ガールズ&パンツァー~RED FLAG~   作:弐式水戦

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第19話~親さんです~

アンコウ踊りという名の羞恥の公開処刑が終わり、Aチームの面々と紅夜、達哉の7人は、観光市場の前に集合していた。

 

「ああ~…………恥ずかしかった…………」

「あれ、見てるとマジで気の毒になるぜ。まあ、その…………良く頑張ったよ、皆」

今も尚、顔を真っ赤にしている沙織に、達哉が気の毒そうに言う。

 

「ゴメンね、皆…………」

「そんな!西住殿のせいじゃありませんから!」

 

落ち込むみほに、優花里がフォローを入れる。それに便乗するように、紅夜も優しげな声色で言った。

 

「まあ、確かに試合では負けたが、強豪相手にあそこまで張り合えたんだ。罰ゲームの内容は滅茶苦茶だが、それでも誇って良いと思うぜ?」

「うん…………ありがとね」

 

みほはそう言うが、それでも少し、表情は暗かった。

 

「それより、これから7時まで自由行動ですが、どうします?」

 

その場の雰囲気を変えようとしたのか、華が話題を振った。

 

「買い物行こう!」

 

沙織が元気良く提案したが、麻子は何処へと歩き出した。

 

「麻子、何処行くの?」

「おばぁに顔見せないと殺される」

そう訊ねる沙織に、振り返ることなく返事を返すと、麻子はそのまま歩いていった。

 

「そういや、紅夜君と達哉君はどうするの?何か予定とかってあるの?」

 

麻子が見えなくなると、沙織は紅夜達に話題を振った。

 

「いんや?特にこれといってやりたい事もねえから、適当に観光して帰ろうかと…………な?」

「だな」

 

そう言う紅夜に、達哉も頷いた。

 

「じゃあさ、2人も一緒に行こうよ!」

「ん?良いのか?」

「勿論!」

 

沙織が言うと、紅夜と達哉は、互いに顔を見合わせると、頷いた。

 

「んじゃ、お供させてもらおうかな」

「よっしゃ!これでイケメン2人確保だね!」

「「俺等そこまでイケメンじゃねえぞ?」」

「あ、台詞被った」

 

2人同時に言うと、それに気づいた優花里が呟く。

そうしつつも、一行は大洗ショッピングモールに入り、モール内を何処と無く歩き回っていた。

 

「可愛いお店、いっぱいあるねぇ~♪」

「後で戦車ショップ行きましょうねぇ~♪」

 

沙織と優花里は、モール内を見回しながら機嫌良く言う。

 

「その前に、何か食べに行きません?」

 

そうして、各自で思い思いにモール内で過ごした後、彼等はモールから出て、この後に何をするかを話していた。

すると其所へ、人力車を引いた青年が現れる。

その青年は辺りを見回し、沙織と目が合う。

 

「め、目が合っちゃった!」

 

沙織が驚くと、青年は爽やかな笑みを浮かべ、近づいてくる。

 

「や、やだぁ…………ッ!」

 

近づいてきた青年に、沙織は顔を真っ赤にして狼狽える。

 

「新三郎…………」

「えっ何!知り合い!?」

 

華が青年の名前らしき単語を呟くと、沙織が反応して言う。

 

「あ、はじめまして!私、華さんの…………アレ?」

 

沙織は青年に挨拶しようとするも、彼は沙織の横を通り過ぎ…………

 

「お久し振りです、お嬢」

 

華の前に立った。

 

「何ィ!?聞いてないわよ!?」

 

沙織が声を張り上げると、青年が一行の方を振り向き、華が彼の紹介をした。

 

「家に奉公に来ている、新三郎(しんざぶろう)です」

「お嬢が何時も、お世話になっています」

 

そう言うと、新三郎が礼儀正しくお辞儀をする。

すると、人力車に乗っていた、和服姿の女性が和傘を差して降りてきた。

 

「華さん」

「お母様」

 

降りてきた女性は華の母親、五十鈴 百合(いすず ゆり)だった。

 

「元気そうで良かったわ…………あら、此方の方々は?」

 

百合は華が元気そうなことに喜ぶと、後ろに居る面々の方を見て言った。

 

「同じクラスの、西住さんと武部さんです」

「「こんにちは!」」

 

華に紹介されたみほと沙織は、元気そうに挨拶した。

 

「五十鈴百合です。何時も華さんがお世話になっています…………あら、男性の方もいらっしゃるのね?」

「ええ」

 

百合は、紅夜と達哉と言った、男が居るということに、意外そうな表情をしながら言った。

 

「どうも、同じ学園艦に住んでいる、長門紅夜です」

「同じく、辻堂達哉です」

 

そうしていると、百合は優花里にも気づいた。

 

「貴女は?」

「あ、私は五十鈴殿達とはクラスが違いますが、戦車道の授業で…………」

「戦車道?」

 

優花里が言った、《戦車道》という単語に、百合は眉間にシワを寄せた。

 

「はい、今日は試合だったんd…「華さん、どういう事なの?」……アレ?…………ハッ!?」

 

優香里が言い終える間もなく、百合は華を問い詰める。

 

穏やかな雰囲気は一気にナリを潜め、緊張した雰囲気を出す百合に、華は俯いてしまう。どうやら華は、戦車道の授業を受けているということは、親に黙っていたようだ。

百合は華に近寄ると、右手を取って匂いを嗅いだ。

 

「鉄と油の匂い…………華さん、貴女まさか…………戦車道を!?」

「…………はい」

 

切迫した声色で、百合は華に問う。華は少しの間を空け、頷いた。

 

「そ、そんな…………華を生ける手で、戦車を…………あぁっ!?」

 

狼狽えながら、百合は2、3歩程後退ると、白目を剥いて倒れた。

 

「お、お母様!?」

 

倒れた百合に、華は近寄って呼び掛けるが、本人は気絶しており、全く反応しない。

 

「ちょォォオオいっ!?紅夜ァ!救急車ァ!」

「あ、あいよ!」

 

すかさず、紅夜は携帯を取り出すと、救急車を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

時は流れ、此処は華の実家。

 

百合は、紅夜が呼んだ救急車で病院に運ばれたが、容態は思ったよりも悪くはなかったらしく、その日の内に退院し、今は部屋で休んでいた。

 

紅夜達は、家の客間に案内された。

 

「…………すみません、私が口を滑らせたばっかりに」

「良いんです。私が、母に話していれば、こんな事には…………」

 

優花里はすまなさそうに言い、華も何処か、自分を責めているような表情で返す。

 

「なあ、五十鈴さん。この花、お前さんが生けたのか?」

 

紅夜は、机の真ん中に置かれている生け花を見て言った。

 

「ええ、そうですが…………何か?」

「いや、何もねぇが…………良く生けてるな、と思っただけさ」

「ありがとうございます」

 

そんな会話が交わされていると、襖が開き、新三郎が現れ、言った。

 

「お嬢、奥様が目を覚まされました。お話があるとの事です」

「でも私、もうそろそろ戻らないと…………」

 

だが華は、そう言って断る。

 

「そんな、お嬢!」

「お母様には、悪いとは思っていますが、私は…………」

 

新三郎は諦めず、華を説得しようとするが、華も頑固なのか、引こうとしなかった。

それに業を煮やしたのか、新三郎が声を張り上げた。

 

「差し出がましい事を申しますが、お嬢の気持ちは…………ちゃんと奥様に伝えた方が、よろしいと思うのです!」

 

新三郎は言うが、華は尚も引こうとはしない。

 

その時、低い声が放たれた。

 

「新三郎さんの言う通りだぜ、五十鈴さん」

 

その声に、全員の視線が声の主に集中する。その視線の先に居た人物は…………

 

「新三郎さんの言う通り、俺もそうした方が良いと思う」

 

目を瞑って腕を組んでいる、紅夜だった。

 

「な、長門さん…………?」

「紅夜?」

 

華は驚きに目を見開き、達哉も、まさか紅夜が他人の家の事情に口を挟むとは思わなかったのか、意外そうな表情を浮かべて言った。

 

「……………………」

 

紅夜は、暫く口を閉じたままだったが、やがて、ゆっくりと口を動かした、

 

「……………………俺は、お前さんの家族でも、親戚でもない。それに、従兄弟でもない。だから、偉そうな口聞けるような立場じゃねえって事は、重々理解してるつもりだ…………」

「…………」

 

そう話し始めた紅夜が醸し出す雰囲気に、誰も口を開くことはなかった。

 

「だがな、それでも俺は言わせてもらうぜ。五十鈴さん……………………お前のお母さんに、ちゃんと話してきた方が良い」

「でも…………」

 

華は尚も食い下がるが、片目を開いた紅夜の、赤く光を放っている目の鋭い眼光に当てられ、口を閉じた。

「人間ってさ、よく『やらないで後悔するより、やって後悔した方が良い』って言うだろ?アレ、当たってると思うんだよ、俺は」

 

そう言って、紅夜は開けていた片目を閉じると、言葉を続けた。

 

「お前のお母さんが、なんで戦車道に否定的な反応をするのかは分からねえよ。それに、お前が話しに行っても、恐らく戦車道に対して否定的なコメントを喰らうかもしれねえ。でもな、それでも言うべきだ。たとえ受け入れてもらえなくても、お前自身のケジメにはなる筈だ。それにお前には……………………」

 

そう言うと、紅夜は目を開いてAチームを見やると、視線を華に向けた。だがその視線は、先程の威嚇するような視線ではなく、温かく、優しい視線だった。

 

「Aチームの仲間が居るじゃねえか。彼女等なら、絶対にお前を受け入れてくれるさ…………なあ、そうだろ?」

 

紅夜はそう言って、Aチームに視線を向け、華も視線を向ける。

「そうだよ、華!」

「大丈夫ですよ!」

「うん!だって大事な仲間だもん!」

「皆さん…………」

 

紅夜の視線に、力強く頷いて同調するメンバーに、華は目頭が熱くなるのを感じた。

それを見た新三郎は、涙を流しながら、紅夜に頭を下げた。

紅夜はそれに、軽く微笑んで返した。

そして華の方を向き、優しい声色で言った。

 

「ほら、Aチームの皆もこう言ってくれているんだ。な?行ってこいよ。お前の気持ち、ぶつけて来い」

「…………はい、そうですね!」

華は吹っ切れたような表情になると、百合が待っている部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

「……………………んで、マジでやるってのか?お前等」

 

華と、付き添った新三郎が百合の部屋に入り、襖が閉められた後、沙織と優花里は襖に耳を当て、中の声を聞こうとしていた。所謂、盗み聞きと言うものである。

 

「当然でしょう!それに、長門くんが言い出したんだから、最後まで責任もって、華を見守ってね!」

「そう来ましたか……………………まあ、本当の事なんだけどな。後は事が上手くいくかどうかだ…………」

 

そう言って、紅夜は心配そうな目線を襖に向けた。

 

 

 

 

 

「申し訳ありません……………」

 

百合の部屋に入った華は、そう言った。

 

「どうしてなの?華道が嫌になったの?」

「いえ、そうではないんです」

 

その問いに、華は首を横に振る。

 

「なら、何か不満があるの?」

「それでもなくて…………」

 

それにも華は、首を横に振るばかりだ。

 

「なら、どうして!」

 

中々口を開かず、違うとばかり言う華に、百合は叫ぶように言う。

 

そして華は、ポツリ、ポツリ………と話し始めた。

 

「私……………………生けても生けても、何かが足りないような気がするんです。自分の納得出来るような花の生け方なんて、今までに1度も出来ていなかったような気がするんです」

「そんな事はないわ。貴女の花は清楚で可憐。五十鈴流そのもの……………………私は、貴女の生ける花が好きよ?」

 

五十鈴はそう言うが、華は首を横に振って言った。

 

「私は、もっと力強い花を生けたいんです!」

 

華がそう言うと、百合は嗚咽を漏らしながら泣き崩れてしまう。

 

「これも、戦車道の影響なの?戦車なんて、野蛮で、不格好で……………………五月蝿いだけじゃない!」

「(不格好ってのがイマイチ気に入らねえが、一応戦車って殺戮兵器だし、エンジンの音もデケエから何も言えねえ…………)」

 

百合の偏見とも言える台詞に、紅夜は苦笑いを浮かべていた。

 

「戦車なんて、全て鉄屑になってしまえば良いんだわ!」

「鉄屑ゥ…………ッ!?」

「秋山さん、此処は抑えろ」

 

戦車好きな優花里は眉間にシワを寄せて鬼のような形相を浮かべ、殺気とも言えるようなオーラを出しそうになるが、紅夜が落ち着かせた。

 

「あんなに素直で、優しかった貴女は………何処へ行ってしまったの………!?」

 

百合は未だに嗚咽を漏らしながら、泣くように言う。

 

「お母様のお気持ちも分かります。今まで、こうして育てていただいた事にも、感謝しています。ですが私は……………………戦車道は絶対に辞めません!」

「…………ッ!」

 

強い調子で言った華の言葉に、百合はショックを受けたように身を仰け反らせるが、やがて目を細め、冷たい声色で言った。

 

「分かりました………………ならば、もう二度と、家の敷居を跨がないで」

 

百合がそう言うと、新三郎が声を荒げた。

 

「お、奥様!それは!」

「新三郎はお黙り!」

 

新三郎は言うが、百合に一蹴され、口を閉ざしてしまう。やはり奉公人という立場から、あまり強くは言えないようだ。

 

「……………………失礼します」

 

そう言って華は立ち上がり、百合の部屋を出ていく。

沙織と優花里は襖から離れるが、出てきた華と鉢合わせした。

 

「……………………帰りましょうか」

「でも…………」

 

みほは、何か思う事があるのか、華を気遣うように見るが、当の本人は穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「何時か、お母様を納得させられるような花を生けることが出来たら、戦車道も認めてもらえる筈です」

「お、お嬢…………ッ!」

 

華の姿に、新三郎は半泣きになりながら言う。

 

「笑いなさい、新三郎。これは、新しい門出なのですから」

「…………ッ!はい!」

 

華の言葉に、新三郎は大粒の涙を溢す。

 

そして一行は、廊下から移動し始める。

紅夜もそれに続こうと歩き出したが……………………

 

「紅夜さん、お待ちになって」

 

部屋の中から、百合に呼び止められ、中に手招きされた。

 

「…………何でしょう?」

 

部屋に入った紅夜は、華に余計な事を言ったことを咎められると思いながら言った。

 

「華さんに、私に気持ちを話すように促してくれたのは、貴方ですよね?」

「……………………はい」

 

やはりその事かと思いながら、紅夜は頷いた。

 

「…………」

 

百合は、暫く紅夜を見つめると言った。

 

「あのように、時々頑固で融通の効かなくなるような娘ですが、どうぞこれからも、よろしくお願いします」

「……………………え?」

 

百合の言葉に、紅夜は間の抜けた声を出した。

 

「あ、あの…………それはどういう事でしょう?一応自分も、戦車道していた者なんですよ?」

「ええ、存じ上げています。《RED FLAG》でしょう?戦車道業界において、伝説のチームと呼ばれた、唯一の男女混合戦車道同好会チーム」

「……………………えぇ、まあね」

そこまで知っていたのかと、紅夜は苦笑いを浮かべながら言った。

 

「私は、戦車道が嫌いです。ですが、あの子が正直な気持ちを伝えてくれた事は、嬉しく思っています」

 

そう言って、百合は紅夜に三つ指をつき、頭を下げて言った。

 

「不出来な娘ですが、これからも、よろしくしてやってください」

「……………………ええ、お任せください」

 

そうして、紅夜は百合に挨拶して、家から出てきた。

其所では、涙を流しながら人力車の前に立つ新三郎と、Aチーム一行、そして、その横に立っている達哉の姿があった。

 

「……………………待たせて悪かったな、それじゃ行こうか」

 

そうして、新三郎は泣きながら人力車を引き始めた。

 

「何時でも、お帰りをお待ちしております!お嬢~!!」

「顔は良いんだけどなぁ~………」

 

泣き叫ぶ新三郎に、どうやら沙織の心は冷えてしまったようだ。

 

 

 

 

 

「なあ紅夜、お前あの後何があったんだ?」

 

新三郎の引く人力車の後ろで、障害物等をアクロバティックな動きでかわしながら、達哉は紅夜に聞いた。

 

「いや、別に大した事はないぜ?ちょっとした世間話さ」

 

そう言って、紅夜は前の人力車に座る華に向かって、達哉でも聞こえないような小さな声で言った。

 

「イイ人じゃねえか、五十鈴さん。お前のお母さんは…………」

 

そうして、一行は港へと着くのであった。


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