居て、マジで邪魔だと思ったから退かそうとしただけだぜ?」
紅夜がそう言うと、みほは紅夜の赤い両目を覗き込むようにして見た後、言った。
「嘘だね」
「…………ッ!」
その言葉に、紅夜は驚愕に目を見開いた。
「本当に謙譲さんが邪魔なだけなら、退かして直ぐに通り過ぎてる筈だよ。それに、態々退かさなくても、少し遠回りしていくと言う通り方だってあった。でも長門君は、態々謙譲さんを退かして、色々と言った……………そうだよね?」
「……………………んだよ、其所まで見透かされてたってのかよ」
そう言うと紅夜は、両手を上に挙げた。
「降参だよ、西住さん。お前さんの言う通りだ」
「じゃあこの勝負は、私の勝ちだね」
「え?これ勝負だったのか?」
「冗談だよ」
そう言って、みほは軽く笑った。
それを見た紅夜は、軽く微笑んだ後、また夕日へと視線を移そうとした。
「でも…………ありがとう」
そうみほが言うと、紅夜は夕日へ移しかけていた視線をみほへと戻した。
「あの時、長門君が割って入ってきてくれて…………庇ってくれて…………凄く、嬉しかった。あんな事を言ってくれるのは、長門君が初めてだったから…………」
「そっか…………」
そう言って、紅夜は少し考えるような仕草を見せた後、意を決したようにみほへと向き直った。
「なあ、西住さん…………」
「何?」
不意に話しかけられ、みほは紅夜の方を向く。
「いや、その……………………もし、お前さんさえ良ければ、なんだが…………」
紅夜は、言いにくそうにそう言う。
「えっ……………………ま、まさか!?」
「ん?」
みほは何を曲解したのか、いきなり顔を真っ赤に染め上げ、狼狽え始めた。
「だ、駄目だよ長門君!私達って会ってからそれなりに日は経ってるけど、ここここっ!…………交際なんて早すぎるよぉ~~ッ!!」
「……………………何かスッゲー誤解してるぞ、お前」
顔を真っ赤に染め上げ、イヤンイヤンと体を振るみほを見ながら、紅夜は呆れたような表情で言った。
「……………………落ち着いたか?」
「う、うん…………ゴメンね、急に」
「気にすんな」
あれから約10分後、漸くみほが落ち着いたのもあり、紅夜は話を切り出そうとしていた。
「それで、なんだけどさ…………お前さんさえ良ければ、お前さんが黒森峰に居た頃に何があったのか、教えてくれねえか?」
「ッ!」
紅夜が言うと、みほは表情を強張らせる。
「別に、何から何まで喋れとは言わねえよ。そりゃ、出来れば話してくれれば嬉しいんだがな」
「…………」
そう言うと、みほは少しの沈黙の後、ポツリポツリと話し始めた。
「私が、黒森峰から大洗に来た理由はね……………………戦車道をしないためだったんだ」
「………」
みほが言うのを、紅夜は何も言わずに聞いた。
「62回目の戦車道全国大会で、私達黒森峰は、決勝戦でプラウダ高校と当たったの」
「プラウダってのは、ロシア戦車ばっか持ってる、あの学校か?」
「そう。その時、私達は川沿いの道を走っていたんだけど、前方からプラウダの奇襲攻撃に遭ったの」
そういうみほは、徐々に震え始めていた。当時の様子が思い起こされてきているのだろう。だが、それでもみほは話を続けた。
「そんな時にね、私が車長を務めていたフラッグ車の前を走っていたⅢ号戦車が、プラウダの砲撃でバランスを崩して、川に滑り落ちちゃったの。それも、悪天候だったから増水して、荒れ模様の川にね」
「マジですか…………んで、どうしたんだ?」
そう紅夜が言うと、みほはゆっくりと頷く。紅夜は、話を続けるように促した。
「私は、その戦車の乗員を助けにいくために、フラッグ車から降りたの。それで川に潜って、Ⅲ号戦車のハッチを抉じ開けて、中の人達を引っ張り出したの」
「乗員はどうだった?」
「全員、無事だったよ。川に沈んでから、そんなに経っていなかったからね」
みほが言うと、紅夜は安堵の溜め息をついた。だがみほは、其所で表情を暗いものにした。
「でもね、さっきも言ったように、私はフラッグ車の車長だったの。だから、それでフラッグ車での纏まりが上手くいかず、フラッグ車は……………………」
「プラウダにやられちまったってか?」
そう紅夜が言うと、みほは暗い表情のまま、ゆっくりと頷いた。
「それだけなら、まだ良かったんだけどね。黒森峰って戦車道の顔とも呼ばれるような学校だから、試合に一回負けたぐらいでスポンサーから契約切られたりはしないんだけど、その時って、黒森峰は全国大会10連覇がかかっていたの」
「うわちゃー…………」
みほの一言に、紅夜は苦虫を噛み潰したかのような表情で声を発した。
「それに黒森峰って、私が居た西住流の家元の学校だし、流派では、『勝利のためなら多少の犠牲はやむを得ない』ってヤツだから、あの後お母さんに呼び出されて、怒られちゃった」
みほがそう言うと、紅夜の目付きが怒りを含み、鋭くなった。
「んだそりゃ?お前は何も悪い事してねえじゃねえかよ!人の命よりも10連覇が大事だってのかよお前ン家の流派は!?」
怒りを含み、荒れる紅夜の声に、みほは驚いた。
「そりゃ確かに10連覇がかかった試合なら、勝ちたいってのは分かるさ!だが!そのために川に落ちた連中を見殺しにするってのか!?お前が助けにいかなかったら、Ⅲ号の乗員は!全員溺れ死んでるってのに!自分の流派を殺人流派にしたいってのかよ!?ソイツ今何処に居る!?2、3発ぶん殴って説教だぜ畜生めが!」
「お、落ち着いて長門君!」
みほの話を聞いた紅夜が、怒りに我を忘れそうになっているのを見たみほは、紅夜に抱きついて止めようとする。
「わ、私なら大丈夫だから!だから落ち着いて!ね!?」
みほがそう言うと、怒り狂う紅夜の体の震えは徐々に収まってきた。
「……………………悪いな西住さん。どうも今日は、感情的になりやすい日だぜ」
落ち着きを取り戻した紅夜は、ばつが悪そうな顔で言った。
みほは首を横に振った。
「ううん、良いの…………それに長門君、私のために、そこまで怒ってくれてるんでしょ?」
「……………………まあな」
その事が照れ臭いのか、紅夜はそっぽを向きながら言った。
みほはそれをみて微笑むと、夕日を眺め始める。
すると、物陰から優花里が姿を表した。
「に…………西住殿、長門殿…………寒くないですか?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
「……………………俺も同じく」
そう2人が答えると、優花里はみほの隣に立つ。
「それはそうと、今日は悪かったな」
「「え?」」
突然謝罪の言葉を口にした紅夜に、みほと優香里は聞き返した。
「いや、喫茶店での事だよ。結構俺、乱暴な事言ったからさ…………『喧嘩するなら出ていけ』…………とかさ」
「気にしてないよ」
「そうですよ!店の中だって事を考えてなかったのも原因でしたから」
「そっか…………」
そうしていると、優花里が不意に口を開いた。
「全国大会、私は出場出来るだけでも嬉しいです。他校の戦車も見れますからね」
「秋山さんって、マジで戦車好きなんだな」
「ええ、勿論!」
問いかけた紅夜に、優花里は嬉しそうな声で返す。
「なんなら今度、ウチの戦車に乗せてやろうか?」
「え、良いんですか!?」
紅夜が言うと、優花里は物凄い剣幕で詰め寄った。
「お、おぅ…………そんなに戦車が好きだってンなら…………」
「ほ、本当ですね!?や、約束ですよ!?」
「あいよ」
そう言うと、優花里は子供のようにはしゃぎ回る。
「全国大会、俺等が出られるかは分からねえが、取り敢えず重要なのはベストを尽くす事、それから、誰一人として大怪我をしない事……………………それさえ出来れば、俺は勝ち負けなんてどうでも良い。試合ってのは楽しんでナンボのモンだからな」
「その台詞、レッド・フラッグの全盛期に勝ち続けてた長門君が言っても、説得力なんてまるで無いよ?」
「おっと、そりゃそうだな」
そう言って、紅夜は軽く笑う。
その時、3人の背後からおちゃらけた調子の声が聞こえてきた。
「良い雰囲気の所に邪魔して悪いんだけど、勝ってもらわないと困るんだよねぇ~」
「ん?…………おや、角谷さん」
其所には、杏達生徒会の3人が居た。
「やあやあ紅夜君。喜べ~!レッド・フラッグ出場の許可が出たよー!」
「マジっすか!?」
「モチのロンロン!ただし、1回戦と2回戦までは1輌だけで、準決勝で2輌、決勝で漸く全車両投入出来るって事が条件だから、その辺り宜しくね?」
「りょーかいです」
そう言うと、桃が前に出てきて念を押すように言った。
「良いか?今回の全国大会は、絶対に勝たなければならないのだからな!我々には、優勝以外の選択肢なんて無いんだ!」
「そうなんです!負けたら我が校は…………」
「小山!」
何かを言いかけた柚子を、杏が黙らせる。
「どうしました?負けたら大洗女子学園はどうなるんです?」
怪訝そうな顔をした紅夜が聞くが、杏は苦笑いを浮かべながら言った。
「いやいや!何もないよ~?兎に角、何が何でも今回の全国大会で優勝すること。分かったかな~?」
「はあ…………まあ、やる以上は優勝狙いますけどね」
「うん、それさえ聞けたら十分だよ。それじゃねー」
そう言って、杏達は戻っていった。
「せめて、相手が出してくる戦車が分かれば…………」
みほがそう呟いているのを見た優花里が、何やら決心した表情になったのを、紅夜は見逃さなかった。