アンコウ踊りという名の羞恥の公開処刑が終わり、Aチームの面々と紅夜、達哉の7人は、観光市場の前に集合していた。
「ああ~…………恥ずかしかった…………」
「あれ、見てるとマジで気の毒になるぜ。まあ、その…………良く頑張ったよ、皆」
今も尚、顔を真っ赤にしている沙織に、達哉が気の毒そうに言う。
「ゴメンね、皆…………」
「そんな!西住殿のせいじゃありませんから!」
落ち込むみほに、優花里がフォローを入れる。それに便乗するように、紅夜も優しげな声色で言った。
「まあ、確かに試合では負けたが、強豪相手にあそこまで張り合えたんだ。罰ゲームの内容は滅茶苦茶だが、それでも誇って良いと思うぜ?」
「うん…………ありがとね」
みほはそう言うが、それでも少し、表情は暗かった。
「それより、これから7時まで自由行動ですが、どうします?」
その場の雰囲気を変えようとしたのか、華が話題を振った。
「買い物行こう!」
沙織が元気良く提案したが、麻子は何処へと歩き出した。
「麻子、何処行くの?」
「おばぁに顔見せないと殺される」
そう訊ねる沙織に、振り返ることなく返事を返すと、麻子はそのまま歩いていった。
「そういや、紅夜君と達哉君はどうするの?何か予定とかってあるの?」
麻子が見えなくなると、沙織は紅夜達に話題を振った。
「いんや?特にこれといってやりたい事もねえから、適当に観光して帰ろうかと…………な?」
「だな」
そう言う紅夜に、達哉も頷いた。
「じゃあさ、2人も一緒に行こうよ!」
「ん?良いのか?」
「勿論!」
沙織が言うと、紅夜と達哉は、互いに顔を見合わせると、頷いた。
「んじゃ、お供させてもらおうかな」
「よっしゃ!これでイケメン2人確保だね!」
「「俺等そこまでイケメンじゃねえぞ?」」
「あ、台詞被った」
2人同時に言うと、それに気づいた優花里が呟く。
そうしつつも、一行は大洗ショッピングモールに入り、モール内を何処と無く歩き回っていた。
「可愛いお店、いっぱいあるねぇ~♪」
「後で戦車ショップ行きましょうねぇ~♪」
沙織と優花里は、モール内を見回しながら機嫌良く言う。
「その前に、何か食べに行きません?」
そうして、各自で思い思いにモール内で過ごした後、彼等はモールから出て、この後に何をするかを話していた。
すると其所へ、人力車を引いた青年が現れる。
その青年は辺りを見回し、沙織と目が合う。
「め、目が合っちゃった!」
沙織が驚くと、青年は爽やかな笑みを浮かべ、近づいてくる。
「や、やだぁ…………ッ!」
近づいてきた青年に、沙織は顔を真っ赤にして狼狽える。
「新三郎…………」
「えっ何!知り合い!?」
華が青年の名前らしき単語を呟くと、沙織が反応して言う。
「あ、はじめまして!私、華さんの…………アレ?」
沙織は青年に挨拶しようとするも、彼は沙織の横を通り過ぎ…………
「お久し振りです、お嬢」
華の前に立った。
「何ィ!?聞いてないわよ!?」
沙織が声を張り上げると、青年が一行の方を振り向き、華が彼の紹介をした。
「家に奉公に来ている、新三郎(しんざぶろう)です」
「お嬢が何時も、お世話になっています」
そう言うと、新三郎が礼儀正しくお辞儀をする。
すると、人力車に乗っていた、和服姿の女性が和傘を差して降りてきた。
「華さん」
「お母様」
降りてきた女性は華の母親、五十鈴 百合(いすず ゆり)だった。
「元気そうで良かったわ…………あら、此方の方々は?」
百合は華が元気そうなことに喜ぶと、後ろに居る面々の方を見て言った。
「同じクラスの、西住さんと武部さんです」
「「こんにちは!」」
華に紹介されたみほと沙織は、元気そうに挨拶した。
「五十鈴百合です。何時も華さんがお世話になっています…………あら、男性の方もいらっしゃるのね?」
「ええ」
百合は、紅夜と達哉と言った、男が居るということに、意外そうな表情をしながら言った。
「どうも、同じ学園艦に住んでいる、長門紅夜です」
「同じく、辻堂達哉です」
そうしていると、百合は優花里にも気づいた。
「貴女は?」
「あ、私は五十鈴殿達とはクラスが違いますが、戦車道の授業で…………」
「戦車道?」
優花里が言った、《戦車道》という単語に、百合は眉間にシワを寄せた。
「はい、今日は試合だったんd…「華さん、どういう事なの?」……アレ?…………ハッ!?」
優香里が言い終える間もなく、百合は華を問い詰める。
穏やかな雰囲気は一気にナリを潜め、緊張した雰囲気を出す百合に、華は俯いてしまう。どうやら華は、戦車道の授業を受けているということは、親に黙っていたようだ。
百合は華に近寄ると、右手を取って匂いを嗅いだ。
「鉄と油の匂い…………華さん、貴女まさか…………戦車道を!?」
「…………はい」
切迫した声色で、百合は華に問う。華は少しの間を空け、頷いた。
「そ、そんな…………華を生ける手で、戦車を…………あぁっ!?」
狼狽えながら、百合は2、3歩程後退ると、白目を剥いて倒れた。
「お、お母様!?」
倒れた百合に、華は近寄って呼び掛けるが、本人は気絶しており、全く反応しない。
「ちょォォオオいっ!?紅夜ァ!救急車ァ!」
「あ、あいよ!」
すかさず、紅夜は携帯を取り出すと、救急車を呼んだ。
時は流れ、此処は華の実家。
百合は、紅夜が呼んだ救急車で病院に運ばれたが、容態は思ったよりも悪くはなかったらしく、その日の内に退院し、今は部屋で休んでいた。
紅夜達は、家の客間に案内された。
「…………すみません、私が口を滑らせたばっかりに」
「良いんです。私が、母に話していれば、こんな事には…………」
優花里はすまなさそうに言い、華も何処か、自分を責めているような表情で返す。
「なあ、五十鈴さん。この花、お前さんが生けたのか?」
紅夜は、机の真ん中に置かれている生け花を見て言った。
「ええ、そうですが…………何か?」
「いや、何もねぇが…………良く生けてるな、と思っただけさ」
「ありがとうございます」
そんな会話が交わされていると、襖が開き、新三郎が現れ、言った。
「お嬢、奥様が目を覚まされました。お話があるとの事です」
「でも私、もうそろそろ戻らないと…………」
だが華は、そう言って断る。
「そんな、お嬢!」
「お母様には、悪いとは思っていますが、私は…………」
新三郎は諦めず、華を説得しようとするが、華も頑固なのか、引こうとしなかった。
それに業を煮やしたのか、新三郎が声を張り上げた。
「差し出がましい事を申しますが、お嬢の気持ちは…………ちゃんと奥様に伝えた方が、よろしいと思うのです!」
新三郎は言うが、華は尚も引こうとはしない。
その時、低い声が放たれた。
「新三郎さんの言う通りだぜ、五十鈴さん」
その声に、全員の視線が声の主に集中する。その視線の先に居た人物は…………
「新三郎さんの言う通り、俺もそうした方が良いと思う」
目を瞑って腕を組んでいる、紅夜だった。
「な、長門さん…………?」
「紅夜?」
華は驚きに目を見開き、達哉も、まさか紅夜が他人の家の事情に口を挟むとは思わなかったのか、意外そうな表情を浮かべて言った。
「……………………」
紅夜は、暫く口を閉じたままだったが、やがて、ゆっくりと口を動かした、
「……………………俺は、お前さんの家族でも、親戚でもない。それに、従兄弟でもない。だから、偉そうな口聞けるような立場じゃねえって事は、重々理解してるつもりだ…………」
「…………」
そう話し始めた紅夜が醸し出す雰囲気に、誰も口を開くことはなかった。
「だがな、それでも俺は言わせてもらうぜ。五十鈴さん……………………お前のお母さんに、ちゃんと話してきた方が良い」
「でも…………」
華は尚も食い下がるが、片目を開いた紅夜の、赤く光を放っている目の鋭い眼光に当てられ、口を閉じた。
「人間ってさ、よく『やらないで後悔するより、やって後悔した方が良い』って言うだろ?アレ、当たってると思うんだよ、俺は」
そう言って、紅夜は開けていた片目を閉じると、言葉を続けた。
「お前のお母さんが、なんで戦車道に否定的な反応をするのかは分からねえよ。それに、お前が話しに行っても、恐らく戦車道に対して否定的なコメントを喰らうかもしれねえ。でもな、それでも言うべきだ。たとえ受け入れてもらえなくても、お前自身のケジメにはなる筈だ。それにお前には……………………」
そう言うと、紅夜は目を開いてAチームを見やると、視線を華に向けた。だがその視線は、先程の威嚇するような視線ではなく、温かく、優しい視線だった。
「Aチームの仲間が居るじゃねえか。彼女等なら、絶対にお前を受け入れてくれるさ…………なあ、そうだろ?」
紅夜はそう言って、Aチームに視線を向け、華も視線を向ける。
「そうだよ、華!」
「大丈夫ですよ!」
「うん!だって大事な仲間だもん!」
「皆さん…………」
紅夜の視線に、力強く頷いて同調するメンバーに、華は目頭が熱くなるのを感じた。
それを見た新三郎は、涙を流しながら、紅夜に頭を下げた。
紅夜はそれに、軽く微笑んで返した。
そして華の方を向き、優しい声色で言った。
「ほら、Aチームの皆もこう言ってくれているんだ。な?行ってこいよ。お前の気持ち、ぶつけて来い」
「…………はい、そうですね!」
華は吹っ切れたような表情になると、百合が待っている部屋に向かった。
「……………………んで、マジでやるってのか?お前等」
華と、付き添った新三郎が百合の部屋に入り、襖が閉められた後、沙織と優花里は襖に耳を当て、中の声を聞こうとしていた。所謂、盗み聞きと言うものである。
「当然でしょう!それに、長門くんが言い出したんだから、最後まで責任もって、華を見守ってね!」
「そう来ましたか……………………まあ、本当の事なんだけどな。後は事が上手くいくかどうかだ…………」
そう言って、紅夜は心配そうな目線を襖に向けた。
「申し訳ありません……………」
百合の部屋に入った華は、そう言った。
「どうしてなの?華道が嫌になったの?」
「いえ、そうではないんです」
その問いに、華は首を横に振る。
「なら、何か不満があるの?」
「それでもなくて…………」
それにも華は、首を横に振るばかりだ。
「なら、どうして!」
中々口を開かず、違うとばかり言う華に、百合は叫ぶように言う。
そして華は、ポツリ、ポツリ………と話し始めた。
「私……………………生けても生けても、何かが足りないような気がするんです。自分の納得出来るような花の生け方なんて、今までに1度も出来ていなかったような気がするんです」
「そんな事はないわ。貴女の花は清楚で可憐。五十鈴流そのもの……………………私は、貴女の生ける花が好きよ?」
五十鈴はそう言うが、華は首を横に振って言った。
「私は、もっと力強い花を生けたいんです!」
華がそう言うと、百合は嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまう。
「これも、戦車道の影響なの?戦車なんて、野蛮で、不格好で……………………五月蝿いだけじゃない!」
「(不格好ってのがイマイチ気に入らねえが、一応戦車って殺戮兵器だし、エンジンの音もデケエから何も言えねえ…………)」
百合の偏見とも言える台詞に、紅夜は苦笑いを浮かべていた。
「戦車なんて、全て鉄屑になってしまえば良いんだわ!」
「鉄屑ゥ…………ッ!?」
「秋山さん、此処は抑えろ」
戦車好きな優花里は眉間にシワを寄せて鬼のような形相を浮かべ、殺気とも言えるようなオーラを出しそうになるが、紅夜が落ち着かせた。
「あんなに素直で、優しかった貴女は………何処へ行ってしまったの………!?」
百合は未だに嗚咽を漏らしながら、泣くように言う。
「お母様のお気持ちも分かります。今まで、こうして育てていただいた事にも、感謝しています。ですが私は……………………戦車道は絶対に辞めません!」
「…………ッ!」
強い調子で言った華の言葉に、百合はショックを受けたように身を仰け反らせるが、やがて目を細め、冷たい声色で言った。
「分かりました………………ならば、もう二度と、家の敷居を跨がないで」
百合がそう言うと、新三郎が声を荒げた。
「お、奥様!それは!」
「新三郎はお黙り!」
新三郎は言うが、百合に一蹴され、口を閉ざしてしまう。やはり奉公人という立場から、あまり強くは言えないようだ。
「……………………失礼します」
そう言って華は立ち上がり、百合の部屋を出ていく。
沙織と優花里は襖から離れるが、出てきた華と鉢合わせした。
「……………………帰りましょうか」
「でも…………」
みほは、何か思う事があるのか、華を気遣うように見るが、当の本人は穏やかな笑みを浮かべていた。
「何時か、お母様を納得させられるような花を生けることが出来たら、戦車道も認めてもらえる筈です」
「お、お嬢…………ッ!」
華の姿に、新三郎は半泣きになりながら言う。
「笑いなさい、新三郎。これは、新しい門出なのですから」
「…………ッ!はい!」
華の言葉に、新三郎は大粒の涙を溢す。
そして一行は、廊下から移動し始める。
紅夜もそれに続こうと歩き出したが……………………
「紅夜さん、お待ちになって」
部屋の中から、百合に呼び止められ、中に手招きされた。
「…………何でしょう?」
部屋に入った紅夜は、華に余計な事を言ったことを咎められると思いながら言った。
「華さんに、私に気持ちを話すように促してくれたのは、貴方ですよね?」
「……………………はい」
やはりその事かと思いながら、紅夜は頷いた。
「…………」
百合は、暫く紅夜を見つめると言った。
「あのように、時々頑固で融通の効かなくなるような娘ですが、どうぞこれからも、よろしくお願いします」
「……………………え?」
百合の言葉に、紅夜は間の抜けた声を出した。
「あ、あの…………それはどういう事でしょう?一応自分も、戦車道していた者なんですよ?」
「ええ、存じ上げています。《RED FLAG》でしょう?戦車道業界において、伝説のチームと呼ばれた、唯一の男女混合戦車道同好会チーム」
「……………………えぇ、まあね」
そこまで知っていたのかと、紅夜は苦笑いを浮かべながら言った。
「私は、戦車道が嫌いです。ですが、あの子が正直な気持ちを伝えてくれた事は、嬉しく思っています」
そう言って、百合は紅夜に三つ指をつき、頭を下げて言った。
「不出来な娘ですが、これからも、よろしくしてやってください」
「……………………ええ、お任せください」
そうして、紅夜は百合に挨拶して、家から出てきた。
其所では、涙を流しながら人力車の前に立つ新三郎と、Aチーム一行、そして、その横に立っている達哉の姿があった。
「……………………待たせて悪かったな、それじゃ行こうか」
そうして、新三郎は泣きながら人力車を引き始めた。
「何時でも、お帰りをお待ちしております!お嬢~!!」
「顔は良いんだけどなぁ~………」
泣き叫ぶ新三郎に、どうやら沙織の心は冷えてしまったようだ。
「なあ紅夜、お前あの後何があったんだ?」
新三郎の引く人力車の後ろで、障害物等をアクロバティックな動きでかわしながら、達哉は紅夜に聞いた。
「いや、別に大した事はないぜ?ちょっとした世間話さ」
そう言って、紅夜は前の人力車に座る華に向かって、達哉でも聞こえないような小さな声で言った。
「イイ人じゃねえか、五十鈴さん。お前のお母さんは…………」
そうして、一行は港へと着くのであった。