さて、紅夜達が観戦している最中、大洗女子学園戦車道チームは、大きな岩が壁となる地点から、見事なパンツァーカイルで戦車を進める聖グロリアーナ女学院の様子を見ていた。
岩場では、Ⅳ号から出ていたみほと優花里が双眼鏡で偵察していた。
「マチルダⅡが4輌、チャーチル1輌が前進中…」
「流石は聖グロリアーナ女学院、見事な隊列を組んでますね!」
「うん。レッド・フラッグよりも多い数なのに、あのまま隊列を乱さずに動けるなんて凄いよ」
様子を見ながら、みほと優花里がそんな事を言い合う。
聖グロリアーナは、全国大会で準優勝する程の強豪。彼女等からすれば、あの程度の隊列など、乱さずに走れて当然なのだが、みほを除けば全員が初心者である大洗女子学園側からすれば、それ程までに凄いものだったのだろう。
「相手の戦車の装甲は兎に角固いですからねぇ……此方の徹甲弾だと、正面装甲は抜けませんね」
そう言う優花里に、みほは双眼鏡を目から離すと言った。
「その辺りはまあ、戦術と腕………と言った感じかな」
「はい、そうですね!」
そうして、2人はⅣ号へと戻る。
優花里がⅣ号によじ登り、装填手用のハッチから中に入る。
みほは操縦席に座る麻子に声をかけた。
「麻子さん、起きて。エンジン音が響かないように注意しつつ、転回してください」
「ん………」
みほがそう言うと、操縦席から如何にも眠たげな声での返答が返される。
そして、みほが車長席に座ると、麻子はゆっくりとⅣ号を後退させ、転回すると、他の戦車と共に移動を開始した。
Ⅳ号は速度を上げ、先行する他のチームの戦車を追い越し、先頭を走る。
そして、ある程度進んだところで、みほは全戦車へと通信を入れた。
「敵は5輌が前進中です。先程の打ち合わせ通り、私達が囮になりますので、皆さんは例の峠で待機していてください。これより、『こそこそ作戦』を決行します」
そう言うと、他4輌の戦車は分かれ道で左折し、Ⅳ号1輌のみが直進する。
「それで、私達はどうするの?」
「攻撃を仕掛けて相手を誘い込むって作戦なんだけど、上手くいくかなぁ……」
作戦の内容を聞いてくる沙織に、みほは不安げに答える。
「まあ、もし負けたらアンコウ踊りだもんね」
「うぐっ」
「はあ~あ、今日は不参加だって言うレッド・フラッグの皆が羨ましいよ」
「まあまあ、来れたのが2人だけでは仕方ありませんよ。それに、他校との試合は初めてですし、全力を尽くすだけです。頑張りましょう」
沙織の追い討ちのような一言に追い詰められたみほを、華がフォローする。
「まあ、華の言う通りだね、やるしかないじゃん!」
「私はイギリス戦車が生で動いているのを見ているだけで、幸せです!」
「ほ、本当に幸せそうだね……」
華の言葉に沙織が便乗するが、嬉しそうに言う優花里に若干引き気味になっていた。
因みにその間も、麻子は無表情のまま運転し続けていた。
そして誘い込み地点に到着した一行は、ちょうど通り掛かっていたグロリアーナの戦車に砲撃を仕掛けるも、マチルダⅡの左側に着弾し、命中しなかった。
「仕掛けてきましたわね」
「ええ……………では、此方もお相手致しましょうか」
先行するチャーチルの車長席に座るダージリンはそう言って、自車含む全車両の砲口を、誘い込み地点に居るⅣ号へと向けさせ、一斉に向かった。
「全車両、前方Ⅳ号に攻撃開始」
そうダージリンが言った途端、5輌の戦車からの集中砲火が始まる。
飛んでくる砲弾が岩道や崖に着弾し、砕かれた岩があちこちに飛び交う中、Ⅳ号はジグザグに走行していた。
「なるべくジグザグに走行してください。此方は装甲が薄いから、まともに喰らったら終わりです」
「了解……」
みほの指示に、麻子は眠たそうにしながら返事を返す。
「思ったよりもやるわね…………速度を上げて。追うのよ」
ダージリンは感心したように言うと、他の戦車に速度を上げるように言う。
「どんな走り方をしようとも、我が校の戦車は、1滴たりとも紅茶を溢したりしないわ」
そして、チャーチルから放たれた砲弾が、Ⅳ号の直ぐ側に着弾し、砕けた岩などが宙を舞った。
みほは咄嗟にハッチに掴まり、衝撃に耐え、安堵の溜め息をついた。
「みぽりん、そんなに身を乗り出したら危ないよ!」
そこへ通信手用のハッチを少し開け、顔だけを覗かせた沙織が強く言った。
「え?…………ああ、戦車の中はカーボンでコーティングされているから大丈夫だよ」
みほは沙織が何を言おうとしているのか分かっているように言うが、当の本人は強く首を横に振るばかりだ。
「私はそういう事を言ってるんじゃないよ!そんなに身を乗り出して、当たったらどうするのさ!?」
「そう言われても、滅多に当たるようなものじゃないし、ああ見えて砲弾って、それなりに安全性にも配慮されているんだよ?それに、こうしている方が、周りもよく見えるし」
安心しろとばかりにみほは言うが、沙織は悲痛そうな声で叫んだ。
「でも、みぽりんにもしもの事があったら大変でしょ!?もっと中に入って!」
「…………心配してくれて、ありがとね。では、お言葉に甘えて」
そう言って、みほは自分の身を若干車内に引っ込めた。
余談だが、使用される砲弾の安全配慮は、あくまでも『着弾時に戦車の装甲を貫通して、乗員を死傷させないようにする』ための安全配慮であって、流れ弾が人間に当たった時の配慮などはされていないと言うのが現実である。
その頃、みほ達の到着を待っているB~Eチームのメンバーは峠の上で待機していたのだが……………………
「何時も心にバレーボール!」
「そーれ!」
Bチームはバレーボールを……………………
「…………」
「…………」
Cチームでは、首に赤いバンダナを巻いたカエサルと、軍人の帽子をかぶったエルヴィンが、腕組みしながら峠の梺を見下ろし……………………
「革命!」
「しまった、どうしよう~?」
1年生のDチームは、戦車の上でトランプして遊び、生徒会メンバーのEチームは…………
「遅い!」
「待つのも作戦のうちだよ~」
「い、いや、しかしですね…………」
杏は何処から持ち出したのか、サマーベッドを戦車の後部に置いて寝そべっていた。
桃はAチームの到着を、今か今かと待ちわびていた。
『此方Aチーム。敵を引き付けつつ、待機地点に、後3分で到着します!』
「よし、分かった…………おい、お前達!Aチームが戻ってきたぞ!全員、戦車に乗り込め!」
みほから知らせを受けた桃は通信を終えると、待機している全員に言い放った。
「「「「えぇぇぇ~!?」」」」
「せっかく革命起こしたのに~」
Cチームは既に戦車に乗り込み、杏もサマーベッドを片付け始めるが、B、Dチームから不満の声が上がる。
そうしつつも、全員が戦車に乗り込んだ。
『後600メートルで、敵車輌が射程内に入ります!』
さらにみほから通信が入り、メンバー全員に緊張が走る。
其所へ、囮としての役目を終えたⅣ号Aチームが戻ってきたのだが……………………
「撃て撃てぇ!」
あろうことか桃が、Ⅳ号へと誤射したのだ。フレンドリーファイアも良いところである。
「味方撃ってどうするのよォ~~!?」
そうしつつ、Ⅳ号Aチームが峠を登り始める。
「こんな安直な囮作戦、私達には通用しなくてよ」
チャーチルの車長席のスコープから様子を見ていたダージリンが、余裕そうな顔で言う。
そうして、聖グロリアーナ女学院の戦車隊は、左に2輌、右側に自車含む3輌を向かわせ、挟み込む。
「撃て撃て撃てぇ!」
まるで狂人のように桃は叫び、それが原因か、他の戦車も出鱈目に撃ちまくるが、狙いが適当なら、外れるのは火を見るよりも明らかな事だ。
『そ、そんなバラバラに攻撃しても意味はありません!履帯を狙ってください!』
みほは指示を飛ばすものの、他のチームは聞く耳すら持たず、全員が好き勝手に攻撃を仕掛けていた。
「もっと撃てぇ!撃て撃てぇ!見えるものは全て撃てぇ!」
最早、桃の暴走状態を止められる者は誰一人としておらず、連携もまるで取れていない状態になった。
そして、1度砲撃が止んだ瞬間を見逃すことなく、ダージリンは全戦車に指示を飛ばした。
「全車両、前進」
そうダージリンが言うと、グロリアーナの戦車が前進を始める。
そこに一呼吸程間を置き……………………
「攻撃」
淡々と告げられた、漢字2文字だけの単語に、グロリアーナは全戦車での集中砲火を浴びせ始める。
「す、凄いアタック!」
「あり得ない~!」
突然始まった集中砲火に、好き勝手に撃っていたチームは判断が追い付かず、慌て出す。
『お、落ち着いてください!攻撃止めないで!』
みほはそう指示を飛ばしたものの……………………
「無理です!」
「もう嫌ァ~~!!」
その声が聞こえたと思ったのも束の間、Dチームのメンバー全員が、あろうことか戦車を捨てて逃亡したのだ。
「ちょ、ちょっと!逃げちゃ駄目だってば!」
M3リーの車長、澤 梓(さわ あずさ)はそう言うが、自身も戦車から逃げ出してしまい、その間に砲弾が直撃、たちまちM3リーから白旗が上がった。
「あ~あ」
「何してんだよ1年生……………………」
一方、観客席にて観戦している紅夜と達哉は、試合の様子に呆れていた。
初心者チームであるが故に、突然の事に混乱し、連携が取れなくなるのはこの際仕方無い事だとしても、戦車を放り出して逃げるなど、彼等からすれば論外レベルだ。
やむを得ずに逃げるなら未だしも、ただ立て続けに砲撃を受けて怖いから逃げると言うのは、紅夜達のチームからしても戦車道業界からしても、話にならないレベルなのだ。
「こう言うのを言うんだよな、達哉?」
「ん?何だよ、『こう言うの』って?」
達哉が聞き返すと、紅夜はドヤ顔を浮かべながら言おうとした。
「ホビr…「他作品のネタ使ってんじゃねぇぇぇぇええええ!!喰らえ、達哉君ペットボトルスイング!」あべしっ!?」
そう叫びながら、達哉は先程買ってきた、まだ殆ど飲まれていないジュース入りのペットボトルで紅夜の頭を殴り付け、失神させた。
「ふうっ!良い仕事したぜ!」
『『『『『『(いや、全然してねーよ……………………)』』』』』』
その光景を見ていた他の観客は、皆同じ事を思っていたそうだが、それは彼等のみぞ知る。
さて、場所を戻して峠。
徐々に迫ってくる聖グロリアーナ女学院の戦車隊にパニックに陥った大洗戦車道チームは、Dチームを撃破され、さらに38tの履帯が外れ、自由に行動出来るのは、実質上A~Cチームだけになっていた。
『私達はどうすれば良いんですか!?』
『隊長殿、指示を!』
『撃って撃って撃ちまくれぇ!!』
約1名程狂っているのを脇に置き、みほは悩んでいた。
この場に居てもやられるだけだと言うのは、経験者である彼女も十分に理解している。
頭を抱えそうになっていると、華が言った。
「隊長は西住さんです」
そう言うと、他の3人も便乗して言った。
「私達、みぽりんの言う通りにするよ!」
「何処へだって行ってやる」
「西住殿、命令してください!」
覚悟を決めた表情になっているチームメイト達を見て、みほは頷くと、再び通信を入れた。
「Bチーム、Cチームは、我々Aチームについてきてください!移動します!」
『了解しました!』
『心得た!』
『何っ!?許さんぞ!』
反対の声を上げる桃を無視し、みほは叫んだ。
「『もっとこそこそ作戦』を開始します!」
そうして、大洗女子学園の逆転劇が、幕を上げようとしていた!
一方、観客席では……………………
「ハッ!?俺は何を!?」
「んくっんくっ……………ぷはァ!……………おろ?やっと起きたのかお前…………随分と長い間気絶してたな」
「達哉ァ……………………テメエよくもやってくれやがったなゴルァ……おかげで試合の一部見逃したじゃねえかよォ……後でIS-2の砲弾でケツバット200回の刑だから覚悟しとけよ?逃げても無駄だぜ?地獄の果てまで追っ掛けてぶちのめしてやる」
「アハハハハ…………ご、ご冗談を……「ほほ~う?マジギレ状態の俺を見ても未だ、これが冗談だと言うか?」………ですよね~……はぁ………………\(^o^)/オワタ」
こんな会話が交わされていたとか違うとか…………